第20話 閑話 はだかの魔王様

 余はバゲット王国の王宮にある『秘宝の間』に来ていた。婚活宴会の際の会話において、ここに面白いものがあるとエレーヌ姫から聞いたからである。


「これが、我が国に伝わる『馬鹿には見えない服』です。我が国の三代国王ルイ一世は、若い頃はたいそう道楽者で見栄っ張りだったと伝えられており、その道楽の一環として『世界の誰もが見たことのない服』を作れと命じたのです。その際に、当時の宰相リシュリューが作らせて献上した服がこれです」


 アンリ王が、たいそう豪奢な衣紋掛えもんかけを指しながら解説する。だが、どう見てもそこには衣紋掛けしかない。そこで余は尋ねた。


「何もないではないか」


「はい。実際は何もないのですが『馬鹿には見えない』と言われていたので、ルイ一世は自分が見えているふりをして『気に入った。確かに誰も見たことがない服だ』と大いに褒めたのです。そして、リシュリュー宰相の勧めるままに、この『服』を着て城下を視察に出たのです。ところが、視察に出たさきで幼子に『王様ははだかだ』と言われ、はじめて自分がかつがれていたことに気付いたのです。そこで同行していたリシュリュー宰相が『道楽や見栄のために国費を無駄遣いすることの愚』をこんこんとさとしたところ、恥ずかしい思いをしたことで自分の愚かさに気付いていたルイ一世は、心を入れ替えて道楽を一切やめ、国民のためになる政治を行うようになったということです。我が国の王になる者は、即位前に必ずこの『服』を見て、その話を聞いて、一国の王たる者の心構えを学ぶことになっているのです」


 アンリ王の説明を聞いて、余は感心した。


「なるほど、この国の歴代の王には国民のために尽くす賢王が多いと聞いていたが、このような教訓があったのだな」


「でも、この話、わたしの世界の有名な童話とそっくりなんだけど」


 余が感嘆していると、スズナが面白いことを言ってきた。


「ほう。それは興味深い。この世界の話がスズナの世界に流れていって童話作家の耳に入った可能性があるな。あるいは、逆にスズナの世界の童話を知った宰相が王を諫めるために使ったとも考えられる」


「あり得るね。前にわたしを召喚した魔法具を作った『ヤスダ』って魔法使いだけど、名前がどう考えてもわたしの国の人っぽいんだよね。わたしの世界から、こっちに異世界転移か転生をした人の可能性があるよ。同じように転移してきたり、逆にわたしの世界へ転移しちゃった人が何人かいるんじゃないかな」


蓋然性がいぜんせいは高いな」


 などと話していると、同行していたエレーヌ姫が余に話しかけてきた。


「大魔王様なら、本当に『馬鹿には見えない服』を作ることができるのではありませんか?」


「む?」


 そう言われたので、魔法でそのような服を作ることができるかどうか考えたのだが、これがなかなか難しい。


 まず、魔法で『見えない服』を作ること自体は可能である。しかし、それが『馬鹿には見えない』という条件が付くと、とたんに難しくなるのだ。


「難しいな……だが、面白い。ひとつ暇つぶしに作ってみるとしようか」


 諸国に頼まれていた工事なども、急を要する懸案事項はある程度片付いたので、最近は減りぎみなのである。婚活のための各種鍛錬はあるが、その合間の暇つぶしにはちょうどよかろう。


 そこで、余はアンリ王とエレーヌ姫に『秘宝』を見せてもらったことの礼を言うと王城を辞去し、スズナと共に魔王城に戻ったのである。


「難しいって言ってたけど、透明にするなら、この前言ってたみたいに光を屈折させればいいんじゃないの? わたしも透明化できるようになったけど」


 スズナが聞いてきたのだが、少し勘違いをしているようなので指摘する。


「それでは、肌ではなく服の向こう側が見えることになるぞ。光に対象物の周囲を迂回させる形で透明になっているのだからな。この場合の『見えない服』は服自体が見えず、肌が見えるようになっていなければならぬわけだから、光の透過率を上げるのが正しい方法である」


「あ、そうか。ガラスとか水みたいに、光が通るようにするのか」


「左様。光の透過率を十割にすれば、何も見えなくなるはずである。だが、さすがに魔法をもってしても十割は難しいので、九割九分九厘九毛……という具合に、限りなく十割に近づけるのが早道であろう」


「なるほど……でも、それなら比較的簡単にできそうじゃない。何が難しいの?」


 スズナの問いに、余は答えた。


「条件の方である。『馬鹿には見えない』のであるからして、まず『馬鹿』を判定せねばならぬが、『馬鹿』には基準が無い」


「ああ、なるほど!」


「だが、こちらの方は基準さえ定めてしまいえば、まだ何とかなる。例えば知能が一定以下のものを『馬鹿』と判定するようにすればよいのだからな。知能の高さについては、脳の神経の特定部位の発達具合で判定できるであろう。魔法ならば脳を走査し神経の発達具合を測定することも可能である。そうした機能を持つ魔法具を小さな宝石の形などにして服に付けてしまえばいいのだ」


「……そう言われると、やっぱ魔法っていろいろ凄いと思う。でも、それがクリアできるなら、一体何が難しいの?」


「『馬鹿』と『馬鹿でない者』が同時に見たときにどうするのかを考えねばならぬのだ」


「ああ!!」


「見る者の知能を走査し、それに応じて服の光の透過率を変えることは、服自体も魔法具として作れば可能なのである。だが、それでは同時に見られた場合に対応できぬのだ」


「うーん、確かに難しいねぇ」


 余の説明を聞いたスズナも、さかんに首をひねっている。


 結局、その日はよい考えが思い浮かばなかったので、また日を改めることにして、スズナも自分の世界へ帰って行った。


 その数日後、余は大陸の東の果ての島国ゴハン皇国に呼ばれていた。この国で信仰を集めていた巨大な銅の神像を収める木造の神殿が火災にあい、神像の頭部が溶け落ちてしまったのである。最初は魔法で修復して欲しいという依頼だったのだが、これは偶像にあたるので余は己の信仰上、その像を修復することには抵抗感があった。また、元は自分たちで作ったものなのだから、時間さえあれば修復できるはずである。そこで「信仰にまつわるものは信者が直すべきである」と述べて修復作業は断ったのだが、そこで「せめて修理が終わるまで幻覚でよいから外見だけでも整えて欲しい」と頼まれてしまったのだ。


 そこまで言われて断るのは、さすがに狭量すぎるかと思ったのであるが、やはり幻覚といえども偶像を作ることには抵抗がある。


 と、そこで思いついたことがあった。


 光魔法で虚像を作るのではなく、見る者の視覚に像が映るようにすればよいのだ。そこで、修復作業中の神像の壊れていない部分に魔法を組み込んで魔法具化し、その像を見ようとした者の心を走査し、信仰があつければ像の頭部が健在であるように幻覚が見えるようにしたのだ。これならば、信仰心の薄い者はそのまま修理中の神像を見ることになるが、信仰心が篤い者には神像の首が健在なように見えるのである。つまらぬこだわりではあるが、これなら余が偶像を作ったことにはなるまい。


 神像が外から丸見えになっているのは神殿の再建作業が終わるまでの間であるし、神像自体の修復が終わったら、組み込んだ魔法を解除すればよい。


 そんなことを考えていたときに、天恵のようによい考えがひらめいたのである。


 そうだ、この技法を『馬鹿には見えない服』に応用すればよいではないか!!


 余はさっそく魔王城に戻ると、バゲット王国の男性王族の正装用の服に似た服を魔法で作り出すと、それに知能を判定する魔法などを組み込んでいったのである。


 そして『馬鹿には見えない服』は完成した。


 そこで、余はその服を着込むとバゲット王国の王宮に瞬間移動したのである。


「これは魔王様ようこそ……そのお姿は!?」


 挨拶をしてきた侍従が、目を見張りながら問うてきた。うむ、驚かせられたようであるな。


「これが『馬鹿には見えない服』である」


「何と!? 失礼ですが触ってもよろしいですかな?」


「うむ、かまわぬぞ」


 許可を与えると、おそるおそる触りに来た侍従だったが、確かに服の感触があるのを確かめて叫んだ。


「本当に服がございます!!」


 それを聞いて、玉座から立ち上がったアンリ王が余の近くまで寄ってくると、まじまじと余を眺めてから、服を触って確かめると、ため息をついて言った。


「本当に見えない服がございますな。しかし、残念ながら私は馬鹿だったようです」


 それを聞いて、余は少し意外な感にとらわれた。この服は確かに知能の低い者には見えないようになっている。しかし、アンリ王なら賢明であるから見ることができると思っていたのであるが……


「魔王、ここにいたのね……って、ちょっと何でパンツ一丁なのよ!?」


 と、そこにちょうどスズナが瞬間移動してきたのであるが、余の姿を見て驚いている。


「おお、スズナか。よいところに来た。これが『馬鹿には見えない服』である」


「え、マジ!? ……確かに魔力も感じるし、触ってみたら服があるってわかるけど……でも、わたし馬鹿なの? これ単に誰にも見えない『透明な服』なんじゃない?」


 何と!? スズナにも見えぬというのであるか。これはもしかしたら『馬鹿』の判定基準を間違えたかもしれぬ。しかし、絶対に確実な基準だと思ったのであるが……


 そう考えていると、スズナが『馬鹿には見えない服』に解析魔法をかけてきた。


「……あれ、この魔法見るかぎり、確かに一定以上の知能がある人には、幻覚で服を見せるような設定になってるね」


 さすがはスズナ、一目で余が組み込んだ魔法を見抜いたようである。この服自体は、実はスズナが最初に言っていたとおり、光の透過率を限りなく高めた『透明な服』なのである。しかし、見る者の脳を走査して、一定以上の知能があると判定された者には、服の姿を幻覚として見せる魔法を組み込んだ魔法具にしてあるのだ。これにより、一定以下の知能の者には『見えない服』となり、一定以上の知能がある者には『普通の服』に見えるのである。


「どうであるか、これこそ正に『馬鹿には見えない服』であろう」


 そう余は自慢したのだが、スズナは首をひねりながら尋ねてきた。


「でもさ、この『馬鹿』の判定基準になってる知能、高すぎない? そもそも、この知能を『馬鹿』の判定基準にした理由は何なの?」


 そこで余は何を判定基準にしたのかを答えた。


「これは、を基準にしているのである。余の知能以下の者は見えないのだ。なぜなら……」


 そこで、余は胸を張って言った。


「余は馬鹿だからである!!」


 それを聞いたスズナは、うつむいてプルプルと震えていたのだが、やがて真っ赤に染まった顔を上げると力の限り大きな声で絶叫した。


「こぉの、お馬鹿あぁぁぁぁぁぁっ!!」


 せぬ。


~~ ~~ ~~ ~~


アンデルセン先生(※)、ごめんなさ……い……ガクッ。


※ハンス・クリスチャン・アンデルセン(1805-1875)。デンマークの童話作家。代表作は「はだかの王様」「人魚姫」「マッチ売りの少女」など多数。没後50年以上経過につき著作権失効。

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