第8話 勇者を元の世界に帰そうとしたけど、召喚魔法陣が壊れていた件

 スズナは話が終わったら呼びに来ると言っていたので、来たこと自体はおかしくはない。だが、瞬間移動の魔法が使えるのなら、なぜ前回は使わなかったのだろうか。ちょっと、聞いてみるとするか。


「スズナか。瞬間移動の魔法が使えたとは知らなんだが、それなら何故なにゆえ、余の城に来るときは使わなかったのだ?」


「そりゃそうだよ、だって瞬間移動の魔法を使ったの、これが初めてだもん。さっき、あなたが使ったの見て、何となくイメージがつかめたから試しに使ってみようかと思ったら、使えちゃったんだよね」


 何と! 余が伝説にある瞬間移動の魔法を使ってみようと考えて練習を始めてから、実際に使えるようになるまでは二十年以上必要だったのに、ほんの数回見ただけで会得したというのか!!


 なるほど、異世界から召喚された勇者というものは、すごい能力があるのだな。魔王を倒すものは勇者とされる意味がよくわかるというものだ。


「さすが勇者、恐るべき能力だな。ところで、そなたが来たということは、話は終わったのだな?」


「うん、無事に終わったよ。ところで、それ自動車?」


 スズナが余の無馬馬車を指して尋ねてきた。ふむ『自動車』とな?


「余の作った無馬馬車である。馬が無くとも走れる馬車なのでな。そなたの世界では自動車というのか?」


「そうだよ。自分で動く車だから自動車」


「よい名前だ、無馬馬車よりもよく実態を表している。今度からこれも自動車と呼ぼう」


 余がそう言ってから自動車を止めると、スズナが何やら感心したようにつぶやいた。


「なるほど、魔法で動かしてるから運転手も要らないんだ」


「運転手? なるほど、馬が不要だから馭者とは呼ばぬのか」


「そうだよ。ところで、これ動かしてたのは、橋の渡りめ?」


「いや、問題ないかどうか自動車を渡らせて安全を確かめていたのだ。これで問題ないので、道をつなぎ替えて、古い橋の方を解体すれば、架け替えは終わりだ。すぐ終わるから、少し待っていてくれぬか」


 そう言ってから、さっさと魔法で道路を新しい石橋につなぎ替えると、古い木製の橋を解体して異空間収納に入れる。


 それを見ていたスズナが感心したように言ってきた。


「うわー、毎回そんな感じで工事してるんだ。すごいね~」


「そなただって、やろうと思えばできるのではないか? 魔法は魔力と想像力がきもであるからな。そなたの最大魔力は余に匹敵し、この世界中の魔素を魔力に変換できる容量がありそうだ。そして、余の瞬間移動魔法を数回見ただけで会得できる柔軟な想像力があれば、大抵の魔法は使いこなせると思うぞ」


「そう言われると、できるのかなって気もするけど……あ、そんなことより、早く戻ろう! 王様たちが待ってるよ」


 おう、そうであった。人を待たせてはいかんな。


 すぐにスズナを伴い瞬間移動の魔法で元の謁見の間へ戻ると、ロッゲンブロート王国のカール王と、スズナを召喚したフォカッチャ王国のコシモ王が並んで待っておった。


「我が国も魔王様に降伏いたします」


 コシモ王がそう言ってきたので、余は鷹揚にそれを認めた。そうと決まったからには、今度はこやつらの国の問題を解決してやらねばな。


 それで、何か困ってることはないかと聞こうとしたとき、スズナが口を挟んできた。


「ねえ、それじゃあ、もうわたしが居る意味ってないよね。元の世界に帰してくれない?」


 おお、そうであった。スズナは異世界から召喚されたのだったな。元の世界に帰りたいであろう。


 余に匹敵するような力の持ち主など今まで会ったことはなかったし、異世界人であるスズナの話は余の常識からするといろいろと面白く、また参考にできる点もあったので、いささか名残惜しくはあるが、いたしかたあるまい。


 スズナを召喚したフォカッチャ王家秘伝の魔法陣のあるところは当然スズナが知っているので、その国の王たちを連れてスズナの魔法で瞬間移動する。


「んじゃ、これ返すね。わたしのリュック返してくれる?」


 スズナが、手に持っていた片刃の曲刀を鞘ごとコシモ王に渡すと、その瞬間に鞘のこしらえが変わる。ふむ、これは面白い。魔法の剣だったのか。


「あ、これは持つ人が考える『最強の剣』に変わる魔法の剣なんだって。わたしのイメージ……印象だと、かたなが一番強いのかなって思ってたから、刀の形に変わったみたい。あ、刀ってのはわたしの国の独特の剣でね、切断能力がとっても高いの」


 スズナが自分の荷物らしき背嚢はいのうを王から受け取りながら説明する。


「ふむ、そうであったか」


「それじゃあね、善良な魔王様。がんばって世界征服して、世界中の人々を幸せにしてあげてね♪」


 そう言うとスズナは魔法陣に向かって歩み、その中心に立つ。


「うむ、任せておくがよい。スズナも元気でな」


 そう別れの挨拶をすると、フォカッチャ王国の宮廷魔道師長が魔法陣を操作するために魔法陣の端に設置されている台の上の水晶玉に手を触れた。


 さらば、異世界の勇者スズナよ。そなたのことは忘れぬぞ……


 ……と思っておったのだが、雲行きが怪しくなって参った。


「ちょっと、帰せないってどういうこと!?」


 どうやら、魔法陣が壊れてしまっているらしい。別に隠していたわけではなく、スズナを召喚したあとは使っていなかったので、帰そうとした今になって召喚時に壊れていたことが発覚したというのである。


 召喚の責任者だった宮廷魔道師長が青くなって言い訳しているのだが、要は秘伝の魔法陣で使い方しか伝わっておらず、原理も製法も修理法もわからぬとのこと。


 それを聞いていたスズナの顔もどんどん青ざめてきている。


「ちょっとぉ! わたし、確かに元の世界はそんなに好きじゃないけど、それでも家族や友達に二度と会えないなんて絶対だよ!!」


 スズナが悲鳴じみた声で叫ぶ。ふむ、元の世界はあまり好きではないのか。だが、家族との仲はよいし親しい友人もいるようだ……余とは違って、な。


 まあよい、せっかくの縁だ、スズナのために余が一肌脱ぐとしようか。


「ちと、余にこの魔法陣を見せてはくれぬか?」


「え、魔王、わかるの?」


「解析してみねばわからぬが、余とて三百六十年ほど魔法の研究をしてきたのだ。少しはわかることがあるかもしれぬからな」


 そう言って、魔法陣に解析魔法をかけてみる……こ、これは!?


「何であるか、これは? 魔法陣の方は、ただの飾りではないか!」


「何ですと!?」


「飾り!?」


 宮廷魔道師長もスズナも驚いているが、実は余も少し驚いておる。


「うむ、一見複雑そうな文様に見えるが、実は何の意味のない模様が入れ子になって無限に繰り返しているだけの図形にすぎん。解析しようとする者を惑わすだけであるな。こんなものを、いくら研究しても何も出てはこないであろうよ」


「フラクタル図形!!」


 余の解説に、スズナがなにやら聞いたことのない名前を叫ぶ。スズナの世界には、こうしたものがあるようだな。


「では、この魔法陣の解析を続けると必ず出てくる正体不明の無限数字も、もしや……」


 宮廷魔道師長が聞いてきたので、余は思わず呆れてしまった。


「待て、まさか気付いておらぬのか? 確かに複雑な偽装がかけられていて、一見すると何の計算かわからぬかもしれぬが、出てきた数値を見れば、幾何の初歩を学んだものなら即座に理解できる数値であろうに」


「え、幾何の初歩ですと!?」


「三.一四一五まで読み取れば、普通なら理解できるであろうが」


「円周率?」


「あっ!?」


 不思議そうに聞くスズナと、それを聞いた瞬間に愕然とした顔になる宮廷魔道師長。


「いかにも。何やら複雑そうな計算に見せておいて、実のところは魔法陣の円周を直径で割っただけの偽装計算にすぎぬよ」


「で、では!?」


 おそらく何代にもわたってだまされていたと気付いた宮廷魔道師長。本来、魔法使いの中でも頭のよい者が宮廷魔道師になるはずだが、なまじ頭がよい分、固定観念にしばられて簡単なところを見落としていたのであろう。哀れであるな。それにしても、歴代の魔道師長がすべて、こんな簡単な仕掛けにだまされてきたのだから、この国の魔術研究はあまり進んでいないのであろうな。


 まあよい、スズナのために召喚術の本体を探すとしようか。

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