第9話 勇者送還には成功したけど、帰ってみたら予想外の事態に遭遇した件

「どうやら、異世界召喚の魔法について刻み込んだ本体はこちらであろうな」


 そう言いながら、余は制御装置と思われていた水晶玉の方に解析魔法をかけてみた。やはり、こちらに魔法が込めてあったか。どうやら、魔力を供給する回路の方に負荷がかかりすぎて回路が溶け潰れてしまい、魔力供給ができなくなったらしい。だが、召喚術を刻んだ回路の方は無傷で残っていたので、どんな魔法かは解析できたぞ。


 ふむ、空間魔法の一種であるな。捜索魔法で魔力の素質の高い者を異世界から探す魔法と、その相手を呼び寄せる空間魔法が中心で、その際に魔力の素質を完全に発現させる魔法と、召喚術を起動した者の言語を教え込むという魔法も付加してある。なかなか複雑な魔法が組み込んであるが、余にとっても異世界を探索したり、異世界から人や物を呼び寄せるような魔法や、言語を教え込む魔法は初めて見た。魔力の素質解放については、魔王になったときに己自身が体験したので、似たようなことは可能だとわかっていたが、魔法として見たのは初めてである。


 なるほど、余の場合は四百年の修行……というよりは忍耐と言うべきか? ……で身につけた世界規模の魔力であるが、スズナの場合はもともと素質があったらしい。それを、この魔法で解放したのだな。その際に、スズナの素質が大きすぎたため、より多くの魔力が必要となり、供給回路の方に負荷がかかりすぎてしまったのが故障の原因のようだ。


 おっと、興味深いことはいくつもあるが、肝腎の異世界転移については既に把握できた。ここは研究は後回しにして、スズナを早く元の世界に戻してやるべきであろう。


「うむ、召喚魔法の本体はこちらであった」


「こちらが本体ですと!? しかし、こちらを解析しても、探知魔法らしきものはともかく、ほかは理解不能な魔法ばかりで……」


 宮廷魔術師長が言ってくるので、逆に聞き返す。


「空間魔法の一種であることぐらいはわからぬのか? 瞬間移動や異空間収納が使えるなら、その類似の魔法であることぐらいは理解できると思うが」


「異空間収納など、最低でも五百年は使える者がいたという記録はございません。瞬間移動にいたっては、この魔法陣を作ったといわれる伝説の魔術師ヤスダ以来、八百年以上使えたものはおりません」


 それを聞いて余は納得した。空間魔法の使い手自体がいないのでは、作り方などが失伝してもしかたあるまい。


「なるほどな。これは空間魔法の応用なのだよ。したがって、瞬間移動魔法が使える余やスズナなら、世界番号さえ把握できれば異世界に転移できるぞ」


「世界番号?」


 スズナが聞いてきたので説明する。


「この世界や、そなたの世界のほかにも、無数の異世界が存在するらしいな。それらひとつひとつに番号が設定されているようで、それぞれの世界の生物には固有の番号として魂に記録されているらしい。そなたを解析すれば、番号が分かるし、その番号さえわかればそなたの世界へ転移することが可能である」


「それじゃ、戻れるのね?」


 嬉々として尋ねてくるスズナにうなずくと、さっそく解析魔法をかけて彼女の世界番号を調査する。ふむ……


「スズナの世界の番号は一九二.一六八.五九.六三……のようだな。ちなみに、この世界の番号は一九二.一六八.五八.三だ。なるほど、数値からしても近い世界のようだな」


「……何か、お父さんが家のLAN組むときに言ってたIPアドレスとかいうのにそっくりなんだけど」


 スズナが意味のわからぬことをつぶやいているが、どうやら何か知っている数値にでも似ていたようだな。


「まあ、問題はない。それでは行くとするか」


「あ、ちょっと待って! わたしの世界、たぶん魔法が使えないよ!! 魔王も一緒に行ったら、戻れないかも」


 異世界転移をしようとしたのだが、スズナに止められた。何と、魔法が使えぬとな!?


「魔法が使えぬとは、どういうことであるか?」


「いや、前にも言ったけど、わたしの世界には魔法が存在しないのよ。昔話とか物語の中には魔法が出てくるけど、実際には使ってる人がいないの。だから、たぶん魔法を使う力の源自体がないんじゃないかと……」


 おっと、そうであった! スズナの世界には魔法がないのだったな。確かに魔力の源である魔素がない可能性は高い。だが、それならば解決策はある。


 余は異空間収納から蓄魔水晶を取り出した。


「なに、この宝石、すごくキラキラ光ってるんだけど!?」


 スズナが目を輝かせて聞いてくる。うむ、女子は輝く宝石が好きなものであるからな。


「これは蓄魔水晶といってな、魔力を中にため込んだ石なのだ。これがあれば、体内の魔力が切れたときに魔法を使うことができるのだ。これがあれば周囲に魔素がなくとも魔法を使えるはずだ」


 余がまだ体内の魔力しか使えなかった六十歳前の頃に、体内の魔力を使い切ってしまったのに休息して魔力を回復する余裕がない場合に備えていくつも作っておいたものなのだ。普通の石に魔力を込めると結晶化して水晶状になり微発光するのである。魔法使いなら誰でも作れる程度のものだ。発光の程度は蝋燭ろうそくの光ほど強くないが、安全性が高いため夜間照明などにも用いられており、この世界では珍しいものではない。


「それでは行くとしよう」


 余は、十分な量の蓄魔水晶を両手に持つと、スズナと余を対象として異世界転移の魔法を使った。


 結論からいうと、スズナの世界にも魔素はあった。それも、余の世界と変わらぬくらいの量が。蓄魔水晶は不要だったのである。


 にも関わらず、なぜスズナの世界には魔法がないのか。余はすぐにその理由を理解した。きわめて簡単なことである。魔法など使わずとも済むような便利な道具が山ほどあったからだ。火を使わずとも光を放つ『電灯』という照明器具、遠くにいる人間と会話できる『電話』なる道具などのほか、スズナが言っていた『自動車』も山ほど走っているし、それよりさらに大量の人間や物を運べる『電車』なる輸送手段も存在する。どうやら、攻撃魔法以上の威力がある『銃』や『大砲』などという武器も存在するらしい。


 確かに電灯や自動車なら余も似たような魔道具を作ることができるが、それは余ほどの魔力があってこそ作ることができるものである。この世界では電灯や自動車を作る『工場』なる組み立て場に勤めて知識と技術さえ学べば、誰でもこれらを作ることができるというのだ。


 余の世界では、魔法を使えるようになるには四十年間女犯を断つ必要がある。スズナの世界にも同じような伝説はあるというが、実際にそれで使えるようにはならぬらしい。どうやら、スズナの世界では魔法を使えるようになる実質的な条件が失伝してしまったようだ。それも当然であろう。苦労して魔法を覚えるより、便利な道具を作る方法を覚えたり、それらを買うために努力する方が現実的であるからな。


 先ほどの召喚魔法の水晶玉の中に記述されていた言語教育の魔法をさっそく使ってスズナの国の言語をおぼえて、色々と教えてもらったのだ。


 中でも有意義だったのは『学校』という教育機関や『義務教育』という制度を知ったことである。哲学を学ぶ大学というものは余の世界にも存在していたが、一般庶民に教育を施す教育機関や、それを義務とするような制度は存在していなかった。余のように貧乏人(といっても我が家は国から俸禄をもらう騎士階級ではあったので飢えたことなどはなかった)が学問をするには修道院に入るなどの方法しかなかったのである。しかし、スズナの世界では『学校』を作って庶民にもなかなか高度な教育を施していたのだ。そうした教育を義務として広く施しているからこそ、あのように魔法に匹敵するような便利な道具を大量に作ることができるのであろう。これは、余が世界征服した暁には、ぜひとも我が世界にも導入したい制度である。


 ちなみに、スズナは義務教育は終えたあとの高等学校の生徒とのことで、あの水兵風の服はその制服だったそうな。スズナの世界でも元は水兵の服だったらしいのだが、水兵の服を女学生の制服にする理由が余にはさっぱり理解できぬ。


 幸い、スズナの学校は夏休みという長期休暇の途中で、しかも部活動とやらのあとで友人の家に泊まると言って外出した際に召喚されたので、スズナが2日ほどいなくなっても大騒ぎにはなっていなかったそうだ。


 その友人が心配していたのではないかと聞いたのだが、どうやら友人の家に泊まるというのは口実で、本当は一人で遠出をする計画だったらしい。ちなみに、休みなのに部活を口実に制服を着たのも家族を誤魔化すためだったということだが、スズナの世界の常識を知らぬ余には意味がよくわからぬ。


 ともあれ、無事にスズナを元の世界に送還することはできたし、余も新たな知見を得ることができたので、非常に有意義であった。


 なお、僅かな時間しか滞在しなかったものの、繁華街を見せてもらったので大勢の人を見ることができたのだが、それから判断する限りではスズナの世界の人間の身長の平均は余の世界の人間と大差ないか、むしろ低めであるようであった。


 ほかにも色々とスズナの世界を見て回りたい気もしたのだが、行き方や言語はわかったので、見学はまたの機会にすることにして、余は自分の世界に戻ることにした。


 蓄魔水晶の魔力を使う必要もなく、異世界転移の魔法を発動して元の世界に戻ると、新たに余の支配下に加わったフォカッチャ王国のコシモ王や大臣から要望を聞き、治水や土壌改良などの工事を行ってから、余の居城に戻った。


 なぜかスズナがいた。


「来ちゃった……てへっ♪」


 そう言いつつ舌を出しながら笑うスズナを見て、余は初めて『小悪魔の笑み』という言葉が指す表情がどのようなものかを知ったのである……『小悪魔』と呼ぶには、いささか大柄であったが。


~~ ~~ ~~ ~~

本話と同じ時間にスズナ視点の外伝『涼城鈴奈は巨女である』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054882483026

を予約投稿しております。よろしかったらご覧ください。

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