第10話 勇者とはよい関係を築けたけど、教会が敵に回った件

 なぜスズナがいるのか? 一瞬理解できなかったが、よく考えてみればスズナは余の異世界転移魔法を一度見ており、この世界の世界番号も知っている。あちらの世界に魔素がある以上、スズナ自身が魔法を使ってこちらの世界に来ることは容易であろう。


 問題は、何のために来たかである。


「スズナよ、お世辞にも久しぶりとは言えぬ短時間であるが、再会を祝そう。それで、何用なにようであるか?」


「あー、ごめん。ちょっと異世界転移魔法を試したかったのと、今後のことについて相談に乗ってもらいたくて」


「ふむ、相談とな?」


 まあ、異世界転移魔法を試してみたいという気持ちはわかる。だが、余に今後の相談とは何であろうか? 余はスズナの世界には特に詳しいわけでもないのだが。


「うん。わたし、急に魔法使いになっちゃったから、戸惑ってるの。だってさ、わたしは異世界召喚された勇者って、元の世界に帰ったら異世界で得た力は無くなるとばっかり思ってたのよ。魔法の力だって、消えちゃうか、使えなくなるかどっちかだと思ってたの。ところが、使えるのよ、バッチリ!」


「ふむ、当然であろうな。あの異世界召喚魔法陣……というか、魔法陣自体は偽装だったので魔法具と呼ぶべきであるかな……に込められていた魔法は『魔法の素質の解放』である。元来そなたにあった素質を解放したのだから、解放された素質は元の世界に戻ってもそのまま残るであろうよ」


「だから困ってるの! わたしの世界では魔法なんて使える人いないし、使ったらどんだけ変な目で見られるかわかったもんじゃないのよ。だからって、使わないで済ませるには惜しすぎる力だし!」


 ふむ、スズナ自身が混乱しているので要点がわかりにくいが、だいたいの問題点はつかめた。


「なるほど、つまりそなたとしては、魔法は使いたいが、どうやって使えば目立たなくて済むかわからないので、余に教えてほしいというわけであるな」


「そう、それよ!」


はななだ遺憾ながら、あまりよい助言はできそうもないな」


「どうして!?」


「余自身が魔法を隠して使っておらぬ」


「あ……」


 余の指摘に愕然とするスズナ。しかし、せっかく来てくれたのだ、何も助言せぬというのも人情に欠けるであろう。


「だが、まあいくつか考えついたことはある。役に立つかどうかは保証できぬがな」


「それでいいから教えて!」


 くいつくように身を乗り出してくるスズナ。


「その一、そなたが魔王になって世界征服をする。そなたの力は余に匹敵するのだ。魔法の無い世界なら対抗手段を探すのも難しいであろうから簡単に世界征服できよう。これなら隠す必要はない」


「却下!! 確かに勇者の魔王堕ちってよくあるパターンだけど、わたしには別に世界征服する動機とか無いし! それに目立ちたくないって一番の目的に反してるじゃないの!!」


 むう、やはりこれは駄目であったか。まあ予想の範囲ではあるが。


「では、別の案を出そう。その二、精神操作魔法で、そなたが魔法を使うところを見た者の記憶を消すか改竄かいざんする」


「えぇ~!? ……でも、よく考えると、それはアリかも……って、やっぱダメでしょ! 人の記憶の改竄とか、究極のプライバシー侵害じゃない!!」


 プライバシーというのは、確か個人の情報だとか秘密だとかそんな感じの意味であったかな。スズナの母語は複数系統の言語から編入された語彙ごいが多くてわかりにくいのだ。


「むう、そなたの世界では倫理的によろしくないのであれば、別の方法を考えた方がよいか」


「え、まだ別の方法あるの?」


「逆もまた真なり。その三、そなたが魔法を使う前に光魔法の応用で透明化する。周囲の光を屈折させて身体の周囲を迂回させれば、周りからは見えなくなるからな」


「それよ! あ、でも、この方法だと、わたしが見えてる状態から消えたら、それだけでマズいんで、どっかに身を隠してからじゃないと使えないか……ってウル○ラマンじゃない! いや、最近のウ○トラマンは正体隠してないのもいたっけ? ……じゃなくって! でもまあ、今までの案の中じゃ一番マシというか、使えそうなアイデアよね」


 何やら混乱しているようではあるが、一応は使える案だと思われたようだ。


「あとは、そなた自身が応用方法を考えるがよい」


「そうね、基本、見られなきゃいいってことを教えてもらえたんだから、あとは自分で工夫するわ。ありがとうね。何かお礼ができたらいいんだけど」


 ふむ、お礼とな?


「ならば、そなたの世界のことを色々と教えてはくれまいか。この前、ほんの少し見ただけでも非常に先進的であることがわかった。そなたの世界を参考にすれば、この世界をもっと住みよくすることができるであろう」


 余は自分が馬鹿なことを知っているのであるからして、よい助言者がいれば教えを請うことはやぶさかではない。


「お、内政チートね! わたしもそういうのは大好物だから、いろいろアイデアあるよ。大船おおふなに行ったつもりでどーんと任せなさい! 戦艦大和の主砲は東京駅から大船駅まで届くんだからね! 転失気てんしきのつっかえ棒はいらないわよっ!!」


 おお、言葉の意味はよくわからぬところもあるが、とにかく凄い自信であるな。


 かくして、余はよき助言者を得ることになったのである。夏休みという長期休暇中であるようだが、宿題とやらいう勉強や、友人との交遊など、いろいろ忙しいらしい。しかし、暇を見つけては余の所にやってきては、この世界のことについて尋ねてきたり、逆にあちらの世界のことを教えてくれたりするようになった。


 そして実際、すぐにスズナの助言が役に立つことになったのである。


 余が治水した大河で問題が発生したのである。治水工事自体には問題はなかったのだが、その大河を流通に使っていた水運業者たちから苦情が出たのだ。大河の曲線をゆるやかにしたので、水の流れが速くなってしまい、さかのぼるのが大変になったというのだ。


 これは余にとっても予想外の事態であった。流域の安全のことだけを考えて、河自体を利用している者のことを考えていなかったのである。


 洪水に対する備えを考えれば、大河を元のように曲げることはできぬ。水運業者の船に魔法の推進能力を与えることも考えたのだが、この方法では既存の業者への補助にはなるものの、新規参入を阻害してしまうので公正な競争という面で考えると好ましくない。


 ほとほと困ってスズナに相談したところ、まったく思いもよらなかった解決法を示されたのである。


「ダムを作ってみたらどうかな?」


「ダムとな!? それはどのようなものであるか?」


「河の上流をせき止めて、人工的に湖を作るの。せきの水門を開け閉めして、放水量を調整するのね。放水量を少なくすれば、流れがゆるやかになるんじゃないかな。大雨のときの洪水対策にも、日照り続きのときの渇水対策にもなるよ。ただ、湖に沈むところに住んでいる人への対応が必要だし、環境破壊にもなっちゃうんだけどね。もしよかったら現物を見に行こうか?」


 誘われるままにスズナの世界へ転移し、黒部ダムというのを見学したのだが、余はその雄大さに感嘆した。あれほどの巨大建造物を魔法なしで作るとは、スズナの世界の技術力というのは実に大したものである。魔法で機構なども解析したが、そのまま余の世界で再現するのは難しいものであった。だが、原理は理解できたので、もっと簡便な水門を設置すれば問題あるまい。元来、余の世界にも用水路に分流するための簡易な堰はあったのだ。大河の大部分をせき止めるほどの規模のものを作るのは難しかったのだが、余の魔法ならば作れるであろう。


 余はさっそく元の世界に戻ると、今度はカール王や大臣などとも相談して、慎重に人工湖を作る予定地を選定し、その周囲の住民の意見なども聞いた上で、十分な損失補填をしてから工事を行った。もちろん、堰を作るのは水運業者が利用している流域の上流であり、水運を妨げないように配慮してある。


 さすがに、この工事は二、三日で終わるというわけにはいかなかったが、余の力をもってすれば半月ほどで工事は完成し、立派な堰ができあがった。この堰によって放水量を少なくすることで大河の流れはゆるやかになり、水運業者の船は元のように運用できるようになった。大雨時などには放水量を増やすので流れは急になるが、そのようなときは今までも増水で危険だったので水運業者は運行を停止していたので問題はない。


 ほかの治水工事をした場所で似たような問題が起こっているところには同様の工事を行って問題を解決するなど、しばらくは内政を重点的に行っていたが、その間も徐々にではあるが世界征服は進めていた。外交的成果によって平和裏に余の支配下に入る国も少しずつではあるが増えており、入らなかった国も余が乗り出せば一日で傘下に降った。


 そのようにして余が生まれた大陸の西側三分の一ほどを征したとき、いささか予想外の敵が現れた。


 教会である。


 この大陸の西側にある諸国の教会を統括する教皇が、余を『神の敵』と断じて破門したのであった。

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