第11話 教皇に自分の信仰を訴えてみたけど、やっぱり服従を要求された件
※この話に出てくる宗教は、あくまでファンタジー異世界における架空の宗教であり、実在の宗教とはまったく関係ありません。
~~ ~~ ~~ ~~
余は憤然として教皇の元へ赴くことにした……が、その前に、とある所に寄り道をして、ある人々と話し合いをした。その上で、教皇が住む教皇領の中心地にある大聖堂に赴いたのである。
「へえ、これが大聖堂かぁ。何か、やっぱりバチカンのサン・ピエトロ大聖堂にそっくり。この世界、意外にわたしの世界と似てるところが多いんだよね」
大聖堂を見ながら感心したように語りかけてくるのはスズナである。破門の話がきたときに、ちょうど居合わせていたのだが、余が教皇に抗議に行くと聞いて、なぜかついてきたのだ。この様子からすると、この世界のさまざまな場所を観光したいのかもしれぬ。まあ、同行されても特に問題はないので許可はしたのだが。
「ではさっそく教皇に会おうか」
「アポ……じゃなくて、面会予約は取ってるの?」
「魔王にそのような礼節は無用」
余は正面入り口から堂々と大聖堂に立ち入った。もちろん衛兵が取り押さえにきたが、即座に無力化した上で、読心魔法を使って教皇の居場所を読み取り、そちらに向かう。
「お忙しいところを失礼する。余は魔王である。教皇に抗議に参った」
「こんにちは~」
教皇の執務室に押し入りながら、そう挨拶する。同行しているスズナの挨拶は緊張感の欠片も無いが、異世界人で異教徒であるから、ここに居る人物の重要性もわかっておらぬのであろうな。
室内には何名かいたが、机の前に座っているのが教皇であろう。白く長い髭をたくわえ豪奢な法服に身を包んだ、ふくよかな老人である。
「抗議ですかな?」
驚いているだろうに、それを片鱗も見せず、悠然と応じる教皇。ふむ、さすがは教皇だけあって海千山千、一筋縄ではいかぬな。
「左様。余を『神の敵』とみなして破門したことについてである。余はいまだ一度たりとも神に背いたおぼえはない。ゆえに、余を神の敵と見なす根拠を教えていただきたい」
それを聞いて、僅かに片眉を上げる教皇。
「神に背いたおぼえがないとおっしゃるか?」
「いかにも。余は常に神を唯一の神として崇めてきた。偶像を作って崇拝もしておらぬ。神の御名をみだりに口にしたこともない。魔法の修行を続ける間も、週に一日の安息日は修行を休んできたし、今も安息日には休んでおる。修道院に入る前は父母を敬わなかったことはない。いまだ一度たりとも殺人を犯してはおらぬ。姦淫をするどころか四百年間童貞である。人のものを盗んだこともない。嘘偽りを口にしたこともない。隣人の妻や財産を欲しがったこともない。かように、
余の発言を聞いた教皇は、わずかに目を見開いた。かなり驚いたようであるな。余についての事前の情報収集はしているのであろう。余が今までひとりも殺していないこと、既存の王家をそのまま存続させていることなどから、余と敵対したとて、いきなり教会を滅ぼすような暴挙には出ないだろうと踏んだのだろう。また、余が三百八十年前は普通の人間であったことくらいは知っており、その頃の人間であるなら教会の権威にはひれ伏すと思っていたのではあるまいか。だからこそ、いきなり『破門』などという強硬手段で脅しにきたのであろう。普通なら、異端を疑われる相手であっても、まず教皇教書などを送って対話や取り込みをはかるのが教皇庁のやり方であるからな。だが、教皇やその取り巻きの
「ほう……十の戒律を『旧約』とおっしゃる。それに、『修道院に入る前』ですと?」
「うむ。余はかつて十年間ほど修道院で見習い修道士をしていた。正式な修道の誓願を立てる前であり修道名を頂いてはおらぬ。だから、修道院を出たとて棄教の罪に問われるおぼえはない。そして、修道院では魔法の知識だけでなく、当然『救世主様の教え』も学んでおる。ゆえに、先の十の戒律は『
この教皇が指導する『正統教会』が崇めるのは、『唯一の神』である。その御名は神聖であり口にしてはならぬとされている。そして、その根幹の教えは『救世主様』が唱えられたものなのだ。先の十の戒律は、救世主様より前の預言者が神より与えられた戒であり、救世主様が降臨される前には、それを厳格に守ることが神の意志に沿うこととされていたが、救世主様はそれを変えられたのだ。
「なるほど……それでは、あなたは神と『救世主様の教え』を信じておられると?」
「いかにも。救世主様の教えとは、すなわち『博愛』である。救世主様はおっしゃった、『神は愛なり』と。ゆえに、余は神がすべての者を愛し救ってくださることを信ずる。救世主様はおっしゃった、『汝の隣人を愛せよ』と。ゆえに、余もまたすべての隣人を愛し、世界の人々のために働くのである」
これを信じることが、救世主様の教えの根幹である。そして、これこそが救世主様が結ばれた神と人との新たなる契約、すなわち『新約』である。それ以外は枝葉にすぎぬ。余はそう信じておる。この新たなる契約を結ぶ代償として、救世主様は人々の神に対する罪を背負って処刑されたという。その三日後に復活して昇天するという奇跡が起きたことが、新たなる契約の証であるとされている。
事実として救世主様が復活されたかどうかは、余にとって重要ではない。余はその奇跡が起きたと信じるのみである。それが信仰というものであろう。
それにしても、こうやって言葉にして始めて気付いたのだが、余が世のため人のために働くことを楽しんでいることの背景には、神への信仰があったのであるな。普段は意識せぬから、なかなか気付かぬものだ。
「やっぱ、何かキリスト教っぽいね……にしても信心深い魔王って……」
スズナがつぶやいているが、スズナの世界にも似たような教えの宗教があるのであろうか。まあ、信心深いというのが『魔王』という言葉の印象にそぐわぬというのは、その通りであろうが。
と、少し沈思していた教皇が余に語りかけてきた。
「確かにあなたは救世主様の教えを正しく信じておられるように思われます。私が聞いていた話とは、だいぶ違うようです。誤った情報による破門は正されなければならないでしょう。しかし……」
そこで一旦口を閉じ、あらためて余に語りかける。
「そのためには、あなたが教会に忠実であることを証さねばなりません。皆の前でひざまずいて神の代理人たる私に服従を誓い、祝福を受けなさい。それが破門を解く条件です」
やはり、そう来たか。ならば回答はひとつである。
「笑止! 余は魔王なり。すなわち、世俗権力の頂点に立つ者なり! 信仰の独立と教会の権威は認むれども、その前に膝を屈する余地は無し!! 余は、世俗権力と信仰は分けるべきと考えておる。政教分離である。したがって、余は教会に従わぬ。ただし、教会が余を認めるなら、余も教会の既得権益を認めよう」
余は確かに神への信仰を持っているが、それと教会の権威や権力を認めるかどうかは別問題である。特に余は十年の修道院生活によって、教会の内部が腐敗しており、信仰よりも富や世俗権力に固執する上位聖職者が多いことを内側から見て知っているのである。しかしながら、それを悪と断じて批判するほど余は純朴ではない。教会が余の存在を認めるなら、余としても教会の既得権益を認めるのにやぶさかではないのだ。
しかし、余の回答を聞いた教皇は表情を険しくして改めて脅しにかかってきた。
「では、破門を解かずともよいのですか? 教会を、いや、この地に住むすべての信者を敵に回してもよいと考えているのですか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます