第12話 教皇に足元を見られて脅されたけど、こっちも脅し返した件
※繰り返しますが、この話に出てくる宗教は、あくまでファンタジー異世界における架空の宗教であり、実在の宗教とはまったく関係ありません。
また、作中に同性愛を否定する表現が出てきますが、これもあくまで異世界における特定宗教の思想であり、現実の同性愛について否定するものではありません。
~~ ~~ ~~ ~~
教皇に破門を続けてもよいのかと脅されたが、何とも陳腐であるな。確かに教会に破門された者と信者は交わってはならぬことになっている。また、破門されている限り子弟が新たに生まれても『洗礼』を受けられぬし、死ぬ間際に己の罪を聖職者に告白して許しを請う『告解』もできぬから死後の安息も保証されぬ。だが、余の回答は変わらぬ。
「
もっとも、こうは言ったものの、本当は今後妻子を作る予定ではある。ただし、正当教会から破門されても困らないのも事実である。なぜなら、代わりがあるのだ……今の時代には。であるからして、余は次のように言葉を続けた。
「困るのは、余の助力を受けられぬようになる王侯相将や民の方であろう。そうなった場合、王侯相将や民は正統教会にこだわるかな?」
それを聞いた教皇が、はっきりと表情を変えた。
「まさか、あなたは『聖典派』と……」
「うむ、既に『聖典教会』諸派の代表と面会してきておる。彼らは、余の政教分離の方針を支持しておる。何しろ、救世主様がはっきりとおっしゃっているからな。『神のものは神に、皇帝のものは皇帝に』と」
教皇が『聖典派』と呼んでいるのは、正統教会とは別系統……というか、正統教会から離反した教会諸派のことであり、彼ら自身は自分たちを『聖典教会』と呼称している。これは、正統教会の腐敗を批判し、抗議していた北方諸教会が、教皇の指導する正当教会の教えは正しいものではなく、救世主様の言葉が書かれた聖典の教えこそが正しいとして、正統教会から離反したものである。正統教会のように統一的な組織があるわけではなく、いくつかの宗派に別れているが、聖典の教えを尊重することと、政教分離を唱えている点は共通している。もっとも、一部には国王が宗教指導者を兼ねている宗派も存在してはいるのだが。
聖典教会諸派は、大陸西方の北部一帯に勢力を伸ばしており、余の生国であるバゲット王国は正統教会の勢力範囲だったのだが、ロッゲンブロート王国などでは聖典教会がかなり力を持っている。それより北方は、ほぼ聖典教会の勢力圏といってよい。
聖典教会のような分離独立派は三百八十年前には存在していなかった。だから、教皇や枢機卿どもは余が聖典教会に接触するとは考えなかったのであろう。しかし、当時の修道院の中には既に聖典を根拠として正当教会の腐敗に批判的な層が存在しており、余はそうした批判派の教えを受けていたのである。ゆえに、山から下りた後で聖典教会の存在を知っても違和感はなく、また聖典教会諸派の代表とも友好的に話し合いができたのである。だから、仮にこのまま破門が続いたとしても、余は聖典教会の方で結婚式を行うことも、子に洗礼を授けてもらうこともできるのである。
ちなみに、救世主様の教えを信じる教会としては、ほかに正統教会よりも東の方が勢力圏の『神聖教会』がある。これは別名を『東帝教会』ともいい、古代パーニス帝国が分裂した東パーニス帝国の国教であったのだが、東パーニス帝国崩壊後は衰微している。
また、同じ唯一の神を信じる宗教として、『旧約教』または『選民教』と呼ばれるものと、『預言者教』がある。
『旧約教』は、その名のとおり十の戒律に代表される神との
『預言者教』は逆に救世主様のあとに『預言者』と呼ばれる指導者が興した新しい宗教である。その教義では預言者は唯一の神の代弁者であり、預言者の残した聖典が神聖視され、そこに記された戒律を守ることが重視されている。『預言者教』では救世主様は預言者の先達である聖人として扱われている。三百八十年前には東パーニス帝国よりさらに東の砂漠地帯を中心に信仰されていたが、最近は旧東パーニス帝国の領域や、南の大陸に勢力を伸ばしていると聞く。
同じ唯一の神を信じる宗教だけで、これだけあるのである。その中の一派にすぎぬ正統教会を特別扱いなどできるはずもあるまい。さらに、東方の大砂漠を越えた先には、まったく違う宗教を信じる大帝国もあると聞いている。正統教会のように、異端を徹底的に弾圧したり、異教徒に不寛容な宗教を重んじては、今後の世界征服にさしつかえるのだ。
余は、確かに己の信ずる神を唯一の神として信仰しているが、それを他人に強制しようとは思わぬ。それぞれが己の神を信じておればよいのだ。そやつらの神は余にとって神ではないというだけのことだ。唯一神への信仰とは、そういうものであると、余は信じる。おっと、余談が過ぎたな。
沈黙してしまった教皇に対して、余は再び先の提案を繰り返した。
「余は、別に正統教会と敵対するつもりはない。正統教会が余の存在を認めるなら、正統教会の既得権益を認めよう。世俗権力としての教皇領の維持も、十分の一税も認めよう。だが、もし余を認めぬというのならば……」
「教会を滅ぼす、とでもおっしゃいますかな」
ふん、教皇め、余がそのようなことはするまいと思って、あえて強気に出たな。まあ、それは正しい。正しいが、それがすべてではないぞ。
「まさか。余とても一度は正統教会の修道院で修行した身。そのような暴挙はせぬよ。しかし……」
「しかし?」
「余が修道院で教わったことを、すべての正統教会の聖職者に教えるとしよう。すなわち『清貧』である。身にまとうは粗衣ひとつ、夜休むのは堅い寝台に毛布一枚、食事は野菜の汁物一皿と
「食事が野菜スープ一皿、パン一個、ワイン一杯って、やっぱり修道院の生活って厳しいのね~」
スズナは他人事なのでのんきに感想を述べているが、当事者である教皇や枢機卿どもの顔色は、余の言葉が進むにしたがって、どんどん悪くなっていった。そこで、余は駄目押しとして、教皇の象徴である三重冠を指さしながら話を続けた。
「そこにある宝石や金箔で飾った三重冠など、迷える子羊を
「そういえば、わたし前に映画の『ダ・ヴィ○チ・コード』をテレビで見て興味がわいたんで原作読んだらハマっちゃって、自分でも法王庁ネタの小説書こうかと思ってネットでいろいろ調べてたときにウィ○で読んだんだけどさ、わたしの世界の何代か前のローマ法王……ってのは、ここの建物そっくりの聖堂がある宗教の一番偉い人なんだけど……が、こういう冠を売り払って、そのお金を貧しい人に寄付しようとしたらしいよ。結局、売るのはやめたけど、かわりに見世物にして見物料を貧しい人たちに寄付してるんだって」
スズナの話にはよくわからぬところもあるが、その宗教指導者の話に余は感嘆した。
「さすがにスズナの世界はいろいろと進んでおるな。聖職者もこの世界とは違って己の職分をわきまえているようで、羨ましいかぎりよ」
それから、さらに別のことを思いついて、余が『教える』内容を追加する。
「あと、『禁欲』も教えねばなるまいな。何しろ、四十年間童貞を守れば魔法使いになれるのだから、本来なら修道院も教会も魔法使いが大勢いなければならぬはず。確かに、修道院にはそれなりに魔法使いがいるからこそ、魔法の研究も比較的進んでいて、余も魔法のことを学ぶことができた。だが、本来なら、俗世で家庭を持ったあとにそのしがらみを捨てて聖職者になった者はともかく、それ以外は四十歳以上なら全員が魔法使いになれねばならぬのに、魔法使いの数が少ないのは何故であるのか? 姦淫の罪を犯している者がどれだけいるか明らかではないか! そのような者どもは四百年童貞の余が正しく導かねばなるまい」
そこで、一息入れてから、更に別の角度からの糾弾を続ける。
「もっとも女犯ではない者もいるようではあるな。神が『産めよ増やせよ地に満ちよ』とおっしゃられたことを理由に、『産む』ことなき同性愛は神が許し給わぬところであると教会では教えてるはずではないか。それなのに、女犯でなければよいと誤った解釈をして男同士で行為をしている者どもは、特に修道院に多いようであるな。そやつらも余が正しく導いてやらねばなるまい」
もとより、魔法使いになるために守る『童貞』とは、相手が男であっても行為をなしてしまえば捨てたことになる。それが『攻め』ではなく『受け』であってもな。このような行為が横行していたからこそ、余は魔法使いになるためには修道院を捨てて山籠もりをする方がよいと考えたのである。
もっとも、同性愛について『神が許し給わぬ』と主張しているのは正統教会などの聖職者が主なので、神に仕える者以外であれば、男同士、女同士が好き合ったところで、余の知ったことではないが。
「ええええええっ、何で突然そういう展開!? わたし、由香里に『古典は知っておくべき』とか勧められて文庫版の『風と○の詩』は読んだし、ライトなものなら少しは
スズナが何やら混乱しているようであるが、うら若き婦女子に男同士の行為の話題はいささか過激であったかな? しかしスズナよ、そなたは無意識にこの世界の言葉を使っておるようであるからして、『修道』と『衆道』の
そして、余は教皇を睨みつけながら改めて問うた。
「さて、教会は余を認めるか? それとも、余によって信仰にふさわしい清貧や禁欲を身につけるか? 好きな方を選ぶがよい」
教皇は屈服した。
かくして、余は正統教会に己の存在を認めさせる一方で、聖典教会とは友好的に話し合いをして、政教分離の原則を定めた。余は人々の信仰には一切干渉せぬ。そして、諸宗教勢力も余に敵対せぬ。それでよいということにした。
いずれ、神聖教会や旧約教や預言者教とも、より東の方の宗教勢力とも同じように話し合いをもたねばなるまい。その予行としても大いに意義のあることであった。
そして、余の世界征服は順調に進んでいった。
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