第13話 暗殺されそうになったけど、あっさり返り討ちにした上で許してやった件

 それが起きたのは、教皇が屈服して一月ほど後のことである。余が義務教育を推進する相談のため、知識のあるスズナを連れてバゲット王国のアンリ王に会いにいったときのことであった。既に夏休みとやらは終わっているそうなので、スズナが暇なときを聞いて訪問の予定を立てておいたのである。


「魔王っ!?」


 スズナの悲鳴が聞こえた瞬間、余は背中を長剣で刺されていた。


 が、何ともなかった。当然である。余の防御魔法を貫通するには、世界全体を破壊するくらいの力が必要なのだ。そんな力を出せるのは、余以外ではスズナぐらいしかいないのである。


 それにしても、意外ではある。バゲット王国の王宮、それも謁見の間で余を暗殺しようとする者がいるとは。余の力を一番よく知っているのがバゲット王国の家臣団であろうに。


 ところが、さらに意外なことが起こった。列席していた聖職者の一人が、余に向けて攻撃魔法を放ってきたのである。それも、かなり強力な爆裂魔法であった。これがそのまま炸裂すれば、余やスズナはともかく、アンリ王や大臣、近習などが危ない。


 そこで、余は爆裂魔法を防御魔法で包み、その中で爆発させた。列席していた者どもはもとより、謁見の間にさえ傷ひとつついておらぬ。


 魔法を放った聖職者は、既に近衛騎士に取り押さえられていた。それと同時に凄い音がしたので振り返って見ると、余を襲った近衛騎士はスズナに蹴り飛ばされて壁に激突し、気を失っていた。


「凄いではではないか。武術をたしなんでいるとは聞いたが、大の男をあそこまで蹴り飛ばすとは」


 余はスズナを褒め称えた。スズナは身長こそ高いが、体つきは女性らしく、別に筋骨隆々としているわけではない。体重なら蹴り飛ばした相手の騎士の方が重いであろう。それを蹴り飛ばしたのだから、武術の技術によるものではないかと考えたのだ。


 ところが、スズナの返答は予想外であった。


「魔力による身体強化ってヤツを試してみたのよ。異世界転移チートじゃ定番だから、できるんじゃないかと思ったんだけど、やっぱできたね」


「何と!?」


 スズナの言葉を聞いて余は驚嘆した。三百六十年も魔法を研究してきた余であるが、魔力そのものを身体能力の強化に使うなどということは、まったく思いつきもしなかったのである。スズナの話には理解できぬところもあるが、創作の中で異世界に行って魔法を使う物語があるという話は以前に聞いたことがあるので、そうした物語の中で使われていたのであろうと推測はできる。恐るべし、スズナの世界! すでに魔法が廃れた世界であるにもかかわらず、何という想像力であろうか!!


 と、そこに別の声が割り込んで来た。


「魔、魔王様、とんだご無礼を! これは決して私や我が国の考えではございません!! 我が弟シャルルの独断でございます!! こやつらは処刑いたしますし、私の命も差し出しますゆえ、何とぞ他の者はご容赦いただけませんでしょうかっ!!」


 アンリ王がひれ伏して謝罪してきたのである。余を攻撃してきた聖職者は、確か教皇の取り巻きの枢機卿の一人だったと思ったのだが、アンリ王の弟であったのか。それにしても、相変わらず己の身より国民を心配する王であるな。その心がけやよし。


「よい。処刑などするにも及ばぬ。二人とも許してやれ」


 余は鷹揚にアンリ王に告げた。ところが、それを聞いた王は信じられないというような顔をして聞き返してきた。


「で、ですが、こやつらは魔王様のお命を狙ったのでございますが?」


 そこで、余は悠然と答えた。


「余には傷ひとつついておらぬぞ。国王よ、例えばそなたは小さな子供が泥団子を投げてきた程度で、その子供を捕まえて処刑するのか? 確かに不敬かもしれぬが、それでは王者として余りにも雅量がりょうに欠けるであろう。同様に、こやつらの攻撃など、余にとっては泥団子にすら劣る程度の脅威でしかない。捨て置け」


「ははっ、魔王様のお慈悲、誠にありがたく……」


「やめよ、兄上! 魔王、貴様の慈悲などいらぬ!! 教皇が何と言おうが、俺は断じて貴様など認めぬぞ! 教会の権威に従わぬ貴様は神の敵だ!!」


 アンリ王の言葉を遮って、シャルルとかいう名前の王弟らしき枢機卿が叫ぶ。ふむ、教会を至上と信じる狂信者であるな。修道院にいた頃にも何名か見たことがあるが、このようなやからに話は通じぬ。だから余はアンリ王に向かって言った。


「教皇に伝えよ。服従の徳を忘れた高位聖職者が居る、とな」


 正統教会では上位者の命令は絶対である。最上位の存在たる教皇が余を認めているのに、それに反した枢機卿などは地位を剥奪され、追放されるであろうよ。


 だが、それはそれとして、余は個人的には、この枢機卿は評価に値する面もあると思っている。何しろ魔法が使えるのである。最低四十年は禁欲を守ってきた証拠である。王族に生まれ、高位聖職者という誘惑の多い地位にありながら、立派なものではないか。まあ、その分、狂信に凝り固まってしまったという可能性はあるが。


 であるからして、余は枢機卿の前に進み出ると、言葉をかけた。


「余がそれほど気に入らぬのなら、好きなだけ攻撃するがよい。余は何度でも受けてやろう。救世主様は『右の頬を打たれたら左の頬を差し出しなさい』とおっしゃっているからな」


 この男は魔法使いであるから、教会を追放されたとて生きていくことは可能であろう。引き続き余を付け狙ってくるなら、それもよし。もっとも、こやつが余のように山に籠もって修行するなら四百年後には余の脅威になるかもしれぬ。まあ、その頃には余はより一層の高みに立っているであろうがな。


 だが、余の言葉を聞いた枢機卿は、愕然とした表情で余を見て、余に問いかけてきた。


「……それは、本気で言っているのか?」


「余は常に本気である。余は教会に従う気はないが、救世主様の教えは常に尊重しておるのだ。そなたも教会から外に出て、己の信仰を見直してみるがよい」


 それを聞いた枢機卿は、がっくりとうなだれた。ふむ、どうやら、ようやく余の信仰を認める気になったらしいな。もっとも、己の信仰のすべてをかけてきた教会から追放されることに気付いて気落ちした可能性もあるが。


「ホント、お人好しの魔王なんだから」


 スズナにも呆れられてしまったが、余は己の立ち位置を変えるつもりはない。何しろ、余は絶対的な力を持った支配者なのである。己の好きなようにふるまってよいのだから、好きなようにするのだ。


 連れ出される枢機卿と、その腹心だったらしい騎士を見送ってから、余は本来の用事であった義務教育の推進のために各地に学校を作ることについて、アンリ王や大臣たちと相談をするのであった。


 特に重要なのは教師の確保である。実は、現在それまで維持していた騎士団を治安維持向けに改編しているのだが、やはり余剰人員が出ているので、それらの中で希望者を教師にすればよいのではないかと提案しているのだ。騎士は知識階級である貴族の出身が多いので、教師になれるだけの知識を持つ者もいるであろう。


 もっとも、貴族の中には平民を見下す者も少なくないが、この国では騎士は国王と国民のために働くべしと厳しく教育されるので、騎士団所属になった者は平民を差別することはなく、むしろ守るべき者として大切にするという。教師にするには向いているであろう。


 また、義務教育については正統教会も協力を申し出てきており、下位聖職者や見習い修道士などが一時的に教師として働くことは既に決まっている。学校の建物ができるまでは教会や修道院などを臨時に教育の場として使うことにもなっており、実に協力的である。まあ、そうやって役に立つところを見せないと、余が彼ら自身を「教育」するために赴くかもしれないと恐れているのかもしれぬがな。


 バゲット王国ではこのように進んでいるが、他の国でも細部は違えど大筋では同じように義務教育が始まろうとしており、ロッゲンブロート王国以北では聖典教会が正統教会と同じように協力を申し出ている。


 こうして、少しずつでも世の中がよくなっていくのは、実に気持ちがよいな。気分を新たにして、こうした活動を世界中に広めるために、世界征服に邁進するとしようか。

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