第14話 世界を征服して大魔王を名乗ったけど、違う印象の大魔王っぽいと言われた件

 そして、苦節三か月。余はついに世界征服に成功した!

 ……たった三か月で『苦節』などと称するのは烏滸おこがましいと余自身も思う。


 実のところ、大したことはなかったのだ。旧東パーニス帝国領域から砂漠地帯を支配していたのは、元は奴隷が成り上がったというスミット王朝であったが、余が一戦して力を見せつけた上で、信仰の自由と内政自治権を認めると、あっさりと降ってきた。


 その先には小国が乱立していたが、何か国かを攻めて支配下におさめた時点で雪崩現象が起こり、それ以降は戦いもせずにあっさりと余の支配下に入った。


 その南方には、複雑な階層的身分制度と一体化した宗教を信じるナーン帝国があったが、皇帝が余に臣従したので他国と同様に宗教や身分制度には手をつけなかった。


 一番難物だったのは、大陸東端にあるマントウという大帝国であった。何と五十万もの大軍、それも魔法使いだけで五千人もいるような軍勢を繰り出してきたのはさすがだったが、それを余が麻痺魔法一発で粉砕するとキソウとかいう名前だか称号だかの皇帝が腰砕けになった。


 それでも、支配下に入るというのは面子が許さぬというので、余が兄、皇帝を弟として義兄弟の契りを結ぶという形で「支配命令の関係ではなく、兄の『助言』に弟が従う」という体裁を整えることにした。


 そのマントウ帝国の周囲の民族は、だいたいはマントウ帝国の意向に従うので、そのまま余の支配下に入った。


 その北の草原地帯に住んでいたホーショール族とかいう遊牧民族には大帝国の威光はあまり通じないようであったが、余の力を直接見せつけたら、あっさりと彼らの支配者に推戴された。


 また、マントウ帝国の更に東にあるゴハン皇国とかいう島国にも大帝国の威光は通じないようだったが、こちらは国王を棚上げして実権のない象徴のような存在にする形で、その国王の下で実効権力を握っている権臣ごんしん……実質的には軍事政権の支配者である……のアザラシとやらが、余と国王の両方に忠誠を誓うという形で支配下に収まった。


 ちなみに、この島国はスズナの母国の過去の様子によく似ているらしく「大昔はこんな感じだったみたいよ……それにしても阿晒あざらしって変な名字ね」とか言っておった。


 また、大陸西方の諸国の一部が、南大陸の南方や、西の大洋を渡った先にある新大陸に植民地を築いていたが、それらは母国が余の支配下におさまったので、そのまま余のものとなった。


 それらの植民地の住人が、それぞれの大陸の原住民と諍いを起こしていたようなので、争いを禁止し、それ以上の入植を差し止めて移住していた住民を本国に送還した。もちろん、損失補填は行っておる。


 その上で、今度は原住民と交渉して、自治と信仰の自由を認めるかわりに、余の支配権を認めさせた。こやつらも、余の力を見せつけたら簡単に支配者として推戴してきたのだ。新大陸の南の方にあるキヌア帝国などは、余が東の海(バゲット王国などからすれば西の海だが、彼らにとっては東である)を渡ってやって来る伝説の神であると信じ込む有様であり、非常に友好的に余の支配を認めたものである。


 そのほか、北の果てのキビヤックとかいう島国だの、最初の大陸の東岸からさらに東の大洋を渡った先にあるロコモコ王国という島国や、小さめの大陸などにも赴き、それらの原住民と交渉して、余の支配権を認めさせた。なお、スズナに聞いていたとおり、最初の大陸の東の大洋を渡っても新大陸には行き着いた。この大地は球形であることを余自身が実感したのである。


 かくして、余の世界征服は成った。余は世界を実効支配する最高権力者となったのである!


 余の第一の宿願『偉い人になる』は、これをもって達成された。当然であろう。世界の支配者以上に偉い者など存在するはずもあるまい。


 そこで、余はこれを記念して、自らを『魔王』からさらに格上げし、『大魔王』を称することにした。自称であるが、世界の支配者が自ら称するのであるから別にそしる者もあるまい。


 だが、それを聞いたスズナが、非常に微妙な表情をしたので、理由を尋ねてみた。


「うーん、確かに世界征服に成功したんだし、『大魔王』って言われたら納得はいくんだけどさあ……」


 そこで一度口ごもると、余の執務室をぐるりと見回して言葉を続けた。


「この、周囲にある電話機みたいなのって、わたしの世界の電話を参考にして作った、各国との連絡装置よね?」


「うむ、左様である」


 スズナの言うとおり、余の執務室には『電話機』を参考にして作った通信用の魔道具が多数設置されている。対応する魔道具が一台ずつ諸国の王宮や支配者の建物に設置してあり、それぞれの国から余に連絡を取れるようにしてあるのである。


 本当はスズナが持っているスマートフォンとやらいう電話機のように、一台ですべての国に連絡ができる魔道具にしたかったのだが、まだそこまで高度な魔道具は作れなかったのだ。そこで、それぞれの国に連絡するための魔道具を一台ずつ作ったのである。世界各国で百か国以上の国や独立部族があるので、通話魔道具も百台以上必要になっているのだ。


 それらの魔道具から、ときどき呼び出し音がするので、応答して話を聞くのである。


「むしろホットラインとでも言った方がよさそうな気もするけど、その割には大したことのない話も来るのよね」


 もちろん災害などが発生して国民の命が危険にさらされているので助けて欲しいという緊急事態の連絡の場合もあるのだが、スズナが言うとおり大半は「治水をお願いします」や「道路工事をお願いできませんでしょうか」などの緊急性の低い用件ばかりである。


 なお、通話機能はないが緊急事態であることのみを知らせることができる魔道具については、携帯できるものを開発できたので、余が常に持ち歩いている。各国の通話魔道具にある非常用の把手を引くと、余の非常通信機にどこの国で非常事態が発生したかのみが表示されるのだ。


 であるから、余が常に各国の緊急性の低い要望に応じて出歩いていても、非常事態に際しての連絡だけはできるのである。


 大したことのない要望であっても、各国にとっては切実な問題である場合もあるのだから、支配者たる余としては無視はできぬ。それが支配者たる者の義務であろう。だから、余はスズナにこう言った。


「だが、理念として『全人類の福祉の向上』を掲げている以上、それらの要望を無視することはできぬ」


 すると、スズナは深くため息をついてから、余に向き直ってこのように言ったのである。


「それはわかるんだけど、何か雑用ばっかりやってるっぽいのよね~。それで思ったことがあるのよ。わたし、子供の頃に見てたアニメがあるのね。お父さんやお母さんが小さい頃に見てたアニメが地方ローカルのテレビ局で再放送してたのを両親とも『懐かしいなあ』って言いながら見てたんで、その横でお姉ちゃんやわたしも見たんだけど、『大魔王』が出てくる作品なの」


「ほう?」


 アニメというのは、確か絵が動いて声や音楽も流れる絵物語であったな。以前にスズナの世界に行ったときにテレビだのディーブイディーだのいう道具を使って見せてもらったことがある。よく意味がわからぬところもあるが、要は両親が好きだった『大魔王』の物語を子供のころに一緒に見たということであろう。


 余とても、幼き頃は母親の寝物語に耳を傾けたものである。そこで聞いたいにしえの勇者や魔王の伝説や昔話こそ、余が魔王を志す最初のきっかけだったのかもしれぬ。それと同じようなものであろうな。


 そんなことを思いながらスズナの話を聞いていたのであるが……


「その『大魔王』ってね、別に世界を支配してたりはしないの。悪い人でもなくて、むしろ嘘が嫌いなお人好しで……って、ますます誰かさんに似てるわね……とにかく、普段はツボの中にいるんだけど、誰かがくしゃみをするとツボの中から飛んできて、くしゃみをした人の望みを魔法でかなえるって大魔王なのよ。それも失敗ばかりしてるお笑い系のね。あなたの『大魔王』って称号を聞いたら、世界の支配者である大魔王っていうよりは、むしろそっちの方の大魔王みたいだな~って思っちゃったのよね」


 それを聞いた余は、多少気分を害して言い返した。


「待て、余は失敗などしてはおらぬから、お笑い系の大魔王などではないぞ」


 だが、それを聞いたスズナは、哀れな者を見るような目つきで余を眺めながら指摘してきた。


「前に聞いたけどさ『復讐のために魔王を志したけど、実際に魔王になったときには復讐相手がとっくに寿命で死んでた』なんて魔王がお笑いじゃなくて何だっていうの?」


 そう言うスズナに、余は一言の反論もできなかったのである。

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