第27話 逢い引きの予行演習をしようとしたけど、因縁の相手と出会ってしまった件

「ほう、ここが『お台場』であるか?」


「そう。海を埋め立てて作ったところは他にもあるけど、ここが一番観光地っぽくて、見て回れるところがいろいろあるからね」


 余が確認するように問うたのに対して、スズナが解説をしてくれる。臨海部の開発に際して、海を埋め立てるという方法があると聞いて、スズナの世界に実例を見に来たのである。また、観光地振興の着想を得るために異世界の観光地を視察するという意味もある。


 服装なども、場違いにならぬようスズナに見繕ってもらった。スズナは「わたしもメンズファッションにはそんなに詳しくないからビー○スのマネキンをコピっただけだよ」などと言っておったが、意味がよくわからぬ。当のスズナは、上こそ冬物の外套がいとうを着込んでおるが、腰巻きはえらく短い。靴下こそ膝の上まで伸びる長いものであるが、寒くないのであろうか? ……いや、非常に似合っているのは事実であるし、つい目をやってしまうのだが、そこはまじまじと眺めてはいかん場所なのである。心頭滅却すべし! 余は四百年間禁欲を通した魔王であるぞ!!


 それでは、臨海部開発と観光地振興のために視察を……というのは、半ば以上言い訳であるな。実は以前に、スズナの世界で逢い引きをするのに向いたところをいくつか聞いたことがあるのだが、その中に『お台場』という埋め立て地があったのを思い出して、連れて行って欲しいと願ったのである。


 もちろん、本当の目的は逢い引きである。いや、実の所、まだ全然『お付き合い』に至る手掛かりすら掴めぬのであるが、せめて逢い引き向けの地を一緒に歩いて、逢い引き気分の半分でも味わえないかなどと、さもしい思いを抱いておるのだ。我ながらせこい発想である。


 世界の支配者たる大魔王が情けない限りであるが、こと恋愛というのは魔王さえ臆病にするものなのだ。ましてや、相手は異世界の勇者である。大魔王といえど勝てぬ相手なのだ。


「ほら、何ぼーっとしてるの。どっか行こうよ」


 そうスズナに促されたので、無料配布されている観光地図を見てみたのだが、文字は読めるものの書いてある内容がいまひとつ理解できぬ。


「済まぬが、どこがいいのか今ひとつわからぬ。スズナのお勧めはどこかあるのであろうか?」


 そう言うと、スズナが軽く苦笑して余の手から観光地図を取り上げる。


「そうねえ……わたしならヴィー○スフォートあたりでウィンドウショッピングでもしようかと思うとこだけど、魔王にはむしろフ○テレビあたりの方が面白いかもね。前に見せたことがあるテレビの番組を作ってるテレビ局だよ。あ、あと実物大ガ○ダムは魔王に見せたいな。あれ見せたら、あっちの世界で実際に動くヤツとか作ったりしそうだし」


「任せよう。案内してくれぬか」


 スズナの発言の意味が半分もわからぬので、お任せで頼もうとしたのだが、そこでスズナがため息をついて尋ねてきた。


「魔王さ、今回のコレ、実はデートの予行演習にしたいとか考えてるでしょ?」


「う、何故それを……」


 『デート』が逢い引きのことであるのは前に聞いて知っていたので、余は驚愕して尋ね返したのだが、スズナは苦笑しながら答える。


「バレバレだって。あのね、魔王、デートのときは、男の人がリード……先導して、女を引っ張っていかなきゃ駄目だよ。デート慣れしてない男の人って、女に合わせようとか思って相手に行き先とか全部任せちゃうことがあるけど、それ最悪の手なんだよね。女ってのはね、普通は頼りになる男の人に引っ張ってもらいたいんだから」


「そうなのであるか!?」


 余は愕然とした。何と、最悪手であったとは……


 がっくりとうなだれた余に対して、スズナが慰めるような口調で話を続ける。


「まあまあ、落ち込まないでよ、魔王。今回は初めての場所なんだし、魔王はこっちの世界の情報はあまり知らないんだから、しょうがないって。でも、本当にデートに誘うときは、しっかり事前調査して女の人を引っ張っていかないと駄目だよ。それから、場所の事前調査だけじゃなくて、しっかり相手の人の好みとか、希望も調べておくこと。それも、直接聞くんじゃなくて、普段の言動から推測するんだよ。普通の女の人は、そういうことを求めてるんだから」


「な、何と難しい!」


 以前にも似たようなことは聞いていたが、他人の気持ちを推測することが苦手な余にとっては、誠に難題なのである。


 と、悩む余を見たスズナが苦笑気味に言葉を続けた。


「まあ、これは一般論だからね。わたし個人でいうと、そこまで求めたりはしないかな。特に魔王みたいな朴念仁ぼくねんじんが相手だったらね」


 う、朴念仁などとけなされているのは不本意であるが、同時に少し安心でもある。それに、客観的に言えば確かに余は朴念仁のたぐいであろう。


「今後は善処するゆえ、今日はとりあえず案内してくれぬか?」


「いいでしょう。それじゃ無料ただで見られる施設を中心に回っていこうか」


 そう言うと、スズナは余の手を取った。


 ……何と!?


「どうしたのよ、魔王? ここは人が多いんだから、はぐれないように手をつないで行きましょ」


「あ、ああ、うむ」


 いかんいかん、スズナの言うとおりではないか。確かに、この世界は人の数が余の世界よりも段違いに多い。まして、ここは観光地であり、人混みが激しいのだ。だから、うっかり離ればなれにならないように、手をつながなければいかんのである。それ以上の意味は無い……無いのだ!!


 無いのだが……それでも心拍が上昇するのである。少し寒いが、余もスズナも手袋をしておらぬ。ひんやりとしたスズナの手が、少しずつ温かくなっていくのを感じるだけで、余の体温もまた上昇していくのだ。


 スズナに手を引かれ、どこに向かうのかもよくわからぬまま歩いて行ったのだが、どうやらスズナお勧めの公園に向かっていたらしい。目的地の近くに来たようで、歩きながら少し自慢気に到着した場所の説明を始める。


「ほら、見て。ここ、海沿いの公園の中では、眺めがいいのに人が少ない穴場なんだよ。落ち着いて景色を見ながら……」


 突然スズナが話を中断して立ち止まったので、ぶつかりそうになってしまった。


「む、どうしたのだ、スズナよ?」


 だが、スズナは余の問いにも答えず、硬直しておる。その視線の先を眺めてみれば、同じように硬直した女性が立っておった。


澤尻さわじり先輩……」


 スズナの口から、ぽつりと言葉がこぼれる。それを聞いた相手の女性が、苛立たしげな口調で吐き捨てた。


「あーあ、よりにもよって、こんな人の少ない場所で目障りな子に出会うなんて、運が悪いわ。それにしても、相変わらず薄らデカいくせに、男をくわえ込むのだけは上手なんだから!」


 何であるか、この女は!? いきなり誹謗中傷など、礼節をわきまえぬにも程がある!!


「待つがよい、そなたは……」


「ちょっと黙っててくれる?」


 文句を言おうとした余をスズナが止める。そして、相手の女に対して、堅い口調で話しかけた。


「この人とは、そういう関係じゃありませんから」


「フン、どうかしらね。顧問のアレをくわえ込んでレギュラー盗んだビッチの言うことなんか信用できるわけないでしょ」


 それを聞いて、余は相手が誰であるかを理解した。以前に聞いていた、部活動とやらでスズナをいじめていた者のうちのひとりなのだ。何でも、高身長ゆえに指導者に見込まれ、まだ未経験だったにもかかわらず代表として試合に出る『選手』とやらに選ばれてしまったので妬まれたのだとか。


「……」


 その女の悪口雑言に、しかしスズナは何も言わず、口を一文字に結んで、ただ睨みつけるだけであった。


 だが、まだつないでいた余の手を握りしめるスズナの握力が、彼女の感情を如実に表していた。


 やはり、黙ってなどおれるか!


 そこで、余はに言った。


「スズナよ、そなた、勘違いしておらぬか?」


「え?」


 驚いたように、余を見るスズナと女。それに対して、余は言葉を続ける。


「そなた、その女に引け目を感じているのであろう。指導者のひいきによって選手に選ばれたということについて。だが、それは間違いであるぞ」

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