第26話 知り合いの後押しをしたけど、自分の方は進展してない件

「は、ははぁ~っ!!」


 代官をはじめ、その場にいた者どもが全員地に伏せる。ううむ、何やらこそばゆいぞ。困ってスズナの方を見やると、ペロリと舌を出して小声で話しかけてきた。


「ごめん、つい場のノリでついやっちゃった。でも、やっぱりこういう場合は黄○様でしょ。実はわたし結構、時代劇好きなんだよね」


 何やらよくわからぬが、演劇にこういうものがあるようであるな。まあ、いつまでも土下座されたままでは困るので、余は牧師に向かって話しかけた。


「久しぶりであるな。見過ごせぬと思ったので口を挟んでしまったが、事情を説明してくれぬか。どうも代官が不当にそなたを脅していたように思えるのだがな。ああ、もう立ってよいぞ」


 連れていた妙齢の娘ともども平伏していた牧師が、娘を立たせながら答える。


「お久しぶりです、大魔王様。私は今、この教会に併設された孤児院で孤児たちの世話をしながら、改めて神の教えを学び直していたのです。ですが、わたしが来る前から孤児院の経営は苦しかったため、苦労していた先代の牧師が急死してしまったのです。それで後を継いだ私が魔法で病や怪我の治療などをして稼いでいたのですが、貧しい人々からはあまり治療費も取れないので、お金が足りなくなりまして、代官に借金をすることになってしまいました。世間知らずだった私は、その借金が暴利であることに気付かず、返済できなくなってしまったのです。代わりにこの教会から出て行くか、孤児の中で一番美しい娘を差し出せと言われたのですが、どちらも承服できず……」


「そうであったか。苦労したのであるな」


 余が答えた横で、牧師の顔をまじまじと眺めていたスズナが突然叫んだ。


「あーっ、あなた、あのとき魔王を暗殺しようとした枢機卿!?」


「はい。あのときの私は世間知らずでした。正統教会も王家も追放されて隣国に流れてきたのですが、こうして貧しい者の間で暮らしてみると、いかに私が恵まれていて、傲慢だったかが、よくわかりました。貧しく、その日の暮らしに困るような人々も、みな助け合って生きているのです。ここの生活をしてみて、私ははじめて神の愛の偉大さを知りました」


 しみじみと語る、元バゲット王国の王弟にして枢機卿だったシャルル牧師の顔は、しかし穏やかで満ち足りた表情をしていた。言葉使いなども、すっかり穏やかになっておる。うむ、この男もまた真の信仰にたどりついたようであるな。


 ちなみに、男性聖職者は正統教会では神父というのだが、聖典教会では牧師という。正統教会を追放されたので、聖典教会の方に入ったのであろうな。異端などを理由に正統教会を追放された聖職者の受け入れなどは、聖典教会ではよくあることらしい。


「それはよかった。だが、一方で孤児院の経営が成り立たぬというのはよろしくない。また、代官が不当な暴利を取って金貸しをし、騎士団を私物化するなど言語道断! これは管理責任を問わねばなるまい。この国の王と相談して、国全体で孤児に対する扶助を行い、また代官や騎士団の綱紀粛正をはかるとしよう」


 そう言うと、余は騎士団の隊長に代官を逮捕させ、彼らを連れてロッゲンブロート王国の王城へ瞬間移動し、カール王や大臣と善後策を検討したのである。


 そして話し合いが終わったあとで、あの小さな教会に戻ると、シャルル牧師と妙齢の娘と子供たちが迎えてくれた。せっかくなので、魔法で建物や家具などを修復したり、服を繕ったりしながら、それらの魔法を使うこつをシャルル牧師に教えてやることにした。


「このような魔法があったとは。私は今まで攻撃魔法や治癒魔法しか使ってきませんでしたので、目から鱗が落ちました。これで生活もだいぶ楽になるでしょう」


「ありがとう魔王様」


「ありがとー」


 シャルル牧師にも子供たちにも非常に感謝されたのである。うむ、気持ちがよいな。


 と、部屋の隅の方で妙齢の娘と長々と何やら話し込んでいたスズナが、娘を連れてシャルル牧師の前にやってきた。


「この子が、話があるんだってさ。大切な話だから、きちんと聞いてあげてね」


 そう言うと、娘をシャルル牧師の前に立たせる。


 少し躊躇ちゅうちょしていた娘だったが、スズナに軽く背を叩かれると、顔を上げて牧師の顔を正面から見て、勇気をふりしぼるかのようにして話を始めた。


「牧師様……あたし……牧師様が好きです。愛しています!」


 それを聞いたシャルル牧師は、一度目をつぶって沈思してから、口を開いた。


「知っていたよ、マルガレーテ。だが、私は神に一生を捧げると決めた身だ。それに、どれだけ年の差があると思っているんだい? 三十近くも違うじゃないか。こんな四十過ぎの中年男に、君のような春秋に富んだ若い娘が嫁ぐなど……」


 だが、そう言うシャルル牧師を遮るように、マルガレーテと呼ばれた娘は叫んだ。


「そんなこと関係ありません! たった三か月ですけど、あたしは牧師様を、いいえ、シャルル、あなたを見ていたんです!! 神に召された老師様や、あたしたちのために、どれだけ尽くしてくださったか! 魔法使いであり、学問も修められたあなたなら、祖国を追放されたといっても、この国の王宮魔術師団に入ることも、官僚として王家に仕えることもできたでしょうに。そんな栄達の道には目もくれず、あたしたちのために身を粉にして働いてきたあなたを、ずっと見てきたんです! お願いです、あなたの隣に居させてください。これからも、ずっと……それとも、あたしのこと、嫌いですか?」


 そう訴えるマルガレーテに、シャルル牧師はたじたじとなりながらも、反論を口にする。


「いや、そんなことはないさ。マルガレーテは美しいし、賢いし、誰よりも優しいと知っているからね。私にはもったいないくらいだよ。だけど、私は神に仕える身で……」


 これは水掛け論になりそうであるな。せっかく乗りかかった船であるから、少し手助けするとしようか。


「待つがよい。そなた、忘れてはおらぬか? 正統教会の神父と異なり、聖典教会の牧師は妻帯できるのであるぞ。そなたは既に枢機卿でも正統教会の神父でもない。また、王家からは勘当されているので、王位継承にまつわる騒動に彼女を巻き込む心配もあるまい」


 聖典教会は聖典にこそ救世主様の教えがあるとするのである。そして聖典の中には、一言も「聖職者は妻帯してはならぬ」などとは書いていない。そして、バゲット王国では公式文書で王弟の国外追放と王位継承権の永代剥奪を諸国に告知しているのである。


「ま、魔王様……」


「せっかく、これだけ好意を寄せられているのだ。その思いに応えねば男ではないぞ。それとも、誰か別に好きな女子でもおるのか?」


 余の言葉に、シャルル牧師は反射的に叫んだ。


「そのような者はおりません!!」


 それを聞いて、余は口角を上げて答えた。


「ならば、何の問題もないではないか。覚悟を決めよ、『年貢の納めどき』である」


 スズナの世界の言い回しであるが、同じような言葉はこの世界にもあるのである。それに続けて、スズナも援護射撃を始めた。


「さっきから聞いてると、あなたもまんざらじゃなさそうじゃない。自分を偽るのはやめなさいよ。実は、さっきから偉そうなこと言ってる魔王なんて、本当は今片思いの真っ最中で、自分から告白もできないヘタレなんだから」


「ぐはっ!!」


 す、スズナよ、確かに効果的な援護射撃ではあるのだが、同時に余を友軍誤射しておるぞ。特にそなたにヘタレなどと言われると一番厳しいのであるが……


「そうなのですか?」


「う、うむ。恥ずかしい限りだが、その通りである。せっかく好かれているのだ。その機会を無駄にするでない」


「わかりました」


 うなずいたシャルル牧師は、マルガレーテに向き直ると真剣な表情で口を開いた。


「マルガレーテ、本当は私も君のことを愛していたんだ。保護者としてではなく、男として。だから、私と結婚してほしい。一緒に、この教会と孤児院を守っていこう」


 それを聞いたマルガレーテは、「はい」と叫ぶと、涙を流しながらシャルル牧師の胸に飛び込んでいった。


 そんな二人を子供たちが取り囲んで「おめでとー、牧師様」「おめでとー、お姉ちゃん」と口々に祝福する。


「これにて一件落着! だね」


「うむ」


 芝居がかった口調で嬉しそうに言うスズナにうなずくと、彼らに別れの挨拶をし、いずれの再訪を約してから子猫も連れて魔王城へ帰還する。


 実は、子猫を見つけたときに、あのシャルル牧師が余を暗殺しようとした元枢機卿だったと気付いていたのである。それで孤児院の経営が苦しそうなのも見ていたので、彼らを助けることで余の『優しさ』を見せようかと思っていたのだが、少し予想外の結果になってしまった……のであるが、まあ、スズナの好意は得られたと思うので、よしとしよう。


 と、そこでスズナが話しかけてきた。


「何か大変だったね。魔王のおかげで世界は平和になったけど、ああいう不正や不公平はなくなってないんだろうし」


「うむ、左様であるな。余は諸国の王家や貴族、宗教などの既得権益を認めたのでな。それらの横暴で庶民が困っているような場合に、それを知り、正すためのよい方法はないものか……」


 そう答えた余に、スズナはひとつの案を示してくれた。


「そうねえ『目安箱』でも置いてみたら? わたしの国の昔の偉い人が、庶民が困っていることや意見を書いて提出することができる受付箱を作って各地に置いたの。実際、目安箱に来た意見を元にして貧しい人向けの無料の病院を作ったことがあるのよ」


「ほう、それはよい案であるな。文字を書けないと意見を出せぬのが難点だが、義務教育が普及すれば庶民でも文字を書けるようになるであろう。さっそく導入を検討してみようか」


 実際の運用方法は検討する必要があるが、まずは余に直接意見を提出できる方法を作るのは悪くあるまい。建設的な意見があれば役に立つであろうし、権力者の職権濫用や悪事が発覚したなら、今回のように余が処理すればよかろう。


「それじゃ、今日はこれで帰るね」


 そう言ったあと、スズナは一転して余をじっとりした視線で睨みながら言葉を接ぐ。


「だけど、魔王もヘタレてないで、ちゃんと告白したら? 相手の女の人も待ってるかもしれないんだから」


「う、うむ。善処する」


 そなたが待っていると確信できぬから告白できぬのだ! ……とは言えぬのである。弱い。弱いぞ、余!


「あとさ、ひとつお願いがあるんだけど……」


 と、スズナが何やらモジモジしながら言ってくる。はて、スズナの願いなら大抵のことはかなえるつもりだが、随分と言いにくそうであるな。難しい願いであろうか?


「構わぬぞ。言ってみるがよい」


 余の言葉を聞いたスズナは、少し恥ずかしそうに顔を赤らめてから、小さな声で願い事を余の耳にささやいた。


「あのさ、次に今日と同じような状況になったら……












『余の顔、見忘れたか?』って言ってくれない? 実はわたし、子供のころに『マツケ○サンバ2』にハマって以来、ずーっと上様のファンで、今も『暴れ○坊将軍』の再放送見てたりするんだよね」


~~ ~~ ~~ ~~


本話と同じ時間にスズナ視点の外伝『涼城鈴奈は巨女である』の第二話

https://kakuyomu.jp/works/1177354054882483026/episodes/1177354054882622452

を予約投稿しております。よろしかったらご覧ください。

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