第25話 知り合いを訪ねようと思ったけど、厄介ごとに巻き込まれた件

「ああ、わたし今が一番『勇者召喚されてよかった』って思ってるかもしれない♪」


 などと口にしながら、ニマニマと溶け崩れた笑みを浮かべて子猫にほおずりしているのはスズナである。


 スズナは勇者召喚の際に余と同等の力を得たのであるからして、余と同様に病気の影響を受けない体になっているのではないかと考えたことがある。そこで、猫毛アレルギーとやらも治っているのではないかと指摘した結果が、この骨抜きスズナである。まあ、余とても最初は似たような姿をさらしていたような気はするのであるが。


 そういえば、牛乳を飲ませると腹を下す猫もいるとのことで、スズナは猫専用の缶詰などを日本で買ってきて餌付けしてから猫かわいがりしているのである。


 何はともあれ、一度は失敗したかと思っていた『猫で釣る』作戦は成功である……当初と作戦名が変わっておるだと? 作戦とは戦況に応じて臨機応変に変更するものなのだ!


 それはさておき、次の作戦である。第一段階作戦が成功したならば、追撃を行い、さらに戦果を拡大するのだ!


「スズナよ、ひとつ余と一緒に来てはくれまいか?」


「ん~? どこ行くの?」


「その子猫を拾った所である」


「お! 行くよ」


 うむ、食いついてきたな。


「では、着替えてくれぬか。普通の町人を装うのでな」


 そう言いながら、余は魔法で己の服を瞬時に作り変える。先日、ジョルジュが逢い引きの際に着ていた服を参考に、同じような服を余の体格に合わせて作成したのである。同様にして、マリーが着ていた服に似た服を作り出してスズナに渡す。


「オッケー」


 受け取ったスズナは、やはり魔法でその服の寸法を自分の体格に合わせるようにしながら一瞬で着替える。魔法を使える我らにとって着替えのための部屋など不要なのである。


「どう、似合う?」


「よく似合っておる。まあ、スズナは何を着ても似合うとは思うのだが」


 服と一緒に、さりげなくスズナを褒める。漫画で読んだのだが、こういう部分で臆面もなく褒めることが有効なようなのである。もっとも、漫画だともっと派手な言葉で賞賛していたのだが、余にとっては難しすぎる。これで精一杯なのである。


「そう? えへへ」


 照れたように笑うスズナ。むう、可愛い……いかんいかん、見とれていては話が進まぬ。


「では行くとしようか」


 そう言いながら子猫を抱き、余は魔法でスズナと共に目的地の裏道へ瞬間移動する。


「ここは?」


「魔王城のある山から、少し北東にある町である。そこに国境を守る最前線の城塞があるのだが、その城下町であるな。以前は城に国境警備の軍勢が大勢詰めていたのだが、今は少数の警備兵しかおらぬ」


 バゲット王国に対するロッゲンブロート王国側の防衛拠点だったところである。余が両国を征服するまでは、このあたりが係争の地だったのだ。しかし、両国とも余の支配下に入ったため、今では大軍を置く必要はなくなったのである。


「ふ~ん。それで何するの?」


 問うてきたスズナに余は簡潔に答える。


「気になることがあったので調べたいのだ」


「気になること?」


「うむ、知り合いを見かけたのだが、少し様子が気になったのでな」


 それを聞いたスズナが不審そうな顔で尋ねてくる。


「魔王の知り合い? そんな人いたの?」


 ……なかなか失礼なことを言われている気がするが、余に個人的な知り合いが少ないことは事実であるからして、いたしかたあるまい。


「そなたも知っておる者だぞ。こちらだ」


「え、私も知ってる人?」


 首をひねるスズナを連れて狭い裏道を進んで行くと、やがて古びた小さな教会の前に出た。その前で遊んでいた数名の子供が、余の姿を見て駆け寄ってくる。


「昨日のおじちゃん、あの子猫は……あ、元気になってる!」


 余の腕に抱かれていた子猫を見て、輝くような笑顔になる子供たち。昨日、子猫を探しに来たときに、怪我をして腹もすかせていた子猫を心配そうに見ていたので、余が連れて行って治療をすると約束していたのだ。余の治癒魔法で怪我も治り、餌も食べて元気になったので様子を見せに連れてきたのだ。


「うむ。余が飼うことにしたのだが、様子は知りたかろうと思って連れてきたのだ」


「おじちゃんが飼ってくれるんだ! ありがとうね。僕たちじゃあ飼えないから……これ以上、牧師様に迷惑をかけられないし」


 教会の方を見ながら、年かさの男の子が言う。


 と、そのときちょうど教会の扉が開き、妙齢の娘を連れた男が倒れるようにして出てきた。黒い法服を着込んだ牧師である。それを追うように、人相の悪い男たちが扉から出てくる。


「いい加減、意地を張ってないで出て行きやがれ! それとも、その娘を差し出すか!?」


「本人が嫌がっているのです。差し出すはずがないでしょう」


「ならガキども連れてさっさと出て行くんだな! あるいは借金の方を耳を揃えて返してくれてもいいんだぜ……できるモンならな!!」


 そう言いながら、牧師の首根っこを捕まえて脅しをかける悪相の男。ちと見過ごせんな。


「やめるがよい。見苦しいぞ」


「誰だてめえは!?」


「通りすがりの者だが、そちらの牧師とはいささか知り合いでな。それ以上乱暴するようなら官憲を呼ぶが?」


「へえ、そうかい。呼んだっていいぜ。何しろ俺たちの後ろには、この町のお代官様がついてるんだからな! 騎士様が来たってお目こぼししてもらえるんだぜ」


 あざ笑うように言う悪相の男。何とまあ、そこまで腐っておったか。


「何ですって!? それなら、わたしが相手してあげるわよ!! やる?」


 余よりも先に、スズナの方が憤然と悪相の男にくってかかった。女子とはいえ、スズナの身長は悪相の男よりひと回り高い。怒ったスズナはなかなか迫力があるのだ。


「んだとぉ!? 舐めんじゃねえぞ!!」


 とはいえ、悪相の男たちも悪行で世渡りをしている連中らしく、女子に脅されて引き下がったとあっては沽券こけんに関わるのであろう。怒鳴り返してきた。と、スズナの顔を見て不意にニタリと笑って言葉を続ける。


「……よく見ると、デケぇが上玉じゃねえか。テメエが『お相手』してくれるんならヒィヒィ言わせた上で女郎屋に叩き売ってやるぜ」


「なん……」


 ドカン!!


 スズナが何か叫ぼうとしたのだが、その前に余の爆裂魔法が連中を吹き飛ばしていた。一応、殺したりはせぬよう手加減はしてある。爆音こそ派手ではあるが、せいぜい軽い火傷と擦り傷程度で済むであろう。


「スズナを侮辱することは、他の誰が許そうとも余が許さぬ! 特にスズナが気にしていることをそしったことは絶対に許せぬ!!」


 スズナをかばうように前に出ながら、吹っ飛んだ下郎どもに宣言する。このような輩がスズナを汚すなど、口先だけであっても許すことができようはずがない! ましてや「デケぇ」などとスズナが一番気にしていることを誹るなど、断じて許せぬ!!


「魔王……」


 背後から聞こえるスズナの声が、こころもち嬉しそうであるのは、余の錯覚ではあるまい。


 だが、そんな声をかき消すかのように、下郎の頭目格が怒鳴ってきた。


「テメエ、魔法使いか!? だけどなあ、こんなことしてタダで済むと思ってんのか、あァ!? 俺たちの後ろにはお代官様がついてるんだぞ!! たとえ魔法が使えたって、国を相手に勝てると思ってんのか!?」


 愚かな。


「構わぬぞ。代官を呼んで参れ」


「な、に?」


「構わぬと言った。勝てるからな。いや、既にして勝ったのであるからな」


 余の言葉に目を見開く下郎ども。と、そこにガチャガチャと音がして、路地から剣を抜いた完全武装の騎士の一団が現れた。その背後には豪華な服をまとった小太りの男が悠然と歩いて来る。


「いい加減にしてもらいましょうか。いかにあなたが優れた魔法使いであり、隣国の王族であったとはいえ、既に国からも正統教会からも追放された身。市街地で無法に攻撃魔法を放ったとあっては、逮捕せざるを得ないのですよ」


 嫌味な口調で牧師に向かって話しかける小太りの男。どうやら、魔法を使ったのが牧師であると勘違いしているようであるな。余が魔法を放つとほぼ同時に現れ、完全武装の騎士団を伴っていることからして、最初から牧師をはめる計画だったのであろう。


「勘違いするでない。先ほどの攻撃魔法を放ったのは余である」


「ん? 何ですかお前は!? この男をかばい立てするようなら、あなたも逮捕しますよ!」


 余が話しかけると、初めて余に気付いたようであるが、何も考えずにそのまま脅してきた。愚かな。


「できるものなら、やってみるがよい。言っておくが、余は強いぞ」


「ムキーッ! お前たち、こいつらを全員捕まえなさいっ!!」


 余の言葉を聞いて激高した小太りの男が騎士団に命令する。やれやれ、こやつらも不幸なことよ。それでは、余の力を軽く見せつけてやろうかな。


 ……などと思っていたのだが、騎士団の隊長格とおぼしき男が、余の方を見た瞬間に剣を投げ捨てて、その場にはいつくばったのである。


「お、お許しをっ! 代官様の命令なので逆らえなかったのです!!」


 おや、この隊長は余を知っておるようだな。それを見た小太りの男が驚いたように隊長を怒鳴りつける。


「な、何ですか!? 隊長、そなたは何を言っているのです!?」


「代官様、このお方をご存じないのですか!? 本職は以前に王都の騎士団にいたので、この身で実際に体験したのです、このお方が三万を超える軍勢を一瞬で無力化したのを!!」


 隊長の言葉を聞いた小太りの代官の顔が一瞬で青ざめる。


「何!? ま、まさか……」


 と、そこでスズナが余の前にスッと出てくると、片膝をついて、右手で余を示しながら何やら気取った口調で高らかに宣言した。


「控えぃ、控えぃ! ここにおわすお方をどなたと心得る! 畏れ多くも全世界の支配者、大魔王様であらせられるぞ!! 皆の者、大魔王様の御前ごぜんである、頭が高ぁい、控えおろぉう!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る