第24話 彼女の好みを調べたけど、『優しさ』を見せるのが難しすぎる件

 さてさて、スズナに向けて恋愛開始宣言はしたのであるが、まず何から始めるべきか?


 余にとって何より幸運なのは、今スズナに好きな男はいないということである。先日話しておったばかりであるから間違いはあるまい。従って、余はスズナに己を好いてもらえば目的を達成できるのである。


 こういうときは、賢者の智恵を借りるに限る。スズナには聞けぬが、他の智恵を借りればよい。余は最近教養を身につけるために、世界各国の古典を読みふけっておった。古典文学や神話伝承はいにしえの智恵の宝庫であるからして、そこから指針を見つけ出すことができよう。


 そして、余は指針となる言葉を見い出した。東方の古の兵書にいわく『を知り己を知らば百戦危うからず』。すなわち情報収集である。


 したがって、まず第一にスズナの好みを知らねばならぬ……のだが、確かにスズナが言ったとおり、既にある程度の情報は得ている。


 スズナにとって一番の要求事項は『スズナを色眼鏡で見ないこと』『スズナの外見だけでなく内面も含めたすべてを認め受け入れること』である。これは余も同じことを思っているので、非常によく理解できるし、共感もできる。ゆえに何の問題もない。


 そもそも、スズナは己の身長を気にしているようだが、余はスズナが余よりも遙かに背が高かったとて、何も気にしたりはせぬ。女の方が身長が高いことを気にするような男というのは、つまりは己に自信がないのであろう。余は世界最強の魔力を持ち、現実にその力で世界を実効支配しているのである。三百八十年前の何もない頃の余ならいざ知らず、今の余にとっては肉体的な強弱などは取るに足らぬことなのだ。


 しかし、これは最低条件である。いくらスズナが「贅沢は言わない」と言っていたところで、実際に好いてもらうためには、さらにスズナの好みに合うような態度を取らねばなるまい。


 そこで参考になるのが、以前にスズナが恋に落ちたときの理由である。『男子バレー部の先輩』とやらを好きになったのは、スズナが部活動で孤立していたときに、そのことに共感して慰めたからだという。


 うむ、掴んだぞ! 大切なのは『共感』と『優しさ』である!!


 だが、ここで余は困惑することになった。『共感』については問題ない。先ほど気付いたとおり、スズナの求める要求事項には余もまこと共感できるのであるからして。


 問題は『優しさ』である。


 余はまことに他人からは『優しくない』と思われがちなのである。幼少期から修道院時代まで、何度言われたことであろうか。


『話し方が偉そう』


『怒ってるように聞こえる』


『正論だけど、人間味がない』


『いつも理屈ばっかりで優しさが足りない』


 余は普通に話しているつもりなのだが、他人からはそうは聞こえないようなのである。自分では気をつけているつもりでも、全然改善された様子がないのである。


 うむ、困った。前途多難である。


 だからといって『沈黙はきん』で黙っていては何も先に進まぬ。


 であれば、言葉以外の何かで『優しさ』を表現しなければなるまい。


 むう、難しい。何か参考になるものはないか? 古典や詩歌から探そうかとも思ったのだが、表現が婉曲すぎたり抽象的だったりして、いまひとつしっくり来ぬ。


 と、そこにスズナが異世界転移してきた。先ほどは、何やら用があると言って自分の世界に帰っていたのだが用件は終わったのであろうか? む、書物を山ほど抱えておるが、何であろうか?


「やっほ~、魔王、恋のために頑張ってる? 恋愛研究のための参考資料を持ってきたよ~」


「おお、それはありがたい!!」


 何という偶然! いや、余の恋愛に協力してくれると言っていたのだから必然であるかな。用とはこの資料を取りに行くことであったか。スズナの世界の恋愛研究書であるなら、この世界の古典よりもむしろスズナと恋愛するには向いているであろう。


「これ、ラブコメ系少女漫画。わたしのお気に入りシリーズをいくつか持ってきたの」


 おお、漫画というのは、以前に何冊か見せてもらったことがあるが、冊子になっている絵物語のことであるな。彩色されているのは表紙だけであるが、中の絵は人物の描線こそ単純化されているものの、背景などは写実的でなかなか精密であり、実にきれいなものであった。


 ラブコメ系という言葉の意味はよくわからぬが、たしか『ラブ』とは『愛』のことであったことからして、おそらく何か恋愛に関係した言葉であろう。


「ありがたく見せてもらおう。ちょうど調査したいことがあったのだ」


「へえ、何について?」


「『優しさ』についてである。余はあまり優しくないと思われがちであるのでな」


「……魔王は優しいと思うんだけど、わたしは」


 む? スズナにそう思われているのは嬉しいしありがたくもある。ならば、あまり『優しさ』について研究する必要はないか? いや、油断してはならぬ。既に『優しい』と思われているなら、更に研究してもっと優しくなれば、一層魅力が増すであろう。


「それは嬉しい評価であるが、さらなる優しさを目指して研究に励もうと思う」


「魔王は努力家だね。ごめん、今日は結構宿題があるんで、残念だけどこれで帰るね」


 むう、名残惜しいがスズナにも己の生活がある。無理に呼び止めるのは『優しい』男のすることではあるまい。


「資料を貸してもらえただけでもありがたい。さらばである」


「んじゃ、またね~」


 スズナが帰ったので、さっそくラブコメ系少女漫画とやらを読んでみた……のだが……


 むうう、これは難しい!


 内容ではない。描かれている男の『優しさ』を余が再現することが、実に難しそうなのである。


 女性のささやかな言動から悩みを見抜き、その気持ちに添って適切に応対する。それを、押しつけがましくなく、さりげなく行う。


 確かに、このようなことができれば女にもてるであろう。余も女であったら惚れそうなくらいである。


 だがしかし、余のように『人の気持ちを理解するのが苦手』な者にとっては、これは実に難易度が高いのだ。


 一体どうすれば、このような人間観察力が身につくのであろうか? 対処法は? 個別の事例をいくら学んだところで、対応すべき女性の悩みは千差万別であろうから、そのままでは対応できぬ。


 駄目である。これは確かに参考になる資料ではあるが、今の余にとっては高度すぎる。


 何かもっと別に参考になるものはないだろうか?


 そう思って別の漫画を開いてみたところ、こちらには実に参考になりそうな事例が載っておった。


 こちらで描かれている男性は、むしろ対人関係が苦手なようである。しかも外見上誤解されやすく、『不良』とかいう暴力的な荒くれ者と思われているらしい。主人公の女性も、最初は恐れて敬遠しているところから始まっておる。


 ところが、あるとき男性が捨て猫に餌をやっている所を見た主人公は、男性に意外な優しさがあると気付いて見直すのである。


 おお、これだ! これぞ正に余が求めていた『優しさ』である!!


 一見『怖そう』な者が、その外見や普段の言動に似合わぬ『優しさ』を見せるから、印象が一層強くなるのである。うむ、余に最適の方法ではないか!


 ……と思ったのだが、今回の対象であるスズナには効果が無いことに気付いた。つい先ほども言っていたばかりではないか「魔王は優しいと思う」と。


 いやいや、待つがよい。戦略的には無効であっても、戦術的には有効かもしれぬ。これは試してみる価値があるであろう。


 そこで、さまざまな国の首都をはじめ、大都市を中心に世界各国を回ってみた。そこで、目的にしていたは、そこそこの数を集めることができた。


 よし、これで準備は万端である。次にスズナが来たら驚き、同時にまた余の『優しさ』を見直すであろう。


 そして、翌日の夕方、再びスズナが異世界転移して現れたのだが……


「やっほ~、魔王、少女漫画は参考になったかな? ……って、何よコレっ!?」


 おお、驚いておる。作戦成功であるな!


「見てのとおり、子猫である。捨て猫らしかったので、拾ってきて育ててやることにしたのだ」


 そう、戦略としての『優しくなさそうに見える者が意外な優しさを見せて印象づける』は効果が無さそうであるが、戦術としての『捨て猫の世話をして優しさを見せる』方は使えるのではないかと思ったのだ。まあ、捨て猫といっても、この世界はスズナの世界ほど飼い猫と野良猫の区別がはっきりしているわけではないので、自立自活している猫も多いのだが、まだ幼いのに親の庇護を離れていたり、病気や怪我をしていて、そのまま放っておいたら死んでしまうような子猫を探してきたのだ。もちろん病気や怪我は既に治療をしてある。


 今はちょうど餌を与える時間であったので、以前に山道の開削工事を行った高原の牧場からもらった絞りたて牛乳や、津波対策用の防波堤を整備した漁港でもらった小魚の干物などをもりもり食べておるわ。


 最初は『優しさ』を見せようと思って拾ってきたものであるが、この可愛さは凶器である。見ていて飽きぬ。


 一瞬唖然としたような顔を見せたスズナだったが、すぐに得心したような顔になり、そして更に顔を軽くしかめながら尋ねてきた。


「あ~、そっか、あの漫画読んで参考にしたのね。まあ、間違えちゃいないのかもしれない……けど、もし魔王の好きな人が猫嫌いだったらどうするの?」


「なぬ?」


 うぬ、かったっ!! 『情報収集が大切』と考えたばかりだというのに、当のスズナが猫好きかどうかの調査を忘れていたではないか! 余の馬鹿さ加減には、自分でもほとほと呆れてしまうわ。


「スズナは猫嫌いであったか?」


 恐る恐る尋ねてみたのだが、それに対してスズナは首を振りながら答えた。


「ううん、わたし猫は大好きだよ」


「おお、それなら問題ないではないか」


 余は安堵しながら答えたのだが、それは早計だったらしい。


「だけど、わたし猫毛アレルギーだから、猫にはさわれないんだよね」


「……アレルギーとは、確か身体の防御機構が過剰反応してしまう病気のことであったな」


 半ば現実逃避気味に返答しながら、余はその衝撃的な事実に思わず寝込ネコみそうになっていたのである。

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