第23話 好きな相手の好みを探ろうとしたけど、そもそも人の気持ちを探るのが苦手だった件
余は惑乱していた。恋である。
そんな余の気持ちなど知りもせずに、スズナが無邪気に尋ねてきた。
「恥ずかしくて言えない、ねえ……せめて、ヒントくらいくれない? この前の婚活パーティの参加者だったりするの?」
「いや、参加者では……参加しておったな」
見合いの相手ではなかったので一瞬否定しそうになったのだが、よく考えればスズナも参加していたことを思い出したので肯定する。
「へえ……」
あごに手を当てて、余を見ながら何やら真剣な顔で考え込むスズナ。
やがて、ぼそりと「ま、いっか」とつぶやいてから、余に向き直ると笑顔を見せて言った。
「今は言えないなら、聞かないでおくね。でも、本気ならいずれきちんと告白しなきゃダメだよ。そのときは、ちゃんと教えてね。あと、相談にくらいは乗るよ。わたしも失恋の経験しかないし、相手がわからないと一般論になっちゃうけど、女の子の心理ぐらいは教えてあげられるから」
「う、うむ、よろしく頼む」
そうは答えたものの、どう考えてもスズナに恋愛相談などできるはずがない。仮に相談するとして、どう聞けばよいのか。
『そなたを好きになったので、そなたに好いてもらう方法を教えてはくれまいか?』
……どう考えても馬鹿である。いやまあ、確かに余は馬鹿であるが、さすがにそこまで馬鹿ではない……いや、待て! 相談のしようなら、あるのではないか?
『例えば、そなたはどんなことをされると嬉しいと思うか?』
『仮にそなたなら、どういうところを見たら好きになるのか?』
うむ、これだ! 一般論なら教えるとスズナも言っているではないか。その事例としてスズナが好む事柄や喜ぶことを聞き出せばよいのだ。
幸いにも、余はスズナとなら問題なく会話できる。ならば、まず聞くべし! スズナも言っておったではないか「積極的に行動しないとダメ」だと!!
「ならばさっそく参考までに聞きたいのだが、仮にそなたであったら、何をされたら嬉しくて、相手を好きになるのであろうか?」
余の質問を聞いたスズナは、ニヤリと笑って答えた。『ニコリ』ではなく『ニヤリ』である。
「魔王、それは推測しなきゃダメだよ。わたしと出会ってから、もう4か月以上たってるんだから。それなりにヒントになる言動はしてるはずなんで、そこから推測してみて。そうやって練習すれば、魔王が本当に好きな人のことも、普段の言動とかから推測できるようになるはずだよ」
ぬう、正論である。正論であるが……余にとっては、それが一番苦手なことなのである。それに、そんなことができるなら、読心魔法で相手の心を読んだりなどはせぬ。
そもそも、余が小さい頃にいじめられていたのは、単に貧弱だったからだけではない。肉体的には貧弱であろうと、強者に取り入っておこぼれに預かる才覚がある者もいるのである。しかし、余はその真逆であった。
『お前は一言多い』
『何でそんなにクソ真面目なんだ?』
『融通が利かない』
『他人の気持ちがわからないのか?』
『少しは場の空気を読め!』
幼少の頃からはじまり、修道院にいる間にも、散々に言われてきたことである。
余は、どうも他人の気持ちを察する能力が低いらしいのだ。そして、原理原則や規則にこだわり、それから少しでも外れることを好まず、間違いがあると必ず指摘しないと気が済まない。
好かれぬのだ、こういう人間は。
余が修道院生活で学んだことは『沈黙は
上っ面だけ合わせておけばよい。そのことは理性では理解できたのである。
だが、苦痛であった。耐えようもなく、苦痛であった。
であるから、余は山に逃げた。二十年の孤独、四十年の孤独……そして三百八十年の孤独。それが、どれほどのものであろうか。余にとっては、むしろ安らぎであった。
そして、余は魔王になった。何でも余の思うままにできる力を得たのだ。もう、自分が何をしようと他人に文句を言われることがないくらいの強大な力を得たからこそ、余は山を下りる決断ができたのだ。
下りてみて実際に三百八十年ぶりに人と交わってみて意外だったのは、余が以前ほど原理原則や規則を守ることにこだわらなくなっていたことである。
絶大な力は、余自身の心にも余裕を与えてくれたのだ。
そのため、余は世のため人のために働こうと思うようになったのである。だが、それも『誰か』特定の人間のためではなかった。『世のため人のため』という抽象的な目的でなければ、余の行動の指針にはならなかったであろう。その根本のところに、余の信仰があったとしてもだ。
そうだ、余が信仰に、すなわち『神の愛』を説く救世主様の教えに、あれほどまでに惹かれていたのは、つまるところ『人に愛されぬ』我が身を愛してくれるのは神だけだと思ったからではないのか? 少なくとも神だけは余を愛してくれると信じることができたからではないのか?
結局、山から下りてみたところで、余は人との交わりを避けていたのだ。征服した国の王や大臣と話しはするが、結局のところ仕事や政策のことについてだけである。彼らと腹を割って話し合ったことなどなかったのだ。また、彼らとても余のごとき強大な力を持つものと対等に話し合えるような胆力はあるまい。
そんな余の前に、唯一現れた『人』がスズナだった。異世界の勇者。余に匹敵する『力』の持ち主。すなわち余と唯一対等なる者。
そうだ、そうなのだ。人を避け、それなるがゆえに『魔王』となり、またそのために人とは交われなくなった余と、ひとりの『人』として交わってくれたのは、スズナだけだったのだ。余がスズナに惹かれるのは、必然だったのだ。
よし、わかった。余は取り戻さねばならぬ。今まで捨ててきた三百八十年の時を。人と交わる気持ちを。
苦手などとは言っておれぬ。苦手なら、訓練しなければならぬ。やり方がわからなければ、学ばねばならぬ。
そのことに気が付いたのだ。これで、また一歩嫁に、すなわちスズナに近づいた!
「うむ、わかった。スズナよ、余は自力でそなたが喜ぶこと、好きになるようなことを見つけよう。待っておれよ!」
余がそう宣言すると、スズナは『ニヤリ』から『ニコリ』に笑顔を変えて、口を開いた。
「その意気よ、頑張ってね♪」
その笑顔に、余は再び心拍が急増したのだが、次の瞬間スズナは再び真顔になって余に釘を刺してきた。
「あ、だけど読心魔法は禁止ね。それはカンニング……答えの盗み見と一緒だからね」
それに対して、余は一本指を立てて左右に振りながら答えた。
「いやいや。そもそも、読心魔法でそなたの心を読むのは、ほぼ不可能であるぞ」
「え?」
きょとんとしたスズナに、余は説明する。
「読心魔法も魔法の一種であるからして、防御魔法には防がれるのだ。もちろん魔力を強化して防御魔法を貫通できれば、相手の心は読める。だが、そなたの防御魔法は余の最大防御に匹敵する。この世界すべての魔素を瞬間的に魔力に変えて防御魔法の強化に使えるのであるからな。それだけの力を持った防御魔法を貫通するには、それこそ世界を破滅させるぐらいの魔力が必要である。であるからして、この世で余が唯一読めないのが、そなたの心なのだ」
「そっか」
余の話を聞いて、スズナの表情は得心半分、安堵半分の表情になった。
だが、そもそも余はスズナの心を読もうとは思わぬ。他人の心を読んだだけで『プライバシー侵害』と怒るスズナなのだから、その心を読むことなど恐ろしくてできぬわ。世界の誰に嫌われても、スズナにだけは嫌われたくはないのだからな。
そして、余は改めてスズナに向けて宣言した。
「さて、それでは始めようか。余の恋愛はこれからである!」
だが、余の言葉を聞いたスズナは半眼になって答えた。
「魔王、そのセリフだと打ち切りエンドだよ」
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