第19話 婚活のために自分磨きをすることになったけど、それ以外にも足りない部分があると指摘された件

「ところでスズナよ、そなたの方はどうであったのだ?」


 余は自らの身体的な一時的不調を無視してスズナに尋ねた。多少気にはなるが、心の臓の病というわけではなさそうなので、運動直後の心拍上昇と同じで少したてば落ち着くであろう。


「モテたよ。小学校低学年以来のモテ期だったね」


 口ではそう言っているのだが、全然嬉しそうではないな。


「その割には不満そうであるが?」


「不満、ていうのとはちょっと違うんだよね。何て言えばいいんだろ。『コレジャナイ感』? ……とでもいうのかな」


「ふむ。そなたが求めていたものと、何かが違ったわけであるな。しかし、その違いが何かがわからずにモヤモヤしていると」


「そう、それ! 確かにモテたんだけど、それで嬉しいかっていうと微妙なんだよね。イケメンも多かったし、みんな王子様とかで地位も権力もある人たちばかりなんだけど、じゃあ、その人とお付き合いしたいかとか、結婚したいかっていうと、また別なんだよね」


「ほう?」


「わたしさ、今まで好きになった男子って、例えば男子バレー部との合同合宿で優しくしてくれた先輩とか、一緒にクラス委員をやったときに頼りになったクラスメイトとか、塾でわからない所を教えてくれた秀才君とか、空手道場のすごく強い師範代とか、みんな日常生活の中で知り合って『あ、ちょっと素敵』とか思った人ばかりなんだよね。テレビの中のアイドルとか、歌手とか、イケメン俳優とか、プロスポーツ選手とか、そういう身近じゃない人を好きになったことって無いんだよね」


「ふむ」


「つまり、わたしは人をスペック……ええと地位とか肩書きとか、外見のよさとか、そういうことで好きになるタイプじゃないみたいなの。それでね、逆もそうなの」


「というと?」


「顔もわたしの一部だってことは認めるんだけど、そこで好きになって欲しくないっていうか。あと、この身長だとさ、好きになった人にはお断りされてばかりだけど、逆に背が高いのが好きって特殊性癖の人にはモテるんだよね。でも、それって別にわたしじゃなくてもいいじゃない。『背が高いなら誰でもいい』って人に好かれても別に嬉しくないんだよ。だから、婚活パーティーとかは、わたしには合わないってことに気付いたんだよね」


「なるほど、納得できる結論ではあるな。そして、余の方も結論は同じである」


「え?」


「婚活宴会では、余の希望に合う相手は見つかる可能性が低いということがわかったのだ。婚活宴会に参加する王侯貴族の女性の希望は『世界の支配者の配偶者になること』である。しかし、余が求めているのは『暖かい家庭を築くことができる妻』である。双方の求めるものが一致せぬのだから、見合いが成り立つはずもない」


 余がそう言うと、スズナは軽く目を伏せて謝罪してきた。


「そっか……そうだよね。そう考えると婚活パーティーは失敗だよね。ごめん」


 むう、スズナに罪悪感を感じさせることは余の本意ではない。そこで余はげんいだ。


「いや、よいのだ。失敗は成功のもとである。そもそも、余はまったく婚活のことがわからなかったのであるからして、まずお互いの条件が違うということがわかっただけでも、婚活宴会をやった甲斐があるというものである。そして、それ以上の収穫があったのだから、失敗と切って捨てるのは早いぞ」


「収穫?」


 不思議そうに聞き返すスズナに、余は答えた。


「うむ。余がいかに世の女性にとって魅力的でかということが判明したではないか!」


「はぁ!?」


「顔が平凡であることと、逸物が小さいことは如何いかんともしがたい……いや、魔法で何とかすることは可能なのだが、それは卑怯ではないかと思えるので、とりあえず置いておくことにする。だが、それ以外は改善が可能ではないか!」


「というと?」


「肉体が貧弱であるというのは幼少時にも言われたことである。だが、魔法の訓練を三百六十年続けてきた余にとって、それを肉体の鍛錬に代えることは容易であるからして、たくましい肉体を作ることは多少時間がかかっても可能である」


「なるほど……今でも結構細マッチョじゃないかとは思うんだけど……でもまあ、たくましい方が頼りになりそうに見えることは確かよね」


「であろう。そして無教養で面白みがないということについては、古典文学や芸術を学べば教養は身につけることができよう。諧謔かいぎゃくについては難しいが、話術などを学べば会話を面白くすることは可能なはずである」


「わたしには魔王って結構面白い人だと思えるんだけど……でもまあ自分に欠けている部分を補おうと努力するのは大切よね」


「そうであろう。余は努力して魔王になったのであるからして、嫁も努力してもらうのである!」


 このように改善点が見つかったのだ。これらを改善していけばよいのである。これで、また一歩嫁に近づいた!


 ……と思ったのだが、スズナから見ると、まだ足りないところがあったようである。


「うん、まあ間違いじゃないけど……それ以外にもやるべきことがあるよ。とーっても大事なことがね」


 む、スズナにはまだ何か提案があるらしい。スズナの言には聞くべきところが多いので、ぜひとも教えてもらわねばならぬ。


「ほう、それは何であるか?」


「とにかく、まず女性に対して積極的にアプローチする……つまり、自分から話しかけたり仲よくなろうという意志を見せること。これ、一番大事よ。パーティー中の魔王の様子はチラ見してたけど、女の人から話しかけてくるのをいいことに、自分からは何ひとつ積極的に話しかけたり、相手のことを聞こうとしたりしてなかったじゃない」


「う!」


 余としたことが絶句してしまった。さすがはスズナである。余の行動の至らなさをしっかりと把握しておる。そんな余の様子を見て、ひとつため息をついてからスズナはさらに話を続ける。


「特に、魔王が『王侯貴族の女性は嫌』っていうんだったら、これからは魔王の一番の『売り』の部分を隠さないと、普通の庶民なんか絶対に魔王が希望するような『暖かい家庭を築く』お嫁さんになんかなってくれないよ」


「はて、それはどういうことであるか?」


 余は別に王侯貴族の高貴な血に憧れたりはしておらぬから、庶民であろうが貧民であろうが、余を愛して暖かい家庭を築いてくれる女性ならかまわぬと思っているのだが、何が問題なのであろうか?


「いい、普通の庶民だったら『世界の支配者たる大魔王』なんかのお嫁さんになんて、おそれ多くて絶対なりたがらないってこと。あるいは逆に『玉の輿に憧れる』ってこともあるかもしれないけど、それって結局『権力や財産に憧れる』ってことと同じだから、魔王が『合わない』って言ってる王侯貴族の女性と大差ないでしょ」


「むう、確かに!」


 指摘されれば、まことその通りである。


「だから、魔王は庶民の女性を相手にするときは、最初は身分を隠さないといけないわけ。親しくなって、本当に結婚したいと相手も思うくらいになったら、そのときは改めて明かさないといけないと思うけどね。まあ、奥さんの前では庶民のフリを続けて二重生活を楽しむって手もあるかもしれないけど」


「なるほど、いちいちもっともであるな。つまり、余は大魔王であることはおろか、魔法使いであることも隠した方がよいということか」


 世界の支配者たる大魔王であるのを隠さなければならないのはもちろん、魔法使いでさえも千人に一人しかなれぬ希少な存在であり、一般人に比べると隔絶した力を持っているのであるからして、庶民の間では優良な結婚相手と見なされるであろう。本心を隠して結婚を望む女性もいるに違いない。


「そういうこと。でも、魔王って嘘とかつけないタイプだと思うんだけど、庶民を装うことなんてできるの?」


 スズナに心配されてしまったが、そこは侮ってもらっては困るぞ。


「問題ない。余はもともと貧乏騎士の三男坊で生活感覚は庶民に近い。そして十年は修道院にいたのだ。『嘘はついていないが本当のことも言わない』話術や、建前を振りかざして本音をもっともらしく糊塗する技術は、よく見知っているのでな」


 まこと修道院や教会という所は、神への信仰を試される場であるのだ。余は修道院生活の早いうちに、教会の堕落に批判的であった敬虔な修道士の教えを受けることができたので『神』と『神の言葉を語る者』を分けて見られるようになったのだが、表では敬虔に神の言葉を語りながら陰では言っていることをひとつも守っていないような堕落した神父や修道士の裏の顔を純朴な信徒が見たら、それだけで神へも疑いを抱くようになるであろうよ。


「そうなんだ……じゃあ、どういう『設定』にするの? 身分とか、仕事とかは? 確かに『玉の輿』狙いは困るだろうけど、逆に『安定した仕事がない人』も避けられるよ」


 スズナに聞かれたので、ちょっと考えてみたところ、最近とある団体から陳情を受けたことを思い出した。おお、あれは庶民を相手にするときの表向きの仕事としてちょうどいいではないか!


「うむ、余は表向きは石工いしくを仕事にしよう」


「え、石工? 何で?」


「石工というのは専門の職能集団である。城壁作りや補修はもとより、町の建物作り、石橋の架橋、道路の舗装など、さまざまな仕事があるので食うに困ることはない。重いものを扱うので危険もあるが、互助組合があって怪我をした者や死んだ者の遺族に手厚い保障があるのだ。余は最近、その互助組合に加盟したので、石工を名乗っても問題ないのである」


「ふーん……って、石工の組合!? それって、もしかしなくてもフ○ーメイ○ンじゃないの!?」


「何をそんなに驚いておるのだ?」


「あ、ごめん。わたしの世界の有名な秘密結社が、元は石工の互助組合だったってことを思い出しただけ」


 ほう、そうであったか……待て、いささか疑問に思えることがあるのだが。


「『秘密』結社が『有名』というのは矛盾しておらぬか?」


「あー、確かに。そうね、昔は秘密だったけど、今は有名なのよ」


「なるほど」


「ところで、何で石工の組合に入ったわけ?」


 スズナに聞かれたので、つい先日のことを話す。


「いやな、余が各国から依頼されて行っている工事のうち、普通の石工でもできるような道路工事などもやられると民業圧迫だと組合から抗議を受けたのだ。もっともな抗議であるゆえ、受け入れて、今後は余が請け負うのは普通では難しいような難工事のみにすることにしたのだ。その話し合いをした際に、余の工事でも石材加工は行うので、余も石工の一種であろうということで、名誉組合員として加盟を要請されたので受諾したのだ。その後、さっそく会合があるというので参加してきたぞ」


「そうだったんだ。で、その会合ってどんな感じだったの? やっぱり何か秘密の儀式とかやってた?」


 スズナが食いつくように聞いてくるのだが、何か興味関心を引くようなことでもあったのであろうか? まあ教えることはやぶさかではないが。


「いや、儀式めいたことは特にはなかったぞ。最初は余の紹介や、各王国からの依頼の割り振り、傷病者への保障の取り決めや、余が魔法で治療してもよいなどというような話し合いをしたのだが、それが終わると会食になってな。余は食事を必要とせぬので談笑しただけであったが、ほかの者はみな楽しそうに飲食して親睦を深めておったぞ」


 それを聞いたスズナはなぜか一度がっくりとうなだれると、それから顔を上げてじっとりした視線を余に注ぎながら口を開いた。


「『魔王が加盟した秘密結社の会合』って聞くと何かすごそうな雰囲気だけど、その実態は『土建屋どけんやのおっちゃんたちの懇親会こんしんかい』だったワケね。……せっかく小説のネタになるかと思ったのに、こんなのどう扱えっていうのよ」


 そうつぶやくと、再びがっくりとうなだれるスズナであった。よくわからぬが、期待に応えられなかったようであるな。まこと、世の中とはままならぬものよ。

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