第18話 女性の心の中をのぞいたことを話したら非難されたけど、なぜか最後には同情された件

 何様かと聞かれたので「大魔王様だ」と答えたのだが、余の返答を聞いたスズナは一瞬虚を突かれたような顔になったあと、ガックリとうなだれてつぶやいた。


「……ああ、うん、そうだったよね。よく考えたら、あなたって、やろうと思えばどんな好き勝手やってもいい立場なんだよね。だけどさ……」


 そこで、顔を上げて余の目を見ながら真剣な顔で言った。


「わたしは、あなたにはそんな風に人の心を軽く扱うような魔王にはなって欲しくなかったな。もっと、真面目に人の心を尊重する人かと思ってたから」


 そして、何というか、実に寂しげに笑ったのである。その表情を見て、余はなぜか心の奥底に非常にモヤモヤした、痛みに似たものを感じたので、反論することにした。


「待つがよい。余が彼女らの心を読んだのは、彼女らの心を尊重するためである。なぜなら、彼女らは口でも表情でも熱心に余との結婚を望んでいたが、内心はまったく違っておったのだからな」


「え?」


「たとえば、そなたを召喚したフォカッチャ王国のカテリーナ姫だ。口では『とても素敵なお顔です、私は大好きです』みたいなことを言っておったが、内心では『もっさりした顔ねえ。まあ、顔で結婚するわけじゃないから別にいいけど。それより、この人と結婚すれば我が国は世界で第一の国にしてもらえるのよ。お父様たちのためにも頑張らなくちゃ』などと考えておったぞ」


「あの清純そうなお姫様が!?」


「うむ。だがまあ彼女の場合は国王や国民のためと思っているのだから、嘘を言ったからとてとがめるつもりはない。いや、そもそも、そなたの言うとおり余が心を読んだこと自体が倫理的にはよからぬことであり、反則的な行為であるからして、それを理由にして罰を与えるつもりはない」


「ああ、そう……まあ、罰しないのは当然だけど……ところで『彼女の場合は国王や国民のためを思って』とか言ってたよね。まさか、他の人だと……」


 言葉尻を濁したスズナだが、聞きたいことはわかる。


「うむ、いたぞ。東のマントウ帝国のメイリン姫など『私は魔王様の高潔さ、無私の心に惹かれたのです。たとえ魔王様が世界の支配者の座を捨てて隠遁されるとしても、私はどこまでも後をお慕い申し上げます』などと申しておったがな、内心では『バッカよね、この魔王。せっかくの権力を自分のためにまったく使おうとしないなんて。それなら私が使ってあげるから結婚してよね。でも、こういう人は自分と同じような高潔無私な女に惹かれるだろうから、私も上手に高潔無私を装わなきゃね』などと考えておったぞ。先にも言ったとおり罰するつもりはないが、このような女は断じて願い下げである」


「ああ、うん、確かにそういう人は願い下げよね……でも、王族だとか貴族だとかって、そんな風に本心隠して嫌な相手でもニコニコ笑って結婚申し込みしなきゃいけないんだ」


「左様であるな。特にかわいそうだったのは新大陸の南の方のキヌア帝国のラウア姫よ。好きな男が別に居るにもかかわらず『神』である余の配偶者になれと父帝に厳命されて、しかたなく参加しておった。顔で笑って心で泣いてというのは、ああいう状況を指すのであろうな。まあ、あまりに哀れだったので、他の者に聞かれないように直接『そなたが本当に好きな男と結婚できるように余が皇帝に口利きをしてやろう』と言ってやったら、今度は本当に泣いて喜んでおったが」


「うーん、心を読むってことには納得がいかないけど、でもまあ、それはいいことをしたね」


「ほかも同じようなものであったぞ。余のことを本気で気に入った者などひとりもいなかったのでな」


「え、ひとりも!?」


「いかにも。信じられぬというなら実例を挙げてみようか。新大陸の女戦士部族であるラクテニス族の族長の娘は『貧弱だな。男らしさが欠片も無い』と考えておったぞ」


「う、そうかな。魔王は結構鍛えてると思うけど……まあ、あの女戦士たちはマッチョなのが好きそうだったからね」


「教皇の姪とか称していた隠し子だが『話し方が尊大な割に話に中身がないわね。変な知識はあるみたいだけど、すてきな詩のひとつくらい作れないものかしら。そうした教養が無いんだから所詮は下賤げせんな生まれね』とか思っておったな」


「ま、魔王の知識には実益があるからいいんじゃないかな……」


「ロッゲンブロート王国のテレジア姫は『強いことは強いけど、真面目すぎて欠片も面白みがない人なのよね。顔も全然特徴がなくて、どこにも素敵なところが無いし。あーあ、この人落とさなきゃいけないのかぁ、憂鬱だなあ……』などと憂いておったな」


「ま、真面目なのはいいことだよ! それに、魔王の顔は確かに目立つ特徴は無いけど、逆にここが悪いって欠点もないから、わたしは悪くないとおもってるけど……」


「顔については、バゲット王国のエレーヌ姫も悪くはないとは思っていたようだ。そなたと同じように考えておったぞ。ただ『でもねえ、この人四百年童貞とか言ってるから、何か小さそうなのよね……アレが』とも考えておったな」


「もうやめてぇ! とっくに魔王のライフはゼロよっ!!」


 余は客観的かつ冷静に参加者の心の内を紹介していったのだが、なぜかスズナの表情がだんだんと暗くなっていき、最後には耳を押さえて悲鳴を上げてしまった。それにしても、叫んだ言葉の内容がよくわからぬのであるが。


「余の何が零になったと?」


「あ、ごめん。ライフって体力とか生命力とか、そんな感じのことだけど……」


「はて? 確かに婚活宴会で多少疲れはしたが、余の体力はまだ有り余っておるぞ」


「違う違う、さっきのはネットスラング……つまり一種の慣用表現よ。意味としては、えっと……『死者に鞭打つ』って表現はこっちにはあるのかな?」


「似たような表現ならあるが……む、そうか、体力や生命力が零とは、すなわち死んでいるということか! ああ、なるほど『もう死んでいるから、これ以上攻撃するな』という意味であるな」


「まあそういうことかな。それで実際は『これ以上ひどいことしないで』って意味で使われてるの」


「なるほど、そうであるか……まあよいが。それにしても、なぜそなたが苦しむのだ? 言われた……もとい、そう思われたのは余であるぞ」


 そう尋ねたところ、スズナは苦い顔をしてボソボソと理由を話し始めた。


「ごめん。昔いじめられてた頃のことを思い出しただけ。部活の裏ブログとかで散々書かれたんだもん。『大きすぎて動きが鈍い』『デカ女は気が利かない』『エ○サが好きとか悲劇のヒロイン気取りイタい』『神経鈍い』『顔デカすぎ』『足太すぎ』『ウエスト太すぎ』『あんだけデカいとオマ……』じゃなくて『あそこもガバガバでしょ』『馬並み相手じゃないと感じないんじゃない』『馬とヤるのがお似合いよ』とか、もっと下品なこともね」


 ……何というべきか、余も言葉を失ってしまった。うむ、以前にも不用意な発言でスズナの嫌な過去を思い出させてしまったことがあったが、今回もそうであったか。悪いことをした。


「スズナよ、根拠無き誹謗中傷など気にする必要はない。そなたが繊細な心遣いができる女性であることは、世界の支配者たる余が保証しよう」


「……ありがと。その気持ちは受け取っとくね。だけど、魔王の方はそんな好き放題言われて……はいないのか」


「うむ。余が勝手に心の中を読んだのだからな。彼女らが何を考えようと自由であるからして、余が咎めだてする筋合いはない」


「でも、わたし聞いてただけでも身につまされちゃったんだよ。あれだけ好き勝手なこと思われたら、さすがに傷つくんじゃないの? ……心が」


 心配そうに問うスズナに対して、余は莞爾かんじと笑いながら答えた。


「顔に特徴が無いことも、教養が無いことも事実である。事実であるからして傷つく必要などはない。面白みがないとか、逸物いちもつが小さいなどというのは相対的な事柄であるからして、思っている方がそう思うなら勝手に思うがよいのだ。それに合わせて余が傷つく必要など、どこにあろうか」


 それを聞いたスズナは、余の顔をまじまじと眺めていたが、やがてボソリとつぶやいた。


「凄いよ、魔王。そう思えるあなたの心の強さが、わたしには羨ましい」


 それから、フッと笑って言葉を続けた。


「でも、今の魔王、ちょっとカッコよかったよ」


 その笑顔を見た余は、非常に不可解なる身体的現象を自覚した。急激な運動などまったくしていない、それどころか体を動かしてすらいないのに、なぜに心拍数が増加するのであろうか?


 まこと、この世には、四百年生きてきた余にとってさえも、不可解な現象というのは尽きぬものであるな。

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