第17話 婚活宴会を開いたけど、参加者の異性に対する情熱に圧倒された件
婚活宴会は大盛況であった。場所は余の居城の大広間である。飾り付けなどは、異世界の知識を元にした。具体的にはスズナが持ってきたゼク何とかいう婚活関係の書籍に載っていた結婚式場の写真などである。スズナの世界には実に写実的な挿絵があるものだと感心したものだ。なお、料理などについては宗教上の制約があるので、参加各国の王家や族長などのところで作ってもらい、それを異空間収納に入れて持ってきて、卓ごとに並べてある。また、参加者も余とスズナが手分けをして瞬間移動魔法で連れてきたのだ。
その会場内は、
ちなみに、余の服装はスズナが選んだ『タキシード』とかいう白い肌着と黒い上下を合わせた服である。もっとも、スズナにとっては最上の選択だったわけではないようで、小声で次のようなことをつぶやいておった。
「うう、何かこう美少女戦士の相方というイメージが強いんだけど、このくらいは着せないと他との釣り合いが……」
ちなみに、この服を作るときに『この点だけは守るように』と厳重に注意されたのが、『体にぴったりと合う服にすること』であった。
「いい、服ってのはね、少しでも体のサイズと違うと、とってもみっともなく見えるの! 魔王は普段着の村人服も少し大きめの着てるでしょ?」
「うむ、楽なのでな」
「やっぱりね……魔王って合理主義だから『服なんか体を隠してれば問題ない』とか思ってるでしょ?」
「うむ。まあ他人に不快感を与えないようにということは、一応気にしてはいるがな」
「それじゃダメなの。きつく感じても、ぴったりした服だと見栄えが断然違うの。これ、別に体格に問題があっても同じなんだよ。ふくよかな……ぶっちゃけデブな人でも、それを隠すためにゆったりした服なんか着ると、かえってみっともなく見えるのよ。魔王は締まった体してるんだから、合わない服着るのはもったいないよ」
「そうなのであるか!?」
まこと、余にとっては目から鱗が落ちる指摘であった。さすがは異世界の勇者……いや、これは勇者は関係ない事柄であるな……もとい、妙齢の女子である。
「そうだよ。魔王の合理主義は『楽にすごす』ことには合ってるけど、『女の人と仲よくなる』という目的には合ってないの。目的が違えば、合理的な方法も変わるのよ」
この教えは実に余の心に響いた。余の視野は実に狭かったのである。いかに強大な魔力を持つ魔王といえども、ひとりの智恵には限りがある。やはり智者には頼るべきなのだ。
そこで、余はスズナの見本をもとに、しっかりと体形に合うように作り、スズナに確認してもらい、問題点を修正したのである。
うむ、これでまた一歩嫁に近づいた!
ところで、そのスズナ本人であるが、淡い空色で上着から腰巻きまでが一体化した裾の長い服を着ておった。『ワンピースのドレス』とか言っておったか。白い薄衣などで飾られた実に優美な服で、長袖だが胸元から襟首あたりは大きく開いている。銀に金剛石をあしらった『ティアラ』とかいう髪飾りも見事なものであった。いずれも、あちらの世界の服や宝飾品を複製したものだそうな。解析と複製の魔法は余が教えたのだが、すぐに使いこなせるあたり、やはりスズナは魔法について天才的である。
実に似合っていて美しいと思ったのだが、スズナは少し不満そうであった。
「試着はできなかったんで複製してから実際に着てみたんだけど、何かエ○サっぽくなっちゃたんだよね……もう作り直してる時間ないから、これでいくけど」
なお、スズナの背は普段に比べると拳三つ分は低くなっている。余よりもさらに背が低くなっているのだ。体全体が相似形で縮小されているので、体形などもおかしくなってはいない。むしろ、女性として標準的な背丈になったことで、均整が取れた実に女性らしく優美な姿をしていることが明確になっておる。
そのためか、宴会が始まると大勢の若者がスズナの元へ殺到しておった。
正直に言って、余は若人の情熱に圧倒されていた。
いや、余とても外見だけなら永遠の二十歳。立派な若人であるはずだが、
もっとも、三百八十年前に同じような婚活宴会に参加したとしても、あまり態度が変わっていたとも思えぬ。
そう思ってしまったのは、若人たちの異性に対する情熱というものを、目の当たりにしてしまったからである。男も女も、実に積極的に気になる異性に話しかけていくのだ。男なら女の目や唇や髪、指、はては歯にいたるまで、その美を褒め称え、女は男のたくましさ、力強さ、優雅さなどを称揚する。ときには文化的な違いからして誤解を生んだりもするようだが、その場合でさえも互いの文化における美点の違いなどを話題にして親睦を深めるのだから大したものである。
いやはや、全員が王族貴族であるからして社交の訓練と経験は積んでいるのであろうが実に見事なものではないか。三百八十年前の余など、このようなきらびやかな席に出ただけで緊張して、到底自分から異性に積極的に話しかけるようなまねはできまい。人目につかぬよう隅の方に逃げていたであろうな。余が自らに自信を持てるようになったのは、魔法を使えるようになってからであるからして。
なお、この婚活宴会では言葉が通じぬ者同士でも会話ができるように意思疎通の魔道具を全員に配布している。世界征服のために、読心魔法を応用して相手の表層意識から会話しようとする内容を読み取る魔法を開発したのだが、それを誰でも使えるように魔道具化したのだ。あくまで、相手が話そうとしている内容がわかるだけであり、心の奥底まで読めるようなものではない……これは。
さて、余は若人の積極性に圧倒されており、また女性を相手に何を話してよいかもわからぬゆえ、開催の挨拶をして自由な交流を始められよと宣言したあとは、何とはなしに立っているだけであった。スズナに聞いた話では、通常の婚活宴会ではそのような態度は下の下だそうである。積極的に行かなければ結果は得られぬというのだ。至極当然のことではあるな。
しかし、ことこの婚活宴会においては、余はその例外なのである。なぜなら、女性陣のうち大半の目的は余であるからだ。元来からして、余と見合いをしたい娘を集めて一斉に顔合わせをするのが目的だったのであるから当然であろう。したがって、面識のあったバゲット王国やロッゲンブロート王国の姫はもとより、新大陸のキヌア帝国の皇室の姫や、新大陸南方の女性部族ラクテニスの族長の娘、大陸東北部の遊牧民ホーショールの族長の妹などから、何と教皇の姪(と称する隠し子)まで積極的に余に話しかけてきたのである。そこで、余は当たり障りのない話をしながら、それらの娘子の心根を探ることにしたのである。
やがて、盛況のうちに予定時間は過ぎ去り、婚活宴会はお開きとなった。参加者全員を元の国に送り返してから、本日の『収穫』を確認する。余の手元には、スズナが考案した『名刺』なるものが、女子については全員分集まっておった。名前や所属国などを書いた小紙片で、気に入った女子に後で連絡するためのものである。もちろん、男子も同様のものは持っており、意中の女子に渡しておった。まあ、参加女子の全員が知っているので余については不要ということだったのだが。
「さて、魔王は誰かいい人いた?」
散会後にスズナに問われた余は首を振りながら答えた。
「残念ながら、余に合う女性はおらなんだ」
「あれ、結構美人さんが多かったと思うけど?」
「容姿について合わぬと思った女性はひとりとしておらぬ。そもそも、余は外見についてはさほど重視してはおらぬ」
「え、『きれいなお嫁さん』が欲しいんじゃなかったの?」
「『きれい』というのは外見に限ったことではない。心もまた『きれい』の対象である」
「ああ、なるほど」
「その観点からすると、残念ながら余に合う女性はおらなんだ。やはり、心を偽って結婚したいと思うような女性とは合わぬ」
それを聞いたスズナがきょとんとした顔になって尋ねてきた。
「それどういう意味!?」
「言葉通りだが? 読心魔法で心を読んだところ、言葉と心の中が一致していなかったのでな」
そう言ったとたん、スズナが目をつり上げて怒った。
「ちょっと! それルール違反、マナー違反だよ、特に恋愛では!! それに、心の中なんて誰にも知られたくないことだよ! それを勝手に読んだ上で『合わない』とか言って、何様のつもり!?」
そこで余は悠然と答えた。
「この世界の支配者、大魔王様である」
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