第16話 服装の重要性について指導を受けたけど、服選びが非常に難しい件
婚活のための宴会の準備は順調に進んでおる。スズナも部活動とやらいう創作活動や、空手道場の稽古とやらいう武芸の鍛錬が終わったあとに、しょっちゅう顔を出しては資料などを置いていったり、あちらの世界のインターネットとやらで仕入れた情報を提供してくれている。余はあちらの世界の言葉を魔法で学んだので文書資料も読めるのである。
そして婚活宴会が数日後に迫ったある日のこと、スズナに今までまったく気にもしていなかったことを質問されたのである。
「ところで、前から気になってたんだけどさ、あなたって魔王なのに何で『村人A』って感じの服装なわけ?」
「ふむ?」
余は己の衣類を見直してみた。エーという言葉の意味はよくわからぬが、言われてみれば確かに村人のような服装ではある。
「特に理由などはない。修道院を出るときに、それまで着ていた修道着は返したのでな。修道院の近くに住んでいた村人から古着を恵んでもらって着たのだ。山籠もり中は、獲った獣の毛皮で服を作っていたのだが、さすがにそれでは人里に降りたときは奇異に思われると考えたので、山を下りる際に村人の古着を参考に魔法で衣服を作ったのである。以来、それと同じような服を着ているだけのことであるな」
「世界の支配者になったのに?」
「うむ、特に不自由はないので、そのまま着ているのである。別に服装で世界を支配するわけではないからな。余が世界を実効支配しているのは、ひとえに余の強大な魔力によるものである。別に衣類で権威や威厳を表す必要などはないのだ」
これは余の信条である……のだが、それを聞いたスズナは頭を抱えてしばらく考え込んでから、やがておもむろに余に向き直ると凄い勢いでまくしたて始めた。
「あのね、魔王……世の中には必要なくても、やっといた方がいいってこともあるの! 服装ってのは、その最たるものでね、人は外見で相手を判断するの! 服がみっともなかったり、みすぼらしかったら、それだけで軽く見られちゃうのよ!!」
「それで余を軽んじるような
そう言ったところ、スズナが大爆発してしまった。
「ちっがぁーーーーうっ!! そうじゃないのっ!! いいこと、女ってのはね、いや男もそうだけど、とにかく異性に好意を抱くかどうかは、第一印象で決まるのっ!! だから、服装だとか、髪型だとか、そういう外見的な部分で手を抜いちゃいけないのっ!! そっから先は確かに中身とか相性も大事だけど、そこに行き着くためには、まず第一関門の外見での選別を突破しなきゃいけないワケ!! わかる!?」
「う、うむ……」
あまりの勢いに、余としたことがつい押されてしまった。いや、スズナの言っていることは理屈としては理解できるのだ。余とて、まったく無頓着なわけではない。少なくとも、裸身に毛皮のみまとって人里に現れるようなことをしては、どこの蛮族かと思われるというくらいの常識はわきまえているのだから、村人のような服装にはしたのだ。
であるからして、外見上他人に不快感を与えなければそれでよいのではないかと思っていたのだが、どうも婚活においては、というか男女の恋愛においては、そうではないらしい。
などと思っていたのだが、スズナがここまで興奮しているのには、別の理由もあったようである。
「わかるの!? 本当にわかるの!? いっつもいっつも、外見で門前払いくらっちゃうわたしの気持ちが!? どんなに頑張ってスタイル気にしてトレーニングしても、服や髪型に気を配ったり、お肌やリップの手入れしたりしても、ぜーんぶこの身長のせいでパァ!! 恋愛対象外になっちゃうのよ!! 身長なんて絶対に縮められないのに、どうすればいいっていうのよっ!?」
……ううむ、どうも余の発言のせいでスズナ自身の今までの辛い経験を思い出してしまったようであるな。悪いことをした。しかし、ひとつだけ理解できぬことがある。
「スズナよ、ひとつ聞いてよいか?」
「何っ!?」
「今のそなたなら、魔法で簡単に身長ぐらい縮められるのではないか? 身体の拡縮は確かに高度な魔法であるが、魔法で家のように大きくなったり、ねずみのように小さくなったりするというのは、おとぎ話でも定番であるからして、余も使ったことはある。そなたは、余に匹敵する魔力があり、高度な想像力を持っているのであるからして、身長を一回りか二回り小さくすることぐらいは簡単だと思うのだが」
「あ……」
どうやら、自分の劣等感の根源たる身長を何とかできることに、今はじめて気付いたらしい。しかし……
「ダメよ。わたしが魔法を使えることは秘密なんだから。身長が三十センチも縮んだらバレちゃうって」
ふむ、確かに魔法が失われたスズナの世界では背が縮んでいたら驚かれてしまうか。
「ならば、そなたも婚活宴会に出てみてはどうだ? こちらの世界には、そなたを知っている人間自体が少ないし、知っている者ならそなたが魔法を使えることも知っているので不思議には思うまい。そなたの
余の言葉を聞いたスズナは、しばらく沈思していたが、やがて大きくうなずいて口を開いた。
「そうね。別に出たからって必ず結婚しなきゃいけないワケでもないし。よし、やってみよう!」
この婚活宴会は、あくまでも顔合わせという位置づけである。気に入った者がいれば、宴会の後で正式に申し込むのだ。そこで断ってもよいと通達してある。本人たちの意志を重んじたいのでな。もっとも、王家や貴族の婚姻では政略的要素で申し込んだり断ったりもあるとは思うが。
何はともあれ、スズナが平静に戻ったようで何よりである。さて、本来の話題は何であったか……余の服装か。
「では、話を本題に戻そうではないか。余の服装が魔王らしからぬという話であったな。では、少し変えてみよう」
そう言うと、余は『魔王らしい服装』というものを思い浮かべようとした。その形さえわかれば、魔法で簡単に服など変えられる……のだが、『魔王らしい服装』とはいかなるものか?
余が幼き頃に聞かされた昔話では、魔王の服装についての言及はなかった。『恐ろしい姿』らしいのだが、どんな姿であろうか? また、見合いのための宴会に『恐ろしい姿』というのは
では、それ以外に『魔王らしい』といえば……おお、他ならぬスズナに見せられたものがあるではないか!!
そこで余はさっそく魔法で服を変えてみたのであるが……
「何でそれ!?」
「魔王らしくということなので、以前にそなたに見せられた『くしゃみの大魔王』の絵に描かれていた服装を元にしたのである。こちらの世界においても似たような服はあってな。砂漠地帯の国の民族衣装に似ているのだ。であるからして、さほど奇異な服装ではあるまい。ただ、砂漠地帯の住人ははほとんどが予言者教の信者なので、正統教会あたりが『異教徒の服装』だと文句をつけてくる可能性はあるのだが……」
「却下! 確かにアレも『大魔王』だけど、お笑い大魔王だって言ったでしょ!? お見合いの服装じゃないわよ!!」
むう、そういえば確かに『お笑い系』だとも言っておったな。では、違うものにしよう。以前に何度かあちらの世界に行った際に、いくつか『魔王』の出てくるアニメとやらを見せてもらったので、そのひとつに出てきた魔王の服装に変えてみるか。
「何で学ラン!?」
「ほう、これは学ランというのか。そなたに見せられた『本日より魔王を始める』とかいう意味の題名のアニメの魔王がこんな服装であったと思ったのでな」
「それも却下よ! それは魔王の服装じゃなくて、学生の制服!! 確かにアレも魔王だけど、その服は異世界に行く前に着てただけだから!!」
ううむ、そうであったか。では、別の魔王の服装というと……おお、別のアニメも見せられたな。あの魔王の服装の中で、正装らしきものを選んでみるとするか。
「ちょっ、それ何!? ハンバーガーショップの店員みたいな……って、まさか!?」
「これもそなたに見せられた『勤労する魔王』とかいう意味の題名のアニメで、魔王が仕事場で接客する際に着ていた服装である。客に応対する際の服であるからして、正装であろう?」
「却下よっ!! それ、正装じゃなくて仕事着だから!!」
「むう、そうであったか。なかなか難しいものであるな」
服装というのは余にとっては、まこと興味関心の無い分野であるからして、何がよいやら悪いやらまったくわからぬ。
「……ごめん、わたしが見せたアニメのチョイスがいろいろ間違えてたのもあるから、魔王らしい服装はやめましょ。普通に王族の正装みたいな服装にして。それも、この魔王城があるあたりの国のやつね」
ふむ、それならば以前に第一王国の王子の正装を見たことがあるので、あれを参考にすればよいな。
「これでどうか?」
「ちょっ、何でタイツにカボチャパンツっ!? って、そうか、中世ヨーロッパ似なんだから、このあたりの国の正装ってそういうのなんだ……」
がっくりとうなだれたスズナであったが、やがて顔を上げて鬼気迫る表情で余に向かって言った。
「いいこと、わたしが見栄えいい服を見繕って資料持ってくるから、それを元にして服を作ってね!!」
そのあまりの迫力に、余は一も二もなくうなずいたのであった。
むう、これでまた一歩嫁に近づいた……のであろうか?
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