四百年間童貞を守って魔王になったけど、女性との付き合い方がわからない件

結城藍人

第一章 魔王バカ一代編

第1話 四百年かけて魔王になったけど、そもそも目的と手段を取り違えていた件

 余はついに魔王になった。長かった。十歳にして魔王を志して以来実に三百九十年。ついに宿願を果たし、余は魔王に成り上がったのである!


 伝説にう。『四十年間女犯にょぼんを断てば魔法使いになれる』と。


 いや、これは伝説ではない。確固たる事実である。千人に一人くらいは、この方法で魔法が使えるようになる男がいるのだ。人口が十万人の大都市なら半分の五万人が男として、五十人は魔法使いがいるのだ。


 ちなみに、女は魔法使いにはなれない。伝説には『魔女』という存在もあるが、女が魔法を使えるようになる方法は謎のままである。


 そこで、余は四十年間童貞を守り切った。十歳の時に修道院に入って魔法についての知識を学びながら精神修養と肉体の鍛錬を行うと同時に女性との接触を断ち、二十歳のときに山に籠もってひたすら精神の鍛錬を行った。


 辛かった。きつかった。若い肉体の欲望を抑えることには、大変な精神力が必要だった。だが、余はそれを乗り越えた。


 そして、四十にして魔法が使えるようになったのである!


 余は、千人に一人しか達成できぬといわれる厳しい修行に耐え、魔法使いになれたのだ。


 だが、余はそれで満足しなかった。


 さらに伝説にう。『四百年間女犯を断てば魔王になれる』と。


 これはさすがに実現した者はいない。だが、先の伝説は既に事実として確立されているのだから、こちらも挑戦する価値はあると考えられる。


 そこで、余は山籠もりを続けた。二十年間で山中の生活にも慣れ、さらに魔法が使えるようになった余にとっては難しいことではなかった。


 余はひたすら魔法の修行を続けた。使えるようになった魔法を繰り返し使い、その正確さを、威力を、発動までの素早さを向上させた。かつて学んだ魔法の知識を生かして、新たなる魔法を工夫して生み出し、改良した。そうして作り上げた情報収集の魔法を使って、さらに魔法の知識を増やし、魔法についての研究を進めた。


 最初の頃は、すぐに体内の魔力を使い切ってしまい、魔力の回復のために瞑想したり睡眠を取る必要があった。だが、修行の結果、余の魔力はどんどん増え、魔法を使える回数も増えていった。そこで余は魔法の修行と研究に夢中になり、ほかのことは一切考えなくなっていった。


 そして余は老いた。


 だが、六十歳になったとき、余は突然、食料も水も必要としない体になった。魔法の修行と研究の成果として、己の体が世界に散らばる魔力の源、魔素を魔力と生命力に変換できるようになったのである。


 その結果、余の肉体は老いを止めた。さらに、治癒魔法の研究の成果から、己の肉体を若返らせることにも成功したのである。


 余は成長を止めたときの肉体年齢まで若返り、それ以降は老いなくなった。


 若い肉体の活力は旺盛だった。余はしばらくぶりの若い肉体の精力を感じたが、かつてのように、その欲望を押さえることに苦労はしなかった。以前の修行で既に精神力が鍛えられていたし、我慢のしかたも分かっていたからである。


 そして、余はひたすら魔法の修行と研究を続けた。百年、二百年、三百年……


 余の魔法の腕はこの上もなく向上した。当然であろう。寝る必要すらなくなり、一日中、否、一年中さえも魔法の修行を続けることができたのだから。まあ、根を詰めすぎるのもよくないので、さすがに週に一度は休みの日を設けて一日中休むことにはしていたが。


 世界中の魔素を己の魔力や生命力に変換し、そのまま使えるのである。いくら魔法を使っても、かつてのように魔力切れを起こし、睡眠をとって魔力を回復する必要などなくなったのだから。


 結果として、余の魔法の精度は恐るべき水準に達した。


 伝説の魔法に、空の彼方から隕石を呼び寄せて地上に落とすというものがある。余はそれを身につけた。この魔法は、呼ぶ隕石の大きさによって、世界を破滅させることすらできる。もっとも、そこまで大きな隕石を呼ぶには、余の体内に溜められる魔力では足りなかった。世界中の魔素を充填できるとはいっても、一度に使える魔力の量には限界があったのである。


 そこで、余は正確さを追求することにした。そして、適度な大きさの隕石を呼び、それが大気との摩擦で燃えて小さくなり、地上に落ちる寸前には微細な粒になった状態のときに、針の穴を通すことに成功したのである! もちろん、そのときの隕石の速度は音の速度よりも何十倍も速かった。そこまで速いと、普通は衝撃波を伴うのだが、余はそれを魔法で押さえ込んで正確に的を狙うことができた。余はそれだけの魔法制御能力を身につけたのである。


 そして同時に、余は己の使う魔法を極限まで効率化することにも成功していた。かつて、魔法を使い始めた頃に火炎弾の魔法を撃つのに必要であった魔力量を基準とするならば、その千分の一の魔力量で同じ威力の魔法を撃てるようになったのである。これは、逆にいえば火炎弾の魔法なら千発どころか一万発でも同時に発射できることを意味している。そして、それをすべて制御する能力を余は身につけているのである。隕石を呼ぶまでもなく、普通の攻撃魔法を使っても余は数千人、数万人の軍勢を殲滅することができるのだ。


 そして、よわい四百を数えたとき、突如として余の肉体に最後の変化が訪れた。魔力蓄積量の限界が、突然無くなったのである。すなわち、余は世界中の魔素をすべて魔力に変換して魔法を使えるようになったのだ。


 余は、もはや世界を滅ぼすだけの隕石を呼ぶことすらできるのである。いや、余の魔法制御力をもってすれば、そんな必要すらない。余の魔法制御能力と無限の魔力を組み合わせれば、十万の軍勢だろうが、百万の軍勢だろうが、殲滅する必要さえない。睡眠や麻痺の魔法で無力化して虜にすることさえ可能なのだ。これはまさに魔王と呼ぶのにふさわしい力ではないか!


 そこで、余はついに己の修行が終わったことを悟り、山を下りることにした。


 そして、余は魔王を志した原因を排除するために故郷に向かった。復讐のためである。


 かつて余は貧弱だった。馬鹿にされ、いじめられていた。それを見返すために魔王を志したのが、すべての始まりである。


 だが、余はもはや絶大な力を手に入れた。かつて余をいじめた愚か者どもよ、後悔するがいい。この魔王の絶大な力に恐怖し、おびえながら余の前にひれ伏すのだ!!


 そして瞬間移動の魔法で一瞬のうちに故郷についた余を待っていたのは……見知らぬ顔ばかりであった。


 当然であろう。余は既に四百歳である。十歳のときに余をいじめていた者どもなど、どれだけ長生きしようと三百年前には全員鬼籍に入っている。余は遅すぎたのだ。


 ……というか、復讐のためなら四十のときに魔法を使えるようになった段階で山を下りればよかったのだ。魔法が使えるだけで復讐には充分である。そのことに思い至って愕然とした余は、その瞬間、卒然として悟った。


 余は実は馬鹿だったのか! と。


 魔王になるのは手段でしかなかったはずなのに、それを目的と取り違えてしまったのである。馬鹿よ、正に馬鹿!


 だが、余はそこで考えを切り替えた。過ぎ去ってしまったことは仕方がない。しかし、余にはもはや無限の寿命があるのである。これから、この絶大な魔王の力をもって、己のやりたいことをやればよいではないか、と。


 そこで、『魔王になる』『己をいじめた相手に復讐する』以外に余がやりたかったことを考えることにした。


 十歳のときのことを思い出しながら改めて考えてみたところ、どうやら『偉い人になる』『きれいなお嫁さんをもらう』『立派なお父さんになる』ということがやりたかったらしい。


 漠然としているが、十歳のときの将来の夢など、この程度であろう。


 そこで、余はまず第一の夢をかなえることにした。


 すなわち、世界征服である。

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