第2話 王国征服には成功したけど、王とは実につまらない仕事だと気付いた件
余は『偉くなる』ことを目標にして、世界征服を目論むことに決めた。なぜなら、伝説においては『魔王』とは世界征服を目論むものだからである。余も、魔王となったからには世界征服のひとつやふたつ簡単にできなくてどうするというのか。
そこで、余はまず己の生国であるバゲット王国を征服することにした。まあ、生国とはいっても知り合いなど一人として生き残ってはいないのだが。親戚や兄弟の子孫ぐらいは生き残っているかもしれぬが、三百八十年も音信不通では他人も同然であろう。
そして、征服は一日で成功した。
王都の上空に己の虚像を作り、余が魔王であることと、この世界を征服することにしたこと、そして手始めにこの国を征服すると宣言したのである。
その上で、王都近郊にある平原で待つので軍勢を集って攻めてこいと挑発したのだ。
この平原は、騎士団がよく訓練で模擬戦を行うのに使っている。起伏がなく見通しがよい。大軍有利の地形である。
そこに、たったひとりで立って王国軍が攻めてくるのを待ったのだ。何日か待つ羽目になるかと思ったのだが、何と半日で出撃してきた。総勢三万余の軍勢が緊急出撃とは、なかなかやるではないか。もっとも、風魔法を応用して敵軍内の会話を盗み聞きしてみたところ、どうやら隣国と国境紛争があって出撃準備を整えていたところだったらしい。それで王国軍は、出撃準備中だった戦力をかき集めて出撃してきたようだ。騎士千人、従者五千人、雑兵二万人、後方作業員四千人……王都から近いので輜重部隊を伴っていないから、後方作業員の数はかなり少なめである。
その上、魔法使いが百名も従軍している。これだけの魔法使いがいたとは、さすがは王都だけのことはある。普通なら騎士千人にも勝る戦力であろう。
だが、余の力の前には、それほどの軍勢も木でできた玩具の人形も同然であった。
麻痺魔法一発で全滅である。殺すまでもなかった。
大平原に横たわる三万の無力な人の海を眺めながら『魔王』らしく高笑いした余は、そのまま王都まで飛行魔法で飛ぶと、王城の謁見の間に飛び込み、王に降伏を勧告した。
アンリという名の王は、民を害さぬことを条件に降伏を認めた。己より民のことを気遣うとは、なかなか立派な君主ではないか。
そこで余は、アンリ王が余に従うならそのまま王国が存続することを認めようと伝えた。
アンリ王は余の申し出に拍子抜けしたような顔をしていたが、気を取り直すと余に従った。
これが余の世界征服の第一歩であった。
翌日、余はアンリ王の代わりに玉座に座り、王の仕事を体験してみた。
……実につまらなかった。
貴族や大商人の下らぬ利権や既得権益の調整などはまだマシで、税収だの予算だのといった計算書の確認や、法律の改正案の確認など、およそ心躍らぬ事務仕事ばかりなのである。
これが偉くなるということなら、余は別に偉くなりたくなどない。
そこで、余は玉座をアンリ王に返し、今まで通り国を治めるように命令した。
余は別に金銀財宝だの奴隷だのを供出するようには求めなかった。
理由は簡単で、不要だからである。
金など、余にとっては貴重ではない。魔法でいくらでも作れるからである。
世の中のものは、すべて目に見えぬほどの細かい粒でできている。その粒もまた、たくさんのさらに小さな粒が組み合わさっているのだが、その粒の数や配置を変えれば、金よりも粒が少し少ないが大量に存在している鉛を元にして簡単に作り出すことができるのだ。
宝石など、もっと簡単である。金剛石など、
余は長年の魔法の研究で、このことを知ったので、金銀だろうが宝石だろうが、貴重とも何とも思わぬのである。
そして、奴隷など不要の極みである。
何より、奴隷を従えたとして、一体何をさせればよいのだ?
余は、長年のひとり暮らしで、身の回りのことは何でも自分でできる。そもそも、余は世界の魔素を生命維持に用いているので、飲食は不要だから料理をする必要はない。部屋の掃除、衣類の洗濯など、魔法で簡単に済ませられる。人手など不要なのである。
護衛? 三万の軍勢を一瞬で無力化できる余に護衛が必要とは、何の冗談か。
余は常に己の体にぴったり密着するように防御魔法を張り巡らしているのである。この防御魔法は、物理攻撃も魔法攻撃も防ぐ。もっとも、この防御力は無敵というわけではない。防御に使っている魔力以上の力を加えられたら、それが物理的な打撃力であろうが攻撃魔法であろうが、防御を貫通されてしまうのである。防御魔法としては初歩のもので、普通の魔法使いでも使うことはできる。
ただし、余の場合は『防御に使っている魔力』が法外なのである。世界中の魔素を使える余は、そのあり余る魔素を魔力と化して防御魔法に注ぎ込んでいる。つまり、余の防御魔法を貫通するには、世界そのものを貫通できるぐらいの力が必要なのだ。
ゆえに、余は事実上無敵なのである。
そして、このことに気づいたとき、余は卒然として悟った。
権力者が金銀財宝や強大な軍団を求めるのは、弱いからなのだと。
余のように自分自身が強ければ、金銀財宝で飾り立て権威づけをしたり、大勢の兵に身を守らせる必要などないのである。
余は改めて『偉くなる』ことに失望した。偉くなるとは、こんなにもつまらないことだったのか。
だが、余は世界征服を始めてしまった。ここで投げ出すのは、こけの一念で魔王にまで成り上がった己の矜持が許さぬ。
そこで、改めて何のために世界征服をするのか考えてみた。そして、己の勘違いに気がついたのである。
余は、伝説にのっとって『魔王』なら世界征服をしなければならないと考えていた。そして伝説においては魔王は私利私欲のために世界征服をしようと目論んでいるように描かれていた。しかし、実際に魔王になって分かったことは、魔王ほどの強大な力を身につけたら、私利私欲など世界征服しなくても簡単に満たせる、ということである。
ならば、実は魔王には別の世界征服理由があったのではないか。本当は世界征服をするための立派な理由があったのではないだろうか。
考えてもみよ、一国の王さえ己をかえりみず民のことを守ろうとしたではないか。それが『偉い』ということではないのか。己のために楽しむというのは『偉い人』のなすべきことではない。
ならば、世界最強の存在たる魔王である余が『偉い人』になるということは、全世界の民のためになることをなすべきではないのか。
そこで思いついた。余が世界を征服すれば、世界中の国はすべて余の配下である。国同士が争うことはなくなる。つまり、戦争はなくなり、それまで軍事に注ぎ込んでいた予算を他の分野、たとえば産業の振興や福祉に回すことができるではないか。
うむ、これは実に立派で、世界の民のためになることである。これこそ世界征服の大義ではないか。
そこで余は、世界征服の大義として『世界平和の実現』と『全人類の福祉向上』を掲げることにした。
そして、世界征服の第二歩として、次の国の征服に向かったのである。
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