第5話 勇者に討伐されそうになったけど、どうやら風評被害だったらしい件
余に匹敵するような強大な魔力を持つ者が女であった。それは余をして驚かせるに充分なことであった。
なぜなら、以前にも述べたが、女が魔法を使えるようになる方法は伝わっていないからである。にもかかわらず、この女は余に匹敵する魔力を保有し、飛行魔法で空を飛んできたのだ。もしかして、伝説の魔女であろうか?
そう思いながら観察してみると、その女はいささか奇妙な服装をしていた。
下半身こそ女性らしいひだのついた黒色の腰巻ではあるが、裾の長さは膝より上とかなり短い。そして、上半身はなぜか半袖で白色に黒い襟が付いた水兵の服を着ているのである。
以前に港湾の
しかし、海軍には女はいないはずである。軍艦は女性であり、女を乗せると嫉妬するからだという言い伝えがあるそうだが、まあそれは迷信であろう。実際は風紀上の問題で乗せられないようだ。それなのに、この女はなぜ水兵の服装をしているのだろうか?
顔を見てみると、まだ若いように思える。見たところ十代半ばといったところであろうか。ただ、余自身が若返っているので、外見から年齢を推測することはできない。
そして、いささか彫りは浅いが、黒い瞳を持つ目は大きく、鼻口の形が整ったなかなかの美人である。艶やかな長い黒髪は結い上げておらず、頭の後ろで軽く結んでおり、まるで馬の尻尾のような髪型である。
だが、一番の特徴は、その身長であろう。余よりも頭一つ高いのである。余は男性の平均身長に比べると少し背が低いのであるが、その余よりもかなり大柄なのだ。いや、男性の平均身長と比べても拳二つ分は背が高い。女としては非常に大柄である。
ただ、大柄だからといって、騎士のような頑健な体格をしているわけではなさそうだ。水兵に似た半袖の服から見える腕や、短い腰巻から伸びるすらりとした足はほどよく引き締まり、水兵服に隠された胸は大きく、腰は締まっているように見える。女性として非常に均整がとれた姿だと思える。
その女は、左手に下げていた曲刀を抜いて、余に向けて突き付けた。柄の形が見たことのない独特の意匠をしており、刀身が細めで軽く反った形の、切っ先の鋭い曲刀である。
そして、余を
「探したわよ、このあたりで一番巨大な魔力を持つ者!! つまり、お前がこの世界の人々を苦しめる邪悪な魔王ね! 世のため人のため、この
それを聞いて余は愕然として叫んだ。
「何と、余は世界の人々を苦しめていたのか!?」
「は?」
余の返答を聞いた女は唖然とした顔をした。だが、余はそんなことにはかまわず、女に尋ねた。
「教えてくれ、余はいつ世界の人々を苦しめてしまったのだ?」
余の目的は、世界の平和と人類の福祉の向上である。その余が世界の人々を苦しめているようでは、本末転倒ではないか!
それはいかん、断じていかん!!
もしや、余の治水工事に何か欠陥があったのであろうか? それとも、
そうであったら、すぐに損失を補填せねばなるまい。そのためにも、何が悪かったのか、この女に聞かねばならぬ。
だが、女は余の質問に答えず、逆に聞き返してきた。
「えーと、あなたって、世界征服を
今更の質問ではあるが、余は胸を張って答えた。
「うむ、余は魔王であり、『世界平和の実現』と『全人類の福祉向上』のために世界征服を目指しておる」
「目的が『世界平和』と『福祉の向上』って魔王は珍しいと思う……じゃなくて! 目的は立派かもしれないけど、今までいったい何人の人を殺してきたの!?」
「殺した者などひとりもおらん。三万人ほどの軍勢と二回戦ったが、いずれも麻痺魔法一発で戦闘不能になったからな。殺すまでもなかった」
「……えーと、じゃあ征服した国の王族を全員処刑したっていうのは?」
「処刑どころか、国王の職を取り上げてすらおらんぞ。一度玉座を借りて仕事をしてみたのだが、実につまらなかったので、そのまま従来の仕事をするように命じておいた」
「国中の金銀財宝を奪い尽くしたって聞いたけど……」
「見てみよ。この城のどこに金銀財宝があるというのか。それに、金銀だの宝石だのは、人から奪うまでもない。作れるからな」
そう言いながら、余は異空間収納から鉛と石炭を取り出すと、女の目の前でそれらを金と金剛石に変えてみせた。
「うーん、それじゃあ金銀も宝石も別に奪う必要ないよねえ。何か聞いてた話と全然違うんだけど……これじゃ、酒だの食料だのを貢がせて贅沢三昧とか美女を奴隷にして好き放題ってのも何か違いそうね」
それを聞いて余は憤慨した。
「余は三百四十年前に飲食など必要としない体になったから、それ以来何ひとつ飲み食いしてはおらぬぞ! それに、余は四百年間童貞である!!」
すると、女は呆れたような表情になって聞いてきた。
「それじゃ、一体何をしているわけ? 何が楽しくて生きてるの?」
それを聞いて、余は少し考え込んだ。考えてみれば、余は特に何かが楽しくて生きてきたわけではないな。いや、魔法の研究や、それに伴って自然界の仕組みや法則性を解き明かすのは少し楽しかったか。
だが、今は少し違う。世界征服を始めてから、楽しいと思えることができたからな。
「うむ、以前は魔法の研究をすることが少し楽しかったな。だが、今は世界征服こそが余の楽しみである!」
それを聞いた女の顔が少し険しくなる。
「……楽しみのために世界征服をやっていると?」
む、余の言い方が悪かったのか、少し誤解されてしまったようだ。訂正せねばなるまい。
「
と、そこで余は重要なことを思い出して女に尋ねた。
「そうだ、最初に聞いたことの返答がまだではないか! そなたの言っていた、余のために苦しんでいる世界の人々というのは、どこにいるのだ? 早く行って謝罪し、その苦しみを取り除いた上で損失を補填せねばならぬ。教えてくれ!」
それを聞いた女はがっくりとうなだれてつぶやいた。
「……わたし、こんな善良な魔王を倒すために勇者として異世界召喚されたワケ?」
それを聞いて、余ははじめて、この目の前の女が伝説に
なるほど、異世界の人間だからこそ、女でありながら強大な魔力を持っていたのか。それに、この世界の並みの男より大柄なのも、この女の世界では人類が全体的に大柄である可能性があるな。自分の世界では女性として標準の背丈なのかもしれぬ。
まあ、推測で物事を考えても始まらぬ。本人に聞いてみよう。
「もしかして、そなたは余を倒すために異世界から召喚された勇者なのか?」
「そう聞いてたんだけどね。この世界の人々を苦しめる邪悪な魔王を倒してくれって。でも、あなたは人も殺してないみたいだし、強引に物を奪ったわけでもないみたいだし……あなたの話を聞く限りじゃ、全然人々を苦しめてなさそうだから倒す必要なんてないみたいなんだけど」
何と! では、余が人々を苦しめているというのは風評被害であったのか!?
一瞬そう思ったのだが、その直後にそう決めつけるのは早いと気がついた。余が自分自身では認識せずに人々を苦しめている可能性もあるからである。やはり、余が人々を苦しめていると言った本人に確認せねばなるまい。これは、勇者本人に案内してもらうのが一番早いであろう。
「勇者よ、すまぬが余が世界の人々を苦しめていると言った者のところに案内してはくれぬか。もしかしたら、余が自分自身では気付かぬうちに人々を苦しめている可能性があるのでな。直接話を聞いてみたいのだ」
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