第6話 風評被害の元を問い詰めに行ったけど、逆に証拠をもとめられた件
「それはいいけど、その『勇者』って呼び方はやめてくれない? わたしには涼城鈴奈って立派な名前があるんだから」
案内を依頼したのだが、女勇者……いや、本人の名乗りによればスズシロ・スズナに抗議されてしまった。『勇者』と呼ばれるのは気に入らないらしい。よろしい、本人の希望には添おう。
「うむ、承知した。スズナと呼べばよいか?」
「え、いきなり!? ……まあ、いいけど」
はて、本人の希望通り呼ぶことにしたのに、なぜ一瞬驚いたのだろうか? まあ許可は得たのだ、これからはスズナと呼ぼう。
「ではスズナよ、そなたを召喚して、余を倒すように命じた者が居る場所を教えてくれぬか。だいたいの座標がわかれば瞬間移動の魔法が使えるのでな」
それを聞いたスズナは、少し考えてから答えた。
「座標とかはよくわからないけど、ずーっと西に向かって飛んできたから、東の方だと思うよ。亜音速で三十分くらい飛んでたから、音速が分速二十キロとしてだいたい六百キロくらい先かな」
「ふむ、分というのは時間の単位か? キロというのは距離の単位のようだな。三十分というのは一日を基準にすると、何分の一くらいになる? それさえ分かれば音の速度を基準にすれば、だいたいの距離感はつかめるのでな」
「あ、そうか。えーと、一日が二十四時間で、三十分は一時間の半分だから……わたしが飛んでたのは一日の四十八分の一くらいだよ」
うむ、だいたいの時間は把握した。それに音の速度をかければ、だいたいの位置は推定できる。そこに瞬間移動してから、スズナに案内してもらって飛んでいけばよかろう。
「では行くぞ」
「え?」
次の瞬間、我々は空中に浮いていた。うむ、瞬間移動の魔法は成功である。まあ、失敗したことなど一度もないのではあるが。
「きゃあああああっ!」
スズナが落ちそうになったので、念動の魔法で落ちないように支えながら言う。
「早く自力で飛ばぬか。そなたとて何百年も魔法を使ってきたのであろうに」
と、己の魔法で飛行を始めたスズナが盛大に抗議してまいった。
「冗談じゃないわよ! わたし、魔法なんて昨日初めて使ったんだから、まだ全然慣れてないの!!」
それを聞いて、余は目を丸くした。
「何と!? そなたほどの強大な魔力の持ち主が、昨日初めて!?」
「あのね、わたしの世界には魔法がないの。異世界召喚で違う世界に来たから、凄いチートな力がついちゃったみたいなのよ。だから、ちょっと飛行魔法とか攻撃魔法や治癒魔法、あと異空間収納とかだけ練習して使えるようになっただけなの!」
一部にわからぬ単語があるが、驚愕の事実であった。確かに魔法というのは一度使えるようになれば、あとは想像力で様々な現象を引き起こすことができる……魔力さえ足りていれば、の話だが。
それにしても、実質一日で様々な魔法を使いこなせるようになるとは、スズナはよほど想像力に恵まれているらしい。余など、最初のうちは修道院で知識として学んだ『魔法として起こせる現象』くらいしか使えなかったのだ。それを使っていくうちに、あれもできないか、これもできないか、と発想がふくらみ、そこからさらに別の考えが派生して……と四百年かけて様々な魔法を使えるようになったのである。
「チートという言葉の意味がよくわからんが、強力とかそのような意味であろうか? それにしても実質一日で様々な魔法を使いこなせるようになるとは、そなたの想像力は大したものであるな。それも魔法がない世界の出身でありながら」
そう褒めると、少し顔を赤くした。照れたのであろうか。それから、分からぬ言葉について説明を始めたのだが……
「あー、チートっていうのは『反則的に強い』って意味かな。努力なしで手に入れたってニュアンス……あーっ、これも説明いるのか、めんどくさいっ!! えーとね、『強いんだけど、ずるして手に入れた』って印象もある言葉なの。ほら、わたしの場合、別に魔法を使うために修行したとかそういうことしてないから。異世界召喚のときに、自動的に使えるようになるらしいの。あと、この世界の言葉も一緒におぼえたんだけど、何か純粋な母国語に対応する単語しか入ってないらしくて、外来語の単語とか時間や距離の単位はつい元の世界の言葉を使っちゃうのよね」
なるほど、先ほどの顔色は、自分の力が努力なしに与えられたので『ずるして手に入れた』印象があって恥じていたのだな。あと、時折わからぬ言葉が入ってくる理由も理解できた。余が最初に征服した二か国は話されている言葉がほぼ同じであったし、その周囲の国でも言葉は大して変わらぬが、もっと遠くの国では言葉が変わってくるからな。この大陸でも遥か東の方の国では文字まで変わるという話を聞いたことがある。そうか、世界征服のためには翻訳魔法の準備もしなくてはいかんな。今まで使ったことはないが、精神系魔法を応用すれば難しくはなさそうだ。
おっと、その前にスズナには謝っておかねばなるまい。
「なるほど、そうであったか。それなら慣れておらぬのもしかたあるまい。驚かせてすまなかった」
「あー、いいよ別に。あなたの常識からすれば、わたしは魔法に慣れてると思って当然だもんね」
「そう言ってもらえると助かる。ところで、現在の位置はわかるのか?」
「え? あ、大丈夫だよ。このあたりは、昨日飛行魔法の練習のために飛び回ってたところだからね。あそこを流れてる川を上流にたどって飛べば、数分でフォカッチャ王国の王都に着くよ」
「おお、そうか。では行こうではないか」
そう言って、スズナが指さした川の上流に向けて飛ぶと、すぐに大きな街と城が見えてきた。
そのまま、城の中心部の大きな建物を探知魔法で調べてみると、大勢の人が集まっている謁見の間らしきものがあった。そこへ窓から飛び込んでみると、案の定、王や大臣がいたので、さっそく聞いてみることにする。
「初めてお目にかかる。余は魔王である。勇者スズナから余が世界の人々を苦しめていると聞いたのだが、誰を苦しめてしまったのか、教えてもらえぬか?」
「ま、魔王!?」
謁見の間は騒然となる。まあ、いきなり窓から魔王が飛び込んでくれば当然であろう。バゲット王国でもロッゲンブロート王国でも反応は似たようなものだったからな。このあと、騎士が切りかかってきたり、宮廷魔術師が攻撃魔法を撃ってきたりするのを全部いなして、落ち着いてから話を聞いてもらうという手順も、大して変わるまい。
……そう思っていたのだが、後から飛んできたスズナが王たちに事情を説明してくれた。
「……というわけで、わたしには、この人が悪い人には思えないんです。本当に邪悪だという証拠はあるんですか?」
それを聞いたコシモという名の王は、困惑した顔で答えた。
「いや、我々とて、いきなり近隣の大国が魔王に征服されて降伏の使者が来たので、慌てて王家秘伝の異世界召喚の魔法陣を復活させて勇者様に助けてもらおうと思っただけなのじゃ。伝説では魔王というのは邪悪なものだから、今度の魔王もてっきりそうなのかと……」
それを聞いて、余は胸をなでおろした。
「何だ、やはり風評被害ではないか」
スズナに向けてそう言ったのだが、その瞬間に思い出したことがあったので王に尋ねた。
「しかし、余は使者にはきちんと『誰も殺していない』『王も廃していない』と説明しろと命令しておいたはずだが?」
「その説明は聞いたのじゃが、使者に対して『魔王にそう言えと命令されたのではないか?』と尋ねたところ肯定されたので、てっきり嘘だとばかり……」
むう、これは盲点であった! 確かに、余が命令したことであるし嘘は一言も言っていないのだが、
と、そこでスズナが余に聞いてきた。
「いや、そこで肯定しちゃう人を使者に選んだのがいけないんじゃない? 誰が人選したの?」
そこで、ロッゲンブロート王国に使者を立てるように命令したときのことを思い出しながら答える。
「ロッゲンブロート王国の外務大臣である。確か、通常なら外交の使者には選ばないような愚直な正直者を選ぶと言っておったな。内容が嘘くさいので、弁舌達者な人物だと、かえって信用されないだろうという話だったのだが、こういう質問をされるのは想定外だったのであろうな」
それを聞いたスズナは額に手を当てて少しうつむいて「頭痛くなってきた」とつぶやいてから、顔を上げるとコシモ王に向かって語りかけた。
「ねえ王様、この魔王ってこういう人なんで、たぶん本気で善意で世界征服しようとしてるっぽいんですけど」
だが、コシモ王の側に立っていた側近らしき者が、それに異議を唱えてきた。
「いや、今の話を聞いたかぎりでは、勇者様も魔王本人の話しか聞いていません。当人が邪悪でないと主張しているだけです。客観的な証拠がなければ、邪悪でないと言い切ることはできないのではありませんか?」
居並ぶ大臣たちは、その発言を聞いて肝を冷やしたような顔をしている。余が怒るとでも思ったのであろうか。だが、この男の主張は正当であるから、余は怒ったりはせぬ。
「うむ、その意見は至極当然であるな。よし、余が行った事業を見てもらおうではないか。余自身も少し確認したいことがあるのでな」
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