第30話 無事に結婚はできたけど、その夜に世界滅亡の危機が発生した件

「汝らは、健やかなるときも病めるときも、富めるときも貧しきときも、幸せなときも困難なときも、互いを愛し、敬い、貞節を守ることを誓いますか?」


 教皇の言葉に、新郎として着飾った余は、はっきりと答える。


「余は、神と、大魔王の名にかけて誓おう」


 そして、余に続いて、純白の花嫁衣装をまとったスズナも、はっきりと答える。


「わたしも、神と、勇者の名にかけて誓います」


「では、誓いの証として指輪の交換を」


 従者の差し出した台から指輪を取り、スズナの左手の薬指にはめる。そして、スズナも指輪を取り、余の左手の薬指にはめる。


「誓いの証は立てられました。それでは、愛の証として口づけを」


 余は、スズナの顔にかかっていた薄衣を上げる。スズナが、目を閉じて軽くを向く。


 そこで、余は軽く爪先立ちになりながら、スズナの唇に己の唇を合わせた。


 盛大な拍手が、魔王城大聖堂に響き渡る。こうして、余とスズナは世界各国の王侯の見守る中で、晴れて夫婦となったのである。


 長かった、本当に、長かった。


 互いに思いを確かめ合ってより六年。四百年生きてきた余にとって、これほど長く、待ち遠しい六年間というものはなかった。


 スズナが日本の高校と大学を卒業するまで、それだけの時間が必要だったのである。


 また、余自身も日本において、ある程度の社会的地位を確立する必要はあった。擬装的な案ではあったが、スズナの両親や、老人ホームとやらいう施設に入っている祖母を安心させるためにも、魔術師として一定の評価は得ねばならぬ。


 だが、何と言っても、余は実際に魔法が使えるのである。


『想像を絶するスーパーマジック!』


『種も仕掛けもあるのに、そうとは思えない不思議!』


『我々は、今、本物の魔法を見る!』


 余の『魔術』に対する宣伝惹句である。まあ、実際に魔法を使っているのだから、種や仕掛けが想像できなくても当然であろう。


 瞬間移動も、透視も、透明化も、口や手から炎を出すのも、すべて種なしである。スズナの世界にある、栽培時に薬品処理した葡萄ぶどう並みであるな。


 それに加えて、余の独特の言葉遣いと『異世界の魔王』という設定は、テレビのバラエティという番組で、大いに受けたのである。


 一年間地道に活動をしてからテレビに出たところ、二年間ほど大人気となり、あちこちでひっぱりだこになった。もっとも、飽きられるのも早いとスズナが言っていたとおり、人気が下火になったあとはテレビからは全然お呼びがかからなくなった。


 もとより、余の目的はスズナの親族や友人に一定以上の安心感を与えることであるからして、何の問題もない。一度でも全国区の人気を得れば、意外に地方営業の仕事は絶えぬのである。そういうことを説明して、余は日本全国を飛び回っている……ことになっている。


 実際は、余の世界で秘かに地方巡視などをして不正を糾明したり、困難な工事の施工などを行ったり、目安箱の投書から有用なものを採用して諸国の君主や役人に改革を指示したりしているのであるが。


 余は、この二重生活を楽しんでいた。スズナも同様である。学業の傍ら、余の地方巡視に同行して不正を糾明したりする一方で、日本でも秘かに悪を懲らす奉仕活動を行っていたようであるな。


 そのように、互いに助け合い、愛を育みながら、余とスズナは結婚できる日を待ちわびていた。


 婚前交渉? 姦淫ではないか! そのようなふしだらなことは、余は断じて行わぬのである!! また、たとえ神が許しても、余の倫理観が許さぬ!!


 そして、スズナが大学を卒業したのを機に、正式に結婚したのである。まず日本で結婚式と披露宴を行い、新婚旅行、兼、フランスの親族に挨拶に行くと言って飛行機で飛び立ったあと、パリのドゴール空港で降りて入国手続きしてから異世界転移して、今度はこちらの世界で結婚式を終えたのである。ちなみに、日本の結婚式では、余の『親族』はかつての両親と兄たちの姿を元に魔法で作った動画映像という形で参列者に紹介と挨拶をしている。


 魔王城に、この日のために新設した大聖堂での結婚式を終えると、今度は大広間での披露宴である。宗教上の理由で結婚式には立ち会わなかった国の指導者も、こちらには参加している。なお、式を司ったのは見てのとおり正統教会の教皇である。面子にかけて余の結婚式を執り行おうと、諸国相手に裏工作をしまくっておったので、見かねて任せることにしたのだ。


 なお、結婚式と披露宴には、非常に珍しい客も二人ほど参加している。


「鈴奈ぁ、改めて、おめでと~」


「ホントに、こっちだとすっごいVIPなんだね~」


 スズナの姉であるナズナ殿と、親友のユカリ殿である。スズナは、この二人にだけは己と余の秘密を明かし、こちらの世界へ連れてきたのである。


 ナズナ殿は、単にこの世界に来ただけで、披露宴が終わるとすぐに戻っていったが、ユカリ殿はこちらの世界をいろいろと見て回りたいとで飛んでいった。


「お願い、あたしにも魔法が使えるようにしてっ!!」


 などとスズナに熱心に頼み込んでいたので、余がユカリ殿の魔法の素質を解放したのである。スズナほどの素質はなかったようであるが、この世界の標準的な魔法使いに比べると五十倍近い魔力を持っている上に、スズナと同様に想像力豊かで、すぐにさまざまな魔法を操れるようになったので、ひとり旅でも心配はあるまい。また、いざとなれば連絡が取れるように改良型の魔法通信機も渡してある。


 そして、披露宴が終わり、諸国の王侯をそれぞれの国に瞬間移動魔法で送り届け、魔法で大聖堂や大広間を片付けると、余とスズナはようやくひと心地ついた。


「ふわぁ、疲れた~」


 寝台の上に突っ伏して、ぐったりしているスズナである。それを慰めるかのように、既に立派な大猫となったシロとクロが頬をなめようとしているのを、スズナが止める。


「待って、まだお化粧落としてないから」


 そう言うと、魔法で瞬時に化粧を落とす。相変わらず器用なことよ。なお、既に衣類はお互い普段着に着替えておる。


 さて、すっかり夜も更けてきた。いよいよ、これからがである。


 シロやクロを猫部屋に連れて行くと、余はこれも新たに作った寝室に戻る。大の大人が三人寝ても大丈夫なほど広い寝台では、先ほどと同じ姿でスズナがだらしなく伸びている。


「スズナよ、大丈夫であるか?」


「あ~、精神的な疲労だね。お互い、肉体的には疲れたりしないモンね」


 余の問いに対して、スズナはひょいっと起き上がりながら答える。


「ならば、よいな?」


「……ん」


 余の問いに、うなずくスズナ。何と愛しいことか。そして、余は部屋の照明魔道具の光を落とした。薄暗い中に、スズナの姿が人型の陰になって余の目に映る。


「スズナよ、愛しておるぞ」


「わたしもよ、魔王」


 互いに引かれ合うかのように余とスズナの唇は再び接近した。


 そして、余は四百六年間守り通してきた童貞をついに捨てる……









 ……ことができなかった!!


「出てしまった、れる前に、出てしまったのである……」


「ま、魔王、落ち着いて、処女と童貞なんだから、最初から上手くいくはずないじゃないっ! それで失敗しないのなんて、ラノベか少女漫画だけだからっ!!」


「絶望だ、この世は闇だ、世界の終わりなのだ……」


「ちょっと落ち着いてよ、魔王ってば! あなたが『世界の終わり』とか言っちゃったら、ホントに世界終わっちゃうから!! 魔王が勇者相手の初夜に失敗したから世界滅亡なんて、わたしの勇者としての沽券こけんに関わるんだから、絶対やめてよねっ!?」


「何、股間こかんに関わるとな!?」


「どーしてこんなときだけエロトークになるのよぉっ!? いや、こんなときだからか……じゃなくて! あと、股間に関わるってのも確かに間違いじゃないけど、ちょっと落ち着いて、正気にもどってえぇぇぇぇっ!!」


 ……かくして、余が正気を取り戻した頃には、窓から朝日がさし込んできていたのである。


 初 夜 、 失 敗 !


「どこぞの銀河帝国皇帝と主席秘書官が、どうやって上手くやれたのか本気で知りたくなったわ……」


 スズナがこぼす愚痴を聞き流しながら、余は寝台の上でガックリと両手両膝をついてうなだれていたのである。

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