第三章 魔王坂編

第29話 お付き合いすることになったけど、日本での身分を作り上げないといけない件

「そんなに笑うこともあるまい」


 余は少し憤然として言った。目の前ではスズナが体をくの字に曲げて腹を抱えて笑っておる。しかたないではないか、世界征服した今なら大陸東方では家名が前に来ることや、今現在いるスズナの国でも同じだと知っているが、スズシロ・スズナと初めて会ったときは、そんなことは知りもしなかったのだから。


 しかしまあ、余はほとんど最初からスズナの名を呼んでいたのだな。


 などと思っていたら、笑い疲れたのか、ようやく笑うのをやめたスズナが話しかけてきた。


「でもさ『結婚を前提としたお付き合い』をするんなら、この世界でも通じるような魔王の名前とか職業とかを考えなきゃね……って、そういえば、わたし魔王の名前、知らないんだけど!?」


 今更のように気付いたらしいスズナの疑問に、余は答えた。


「名前か……余は魔王である、名前はまだ無い」


「猫かっ!?」


 スズナが即座に合いの手を入れてきた。上手いな。実は最近、教養を身につけるための一環として、スズナの世界の文学作品もいくつか借りて読んだのだが、その中にかの猫を主人公とした小説もあったのでな。


「で、本当の名前は?」


「いやな、余の生来の名前はいささか威厳に欠けるのでな。魔王らしい威厳に満ちた名前が欲しいところではあるのだが、まだ考えておらぬのだ。……しかたあるまい、あまり言いたくはないが、まさか将来の妻に名を隠すわけにもいかぬ。余の名はな……トコというのだ」


「トコ?」


「左様。長兄はリコ、次兄はロコという名でな。ちなみに家名はバガテルという。本来、三男である余はその家名を継げぬのであるが、調べてみたところ兄の子孫はつい先日不祥事を起こして、本人の命は許されたが家名は断絶しておるのでな。バガテルの家名を名乗っても問題はあるまい」


「不祥事?」


 やはり気になるか。


「うむ。『魔王暗殺未遂事件』であるな」


「え、まさか……」


「そなたに蹴り飛ばされた騎士よ。あれが兄の子孫だったとは、余にとっても意外であった」


 三百八十年も音信不通であれば、本当に他人と変わらぬ。まあ、さすがに哀れなので再就職先は斡旋しておいた。今はスズナを召喚したフォカッチャ王国で騎士をしておるが、不祥事を起こした家名にはさすがに差し障りがあるというので、家名はトッカータに変えている。気にすることもなかろうと思うのであるが。


「ふーん……それじゃ、トコって呼ぼうか?」


 スズナがそう言ってくるのであるが、余としてはあまり嬉しくない。


「いや、むしろ今までどおり『魔王』と呼んでもらった方が嬉しいな。何しろ、余は世界で唯一の魔王であるからして」


「ああ、そっちの方に誇りを持ってるんだね。うん、それじゃ今まで通り『魔王』って呼ぶよ。だけど、こっちの世界ではどうしようかなぁ……『魔王』とか呼んだら馬鹿みたいだし……」


「そういうあだ名というのは通らぬか?」


「ああ、その手はあるね。でも、やっぱり少し変……ん!? いいこと、思いついたかも!!」


 そうして、スズナは余に、余が擬装する名前、職業、そしてあだ名について実例を挙げて説明した……なるほど、面白い!


 そして、余は少し練習をしてから正装に着替え、スズナに案内されて彼女の家に向かったのである。


「スズナさんのご両親と姉上であられるか。お初お目にかかる。余はトコ・バガテルと申す者。『異世界から来た魔王』である。今後ともよろしくお頼み申し上げる」


「こちらこそ、どうぞよろしく」


 余の挨拶に、スズナのご両親と姉は目を丸くしながらも、普通に挨拶してくれた。


「それで、その……お仕事は?」


 遠慮がちながらも、スズナの父親、ゴギョウ殿が聞いてくる。


「先ほども申したとおり『魔王』である。魔王というのは『魔術師の王』のことである」


 そう言いながら、余は衣服……以前に婚活宴会で着た『タキシード』……の懐から手巾しゅきんを取り出すと、座っている長いすに置いておいた『シルクハット』とかいう円筒形で鍔のある帽子を手に取って、中には何も入っていないことをスズナの家族に見せてから逆さまに持ち、その上に手巾を掛けておもむろに「アバラバラバラ、イバラバラバラ」と適当な呪文を唱えると、パッと手巾を取った。


 すると、その中から純白の子猫が顔を出した。魔王城で飼っている『シロ』である。命名はスズナがした。魔王城では他に『クロ』『ブチ』『トラ』『ミケ』『タマ』が暮らしておる。たった今、異世界召喚したのである。


「おお~!!」


 スズナのご両親と姉上が感嘆の声を上げ、拍手をしてくれた。


「ね、見てのとおり『魔術師マジシャン』なの。クールジャパンに興味があってフランスから留学してきたんだけど、できれば帰化申請もしたいって言ってるのよ」


 スズナが余の擬装する仕事や経歴を説明する。この世界には『魔法』は失伝したようだが、『魔術』はある。手品の類をそう呼んでいるのだ。


「で、設定が『異世界から来た魔王』なのね。普段からなりきってるワケ」


「これも宣伝であるからして、ご無礼のほどはご容赦いただきたいのである」


 そう説明すると、スズナの姉、ナズナ殿が聞いてきた。


「何でまた『魔王』なんて設定に?」


 そこで、余はスズナが考えた理由を答える。


「相撲中継を見ていたところ、解説をしていた『悪魔』を名乗る音楽家を見て感銘を受けたのである」


「ああ、『閣下』の影響を受けたのね……確かにインパクトはあるよね」


「あのくらいやらねば、名を売れぬのである」


「なるほどね~」


 感心したようにうなずくナズナ殿。ご両親の方は、半分納得、半分不審そうな顔で聞いている。この反応はほぼ予想通りなので、予定通りスズナが追加説明を行う。


「彼、結構お金持ちの家のボンボンで、三男だけど結構な財産もらえるそうなの。そのせいで、腕はあるのに切迫感がないのが玉に瑕なのよね~」


「お金持ち?」


 ナズナ殿が食いついたので、スズナが説明する。


「お城みたいな家に住んでるって」


 ……嘘は言っておらぬぞ。


「へえ、それは凄いね! 鈴奈ぁ、あんた、どこでこんないい人見つけたの?」


「えーと、異世界に勇者召喚されて……」


「鈴奈までネタ言わなくていいから!!」


「実は、夏休みに由香里ん家に泊まったときに、出先で会ったんだよね」


「ああ、あのイベント?」


 そうか、召喚された日のことは、姉には泊まりがけでイベントに出かけたと説明していたのであったな。両親には友人の家に泊まって、次の日に日帰りで友人と一緒に別のイベントに出かけたという説明をしたと聞いておる。


「そ、泊まった次の日に由香里と一緒に行ったやつ。そこで『手品』やってたの」


「『魔術』である!」


 スズナの発言を余が訂正するのも、事前の打ち合わせ通りである。


「はいはい、わかりましたよ。でね、その『魔術』が素敵だったんで、終わったあとでお話とかしてたら意気投合しちゃってさ。そこでお付き合いを始めて、そろそろ紹介しようかなと思ってウチに連れてきたわけ。随分先になるだろうけど、結構真面目に将来のことも考えてるんだよ」


「なるほどね……」


 スズナとナズナ殿の会話を聞いて、ご両親も納得したようである。


「ところで、お歳はいくつでいらっしゃいますの?」


 スズナの母上、ハコベ殿に聞かれたので、これも準備しておいた答えを返す。


「真の年齢は四百歳であるが、外見は二十歳である」


 嘘は言っておらぬぞ。


「じゃあ、スズナとは三歳差なのね。それにしても、日本語がお上手ね」


「アニメやドラマを見ておぼえた言葉や言い回しが多いゆえ、日常会話としては少し変かもしれぬが、いかがであろうか?」


「ああ、それじゃ鈴奈とは話が合うわけね」


 その後も、いくつか質問を受けたが、本当のことを織り交ぜつつ、それを『設定』として、この世界の常識の範囲で受け入れられそうな話をしておいたのである。


「それでは失礼いたす」


 夕方になったので、スズナの家を辞去すると、シロを魔王城に送還してから、余は出身地と擬装したフランスという国へ飛んだ。そこで、余はまず魔法で現地の言葉を身につけてから、公官庁に忍び込み、こっそりと余の名義の国籍を作り、また日本に入国するための旅券や出国記録も作っておいた。その後、日本の公官庁にも忍び込んで、査証と入国記録も作成しておいた。これで、この世界においては、余は押しも押されもせぬ在日仏人『トコ・バガテル』となったである。

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