第21話 女性との会話を練習しようとしたけど、ありがちな展開になってしまった件

 余はバゲット王国の王都の城下町に来ていた。傍からはひとりにしか見えぬであろうが、実は横に透明化したスズナもついてきておる。


 目的はひとつ。女性との会話に慣れることである。


 いや、スズナとは普通に話せるのであるが、スズナの場合は魔法のことなど共通の話題が多いので特に会話することに問題はないのである。


 しかし、余の持つ知識や話題というのは、世の『普通の女性』の興味関心を惹くような話題ではないのである。そのことは、前の婚活宴会で思い知った。


 ある姫が薔薇が好きだというので、余も山籠もり中には野薔薇を栽培して実など取っておったものだから、延々と薔薇の害虫の駆除方法や、より多く実を取るための肥料の施し方などについて語ったところ、顔こそ笑いながら興味深そうに聞いていたのだが、内心ではあくびをかみ殺しておった。


 余は読心魔法で相手の心が読めるので、そのことがわかったのであるが、だからといって相手が喜ぶような話題を提供できるわけではないのである。いや、まず病害虫のことを語り出したとたん、嫌悪感を抱いたようなので、あわてて今度は肥料の話に切り替えたのだが、今度は実に退屈そうになり、内心では早く終わらないかなどと思われてしまったのである。しかし、薔薇について他に何か知っているわけでもないので、相手があくびをかみ殺しているのがわかっていながら、その話を続けるしかなかったのだ。


 教皇の隠し子にも思われていたことであるが、余には教養が足りぬ。だが、ただ単に教養を身につけたとて、それだけでは女性を喜ばせることはできぬ。相手が喜ぶような形で話柄わへいに乗せて提供しなければならないのである。そして、そちらの経験も余には絶望的に足りぬのだ。


 そこで、余は教養を身につけるために文学や絵画、音楽、演劇などを鑑賞するかたわら、実際に女性と会話をする機会も作ろうと考えたのである。


 そのこと自体はスズナにも勧められていたことでもあるのでスズナも賛成してくれたのだが、ひとつだけ釘を刺された。読心魔法は使うなというのである。読心魔法で心を読んだのでは話術の訓練にならぬと言われたのだが、確かにその通りであろう。


 そこで余は石工の服や道具を魔法で複製して、服は余の体にちょうど合うように大きさを調整して着込み、いくばくかの金銭を携えて街に繰り出したのである。その際、スズナにも同行を依頼したのだ。余の言動を見てもらい、後で助言をもらおうと思ったのである。スズナはそれを快諾してくれたのだが、同時に「女のわたしが横にいたら魔王が女性と会話するのに邪魔になるでしょ」と言って姿を消してついてきたのである。


 さて、街で女性と会話できるところがどこかといえば、酒場であろう。仕事帰りに給仕娘を目当てに酒場に寄る男どもなど珍しくもあるまい。余は飲食の必要はないが、別に飲み食いをすることができないわけではない。ただ、無意味なので勿体ないから飲み食いしていないだけなのだ。一般庶民を装って酒場に繰り出すからには、酒やつまみ程度は食べてみせねばなるまい。


 そこで、街の中心部に近いところで見つけた酒場に入り込んだ。大きな建物で、人の出入りも激しかったからである。


 扉を開けて中に入ると、広めの室内にいくつも円卓が置かれ、その周囲を囲う丸椅子に大勢の客が座っていた。また、部屋の片隅には細長く高い机が置かれ、店主とおぼしき男が、その机を挟んで客と向かい合う形で立って、立ち飲みしている客の酒器に酒を注いでいた。


 余は隅の方で空いていた卓の席に座ると、さっそく何人かいる給仕娘のうちのひとりを手招きして尋ねた。


「麦酒をくれぬか。あと、つまみには何があるか?」


「麦酒ですね、かしこまりました。おつまみには揚げ芋、豚の腸詰め、胡瓜きゅうりの酢漬けがございます」


「では揚げ芋と胡瓜の酢漬けを一皿ずつもらおうか」


「かしこまりました。少々お待ちください」


 うむ、まずは会話成功である。もっとも、この程度の日常会話ができぬようでは重症すぎるであろう。問題は、この先なのだ。


「お待たせしました~」


 先ほどの給仕娘が大柄な酒器に入った麦酒と、揚げ芋、胡瓜の酢漬けの皿を持ってきた。それを卓の上に並べたところで、心付けとして銅貨を渡しながら尋ねてみた。


「すまぬな、心ばかりだが取っておくがよい。ところで、そなたの名はなんというのだ?」


「マリーですよ。お客さんはどちらから来られたんです?」


「む? あ~、その、あれよ、北東の方にある国境の山のあたりに住んでいるのだが、石工の仕事であちこち移動しているので、あまり家には戻らぬな」


 石工という設定しか考えていなかったので、いきなり言葉に詰まってしまったのだが、何とか誤魔化すことができた。


「ああ、そうなんですか。それで、このあたりではあまり聞かない話し方をされてるんですね。少し古風な感じの……」


 むう。余の話し言葉は基本的に三百八十年前の語彙に基づいているので、現在では少し古風な言い方に聞こえるのである。もっとも、格式ばっているという言い方もできよう。王侯貴族相手ならこのような話し方も珍しいことではあるまい。


「ああ、うん、その、何だな、王侯貴族からの仕事も請け負うことがあるのでな……」


 そう誤魔化すと、マリー嬢は目を見張って聞いてきた。


「へえ!? お若いのに王様やお貴族様のお仕事もなさってるなんて、凄いんですね」


「ああ、うむ……」


 ……会話が進んでいるのはよいのだが、誤魔化そうとするほど変に誤解されそうな方向に会話が進んでいくのはあまりよろしくないな。一応、嘘はついていないのだが。


 とはいえ、せっかく食いつきがいいのだから、ここで少し会話の練習をしようか、などと思っていたところに邪魔が入った。


「おう、てめえ、マリーを口説いてんじゃねぇぞ!」


 大柄な若人が余とマリー嬢との間に割り込んできたのである。顔立ちは悪くないし、服装も町民としては標準的だが小ざっぱりしていて、貧民という感じではない。少し粗暴かとも思えるが、ありふれた町の若者であろう。


「テンプレよ、テンプレだわっ!」


 姿を消しているスズナが、余にしか聞こえぬ程度の小声で何やらつぶやいておるが、意味がよくわからぬ。


「待つがよい。余は別にマリー嬢を口説いているわけでは……」


「うるせえ、マリーに手を出すなっ!!」


 若人に説明しようとしたのだが、既に大分だいぶん酔っていたらしき若人は、いきなり殴りかかってきたのである!


「ジョルジュ、やめて!」


 ……とはいえ、酔っ払いのこぶしなどが余に通じるはずもない。マリー嬢にジョルジュと呼ばれていた若人に殴られたものの、余はびくともせぬ。


 さて困ったぞ。魔法を使えば対処は簡単なのだが、それでは余が魔法使いだと暴露してしまう。かといって、余には素手格闘の経験などない。この酔っ払いを取り押さえる方法は……お、そうだ、この前スズナが使っていた、魔力による身体強化を試してみるか。


「落ち着くがよい」


 そう言いながら、殴りかかってきたジョルジュの手首を掴み、強化した腕力で取り押さえようとしたのだが……


 ボキリ。


「うぎゃああああっ!!」


「む? いかん!」


 余は慌てた。今の感触からして、相手の骨を折ってしまったらしい。余が手を離すと、ジョルジュは手首を押さえながら床を転げ回った。


「きゃあああああっ! ジョルジュ、大丈夫!?」


 マリー嬢がジョルジュに駆け寄っている。むう、この様子は……


「ちょっと魔王、やりすぎよ!」


 そう言いながら姿を現したスズナが、素早くジョルジュの手首を手に取ると治癒魔法をかける。


「あ、あなたは!?」


「異世界の勇者よ。今、治癒魔法をかけたから大丈夫。もう治ったわ」


「異世界の勇者!?」


 スズナに自己紹介されたマリー嬢が驚愕しておる。まあ当然ではあるが。


「じゃあこちらの方は……あ、さっき『魔王』って!?」


「うん。世界を支配する『大魔王』よ」


 それを聞いたマリー嬢は、真っ青になると土下座して平謝りに謝ってきた。


「と、とんだご無礼を!! 申し訳ございません。酔っ払いでございます、何とぞ、ジョルジュの命ばかりはお助けを……」


「も、申し訳ございません、何とぞお許しをっ!!」


 それを聞いて、ようやく状況がつかめたらしいジョルジュも、一気に酔いが冷めたらしく、同様にはいつくばって謝り出す。


「ああ、気にするでない。余も加減を間違えてしまったのでな。ジョルジュとやらには済まぬことをした。この程度のことで咎めだてはせぬから、心配せずともよい」


 そう言うと、マリー嬢もジョルジュも安堵の表情を浮かべた。


「ところで、そなたらは付き合っておるのか?」


「あ、はい。来年にはジョルジュが見習いから正式に職人になるので、そうしたら結婚しようと約束を……」


 余の問いにマリー嬢が答える。


「そうであったか。いきなり話も聞かずに殴りかかってくるのはよからぬが、そうした事情であれば心情は理解できる。ジョルジュよ、これに懲りたら、もっと落ち着いて話を聞くようにするのだぞ」


「は、はい。骨身に染みました」


 諭したところ、ジョルジュもわかってくれたようである。


「うむ、幸せになるがよい。邪魔をしたな、勘定を頼む」


 この状況では、これ以上この店で会話を続けることもできぬであろうから、代金を払って出ることにする。と、代金を払う際にマリー嬢に尋ねられた。


「……あのう、大魔王様は何のためにこんな酒場に?」


 まさか、女性と会話の練習をするためとは言えぬが、何と答えればよいのだ!?


「ああ、魔王が下々しもじもの事情を知りたいっていうから、お忍びで視察に来たのよ。わたしは護衛役として魔法で姿を消してついてきたの。もっとも、魔王には護衛なんて必要ないから、むしろ今みたいなときに対処するためについてきたようなものだけど」


「そうでしたか」


 答えに困っていた余に代わってスズナが答えてくれた。『下々の事情』な。まあ、恋愛事情も含めるなら、あながち嘘とも言えぬか。


「だから、このことは内緒ね」


「は、はい」


 スズナが一応口止めしてはいたが、おそらく噂になるであろうな。


 酒場を出ると、もう他の店に行く気にもならなかったので、スズナと共に魔王城に瞬間移動する。


「失敗であった……魔力による身体強化とは、あんなにも力が増すのだな」


「そうだよ。いきなり使ったら加減なんかできないから、ちゃんと試してから使わなきゃ……って、まあ、わたしもぶっつけ本番でやったから人のことは言えないけどさ」


 余の慨嘆にスズナが答える。そこで、余はまだスズナに礼を言っていなかったことを思い出した。


「今日は助かった。スズナがいなかったら往生したところであった。感謝するぞ」


「それで困っちゃうあたり、魔王もたいがいお人好しよね。まあ、それだから付き合ってるんだけどさ」


 ふむ? 今のスズナの発言の中に、気にかかる言葉があったぞ。


「『付き合う』?」


 余がその言葉を繰り返したとたん、スズナが慌てて叫んだ。


「ちょっと、そういう意味じゃないからねっ!!」


 それを聞いて、余も少し慌てて答える。


「そうではない! 誤解するでない!! 余もひとつ今日の失敗で考えたことがあったのだ。いきなり女性と会話をしようとしても、どのように話を進めてよいかわからぬのでな。そこで、まずは一般的に、付き合っている男女はどのような会話をしているのかを知りたいと思ったのだ」


「ああ、なるほど」


「そこでだ、そなたの言っていた『下々の事情を知るための視察』をもう一度やろうと思うのだ。今度は、余も姿を隠して、お付き合いしている男女の逢い引きの様子を見てみたい」


「げ」


 露骨に嫌な顔になったスズナである。


「む、嫌か?」


「うん、まあ、あまり気が進まないことは確かね。それとさ……」


 そこで一度言葉を切ってから、余をじっとりした目で睨みながら言った。


「それって、覗きデバカメっていうのよ」

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