第34話 成否の問われ
「「うお〜〜ん! テレス様ぁ〜!」」
「ううっ……うっ……」
ここはバルトの街にある礼拝堂。
大勢の人が祈りを捧げる普段の装いとは打って変わって、
今日は朝から大の男たちのすすり泣く声が、館内にこだましていた。
その変な光景を「全裸で壇上の垂れ幕に巻きついている」という更に変な女性が見ていた。
聖女テレスティアその人である。
「私のために心を痛めてくれるのは嬉しいんだけど……もっと出にくくなったじゃないの!」
しかも裸でカーテンを巻きつけたこの状況……変態以外の何物でもないわ。
もーどうしよーと途方に暮れていると、壇上の騎士達に近づく男の姿。
よく観察してみると、あの人……右足と左足のの歩幅が違うみたい。
着ている甲冑から察するにテンプルの一員みたいだけど、足を怪我でもしてるのかな?
「ベロ隊長ぉ〜! うちが犯人見つけやしたよ! キャストルとかいう弓術師らしいっス!」
「そうか……でかしたぞ新人。……で、今そいつは何処にいるのだ?」
ただならぬ殺気を放ちながら、ベロと呼ばれた男はゆっくりと立ち上がる。
周りを囲いんでいた十数人の男たちは、その隊長と呼ばれた男の言動を即座に理解していく。
—— " 隊長は報復に行くのだ " ……と。
先ほどまですすり泣いていた聖女の騎士達。
皆一斉に立ち上がると隊長に向き合い、
——ザンッ!
「我々もお共致します」という意味を込め足の音を揃えた。
「でわでわぁ、うちに付いて来てくださいな! ゲーヒィ! ゲーヒィ! ゲーヒィ!」
新人と呼ばれた男は異様な笑い声を発すると、キャストルに向け男達の先導を始めて行くのだった。
その笑い声を聞いたテレスティアに、先ほどの記憶がよみがえり戦慄が走る。
あの声あの笑い方……私を殺そうとした三人組の一人だ!
でも姿がまるで違った……一体どうなってるの?
彼女の記憶では、地面を引きずるほどに左腕が長かったはず。
だが今見た男にはそんな特徴はなく、まして身長や体型が全く違っていたのだ。
教えてあげたいと思うも、どうしたら良いかわからない。
軽いパニックを起こしている間にも、時間は無情に過ぎていってしまう。
彼らテンプル騎士団に注意喚起することもできずに、テレスティアは再び訪れる静寂に身を任せることになったのだ。
・ ・
み時ほど待っても誰もこない教会。
差し込む光が次第に強くなると、思わずウトウトとし始めるテレスティア。
だが突然聞こえて来る悲鳴にびっくりしてしまう。
『ぎゃ————!!』
きゃあ! 何?!
心の中だけで叫びを堪えることに成功した私。
攻撃力はないけど精神力には自信があるのよね〜。
そんなこと言ってる場合じゃないと、テレスは幕から顔を少しだけのぞかせる。
そこに見えるは白と赤のローブを着た二人の少女達。
子供だけ? やった!
昔から私ってツキに見放されてる感じはあったけど、土壇場で運命が味方してくれた!
テレスは垂れ幕から出ると、子供達に向かって駆け出した。
もちろん服を持ってきてもらうためだ。
「ねえ〜! お嬢ちゃん達、ちょっとお願いがあるんだけど!」
二人の少女達が私の声に気付くと、こっちに振り向いて手足をバタバタさせていた。
まあそりゃあ子供といえど、素っ裸の人がいれば驚くかもね。
でも今はそれどころじゃないの!
「ごめんなさい驚かせて。でもね……見て分かる通り私、服がなくて困ってるの」
私はそう言うと、服を手に入れて欲しいと子供達に頭を下げて頼み込む。
しばらくすると少女達は落ち着いてくれたのか、
「無事だったんですねテレスティア様! ……では十字架に磔られているあの方は一体……」
白いローブの少女は私を心配してくれてたみたい。
感謝しつつ今までの状況を説明する。
子供達にも分りやすいように身振り手振りで。
「私こうやって腕を広げて磔にされたのよ! 酷いと思わない?」
「きゃー! はしたないですよテレス様! 胸を隠して胸を!」
そう言って顔を真っ赤にしている白と赤の少女達。
同じ女同士なのに何恥ずかしがってるの?
そう首を
横目に見ると、紺色のフードが付いたローブだった。
裸の私に見かねて子供達が出してくれたのだろう。
「ありがとう! 魔術か何か? あなた達ってすごいわね」
さすがの私も全裸は恥ずかしかったので、二人には改めて感謝した。
でも……本当にとっても嬉しいんだけど……なんでチェーンローブ?
すっごく重いんですけど。
その上とても汗臭い……クンクン。
あ、でも私この匂い好きかも……ん?
紺色のチェーンローブ?
「え? はい……はい、わかりました」
私が服の中の匂いを嗅いでいると、赤頭巾の子が俯きながら独り言を言い始める。
「聖女追っかけ隊の居場所を聞け! ……もういっこ? はい。……裸を見てすまない! だそうです」
一人でボソボソ何か言ってると思ってたら、急に大きな声を出す赤頭巾の少女。
「だそうです」って……まるで誰かから聞いたみたいな話し方ね。
私は
「追っかけ隊っていつもの騎士達のことよね? 彼らはこの教会の先にある「古塔」を根城にしていると聞きました」
詳しくは知らない……だって興味ないもの。
そんなことより、この紺のチェーンローブの話を聞きたい。
「ねえあなた達。このローブを着てた人の武器って……大きな剣じゃなかった?」
私は子供達が「なぜこの服を持ってるのか」よりも先にその話が聞きたかった。
何故なら紺のローブと両手剣のセットが、私にとって大切なキーワードだから。
「そういえばテンプルの四人を大剣で一撃だったわね」
「あれすごかった! 人が空高く舞い上がってましたよ!」
その話を聞いた途端、自身の鼓動が早まっていくのを実感する。
今この瞬間、子供達から決定的な確証を得ることができた。
間違いない……このローブの持ち主は、あの時私を救ってくれた人。
「で! その人は今どこにいるの!」
思わず身を乗り出して聞きだそうとするも、焦りからか声が高ぶる。
でもそれぐらい私が「その人に会いたい」って思っている証拠なのかも。
だからお願い……彼の居場所を教えて欲しいの!
「クラウスなら今、聖女様の話を聞いて古塔に向かいましたけど?」
「自分の服を聖女様に着せてたじゃ無いですか……え? 気づいてない?」
……は?
呆然としてる私の周りからは、ヒソヒソと子供達の話し声が聞こえる。
「アレルシャ……もしかしたらクラウスの消えるマントって触った人だけ見えるのかも」
「言われてみれば確かに……レイラも私も口を塞がれた時クラウスに触ってるわね」
「あっ……つまりテレスさん最初からクラウスのことが見えてない?」
「クラウス自身も見えて無いと思ってるんだわ……あ〜なるほどね〜」
「それで僕は伝言ゲームみたいなことを……」
急速に血の気が引いていく……
名前を知るよりも先に裸を見られて……
影で囁かれている二つ名『おてんば』が今日ほど恨めしいと思ったことはあり……ませ……
——バタン!
「乙女ならではの呪いよね」
「呪い!? そ……そんな聖女様ぁ〜!」
遠くの方で聞こえる子供達の声を最後に、私の意識は途切れていくのでした。
——
聖女様に、追っかけ隊が「古塔」に潜伏しているという情報を聞くことができた。
居た堪れない気持ちになっていた俺には、移動するという話は渡りに船。
速攻で礼拝堂を後にすると、目指すは遠目に写る「古塔」と呼ばれた石垣の塔だ。
しかしまあ……いや何でもない。
『かなり大きかったね』
「な、何が? 俺は別にそういうのは気にしないタイプだからな」
『被害がだよ……あの死体見た? ボクちょっと許せないんだけど』
ああそっちの話ね。
まあな……聖女様が生きてたから良かったものの、追っかけ隊の気持ちもわからんでもない。
だからと言って何しても良いってことにはならないからな。
いずれにしろまずは本人に事情を聴きだすしかないようだ。
「今の最優先はエプローシア救出だぞ?」
聖女様の話はその後だと、チェルノに釘を刺しておく。
『もちろんだよ。でも……どっちが大きいのかな』
もちろん被害の大きさの話だよね?
いや、そうに決まってる。
邪念だ……きっと俺の心が汚れているのだ!
そう考えると自分に喝を入れるため、自分の頬をバシッと叩く。
『ハハハ……さすがにエプローシアには敵わないかも』
こいつワザと言ってるよね?
え? やっぱ邪念?
どっち?
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