第25話 交流「概要」


「メルセデス〜、私達もう二時間も待ってるのに男冒険者どころか、ありんこ一匹通らないね〜」


「仕方ないでしょ? 四十層までのガイド料金が金貨80って言われたんだから……我慢なさい? チェロ」


 バルトの迷宮にまつわる話の中に、

 「四十層には魔術師を連れて行け」と言われているものがある。

 魔術師で構成された彼女達は、この層において優遇される側だったのだ。


 当然ガイド料など払えるはずもない。

 それ以前に彼女達のプライドが許さなかった。


「メルセデス様ぁ! 上から誰か降りてきます!」


 二十層の連絡路に立たせていたレイドラが、彼女達に向かって駆けてくる。

 だが少年のその甲高い声が、メルセデスの勘にさわってしまう。


「そんな大きな声を出して……私たちが、待ち伏せしていたと知れたらどうするのです!」


 知られれば当然、降りてくる冒険者たちに足元を見られる。

 そんなリスクを抱え込ませようとするレイドラに、彼女の怒りは収まらず、

 近くに置いてある自分の荷物を投げつけると、


「道具ならもう少し役に立ってみなさい。荷物なら誰にでも持てます」


 そう言って冷ややかな目を向けていた。

 それを聞いたレオドラは、薄青色のくせっ毛をゆり乱しながら、


「ごめんなさい! メルセデス様大好き! 本当にごめんなさい!」


 少年は何度も謝りながらそう返すと、

 同じ過ちは繰り返すまいと心に誓うのだった。


「男性二人組のようです……一人は希少そうな軽鎧。もう一人は……安っぽいローブの男です」


 そう話に割って入るのは、メルセデスの背後に立つ女性の一人エメリーだった。

 彼女は砂の魔法『探査サーチ』を使い、上層へ続く階段を見てきたのだ。

 地と風の混合魔法を使うあたり、魔法学士院アカデミーの生徒を名乗るのは伊達ではない。


「その構成なら斥候と魔術師で間違いないようですね。……チェロ」


 メルセデスはそう言うと、彼女のそばをうろつく背の低い少女に目を向けた。


「はいはぁい! お任せ!」


 チェロと言われた少女は彼女の言わんとする意味を理解したのであろう、

 元気よく手を挙げると大きく飛び跳ねていた。


 程なくすると彼女たちの目の前に、二人の男性が現れる。

 装備の違いや前を歩くところを見ると、斥候と思われる方がリーダー格なのだろう。

 チェロと呼ばれた少女もそう判断したのか、軽鎧の方へ近づくと、


「初めまして冒険者さん! 良かったら私たちと四十層まで行きませんか?」


 身振りの可愛らしいその少女は、その武器を全力で使いながら、

 にこやかにそう話しかけるのだった。



 —



 親に内緒で迷宮に足を踏み入れている彼女たちには時間がなかった。

 その二人組に共同探索の了解を得ると、すぐさま四十層へ向かうことを催促した。

 最初の打ち合わせ通り、彼女達がここへ来た理由をレオドラに説明させる。


「僕のミスなのに皆助けに来てくれて本当にありがとう! 僕とってもうれしい!」


 いつもニコニコしているためか、本当に嬉しそうにそう話す少年。

 私たちの荷物を無理やり持たされていない感じと、可愛いところが合格です。


 後で……大量に魔力を吸ってさしあげます。

 メルセデスは褒美とばかりに、自分の親指の腹を舐める仕草を少年に見せつける。

 褒められたことを理解したその少年は、

 先ほどよりもさらに喜びをあらわにしていた。


 私たちはその冒険者に自己紹介を済ませると、


「ウィルさんは斥候なんですよね? ……で? 後ろにいるクラウスさんはどんなご職業なんです?」

「そりゃローブ着てるんだから当然魔術師でしょー、ね? ね?」


 すぐさま彼らの話を聞きだすことにした。

 二十層まで転送を使わず、実力で降りて来たのは見ていたが、

 どのくらいの実力者か把握しておく必要がある。

 アカデミー特待生として君臨する彼女たちにとって、弱い奴など生きる価値もないのだ。

 

 だが私たちは、目の前で起こった出来事に戦慄する。

 その魔術師と思われる人物が、放って見せた中級魔術の凄まじい威力のなさに。

 それぞれが別の特急魔術を扱う私たちにとって、その男はカス以外の何物でもなかった。


 メルセデスは思い出す。

 そういえば昔、学校の授業で虫眼鏡を用いて紙を焼いたことを。


「そうですね……バッタなら一撃で倒せるかもしれません」


 そう……虫眼鏡二つ使えば何とかなるかもと思って言ってみた。

 この男の扱いは確定した。

 笑いを堪える必要もなくなった私たちは、遠慮なく散々、全力で笑わせてもらった。

 だがそれが治る頃には彼女たちの意識の中で、ある人物の存在が抹消されていた。

 もう思い出すこともないだろう。


「えー! じゃあウィルさんは百層までガイドできるんですか!」


「この間まで斥候として固定PTパーティーを組んでたからね……その時の到達階数は百六十層さ! ハハハ」


 だが打って変わって斥候の方はすごかった。

 どこで手に入れた軽鎧だろうか?

 伝わってくる魔力の量が半端じゃない。

 しかも到達階数が百六十? こんな低層にいて良い人物じゃなかった。


「すごぉ〜い! もし良かったら友達になってくれませんか? 私達どうしても百層まで行かないといけないんです」


「ああいいとも。俺もお節介ってやつは性分に合ってるからねえ。ハハハハハ!」


 しかも彼女も居なさそうな若い男で、気性もおとなしい。

 私たちの中で「馬車馬」と命名することにした。


「ところで君達……後ろを歩く少年は荷物持ちかい?」


 そのウィルフレッドと名乗った斥候は、レイドラに目を向けそう言った。

 この男とは長い付き合いになりそうだ。

 レイドラのことも話しておこうと思ったメルセデスは、


「彼は世界で禁呪とされている合成魔術で、魔道具と融合した……道具奴隷のレイドラといいます」


 そうウィルに伝えたが、奴隷を連れて歩いていると思われるのは心証が悪い。

 その少年には学生服を着てもらって一緒に勉学に励んでいることや、

 友達として行動を共にしていることを続けて説明した。


「ハハハ……友達だったのか。……だけど、友達に荷物を持たせるのはどうかと思うな」


 乾いた笑いをこちらに向けて話すウィル。

 やはり悪印象を与えてしまったようだ。

 なんとか挽回しようとメルセデスは考えを巡らせていると、

 その斥候は続けて、


「最後尾を歩く彼に持ってもらうといい。バッタより強い敵が出たら困るからね」


 そう言う男の顔を見やると、ニヤリと悪そうな笑みを浮かべていた。

 それを見たメルセデスは……心がキュン!となってしまう。

 悪い男ってやっぱりかっこいいかも。


 メルセデスは頬を赤く染めながらレイドラに、


「私たちは生き延びるために、最も弱いものが荷物を持って行動しているのです……わかりますね?」


 そう言って最後尾を、少し離れて歩く男を指差して見せた。

 彼女のすぐ後ろで話を聞いていた少年は、


「そうだね! 僕も友達として魔法が使えて嬉しい! 荷物は魔法が使えない人に預けてくるよ!」


 という返事を返すと、

 クラウスと呼ばれる、カス魔術師に向けて駆け出していった。

 友達感が出ていてとってもいいですよ、レイドラ……今日は満点です。

 後で……皆で根こそぎ……魔力を吸い取ってさしあげますわ。


 メルセデスは協力して少年に褒美を与えるため、仲間に視線を流すと、

 その意思を汲み取った三人の女性は、軽く口を吊り上げながら頷いて見せた。


  —


 二十一層は渓谷だ。

 その大地を割いたような地形が作る、

 幅一キロほどの溝を進むため、分岐点がほとんどない一本道だった。


 彼女たちの前を行く、ウィルと呼ばれた斥候は時折空を見上げると、

 何やら魔道具を取り出し、岩場の壁に突き刺している。


「ウィルさんは何をされているんです?」


 その奇行の答えを知るべく、メルセデスは質問してみる。


「ああこれかい? 二十二層の……いや、こうやっておくと夜に発光して逃走経路を確保できるのさ」


 さすが仲間の命を預かるといわれている斥候だ。

 しかもウィルは上級者。

 言い直したのが気になるが、頼りになる男性だった。


 彼女たちはその優秀な斥候を先頭に、まずは二十二層に向けて渓谷を突き進む。

 道中、切り立った崖から現れるゴーストと呼ばれる魔物を、

 ——ズドォーン!


 特急魔術で処理していく。

 メルセデス一行は、過剰とも言える魔術を駆使しながら突き進んでいた。

 その様はまるで……魔力が残っていると都合が悪いのかと思えるほどに。


「ハハハハハ! 派手だねえ君達! ……俺にとっても都合がいいよ」


 そう叫ぶ大声が、メルセデスの耳に届く。

 だが最初に聞こえた大声とは対照的に、最後の方は声が小さく聞き取れなかったのだが、

 どうやらウィルは喜んでくれているようだ。


 変わった人だと彼女は思った。

 普通なら、私たちの魔力量を心配するはずなのだ。

 それを聞かれた時には、私の道具自慢が出来ると思っていたのに……


  —


 ——ォォォ……


 程なくすると聞こえてくる奇妙な唸り声。

 このような閉ざされた渓谷の中だと距離感がつかめない。

 だが一つだけ今解り得る情報……それは、相手が相当な大型の魔物だということだ。

 その奇声を聞いたウィルは背筋を伸ばすと、


「それじゃあ、そろそろメインイベントと行こうか……君達、死にたくなければ攻撃しないほうがいい」


 まだ幼い魔術師の卵たちに向け、彼はそう言い放った。


 奇声はさらに近づいてくる。

 かなりの速さだ。

 まるで……こちらの位置を知っているかのように。


 ウィルは思った。

 この魔物がこちらの位置を知っているのは当然さ。

 なにせこいつは、俺が道中に刺してきた魔道具が放つ、不可視の光を頼りに向かって来るのだから。


 まあ少年少女たちよ、安心しておけ。

 俺が二十二層から呼び寄せたキリ番ボス「リフィアン」は我々を通り過ぎ、後ろへ向かうはずだからな。


 ——オオオォォ!!

 そして魔物はついに彼女たちの前に姿を表す。


 バルトの迷宮でも屈指の実力を誇る「鏡鎧リフィアン」には物理攻撃が効きにくい。

 しかもその磨かれた鎧は「雷撃」「暴風」「閃光」を無効化し、

 浮遊型のため「大地」「濁流」も当たらないという怪物だ。


 なんでそんな魔物が下層にいるかって?

 それは簡単な話。


 移動速度は速いが攻撃が遅いってことと、何よりノンアクティブだからだ。

 攻撃しない限り襲ってこない。

 ボス狩りとしてここに来る以外の人間には倒す必要もない魔物だった。


「きゃあああああ!!」


 だがここでウィルの計算は狂い始める。

 彼女たちの一人がその鏡の巨人のあまりにも凄まじい迫力に、半狂乱に陥ってしまったからだ。


「おい、落ち着け! あいつはノンアクティブだ! 何度も言うが死にたくなければ攻撃を……」


「エメリー! 落ち着きなさい!」


 メルセデスがなだめようとするも、時すでに遅い。

 パニックになっているその女、エメリーといったか? は魔法を詠唱し始めると……


 —— " 魔界の砂塵嵐ヘルダストストーム! "


 リフィアンに向け攻撃を始めてしまったのだ。


「チッ!」


 という舌打ちと共に、エミリーの元へ駆け出すウィル。

 よりにもよって暴風属性だった……実はこれがまずい。

 魔法をほぼ無効化するリフィアンなのだが、暴風だけは僅に効果があるのだ。


 つまり——エミリーは魔物のターゲットを取ることに成功してしまった——

 という事実に他ならない。


 だが、「暗黒」「暴風」「大地」の三属性複合魔法の威力は凄まじい。

 その鏡の巨人を中心に、星型に発生した五本の竜巻が、せめぎ合うように中央へと襲いかかる。

 そして竜巻同士の巻き上げる岩が激突を始めると、

 凄まじい轟音と共に、次々と召喚されていく黒い稲妻。

 

 その様を見届ける彼女たちは、当然のことのように後の状況を期待する。

 もちろん、その中にいる魔物は……ただでは済まないだろうと。


「一撃で倒せるのなら、魔術師たちは皆このフロアに張り付いてるはずだぞ! それがどういう意味なのか、君達はよく考えるんだ!」


 ウィルのその叫びに一同は顔を見合わせると、再びその鏡の巨人に目を向けた。

 だがそこには……彼女達の予想では、魔物が死体として転がっているはずのそこには、

 先ほどより輝きを増す「鏡鎧リフィアン」が、完全にこちらに向かって、

 敵意をむき出して佇んでいた。

 ——オオオォォ!!


 リフィアンの怒りの咆哮がこだまする。

 どいつだ? 今ふざけた真似をしてくれた奴はどこにいる?

 そのような声が聞こえてきそうなほどに、猛り狂うリフィアンは……杖を掲げたエミリーを見やる。

 —— "オマエカオマエカオマエカオマエカ……オマエダ"


 その怒りの矛先をぶつける相手を見つけたリフィアンは、

 滑るように近づくと、もたれかかるように渾身の一撃を放つ。

 ……だがその前に、


「おい君! ぼさっとするな! 死にたいのか!」


 そう声をかけたウィルはエミリーを抱きかかえると、その場を離れる。

 ——ゴォーン!


 強度の高いもの同士がぶつかる鐘のような音が、

 彼らの直前までいた場所から鳴り響いていた。


 ウィルは目の前の、たった今出来上がったクレーターを見ながら、


「俺は……この子を抱えながら……この先何度あれをかわせばいいんだ?」


 そう言葉にして、自分の未来に戦慄していた。

 だが……ウィルには唯一の打開策がまだ残っている。

 彼は、この絶望の未来を唯一切り開くことの出来る男に向け、


「クラァウス!! 頼む! 早く助けに来てくれえええ!!」


 今自分たちが通って来た道に向けそう叫ぶのだった。


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