第26話 女学生と探索篇1


 ——宝具と融合させて自分の息子を売り飛ばすなんて……あんたどうかしてるぜ。


 ——フン……腹違いの息子など、内乱の火種以外の何物にもならんわ! それに……道具奴隷として生かせておけば、いずれ買い戻して使えば良い。


 僕は道具奴隷。

 いつか父さまに買い戻される日を夢見て、今日も誰かに使われ続ける。

 でも僕はとても嬉しいんだ。


 え、どうしてって?

 だって宝具っていう、すごい道具と融合してるんだよ?

 どんな効果があるのか知らないんだけども……

 道具が人に使われれば嬉しいに決まってるでしょ?


 今の持ち主はメルセデス様。

 魔法学士院に特待生として入学した超エリート魔術師だ。

 僕の宝具としての力を見抜くすごい人。


「レイドラ、私は疲れました……椅子になりなさい」


「はい!」


 僕の宝具としての真価が問われる時がきました。

 すぐに主人の元へ駆け寄ると、地面に手をつき椅子に変化する。

 見た目は人間だけど、動かないあたりが完全に椅子……完璧だった。


 僕が二秒で出現させた椅子にどっかりと座るメルセデス様……ギシギシときしむ椅子の足。

 しまった、ストレングスで強化するのを忘れていました。

 だけど今使う訳にはいきません。

 それはまるでメルセデス様の体重が、象より重いと言っているようなものだからです。

 重いのはちょっとだけ。


 重いで思い出したけど、僕が荷物を預けた人は大丈夫でしょうか。

 あの人はとても不思議な人です。

 どうして荷物を持つことを断らなかったんだろう。


 あ、わかった!

 あの人もきっと道具なんだ! じゃあ仲間だね。……仲間? 


 ——ォォォ……


 腕がプルプルしてきた……かなりまずい。

 僕の両腕からは、聞いたこともないような軋み音が聞こえてきた。

 その音に気付いたメルセデス様は立ち上がってくれる。

 よかった……もう少しで全身が粉砕骨折するところでした。


「それじゃあ、そろそろメインイベントと行こうか……君達、死にたくなければ攻撃しないほうがいい」

 

 一番先頭を歩いていたウィルさんが、何やら言っていた。

 攻撃したらダメ。

 はい! わかりました!



  —



 ——ポテッ!

 少年は地面にできた大きな穴の縁でつまずいた。

 彼は何につまづいたのか、痛むすねをこすりながら確認すると、

 つい先ほどまではなかった大きなクレーター。

 それは二十二層のボス「鏡鎧リフィアン」が放つ一撃の凄まじさを物語っていた。


 だがメルセデスたちは、転んだ少年を助けようともせず逃走を優先する。

 それもそのはずだ……彼女たちにとって、その置き去る少年は道具なのだから。

 ——ゴォーン!


 彼女たちから少し離れた場所で、また鐘の音が鳴り響く。

 ある程度距離を置くことに成功したメルセデスたち一同は、その音のする方を見やる。

 そこには、ウィルがエミリーを抱きかかえつつ、必死で逃げ惑う姿が彼女たちの目に映る。


 彼女たちにとって「鏡鎧リフィアン」は到底敵う相手ではない。

 メルセデスの特級魔法はおろか、その仲間たちの魔法は何一つ通用しなかったのだ。

 だがしかし、その魔物の移動速度の速さから逃げ出すこともままならない状況。

 いずれにしろ彼女たちを待つものは「死」のみ。


「オフェリア……あなた火炎属性が使えたわよね?」


 そう、まだ試してない属性が残っていた。

 それは火炎と大地の属性……メルセデスは、こんなところで死ぬ気などサラサラない。


「無理よ! 上級までしか使えないし、第一ターゲットが移ったらどうするのよ!」


 オフェリアと呼ばれた少女は興奮しながら、そう言い返していた。

 それも当然だろう。

 彼女だって死にたくはないのだ。


 実はレイドラも上級の火炎魔法を扱うことができる。

 当然メルセデスに魔法を放てと命令されたのだが……彼はなんと断った。

 ウィルの「魔法を使うな」という命令を頑なに守っていたのだ。


 メルセデスは冷静さを失ってしまう。

 ” 道具が言うことを聞かない "

 つまり……壊れたということ?


 何度も投擲を繰り返し、リフィアンのターゲットを取ることに成功したウィルは、

 抱えていたエミリーを解放する。


 先ほどまでの「リフィアンに襲われ続ける」という恐怖を払拭するかのように、

 必死に駆け寄ってくる女性にメルセデスは、


「エメリー! もう一度あの魔法で攻撃しなさい」


「なっ、何言ってるのよ! 敵は無傷だったでしょ? あなた見てなかったの?!」


「ではこの状況をどうやって切り抜けるっていうの! 言ってみなさいよ!」



  —



 何やら不穏な空気をただよわす三人の主人たち一行。

 それも当然かもしれない。

 何せあのカガミのお化けを倒す方法がないんだから。


 その様を傍で見ている一人の少年は思う。

 僕は道具だからかもだけど、どうせ死ぬなら……助けて死にたい。

 仲間と協力して、全力で立ち向かって、死ぬ瞬間まで助けることを考えたい。

 でもメルセデス様たちは……誰を助けたいのだろう。


 彼女たちの放つ不穏な空気が色を増す。

 やがてその絶望と恐怖が伝染し、

 交わし合う怒号が怒りと狂気を含み始めると……

 ——オオオォォ!!


 招かざる厄災が、彼女たちの負の感情に招かれ降り注ぐ。

 レイドラの周りに佇む、メルセデス一同はもはや半狂乱に落ちいっていた。


 だけど僕は……最後まで諦めないぞ!

 ここで仲間を助ける……みんなを守るんだ!

 そうだ……ウィルさんとの約束を破るけど、

 僕の上級の火炎魔法なら通用……


 メルセデス様の傍にいた僕は、

 突然その厄災に向けて突き飛ばされた。

 ……え? なぜ?


「レイドラ……最後の命令よ……私の代わりに死になさい」


 その声のする方へ振り向くと、もう正気とは思えない目をした主人が立っていた。

 ” 助けろ ” っていう命令じゃなくて ” 死になさい ”?

 そうか……僕が一人で攻撃を受けたら、一回はメルセデス様をお助けすることが出来るんだ。

 僕の願い「死ぬ時は助けて死にたい」……叶ったみたい。


 僕は崩れるように両膝をつくと、胸の前で手を組み、ゆっくりと目を瞑った。

 涙がポロポロ出てきた。

 だって何か違う……

 ——仲間を! 必死に全力を出して守る! そんな仲間が欲しいんだ!


 組んだ指をぎゅっと祈るように握りしめながら、心の中でそう叫んだ。

 ——ゴオォォン!


 ああああ痛い!……幻痛が全身を駆け巡る。

 僕は馬車に引かれたカエルのように、飛び散るとミンチ肉になって……ない。

 恐る恐る目を開けると……


 大きな盾を両腕に持った男が爽やかな笑顔で、

 

「レイラ、お前の願いは通じたようだな」


 そう言っていた。

 うそ……僕の願いが叶った……仲間?

 いや、僕はこの人に荷物を押し付けてしまった。

 仲間はそんなことしない……まずは謝らないとダメ!


『クラウス、そんな呑気なことをやってる場合じゃないよ。次が来る』


「チェルノ、二刀だ……とにかく逃げるぞ」


 そう言うと僕は抱きかかえられ、連れ去られる。

 クラウス様とチェルノ様……あれ二人?

 いやそれ以前に、勝手に「様」がついてしまうぞ?

 かなりまずい……


「随分ゆるりと動く魔物だな。……で? レイラ。こいつは全ての魔法が効かないのか?」


 僕の名前は「レイラ」……新しい名前。

 主人に付けてもらった大事な名前……っ! いや!

 僕はレイドラ!


「はい、火炎と大地以外は全部だめでした」


 あれ、勝手に敬語になる。

 本気でまずいぞ……大体クラウス様が了承していない。

 しかも、僕の中の宝具が共振を起こしている。

 冷や汗が止まらなかった。


「よしレイラ、命令だ。この先の岩場に隠れていろ」


「はい!」


 そう返事をすると、指差された方向へ僕は走った。

 ……勝手に。

 え?



  —



 ——ゲシゲシ!ゲシゲシ!


 そのふざけた音を出す主を、一同は口を大きく開けて見守っていた。

 さっきまでの絶望は一体何だったのかと。


「虫眼鏡って言ったのメルセデスよね? 私知らないわよ?」


「何言ってますの! みんなも大笑いしてたでしょ!」


「拠点兵器みたいでした……嫌われたらどうしよう、殺されちゃう」


「私ぃ、実は笑ってません! えっへん!」


「「「嘘つくな!」」」


「まあまあ、君たち落ち着いて。クラウスはね……毎回こんな感じだから! ハハハハ……ハァ……」


 なぜか語尾で肩を落とすウィル。

 そんな騒動を起こしている一行のかたわらには一人の少年が目を輝かせていたのだった。


「すっ、すごい! ……かっこいい!」


 いやダメだ……まずは謝らないと……



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