第27話 女学生と探索篇2


 探索七日目の夜。

 ミラーゴーレムを倒した俺たちはその後、二十二階層へつながる通路を見つけ、その日はそこで一泊することになった。

 見張りに誰を立たせるかという話になり、当然俺とウィルが志願する。

 女性に夜ふかしをさせる訳にはいかないからな。

 先に俺が見張りに立ち、続いてウィルが担当することに。

 もう一人の男はというと……


「おいレイラ……大丈夫か?」


 俺が声をかけた先には、自分の両肩を抱え、座り込む少年の姿。

 苦痛に歪む顔を押し殺すと、平成を装い俺に向かって、


「っ……しばらくするとおさまると思いますので……そっとしておいて下さい」


 つい先ほどから、全身に痺れるような痛みを感じるらしい。

 彼の体に埋め込まれた魔道具の真価による影響だそうだが、

 潜在魔力の高い彼にとっては喜ばしいことであろう。

 俺は少年の「カバン持ち」という職からの成長を、素直に賞賛することにした。


 無難にその日は終え、一行は探索八日目の朝を迎えることができた。

 最後に起きてくる俺の目の前で、四人組の女学生たちは横並びに整列する。

 下を向いたままお互いに目を合わせると、


「クラウス……昨日は失礼なことを言って、ゴメンなさい」


 そう申し訳なさそうに言うと、彼女たちは頭を下げてきた。

 バッタがどうこうって話のことか。

 いや、あれが俺の実力なんだよなあ。

 正直に話そうとすると、チェルノが割り込んで、


『俺の方こそ悪かった。魔力を抑えて見せて……最初から本気の「INT36」で魔法を使えば良かった』


 それチェルノの知力じゃねえかよ。

 後で俺の実力が「INT17」ってバレたら、また馬鹿にされるでしょ?


 だがそれを聞いた彼女たちは、驚いたような顔をした後、目を輝かせていた。

 当然だろう。人間じゃ25辺りが限界だからな。

 もー俺は知らん。


 やけくそになった俺は、腕を広げでハグの体制になる。

 それを見た四人の女性は、今度は目を潤ませながら、


「「クラウスゥー!」」


 そう声を揃えて俺に抱きついてきた。

 俺も目に涙を浮かべながら「よしよし」と言って皆を抱きしめ返す。

 どこの青春ドラマなの?


 あ……後蛇足だが、オフェリアがFで、メルセデスがEだった。

 他は圏外。


 さてと。

 冗談はここまでにしておいて、俺はそばにいた少年の元へと歩き出す。

 目の前には、昨晩から全身の痺れで座り込むレイラの姿。


「歩けそうかレイラ。何だったら俺が担いでやるが……」


「お願いします。僕にこれ以上……優しくしないで下さい」


 昨晩から一向に症状は改善してはいないようだ。

 お前だけに優しくするつもりなどないさ。


 だが俺たち、今は体育会系のノリ。

 皆で四十層を目指すって約束したじゃないか……

 誰一人欠けることは……この俺が許さん!


「放っておく訳にはいかないな」


 そう言うと俺は自分の荷物を前に回し、空いた背中に少年を乗せることにした。

 最中にお尻に手が当たると「キャァ!」と黄色い声を発するレイラ。

 男だぞお前……頭大丈夫か?



  —



 探索九日目

 俺たち一行は、四十層へ向け順調に駒を進めていた。

 なんせ三十層近くまでは魔法一強のフロアなんだから当然の結果だ。

 

 調子に乗っているチェルノが魔法を打ちまくる。

 「キャ〜! クラウスゥ〜! 素敵ぃ!」とか言う声援が飛び交う。

 有頂天になるチェルノとは対照的に、居たたまれなくなる俺。

 中級魔法で調子に乗ってどうするんだよ……周りみんな特級魔術師だぞ?


 だが、そんな俺の恥ずかしがる姿を見てオフェリアは、


「偉ぶらないところがまた……好きになっちゃいそうです!」


 もう好きにして……



  —



 探索十日目

 俺たちはすでに二十九階層に到着していた。

 魔法でサクサクタイム終了。ここからは地力が試される。


 このフロアは、言うなれば帝都周辺の庭園風の作りだ。

 色とりどりの木々の間には小川が流れ、目前には洒落た橋がかかっている。

 だが……その流れる水の色が問題だった。


「なんか……乳白色って言うんですか? あの川の色……」


「何かぁ、やらしいです〜」


「チェロの思考の方がやらしいわよ……え? というかこの匂いって……」


 そのゆったりと流れる音が聞こえてくると同時に漂う匂いがあった。

 これって……アルコールの匂い。

 うちのPT未成年多いんですけど大丈夫ですかね?


「ハハ! ニゴリっていうお酒らしいよ。わざわざここまで来て汲んで帰るツワモノもいるらしい。ああそれと……この川、匂いを嗅ぐだけでも酔うから。酔わない奴が何人いるかが攻略のカギになるんだ〜」


 あれ?

 ウィルの奴、気のせいか語尾変じゃなかった?


「わたちぃ〜、お父さんのお酒飲んだことあるますろ〜。だらぁ〜まっかせなさぁい! うえっへん!」


「わらしもある……インコのガンダルフが死んだ時に……うっ……うええ〜〜ん!」


 オフェリアがいきなり泣き始めたぞ?

 てか、なんちゅう名前つけとんじゃ。

 ちなみに俺が未だに背負っているレイラは、


「グゥ〜……グゥ〜……」


 寝てた。

 もしかして……みんな酔ってるのか?

 そんな心配をしていると突然、俺の肩にエメリーが腕を回しながら凭れかかると、


「クラウスってさぁ〜、皆の胸ばっか見てうよねぇ〜……何? 私のじゃ不満なわけ? どういうつもりなのか説明して欲しいわけ。わあたしだってねぇ〜」


 なぜか絡まれ始めた。

 やばいと思った俺は、全滅は避けたい一心で最後の娘に目を向けると、


「ああ〜! クラウスがこっち見たぁ……ん〜〜」


 ほっぺを真っ赤にしたメルセデスにいきなりキスされてしまった。

 今度はキス魔かよ!

 てか酒癖え……ってことは……

 こいつだけ本当に川の水飲んでやがる! 馬鹿なの?


「クラウスゥ……クラウスゥ……ん〜……あのねぇ〜」


 キス魔の羽交い締めから脱出を試みている俺。

 だがレイラを背負っている俺にはかなり難易度の高いミッションだった。

 メルセデスが何かを言おうとしているが、今ちょっと立て込んでるので後にしてもらえます?


「あのねぇ〜、私ぃ……気持ち悪い……うっ……」


 その爆弾発言に気を取られた俺は一瞬の隙に、まんまとメルセデスに唇を奪われてしまう。

 今度はさっきまでの「チュ」っていう軽いやつじゃない。

 「ブチュ〜」って感じのやらしい感じだ。


 軽いやつまでは俺も何とか平静を装っていた俺も、今度のやつは思考が追いつかなくなる。

 なっ、とか思ってると今度は鼻を塞がれる。

 意味がわからないが、息を吸うため開かれた俺の口……注がれるメルセデスの嘔吐。


「◎△&%#?!」


 一気に回るアルコール。

 そして歪む視界。

 気合いで倒れそうになるのを踏ん張ると、ウィルの元へ向かう俺。


「うお……ぃ、ウィル……後方は……全滅……オエエエェェェ」


 なんとか隊長に報告を終えた俺は、その場でキャッチ&リバース。


「おい! クラウス! お前なんで酒クサ……オエエエェェェ」


 だがウィル隊長本人も、クラウスに釣られてもらいゲロ。

 ダメだ俺たち……まさか最後がこんな無様な死に様を晒す羽目になるとは。


『何やってんのクラウス! 敵だよ!』


「すまんチェルノ……俺たちの冒険はここまでのようだ……」


 もう! とか言って怒ってるチェルノ。

 というかね……俺は被害者なのよ。


  —


『フレイムショット』


 迫り来る敵をバタバタとなぎ倒していく我が相棒。

 俺たちは、唯一正気であるチェルノのおかげで死なずに探索を進めることができていた。


「どうやら正気なのはクラウスだけのようだ……ということで、全員の遭難を避けるために……これを使う」


 ウィルはそう言って、青い顔をしながらも、懐から長い紐を取り出して目せた。

 誰もハグれないように、等間隔に紐で結びつける作戦らしい。

 みんなの腰にそれを巻きつけ終えたウィルはフラつきながら、


「よおうし! みんなこれで……良いかな!」


「「「はあい!」」」


 無駄にハイテンションな一行……てか良くねえよ!

 先頭がウィルで二番が俺なのはわかるが、何ぜ残りの四人が俺に繋がってるんだ?

 というか見方を変えると全員俺に結ばれてるじゃねえか。


「馬鹿ねぇ〜クラウスは。数珠繋ぎにすると最後尾が魔物に襲われちゃうでしょ? クラウスって〜本当に馬鹿なのねぇ〜」


 メルセデスに馬鹿にされる俺。

 いや間違いなく馬鹿なのお前らだから。


「クラウス……もし良かったら……これ使って」


 そう言ってオフェリアが心配そうに、解毒薬を渡してきた。

 俺が馬鹿なのは毒のせいじゃないから。

 てか、それが治るのならお前らが飲め。


 だがまあ……確かに彼女たちを危険に晒すわけにもいかないからな。

 要するに、もっと広範囲に索敵できれば問題ないと。


『クラウス! もっと敵を早く見つけたいのなら、良い方法があるよ!』


 そう言ってチェルノは……モヒメットを出してみせる。

 なるほどな〜、俺がかぶればチェルノの視界も広がるし、このトサカがアンテナ代わりになるって算段か。

 若干アルコールが回っていた俺は、正常な判断ができずそれをかぶる。


 そして敵を探すため、キョロキョロとモヒカンを揺らす男を見た彼女たち。


「「「ギャハハハ!」なにそれぇ!」やっぱクラウス馬鹿だったぁ〜!」


 お前らのためにやってんだよ!

 もうヤケクソになる俺。

 リュックから先日大蛇から手に入れた白いマントを取り出し羽織ると、そばの岩に座って、


「すいません、もみあげは残してもらっていいですか?」


 そうボケて見せた。

 これはウケるだろうと思っていたのに、彼女たちの反応は、


「あれぇ〜、クラウスが消えたぁ〜! たいへん!」

「きっと恥ずかしいの……」

「つながってる首輪を引っ張ればいいのよ!」


 首輪ってなんだ……俺は犬か?

 息を合わせて四人がその腰につながっているものを引っ張る。


「あだだだだ! おい全員で引くな!」


 四方から引っ張ったら痛いだろそりゃ。


「急に出てきた! なにそれ消えるマントなの?」

「紐で繋がれてるのに……馬鹿ねぇ〜」

「クラウスは隠し芸いっぱい持ってるの」


 このマントは姿を消すことができる効果だったのか。

 無駄に滑ったじゃないか……まあいいや。

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