第28話 女学生と探索篇3「レイラ」


 探索十二日目

 泥酔珍道中を始めて、いつの間にか二日ほど時間が経ってたらしい。

 夜通しどころか、二日越しでドンチャンやってた訳だが……ここは一体何層だろうか。

 全く記憶がないぞ?

 というかね、頭が痛い……完全に二日酔いだなこりゃ。

 いや、三日酔いか。


 あと変わったことといえば、俺がこの三日間背負ってきたレイラの様子がおかしい。

 何故か俺が「大丈夫か?」と声をかけても返事はおろか、

 赤いフードを深くかぶり、顔を見せようともしないのだ。


 まだ全快ではないと判断した俺は逃げようとするレイラを捕まえると、

 一応大事をとって今日も背負うことにした。


 だが目の前に広がる厳しい現実。

 この階層不明の場所は……城門を想定したかのような作りをしていた。

 見渡す限りに続く城壁の中央には、巨大な木製の門がそびえ立ち、

 その城壁の前の堀には、立派な橋が架かっていたのだ。


「ご丁寧に城壁の上に、弓兵まで配置されてるわねぇ」

「私たちの射程まで門に近づくと、矢の雨が降ってきますの」


 見上げると確かに城壁の上には、狼の顔をした魔物が三十匹ほど弓を持ってこちらを睨んでいた。


「私の攻城兵器の出番ですわ! クラウス、やっておしまいなさい!」


 いつの間にメルセデスの道具になったの俺。

 ていうか、君たち魔法使いでしょ?

 確か矢を完全に防ぐ風魔法があったはず。

 アレルシャが使ってた、風の玉いっぱい出すやつよ。


「矢を防ぐ魔法があるだろ? 城門突破なんて弓術師の仕事じゃない」


 そう言って抗議する俺。

 それ以前に俺は今、レイラを背負っているため両手が使えないのだ。

 最初に担ぐと言っておいて、やっぱり邪魔なんで降ろしますとか、かっこ悪くて言えません。


飛矢防御アローオブレジストのこと? 使えるのがエメリーだけだから却下」

「クラウス……あれは風玉を密集させて効果を出す魔法なの」

「つまりぃ、PTが分断される可能性のある集団戦では危険な魔法なのだ! じょうしき!」

「いいから早くレイドラを降ろして弓ぶっ放しなさいよ」


 ぐう……あの風玉にそんな弱点があったのか。

 だが納得のいかない俺は、しつこく食いさがる。


「俺が背負っているこいつは調子が悪いんだぞ? 降ろした後に門からワラワラ敵が出てきたらどうするんだよ」


 大規模な攻城戦にでもなったら、逃げることも容易ではなくなるのだ。

 もちろん否定するだけなら誰でもできる。

 ここで代案を出す俺。


「夜戦に持ち込むという手もあるぞ? 俺の迷彩マントだってあるんだ」


 先日、偶然にも効果を確認することができた白いマント。

 自身の姿を消せるという、そのアイテムがあれば城内に潜入することも可能だった。


 こっちは少人数のため、橋上戦になるバリスタでの強行突破もありなのだが、

 相手の人数や内部構造を事前に知ることのできる潜入も有効な手段だった。


 だが自分たちの意見を曲げたがらない四人組の女学生たち。

 俺から少し離れると、円陣を組んで話し合いを始めてしまった。

 こっちを説き伏せるつもりだろうか?


 さらに遠巻きに俺たちを見ていたウィルは、なぜかにこやかに笑顔を浮かべて「うんうん」と頷いていた。

 お前は教師か何かのつもりか……


『ボクは無音歩行と迷彩マントで潜入も楽しそうだけど……バリスタでやったほうが早いと思うけどなあ』


 俺一人になった途端、短剣になってもらってるチェルノがしゃべりだす。


「別に夜戦のほうが良いなんて思ってないぞ」


 誰が好きこのんで潜入なんてしたがるかよ。

 今はただ……時間が欲しいってだけだ。

 そう言うと俺は、少年をわざとらしく背負い直す。

 フーンとだけ言うと、黙り込むチェルノ。


 彼女たちの作戦会議はどうなったのかと、眺めている俺の耳に、


『うええ————ぃ!』


 などという意味のわからないチェルノの奇声が聞こえてくる。

 どういうこと?

 俺は一体、どう解釈すれば良いのそれ?


「なんだ急に! 何が言いたいんだ?」


 聞くしかなかった。

 というか、聞いておいた方が良い気がする。


『あ……いあ、何でも……ある』


 あるんかい!

 あるって、敵襲か?

 もっと具体的に言ってくれないとわからんぞ。


『いや……ボクからはちょっと……』


 口に出して言えない敵ってどんな風貌なの?

 服を着てない破廉恥な魔物とかか!

 やばいぞ、それはかなりやばい、確かにそれは口にできない……って、服を着てる方が少数派だよね?


 もう存在自体が破廉恥なウィルに聞くしか!

 俺はその恥ずかしい男の元へと駆け出すと、


「おいウィル! 口に出せない魔物ってどんなやつだ?」


 急に駆けつけ、真剣な顔でそう聞く俺に、

 ウィルは「何言ってんだお前」という怪訝な顔で返してくる。


「あのなクラウス……俺があれほど川の水を飲むな……って……うええ————ぃ!」


 お前もかよ!

 とんでもなく驚いた表情で、俺を指差すウィル。

 いや、俺じゃないな……後ろ?

 俺の背負っている少年を指差していた。


 何が何だかもう意味がわからないが、一度背負っている彼を降ろすことに。

 進化か? 「うええい」ってどんな進化よ。


「おいレイラ、大丈夫か……って……うええ————ぃ!」


 俺の視線の先に、ちょこんとたたずむレイドラの姿が。

 ごめん、今まで可愛い少年の姿だったんで「レイラ」って呼んで小馬鹿にしてたけど、

 今この瞬間からレイドラに戻させてもらうわ。

 なぜなら……見た目がもう少年じゃないのだ。


 今までと同じ薄青の髪だけど……くせ毛のショートカットだったよね?

 それが今は、肩まで伸びた内巻きくせ毛のセミロング。

 羽織っていた長いフードコートと短パンが、

 不思議なことにスカートと、それをなんとか覆うことのできる赤頭巾の付いた可愛らしい服になってた。


 睫毛の長い大きな瞳にいっぱいの涙を浮かべながら、不安そうにたたずむその姿。

 将来美人になりそうな女の子だったが、こいつは男……え、どっち?


「人間の性別が急に変わるわけないじゃない。レイドラは間違いなく……男よ」


 いつの間にか横に立つメルセデスが、そう断言する。

 続けて、


「そしてこの子は、持ち主の趣味に合わせて変化する宝具でもある……つまり」

 

 その場にいる全員が、俺を見てきた。

 ちょっと待て、いろいろおかしいぞ。


「なんで俺を見る! だいたい主人は俺じゃないだろ? それ以前に俺は……ホモでもなけりゃロリコンでもねえ!」


 レイドラが主人の好む姿になるってんなら、それは俺じゃないってことだ。

 目に涙を浮かべながら、ずっと俺を見ている少年と思わず目が合う。

 口を噤んだ感じがとっても可愛い……いやそう言う意味じゃなくて。


 俺と顔を見合わせていたレイドラは、意を決したように目を閉じると、俺の前までトコトコと近づいてきて、


「クラウス様……この間は荷物を押し付けてしまって……ゴメンなさい」


 は? 荷物を押し付けた?

 いやあれは魔術が使えない奴が荷物を運ぶっていう、正当なルールの下での話だろ。

 あ〜びっくりした。

 急に近づいてきて何を言い出すのかと、内心ドキドキだったよ。


「荷物は自分の意思で持とうと思っただけだぞ? そんな事を気にしてたのかレイドラは」

 

 そう言って笑いながら、少年の頭を撫でてやった。

 可愛らしい弟ができた気分だった……弟が!

 俺の許しを得て心が晴れやかになったのか、

 レイドラは満面の笑みを浮かべると、俺に抱きついてきた。


 なんか感触がぷにぷにしてた。

 う〜ん、柔らかい……男なのに。


「さて、クラウスのロリホモ趣味が露呈したところで……城塞攻略に移ろうか」


 どうでもいいから早く先へ進もうと言わんばかりのウィル。

 いや、どうでもよくないから。

 二ついっぺんに疑惑をもたれる俺の身にもなれ。


「幸せになりなさいレイドラ。でもね……体だけは最後まで守り通すのよ!」

「男はみんなケダモノ……」

「やられる前にやれ! です!」


 もうすでに疑惑が確信に変わってるじゃねえかよ!

 「はい!」という元気な声で返すレイドラ。

 何がハイなの? どこに対してなの?


 はあ〜、前途多難だ。

 神は確か「女の子を保証します」って言ってたぞ?

 だいたいまだ一万切ってなしな〜、どうなってんだ……


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