第7章 テレスティア


 まだ夜も明けきらぬうちに目が覚めたクラウスは一人ベッドに座る。

 もう一度眠ろうとは思わなかった。

 今日から予定している二層攻略のことで頭がいっぱいだからだ。


 食料は当然として、武器もある。

 問題なのは、今きている大きめサイズの服と防具だ。

 服はなんせ、伸びきってダバダバになってしまってる。

 半年以上同じ服を着てればそうなるか。


 まあそれは買い換えるとして防具だな。

 あの狭い迷路のような二層で戦闘になれば、必ず接近戦になるからな。

 最近はまあ、体は締まってきたような気もするが、甲冑は正直無理だと思う。

 俺に似合うわけがない。

 チェルノに頼れなくなるが、全身を羽織るローブがいい。

 別にローブ着て盾持って接近戦繰り広げてても、見てるやつなんざ誰もいない。

 おっと師匠からもらった指輪を確認しとくか。



 クラウス・28910 位

 Lv 18・無職・到達階数 : 2 所持金:1,015,000

 STR : 11(+5) CON : 11(+5) DEX : 11(+6) AGI : 11(+5) INT : 11 WIS : 11

 魔術(火 : Lv1 水 : Lv1 土:Lv1 光 : Lv1 闇 : Lv2 聖:Lv3)

 剣術:Lv32(二刀:Lv27 両手:Lv36)弓術 : Lv15


 チェルノ・(契約:魔法生物)

 Lv 16・液体金属・到達階数 : 2

 STR : 0 CON : 6 DEX : 14 AGI : 22 INT : 16 WIS : 17

 魔術(雷:Lv2 闇:Lv2 聖:Lv3)



 筋力に体力、それに器用さと素早さが5増えてる……

 かなり強力な指輪をいただいたものだ。

 両親とチェルノ、それに師匠。俺は弱いがとことん周りに恵まれていると思う。

 今は感謝するぐらいしか出来ないけど、いつか強くなった姿を見せたいものだ。


『もう起きてるの? 早いねえ』


「ああ。行くのが楽しみすぎてな」


 起きてきたチェルノに、笑ってそう答えてみせた。

 しばらくして表通りが賑わい始めた頃、朝食を済ませた二人は宿を後にする。


 いつもの雑貨屋に向かった。

 またまた一週間分の食料を購入した。いつものやつだ。

 カウンターで二層から十層まで攻略する話をしたら、罠と毒の対策がいると言われた。


『ボクに毒は効かないよ』


「うん、なんとなくわかってた」


 チェルノはほっといて、解毒薬を2個購入した。

 もっと買えって? 重い。

 罠は装備でなんとかしよう。


 続いて武器屋に寄った。

 フードがついた重装備のローブを頼んだが、無いと言われた。

 品揃えの悪い店だった。

 フードコートに薄い金属板を編み込んだチェーンローブならあるらしい。

 持ってきてもらった。

 紺色の生地に、縦長の板がいこんである感じのローブだった。

 サイズも大きいし即決で購入した。ついでにインナーも購入。

 矢の出る罠ぐらいならなんとかなりそうだ。


 最後に魔法書店。

 二人が覚えた本は買い取ってもらった。

 チェルノに欲しい本は無いのか聞いてみた。


『どうも闇、聖、電の順で適正っぽい。解毒の魔法とかどお?』


「言われて気づいたわ。それいいな」


 そういやそんな魔法あったな。

 Lv2魔術書『解毒治療キュアポイズン』を店の人に持ってきてもらった。


 店であれこれ買うのは、今回が最後になるんでは無いだろうか。

 少なくとも武器屋にも書店にも用事が無い。

 あとはダンジョンで手に入れるしか無くなっていた。



   —



 半年ぶりに挑むその入り口にたたずむ。

 まさか到達階数が2で半年もかかるとは思ってなかったな。


 などと感傷にふけっていたら、なぜか職員に呼び止められた。

 ギルドに登録してから入るように、と言われた。

 半年も見ないので忘れられてるらしい。

 かなり凹みながらもなんとかカードを見せた。

 最後まで「こんなやついたか?」という感じだった……凹む。


 階段を降りて二層に到着。

 石のレンガで構成された広場を、松明の光が照らしていた。

 剣をなんとか振れる程度の幅しかない、狭い通路が四方に伸びている。


「チェルノ。ブロードソードと盾を頼む」


 このフロアは盾装備で挑むと決めていた。

 今気づいたがチェルノ死んだら俺も死ぬよねこれ。

 装備なくなるんですが。

 そんな心配を他所に、変身してくれたチェルノと共にまずは、


「北から適当に進むか」


『マッピングは?』


「そんなもんねえ」


『……』


 近場を回ることにした……。

 とりあえず進んでまずは一つ目の曲がり角に差し掛かる。


『サイレントウォーク』


 お前がやるんかい……まあいい。

 道の先は薄暗かった。広場の光が照らすのはここまでらしい。

 だがライトを詠唱するのは躊躇ためらう。

 この魔法って敵に「ここにいますよ」って言ってるようなもんだぞ?

 先に確認したほうがよさそうだ。

 慎重に、曲がり角の先を覗いて見る。


 なんかいた……木人形か?

 人の形をしたそれが先の通路の中程をカタカタと歩いていた。


 魔法生物ってやつか。

 しかしなんか……弱そうなんだが。

 歩くのが死ぬほど遅いそいつは、まだこっちに気づいていない。


「ライト」


 光の玉が二つ、上空に浮遊する。

 信じられないがまだ木人形はこっちに気づかない。

 仕方ないので迎えに行った。


 盾の先で思いっきり、ひっぱたいてみた。

 ボーリングのピンみたいに吹っ飛んだ。


『なんか……ちょっと』


「弱いね」


 一層で一ヶ月てこずった俺って……

 なんとも言えない気持ちになった。


 引き返して降りれるまで降りた。

 九層まで降りれた。十層はボスか?

 とりあえずここで狩りして、無理そうなら上に上がるという感じでいこう。


 九層のフロアに降り立つとそこには平原が広がっていた。

 三階建の家屋ほどある石造りの天井を、等間隔に並ぶ石柱が支えていた。

 光源は無い。今は階段から漏れ出す松明の光と俺の魔法の照らす範囲しか見えない。

 石柱同士をつなぐ壁がうっすらと見える。一応迷路ということなのだろうか。


『すごく嫌な予感がする。骨が動くとか』


「俺も。墓場から死体とか」


 とてつもなく不気味な雰囲気だった……憂鬱ゆううつ)だ。


 とりあえず装備どうすっかな。

 広いフロアだと遠距離なんだが、矢が骨の間をすり抜けそうだ。

 そう……相手が骨なのは決定事項だ。

 逆に向こうに弓を使われると辛い。

 盾一択、今のままでいいか。


 サイレントウォークとライトを詠唱し直してとりあえず進んでみた。

 俺のライトはかなり明るい方らしい。

 それでもこの薄気味悪さは半端じゃない。

 歩いてるだけで精神力がガリガリ削られていく。


『なんかいる。いっぱいいる。一度物陰に隠れた方がいい』


 うおお、緊張する。

 進んでた道を少しばかり戻って石柱に身を潜めた。


 でもライトの魔法のせいで俺の周りだけ明るいのだが。

 だが今更そんなことを気にしても遅かった……


 一つ先の石柱の陰から、今ははっきりと見える光があった。

 その光源が近づくにつれ次第に大きくなるうめき声。

 オーケストラの合唱団を思い起こさせるように轟く声は、尋常ではない敵の数を物語っていた。


『誰かが敵を引き連れてるみたいだね』


 俺の発する光源を頼りに近づいて来てるのだろうか。

 もしくは俺が、その誰かの通り道に居合わせたのだろうか。

 いずれにしろ巻き込まれる恐れがある。

 ありとあらゆる展開に対処する必要がありそうだった。


 俺は石柱から堂々と姿をさらけ出すことにした。

 完全に位置を知られている状況で、隠れる意味などない。

 選択肢としては戦う、もしくは逃げるしかなさそうだ。


「遠距離は居なそうだな。チェルノ、大剣で頼む」


『戦うの?』


「いや、基本逃げるが敵の足は遅そうだ。多人数戦を試してみたい」


 予想より近づいてくる速度が遅い。

 しかも魔法や矢が飛び交っていないところを見てそう判断した。

 かなり危険な行動だとは思うが、集団戦で威力を発揮する大剣を試してみたい。


 だが本当のところは・・・人助けがしたかった。

 うとまれ続けて来た俺だって役に立つんだ。

 それを証明したかった。


 大剣を構えた俺の前に、騒動の元凶である人物のシルエットが浮かび上がる。

 女の人・・・いや、おばちゃん?

 思わずそう思ってしまった。

 まず女性だろう。修道女の法衣を身にまとう男は見たくない。


 だが、その走る姿が非常にまずい。

 必死に逃げるためなのか、法衣の裾を両手で持ち上げた先に見える脚。

 その脚がまあ何といえばいいのか・・たくましく大地を蹴り抜いているというか。


 女性の後ろには人の骨の群れがいた。

 スケルトンって奴か?

 二十体近くに上る数の人骨が、呻き声を上げながら彼女に追従していた。

 人骨の中には剣や盾などを装備しているものも混ざっていた。

 さすがに無理だ。

 いくらなんでも数が多すぎる。


 逃げてくる女性は相当は距離を走ってきたのだろうか、服装もかなり乱していた。

 俺の前まで来ると目に涙を浮かべ、


「お願いします! 助けてください!」


 その声を聞いた俺は……既に走り出していた。

 女の人にお願いされたことなんて今まで一度もなかった。

 この人は他の誰でもない……この俺を頼りにしているんだと思うと、

 さっきまであった恐怖心なんて吹っ飛んでしまった。

 世の中の男なら、誰だって実力以上の力がを発揮できると思う……


 俺にはチェルノの大剣や、師匠の指輪だってあるんだ。

 やってできないことじゃない。

 死ぬ気で暴れてやる。


 扇状に広がる人骨の端に、離れるようにいる三体に目を付けた。


 敵の目の前ギリギリで踏み込み『裂土クラック』を詠唱する。

 地面に稲妻のような亀裂が走った。

 その亀裂に足を取られ、体制を崩す敵を横薙ぎに一閃。

 すぐさまチェルノが『電導コンタクト』を詠唱してくれる。

 しびれた相手はわずかだが動くことができない。

 その僅かにもう一撃を叩き込んだ。


 大剣のチェルノと俺には、この連携以外の持ち合わせは無かった。

 と言うより今の所、これが最善手だった。


 三体の敵を倒すと全力で敵集団の周りを走った。

 数体の塊ができたところに飛び込んですぐさま連携を食らわせる。

 囲まれればさすがにアウトだ。

 だから必死に走った。


 最後の一体を倒した時には、すでに動く気力はなかった。

 激しすぎる鼓動で心臓が破れそうだった。


『おつかれ。敵はもういないよ』


 そうか・・と言い返す元気もない。

 でも俺は人を助けることが出来たんだ。

 そう思うと不思議と疲れが癒されていくようだった。


 程なくしてなんとか落ち着いた。

 辺りを見回すと誰もいなかった。


『女の人? 助けてって言った後、そのまま走って行ったよ』


「そ、そうか。別に感謝して欲しくて助けたんじゃないしな。もう敵がいないか確認しただけ」


『そう? いつもより頑張ってるように見えたよ』


「俺はいつだって頑張ってる」


 そうだ。ただ人の役に立ちたいと思ったから助けただけだ。

 助かった女性がいる……今はそれで十分。


 まだまだ「ランキング順位1万」なんて先の話だし……

 何より、俺には待ってくれている女性がいる。



   —



 大剣を手にした、紺色のローブの男を見ている女性がいた。

 先ほど逃げまくっていた女だった。


 高位の聖職者として崇められていた彼女はいつも自分の実力に恐怖を抱いていた。

 いつか人々が、私の実力のなさに幻滅してしまうのではないか。

 そして、私よりも力のあるものに職を追いやられるのではと。


 彼女はいつものように神官としての服装ではなく、修道女の服を着てここへ降り立つ。

 そして得意魔法の『死者還りターンアンデッド』を使い、修練を重ねていた。

 今日は調子が良かった。

 普段通りであれば、疲れが出始めるタイミング。

 まだ大丈夫、今日はもう少しだけ頑張ろう。

 だが、その油断が命取りとなった。


 二体のスケルトンを同時に見たとき、平静を失ってしまった。

 魔法が成功しない。

 余計に焦りが出でミスにつながる。

 そのミスが近場の他の数体を引き寄せた。


 逃げるしかなかった。

 早く走るため、わずかに立ち止まって裾を持ち上げる。

 そこになぜか両方の脇から聞こえる声。

 後方全体からとどろく負の感情。

 振り向くと既にそこにはおびただしいほどの敵が呻き声を上げていた。

 血の気が引いていく。

 やだ、死にたくない……階段まで必死に逃げた。


 逃げる先に光が見えた。

 他の冒険者がいることは明白だった。

 助かった……涙が出そうでした。

 真っ直ぐに、そして無我夢中に走った。

 そこには、

 ——大剣を持つ、ローブ姿の魔術師が立っていた。


 私の後ろから迫る、夥しい数の敵が見えてはいないの?

 お願い! 逃げ切れるように手を貸して!


「お願いします! 助けてください!」


 敵はもうすぐそこまで来ていた。

 なんとか絞り出した声を発すると、またすぐに走り出す。

 もし囲まれでもすれば最悪、命はないのだ。

 なのにその男は長い髪をなびかせて、

 ——私を救うため、敵の中へと其の身を投じた。


 目の前で繰り広げられていた光景に唖然としていた。

 大地と雷撃の多重詠唱を何度も繰り出し、グレードソードを軽々と振り回す。

 何体もの魔物を同時に吹き飛ばして、次の獲物へと風のように動き回っていた。

 そんな戦い方は聞いたことがない。


 しばらく柱の陰で見守っていると、敵を殲滅させた彼はその場に立ち尽くしていた。

 そう、私を救うという使命が終わったからだ。


 彼をねぎらいに行こうと思い、ふと自分の姿を確認する。

 泥々の修道服、走ってバサバサの髪。

 しかも逃げるのに必死だったせいで、脚をき出したまま走り回る姿を・・・。

 見せられない・・こんな姿をさらけ出すわけにはいかない。


 いつ死んでもおかしくない状況だった。

 神が私をお救い下さったとしか考えられない。

 私を救うためだけ、それだけのために彼はこの九層にいた。

 間違いありません。あれほど強いお方がこんな低層にいる訳がない。


 そんな彼に嫌われたくはなかった。

 普通であれば感謝の言葉を贈るのが常識ではある。

 だがその常識を投げ打ってでも嫌われたくなかったのだ。

 つまり私は……聖女テレスティア・ヴィヴァルディは……。

 彼に愛されたいのです。

 なぜなら私は……彼のことが……好きになってしまったのです!




   —




『ねえねえ、クラウス』


「なんだ?」


『そろそろ髪切ったほうがいいんじゃない?』


「まあなあ。邪魔だしなあ」


 髪が長すぎて不潔に見えたのかもしれな……

 いや、別に凹んでるとかじゃないし。



 まだ見ぬ女性に清潔になろうと誓いを立てるクラウスであった。


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