第8章 マリエッテ前編


「チェルノぉ!たて!たて!盾出してくれ!」



 ——ガキィン!



 あぶねえ!

 でもこの状況って……地味にやばくないか?


 各階、膨大な広さを誇るダンジョンの九層に彼らは……まだいた。

 平原のようなおもむきに天井を支える石柱がそびえ立ち、

 その柱同士をつなぐ石壁が見える部分もあることから、巨大な迷路のだと思われる造り。

 夜には全ての光を失い、死者が徒党を組んで徘徊する。

 だがそれは夜だけのことだった。


『昼夜があったんだねえ』


「言ってる場合かよ! どうやって倒すんだあれ」


 遠距離攻撃のない人骨を、ついさっきまで調子に乗って大剣でボコボコにしてた。

 ところが天井が明るくなってきた途端、敵の様相が変わったのだ。


 ラット? カンガルー?

 そんな感じの動物が、集団で……矢を放ってきてた。

 防ぐことはできるが反撃できないのだ。

 追いかけても一定の距離を取られ、無理に追いかけようとすると背後を取られて全方位射撃を食らう。

 ……逃げるしかなかった。


『あそこに遺跡みたいなのがあるよ』


 平地では弓に勝つ方法はないに等しい。

 なんでもいいから障害物が欲しかった。


「行くしかないだろ」


 罠の可能性も十分あった。

 こんな状況では誰だって逃げ込むからだ。

 だが夜まで、あのカンガルーから矢を防ぎきることは到底不可能だった。


 敵から射線が柱の陰になるように位置どった瞬間、一気に駆け抜けた。

 敵の足も早そうだが全力で走りながらでは矢を放つのは難しい。

 からくも遺跡の入り口に侵入することができたクラウスたちはまだ背後の様子を伺っていた。


「中まで追ってくるか?」


『そこまで頭悪いかなあ』


 これで手榴弾とか投げ込まれたら泣くぞ。

 ……おいフラグじゃねえぞやめてくれ。


 しばらくしてラットカンガルーたちは追跡を諦めたのか、散り散りになっていった。

 なんとか落ち着きを取り戻し、息が整い始めたところで改めて中の様子を伺う。


 入り口はここしかないようだ。

 体育館ほどの広さのある空間の中央にポツンと像が建っていた。

 大きな石牌の上には……巨人族の像だろうか。

 筋肉隆々なその石像は、3mほどもある弓を片手に威風堂々と立ち尽くしていた。


 その足元の石碑には何やら見たこともない文字が書かれていた。


『弓こそ偉大なり。大剣? 何それ? って感じ』


「嘘つけ、適当なこと言うんじゃない」


『たぶん九割はあってると思うよ』


「まあ……ありえる」


 あのカンガルー共はもしかして、初めからここに追い込むのが目的だったのかと思うと、なんか腹が立ってきた。

 チェルノは材質が木製の弓を取り込めない。

 だからどうしても使いにくい武器という位置付けになってしまっているのだ。

 矢も500本ほどしか持てないしなあ。


『ねえねえクラウス』


「なんだ」


『この弓もしかして金属でできてるんじゃあない?』


「こんなでかい弓使えないぞ? だいたい食べたらこの像の存在意義が……」


 話を聞かないチェルノはそのまま巨人像に這い上がっていった。

 そして何の躊躇ためらいもなく……召し上がる。

 ついでに矢筒に入っている矢も金属だったらしく一緒に美味しく召し上がておりました。


 もはや何が言いたいのかさっぱりわからない巨人像を背にチェルノが降りてきた。


『ちょっと引いてみる?』


「絶対無理だぞ? でもちょっと気にはなるな」


 3mもある弓なんてインパクトありすぎて無茶苦茶目立つだろうなと思う。

 ちょっとワクワクしながら手を出してみた。

 

 俺の手に掴まれている弓……でかい。

 と言うよりさっきと色が違って凄い真っ白だった。


『もともとは白だったみたい。その上に石っぽい何かを塗られてたのかな?』


「白い金属ってなんだろうな」


『さあ?』


 塗装はチェルノに再現できないからなあ。

 作った本人が知らないのならどうしようもない。

 まあとりあえず引いてみることにした。


 構えに入るため、弓を立ててみる。

 足元ギリギリだがなんとか中央が目線に来る。

 指をかける……なんとか握れるぞ。

 引けたらいいな……というか引きたい、お願い。

 そう誰かにお願いしながら引いてみた。


「フンヌウ!」




 ……


 全くビクともしませんでした。



   —



 夜を待って一度宿屋に帰ってきた一行。

 チェルノはどうしても弓を使って欲しいらしい。


『腕力か弓術上げれば、何とかなるんじゃあないの』


「そう言われてもなあ」


 全くビクともしなかったのだ。

 あと少し、とかならまだ分かるんだが。

 諦めきれないチェルノのために何かできればいいが……


 そういやこの宿の地下に酒場があるらしいな。

 俺は正直に言うと酒場と言われるような場所には一度も行ったことはない……だがものは経験だ。

 情報収集とかも出来るし行ってみるか。


 宿屋のロビーへ向かうべく階段を降りる。

 フロントに聞くまでもなく、反対側の通路の先に『ウィーンの酒場』とかいてある。

 これで酒樽さかだるとか売ってる店だったらどうしよう。

 とにかく入ってみることにした。

 チェルノには短剣になってもらっている。


 中には十ほどの椅子が並ぶカウンターと、あとは五つほどテーブルがあった。

 木の匂いを漂わせている洒落た店だ。

 中程のテーブルに女の客が三人と、カウンターには一人の男性。


 まあまだ日が暮れて間もない。

 繁盛するのはここからだろう。

 俺は構わずにカウンターの奥へと座った。


「ビールを。あと何か軽いものを」


 というかビールしか知らん。

 そしてなんか食いたかった。

 近くにいたバーテンにそう話すとなにやら準備し始める。


 しかし……あの女共はうるさいな。

 女三人寄ればかしましいとはこういう時に使うのか。

 まあ話を聞くのも目的の一つだし、様子でも伺いますか。


「一度や二度ダメだったからって次もダメとは限らない。そうでしょ?」


「アメリアには分からないのかもねえ。男は一度口にしたことも守れない生き物なのです」


 男の話か?

 見るところ美人な三人組だと思うけどな。

 黒い服着てるのがアメリアってやつか。

 まつ毛が長くて若干ケバケバしい感じもするが。


「何ぃ〜? マリエッテ。また振られたんですかぁ?」


「ええ。魔石が欲しいっていうから88層でパーティー組んであげたのに、名前持ちが出たら速攻で逃げたのです。私を置いて」


「ステイシー! 余計なこと言わないの! そう思うでしょ?」


 なんで逃げたし。

 こいつら相当強いのか?


 真ん中のドレスを着たハンマー持ちがマリエッテらしい。

 長い藍色の髪に色っぽい仕草。

 寄ってくる男は多そうだが逃げるところを見るとなんかあるのか?


 最後の茶髪のショートカットがステイシーらしいな。

 町娘のような格好をした間の抜けたような女だ。

 たまにこっちに視線を流すところを見ると、多分相当強い。

 見た目で判断するなということだ。


「わたしが言いたいのは一つなのです。男は自分の言ったことが守れない」


「そこはマリアッテの言う通りよ〜。『男に二言はない』っていうやつほど八言目まで行くからねぇ」


 どこまで行くんだよ。

 ただの愚痴大会じゃねえか。

 もう聞いてられん。

 食いもんまだか。


 そう思いカウンターの先を覗こうとする。

 狙ったようなタイミングで持ってきてくれるバーテン。

 そこにはグラスに注いだビールと、皿にはナポリタン・・・大盛り。

 軽めっていったのに。


 ビールを口に含む。

 さらっとした透明感のあるビールだった。

 そして腹が減っていた俺はガツガツ食った。


 は!

 まさか俺が腹が減っていたことも酒にあんまり強くないことも見越してのチョイスなのか。

 バーテンを見やる……ニヤつくバーテン。

 さすがっす……いい仕事されてますね。

 すかさずグッジョブハンドサインを贈った。

 同じサインが帰ってきた。


 俺はこの酒場が気に入ってしまった。


 程なく食事を済ませた俺は残ったビールを飲み干す。

 去り際に、


「美味しかったです。また寄らせてもらいます」


 そう言って少し多めにお金を置いていった。

 お待ちしております、という一礼を背に受けながら店を後に……


「おとこがまた来るってぇ!」


「何ぃ〜、じゃあもう来ないですわねぇ〜」


「不味かったってこと? ひどぉいー、そう思うでしょ?」


 思わずカチンときたがここは聞きながさないと俺の方がカッコ悪い。

 何も聞いてない……俺は何も……


『クラウスちょっと戻って』


 何でお前が切れてんの。

 戻ると俺が恥を掻くのよ。

 女性の戯言を聞き流せない男なんて心が狭いよねーとかになるのよ常識。


 そういや何しに来たっけ?

 ああそうだ。

 腕力か弓術あげる方法だった。

 まあよく考えたら酒場で聴ける話じゃなかった。


「明日また弓術のレベル上げに潜ろうか」


 そう言って話をそらせたがチェルノの機嫌はなかなか治らなかった。

 やれやれ……何とかあの白い弓を使えるようにせんとなあ。



  —



 昨日は部屋に帰ってゆっくりと疲れを癒した。

 チェルノも疲れていたのかもしれない。

 早速、部屋に置いてあったロングボウを片手に宿を後にした。


 雑貨屋で食料と矢を500本購入していざ出発。

 ダンジョン入り口でギルドに一応「入りますよ」と言っておいた。

 また止められたら立ち直れない。

 覚えていたらしく「どうぞ」と言われた。


「九層で弓はきついから、八層から試すか」


『おっけー』


 機嫌も悪くなさそうでよかった。

 弓の場合はチェルノは必要なくなるので、またショートソードになってもらってる。


 この八層は他のフロアとはまた違った様相を見せていた。

 薄暗いが光源はあるらしく一面を見通すことができる。

 舗装されていない道路のような薄茶色の足元には所々大きな石が転がっていた。


「見る限りは弓が通用しそうだな」


『視界は十分だねえ』


 今日の目的は弓の熟練度を上げることだ。

 この武器で相手が倒れてくれればそれでよかった。


「ねえあなた」


 後ろから声がした。

 正直かなりびっくりした。

 それぐらいこのダンジョンの低層では他人との接触が少なかったのだ。

 まず俺に向けての言葉だろう。

 一応振り向いて見せた。


「俺ですか」


 げえ!

 視界に映る三人の女性を見て、思わず心の中でそう叫んてしまった。

 酒場の三人組だった。


「もしかして……弓術師ですの?」


 ふむ……どう答えるべきか。

 弓だけは持ってこないと使えない。

 他の装備ならば隠すことはできるが、これはそうはいかないのだ。

 違うと答えれば不自然になってしまう。


「そうですが何か?」


 やっぱり……という風の女達。

 どんだけ肩落とすんだよと思ったが余計なことは言わない方がよさそうだ。


「このフロアで弓が通用すると思って? 何考えてるのかしら。そう思わない?」


 確かアメリアとかいう魔術師だったな。

 気違い認定発言とは……上等じゃねえか。

 だが……こいつら確か強かったよね?

 回避だ……ここは逃げの一手だ。

 火種を燻らせないよう慎重に言葉を選ぶべきだ。


「そうなんですか。一応各フロアを試してみようと思ってるだけで……七層にでも行ってみます」


 露骨にイラついているようだった。

 なんだよ……ほっとけと言いたい。


 こいつらとは一秒も一緒にいたくなかった。

 早々に踵を返して立ち去ることにする。

 だが木槌もちの・・マリエッテだったか? が一歩前に出てきて、


「弓使いはお呼びじゃないのよ! 一層でウサギのケツの穴にでも狙いをつけて、死ぬまで遊んでな」


 ブチ切れそうだった。

 なんだこいつら……男が嫌いだからって、他人にまで当たることないだろうが。

 逃げた奴の腹いせに俺をいびろうって話だろうか?


 微動だにしない俺を置いて、三人組の女たちは気を良くしたのか八層へと歩を進め始める。

 我慢だ……80層とか行く連中だ。

 何か思うことでもあるのだろう。

 自分に必死にそう言い聞かせていた。


 そんな必死に我慢している俺を無視する存在が、


『待ちなよ!』


 と叫んでいた。


 おいい! もう俺は知らんぞ。

 ボコられるのは構わんが、できれば穏便に済ませてくれ。


 鬼のような形相で振り返ってくる三人組。


「何? 帰り方でも聞きたいわけ? そこの階段上がるだけですのよ」


 チッ、こいつら人をイラつかせることだけは一流だな。

 だがそんな挑発に乗りに乗りまくる相棒は、


『約束しろ。このフロアを弓で狩りする事ができたら、二度と男を馬鹿にしないってなあ!』


 おいまじかよ!

 3mの弓を装備できたとしても、まだこのフロアに何が出るかも解ってないんだぞ!


 顔を見合わせている三人が一斉に笑い出す。

 絶対にありえないって感じだな。


 木槌持ちのマリエッテが心底楽しそうに話し出す。


「そうねえ。一週間後にここで待ってるわ。すぐ死んじゃわないように守って差し上げます」


「だねぇ。私たちにカッコつけて死なれても夢見が悪いしぃ」


 一週間でどうにかしろってことか。

 しかも通用しないことが前提って一体……


「で? 聞くけど矢が通用しなかったらどうすんの? あんた。そう思わない?」


 そう聞いてくるアメリア。

 部のいい掛けなんだからそこは見逃してほしいな……

 負けじと対抗意識を燃やしまくるチェルノが、


『生涯弓を使うことを禁止するよ』


 もうだめだ……絶望だ……

 せめて生涯じゃなく一週間にはならんだろうか?


「いいんじゃないかしら? 弓術師が弓を捨てられるわけないでしょ? 弓で倒すって嘘ついて、生涯使わないって言いながら使えば? そう思うわぁ」


「やっぱ男って二言じゃ足りないのよねぇ」


 まあ言われれば確かに、最初をつまずけば嘘が積み重なっていくということか。

 変に納得してしまってる俺。


『一週間後だぞ……逃げるなよ!』


 いやそれ俺らのセリフだろうか。

 案の定、三人組にバカ笑いされていた。


「もし弓で一匹でも倒せたら全裸で踊って差し上げますわよ」


 マリエッテが、これでもかと駄目押しでバカにしてくる。

 本当いい性格してるな。


『……すぐに帰って準備だよ……こいつらギャフンと言わせないと気が済まない』


 俺にだけ聞こえるようにチェルノがそう言うと八層を後にした。


 なんかもう朝から既に疲れが半端じゃないんですが……

 どうしよう……喧嘩って誰も得しないんじゃないだろうか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る