対狂信者戦
第30話 クラウス! 別々の事件に巻き込まれた三人の女を助け出せ!
(事件簿1教会)
ここはバルトの街の中ほどに佇む、シンフォルニア教会。
今日一番の光が差し込むその先には一人の女性が祈りを捧げていた。
小鳥の囀りさえもはっきりと聞こえる静寂の中、重苦しく響く扉の音がする。
——ギギィ……
その後に聞こえてくる数人の足音が「コツコツ」と教会の中をこだまする。
そして……それと同時に何かを引きずるような音。
今朝はまだ開門を許してはいないはず。
そう思った彼女は、その侵入者たちを諭すべく、ゆっくりと振り向てみせるとその先には、三人の黒ずくめの男たちがこちらに向かって歩いてきていた。
「んまぁ! あの女ですかい兄貴ぃ、今日のお耳のぉ〜、ん〜……恋人は!」
向かって右側の、細身で長身の男がそう発す。
何に使うのかわからないが、彼の身の丈ほどの大きな十字架を肩に担いで歩いていた。
「こらこら……下品な物言いをするものではありませにょ? グラディス。」
リーダー格であろう、中央を歩む牧師のような格好をした男。
彼女は思う。 悪魔信教の類だろうか?
だがそんなものの存在など、噂でしか聞いたことがなかった。
「ねえねえ! うちがこうやってぇ……ケツの穴から手ぇ突っ込んで動かしたほうが早いと思うんだけどお!」
今度は左側に立つ……男?
全身を同じく黒いマントで包み込んではいるが、体の部位のサイズと位置に違和感を感じた。
左腕が異常に長い……地面を引きずる音の原因が判明した。
しかも、後ろ向きに歩いてるように見えるのに、頭や腕の振りにはそれを感じない。
理解できない恐怖が彼女を包み込む。
その男は右手……と思われるものに被せてある、クマの人形を動かすと、
「テレスハワルイコ! トッテモワルイコ……悪い子なのか! んじゃダメかも! ゲーヒィ、ゲーヒィ、ゲーヒィ!」
そう言って下卑た笑いを浮かべている三人は、先ほどまで祈りを捧げていた女をそのまま通り過ぎていく。
唖然としながらも彼女は振り向くと、長身の男が壇上の中央に自身が担いでいた十字架を……
——ズガン!
突き刺していた。
「な、何者ですか貴方達!
すぐさまとっておきの神聖魔法を自身にかけ、彼女は戦闘態勢に入る。
この魔法は、対象者が受ける外的要因の99%を大地が肩代わりするという、とんでも魔法だ。
当然弱点もある……それは……
「んまぁ! 使うと思ってましたその『地』『陽』『闇』『聖』の特級複合魔法!」
「だから君のためにこの十字架持ってきたんだよねぇ〜。嬉しい? ねぇ嬉しい?」
そう言うと異様な体格の男は、彼女の頭をその長い腕の先で鷲掴みにした。
彼女はその一連の出来事に驚く暇もなく、祭壇に添え付けられた十字架に叩きつけられると、そばにいた長身の男が手に持っていたロープで手早く磔にしていく。
理解の追い付き始めた彼女は焦る。
そう……その特級複合神聖魔法アゾルドの最大の弱点とは、
地面に足をつけていないと効果を発揮することができなかったのだ。
「ではそろそろ聖女様。我々が行うこの崇高なる儀式という名の開演に、花を添えていただきましょうか!」
リーダー格の男がそういうと、何やら棒のようなものを何本も取り出し、上空へと巻き上げた。
その十数本の……矢だろうか?
その矢は物理法則には従わず、そのまま上空を漂い始めると一斉に聖女へ向けて……
「うっ、嘘でしょ? やめてえええええ!!」
放たれた。
・ ・
「んまぁ! 兄貴ぃ〜、矢を貫通させちゃあ〜、ん〜……意味ねえ!」
「こらこら……私が残虐な人間のような言い回しはおやめなさい。まだ数本刺さっていますにょ?」
「ゲーヒィ、ゲーヒィ、ゲーヒィ!」
その凄惨な場所には似つかわしくない話をする三人組の目の前には、確かに彼らの言うように花が添えられていた。
血の花だ。
何本もの矢が聖女の体を突き破り、その穴から壮絶に吹き出す血液によって、辺りには大きな花の模様が描かれていたのだ。
「さあこれで舞台は整いました……グヒュ! さあ迷える子羊たちよ……私の掌の上で踊り続けなさい! 吹き出す血が枯れるその日まで! 赤き舞踏会の幕開けですにょ? グヒャーヒャッヒャッ!」
そんな高笑いを上げながら三人の男は教会を後にするのだった。
「キラウリの兄ぃってさあ……変な笑い方しなきゃあ女にモテるのにね! ゲーヒィ、ゲーヒィ、ゲーヒィ!」
「お前にだけは言われたくないにょ!」
・ ・
先ほどよりも日が昇り、ステンドグラスからより強い光を浴びている聖女の……死体。
聖女と呼ばれたその女性が身に纏っていた真っ白な法衣は、今では完全に血に染まり、生前を知らぬ者には元は白だと知る由もないほどに凄惨であった。
突然聖女の首が……なんの前触れもなく、ごとりと落ちる。
頭だけがコロコロと転がっていると、どこからともなく声が聞こえて……
—— "
聖女と呼ばれている彼女の声だ。
その声がしたかと思った瞬間……カッ!っと見開かれる生首の目! 生えてくる首! 胸! 腕!
激しい光に包まれながら聖女が立ち上がる。
「ぷはあ! あと矢が30本刺さって二時間ほど炎に焼かれたら危なかったあ」
もうギリギリだったと言わんばかりの彼女。
他に人がいれば突っ込まれそうだったが、幸いにも誰もいない。
言いたい放題だった。
だが余裕がないのもこれまた事実。
外傷がないかを確認している彼女が、その事実を知り顔を赤く染めていく。
「ひゃあ! わたし服着てない! この魔法って服は回復しないのかぁ……あ〜ん! どうしよ〜」
そう言って辺りを見回すも、代わりの服などあるわけがない。
困り果てた聖女の視線の先には、壇上の端に添え付けてある垂れ幕が映った。
あそこへ隠れて難を逃れる以外はないと思った彼女は、すぐさま駆け出すと幕に包まった。
聖女テレスティアは心に誓う。
「阿保のテンプルナイトにだけは絶対に助けを求めない!」
あ、でも死体残ったままだと教会封鎖されちゃうよね?
ほんとどうしよ〜……
——
(事件簿2とある独房)
——パァーン!
とある地下の独房にまた肉を裂くような音が轟く。
「我々も市民とあれば情も湧こうが……」「相手が魔女となれば話は別だ……」
「情けは掛けぬ……」「世のために……」
——パァーン!
幾度となくその痛みと苦痛を強いられる……女性。
ブロンドの長い髪に面を被ったその女性は、天井に両の手を吊り上げられ、数人の男に痛めつけられていた。
「おーおー、お可哀想に……ですが痛がる必要はございません。ただ血を流していただければ結構なのです」
直接神罰という名の拷問を行う男たちの後ろに佇む、もう一人の男がそう話し始める。
メチャクチャな言い分だった。痛みを感じずに血を流す?
そんな事ができるはずがないのだ。
それを知ってか知らずか彼女は口を閉じたまま、涙を流すこともなく必死に耐えていた。
続けて、
「そして何も話す必要はありません……なぜならば、神が私にお告げくださるからなのです」
男はそう言うと、全身を鞭で引き裂かれ、半裸と言っていいほどの様になっている女性の目の前まで移動する。
そうしてゆっくりと彼女のブロンドの髪をかきあげると、
「ほーほー、キャストルの他に使える弓術師が……シグネと? ふんふん……クラウス」
今までしな垂れていた首を急に起こし、目の前の男に顔を向ける女性。
よほど驚いたことが起こったのだろう……その女性は突然暴れ始めた。
「無駄ですよ。ほーほー、貴女……そのクラウスとやらに助けに来て欲しいのですか?」
「だっ、断じて違いますわ!」
沈黙を通していた彼女が、この独房に連れ込まれて初めて発す言葉だった。
一連の流れから心を読まれているのは明らか。
なのに否定するその無意味さに、
「どうやら真に神罰を下すべき相手が見つかったようですねえ」
お互いに顔を見合わせる男たち。
さらに否定の言葉を発しようとするその口を、全力で封じ込めようと必死の女性。
当然だ。
否定すればするほど、肯定と受け止められる現状ではどうすることもできなかった。
ゆっくりと地に降ろされている女性に男は、
「さあ貴女に残された仕事はあと一つ。ここで……その彼に『助けに来て』と心から願うことのみです」
「必死に願うといい……」「神に許しを請うといい……」
ギィ……と鉄格子の扉が閉まるとともに、遠ざかる数人の足音。
残されたものは天井から雨水が染み出し滴る水滴の音と、
彼女の全身に駆け巡る激痛のみ。
彼女は神など信じてはいない。
だが言葉を発するなというのは簡単だったが、心に思うなというのはとても難しい。
考えるなと言われても無理な話だ。
もういっそのこと言葉もしてしまおう。
エプローシアは天を見上げてじわりと涙を流すと、
「お願い助けに来て……クラウス……」
そう言葉にしてしまうと止めどなく……流れ出すのだった。
——
(事件簿3バルトの迷宮四十層のとある一室)
「ケーキはまだなのウィル! あと一分で持ってこなかったら悲鳴をあげるわよ?」
「さっき注文したばっかだろう! あ〜他の子にすればよかった……」
「仕方ないじゃなぁ〜い? だって一番可愛いのがこのメルセデスちゃんなんだからぁ〜」
こいつ腹立つぞ……
クラウス早く手紙見ろ!
そして用事を済ませて走って帰ってきてくれ……頼む!
「あ〜、次は何してもらおうかな〜。あ! 私欲しい洋服あるんだけど!」
「何でも買ってやるからもう少し大人しくしていてくれ」
項垂れながらも、そう返事を返すウィル。
ウィルは小さな声で、
「すまんクラウス……うちのボスが馬鹿なために、お前に迷惑ばかりかけてしまって……」
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