第36話 教会塔

 

 うぅ……頭が痛い……

 人は何かを失うと頭痛が酷くなるのだろうか。

 

 薄暗い一室の石壁を背に一人の男が座り込んでいた。

 気分が相当滅入っているのか、両手で頭を抱えこむその様からは寂寥感せきりょうかんを漂わせていた。


「おーおー、なんてお可哀想なベロ隊長……もちろん私にも理解できますとも。あなた様の……いや我々の唯一の心の拠り所である聖女様が、あの様な見るも無残なお姿に変えられてしまったのですから。」


 ベロはその理解者を装う男の話を黙って聞いていると、

 これまで幾度となく繰り返された悲惨な映像が、また彼の脳裏をよぎり始める。

 そうなるとまたフツフツと湧き上がる負の感情。


 怒りと憎しみに染まるベロの表情を見た男は、


「そうです。あなた様が救われるために唯一残された道はただ一つ……罪人キャストルをほふるのみ」


 その言葉を聞いたベロの両目が大きく開かれる。

 血走るその瞳からとめどなくほとばしる、聖職者としてはあるまじき負の感情……それは他ならぬ殺意以外の何物でもなかった。

 だがその膨れ上がる感情と同時に、ある疑問がベロの心の奥底から湧き上がる。


 なぜだ?

 なぜ頭痛が怒りと同量に酷くなるのだ……


 そして……この男は一体……誰だ?


 あぁ……頭が痛い……まるで……


 ——頭蓋骨の中に手を入れられてるかの様だ——




  ——




 エプローシアの救出に向かうため、クラウスは街中の小高い丘の上に立つ教会塔を目指していた。

 当然街中というだけあって、活気も上々で人々が行き交う。


 なかなかに騒々しい場所ではあったのだが……

 横の奴がもっとうるさい。


「なっ、何ぃ! じゃあどうやってエプローシアが連れ去られたの知ってんだ?」


 そう……横にいる男がうるさい。

 キャストルとかいう、別名靴ナメナメ男だ。

 手紙がどうしたとか仲間がどうしたとか何言ってんだこいつ?

 友達いないのかな?

 ……まあ俺もいないんだけど。


「アレルシャが助け出して欲しいって言うから、俺は来てるだけだが?」


 あ……アレルシャは友達になるのかな?

 気持ち悪いとか言われそうだな。

 やっぱり除外。


 というか正直にこいつの質問に答えたけど、やばいわこれ。

 友達いない同士で傷を癒し合うナメナメ仲間になっちまう。


 しばらくブツブツと一人で何やら考え込むキャストル。

 「そんなバカな」とか「じゃああいつは今何やってんだ?」

 とかいう小言が聞こえてくるが大丈夫。

 バカなのはお前だけだ。


「ふん……んなことより、エプローシアを助け出すのはてめえに任せるからな」


 何とか考えがまとまったのか、キャストルはそんなことを言い出す。

 じゃあお前何しに教会塔まで行くの?

 と聞いたら、


「それ以外を俺が引き受ける……まあそれで死んでも構わねえ」


 そう言うとキャストルは、晴れ渡る空を眩しそうに片目を瞑り見上げていた。

 よほどの覚悟を決めているのだろうか?

 その清々しささえ伺わせる表情からは、普段の憎たらしさを微塵も感じさせない。


 そういえば俺も「死んでも構わん」なんて言ってたような気がするなあ。

 誰も死にたいなんて思う奴はいない。

 ただ「死ぬ気で成し遂げたい」って思っただけだ。

 ってかお前俺のセリフをパクるんじゃねえよ。



  ・ ・



 日が傾く頃にようやく教会塔へ到着することができたクラウスたち。

 礼拝堂から見えていたにも関わらず、かなりの時間を必要としていた。


 それもそのはず。

 当初は小高い丘の上だと思われていた高低差。

 だが最短距離を突き進むクラウスたちを出迎えたのは……断崖絶壁。


 壁伝いに行けばいつかはつくと安易な考えで行動するクラウスは、

 相当な距離を迂回する羽目になってしまった。


「キャストルよ……お前が俺を担いで空飛ぶスキルを身につけてないから時間が掛かったじゃないか」


「てめえが何も考えてねえからだろが! ……まあ、んなことより」


 そう言い終わるとキャストルは、教会塔に向け険しい表情を浮かべる。


 何だ? 難しそうな表情になるスキルか?

 残念だがそのスキルは俺も持ってるぞ。


 早速披露してやろうと俺も正面に顔を向けると、塔の入口と思われる場所に一人の男が立っていた。

 十字架をデザインされた甲冑姿から、聖女追っかけ隊の一人だと予想される。


 ……だがその男が放つ威圧感は凄まじかった。

 思わず身構えてしまったクラウスは、ここで改めてキャストルの真意を知り得たのだ。

 揺れる前髪から覗かせる鋭い眼光。一目でわかるその存在感。

 多分こあいつが追っかけ隊の隊長だ。


 キャストルは自身の胸に手を当て、大きく息を吐くと、


「んじゃま、当初の予定通りこいつの相手は俺がする。紺ローブ……いやクラウス。 お前はそのマントを使って先に行けや」

「おい待て……」


 そう切り出すや否やキャストルは俺の制止を振り切ると、意を決したように目の前の男に飛び出していく。


 ッ……何考えてんだあいつ。

 とてもじゃないがキャストル一人で通用する相手とは思えない。

 ならば答えは一つだ。

 共闘する以外に道はないと思い立った俺の耳に、


『クラウス……キャストルの言う通り先を行かせてもらおう』


 というチェルノの声が聞こえてきた。

 ……は?

 何言ってんだこいつは? 意味がわからない。

 あいつを見殺しにしろっていうのか?


 納得できないという俺の様子を見るとチェルノは続けて、


『二対一なら十分に勝てると思うよ。でもねクラウス、あいつを倒しても意味ないんだ』


「エプローシアを助けるのが最優先って言いたいのか? なら尚更、二人で協力した方が良いって話になってくるだろ」


 すかさず俺はそう言ってチェルノに食い下がった。

 人数が多い方が良いってのは迷宮探索の基本だぞ?

 二手に分かれる必要など何処にもないのだ。


『敵が一人づつ出てきてくれればね……相手は魔物じゃないんだよ? キャストルに外で暴れてもらって透明のクラウスが中に入った方が断然助け出せる可能性は高いと思う』


 むう……確かに二人掛かりで相手してれば、この後総力戦になる未来が安易に予想できる。

 でもそれって要はあいつを見殺しにして救出する「囮作戦」って話だろ?


 昨日まであいつが死んでも何とも思わなかった俺だったが、

 情けないことに、ほんの少し話しただけで情が移ってしまっていたのだ。

 対して強くもないくせに全部助けたいとか……俺って頭おかしいのかな。


 そう自身の力の無さに愕然とした表情で肩を落としていると、


『悩んでる暇なんてないよクラウス! 第一キャストルは外で戦ってるんだから何時でも逃げれるんだし、助けたいんならエプローシア連れてきて三人でやれば良いでしょ?』


 そんな上手くいくわけないだろ何言ってんのこいつ?

 だが……いざとなればキャストルは逃げれば良いのか。

 それにチェルノの言う通りここで突っ立ってたって誰も助からない。

 まあ確かに……「全部助けろ」なんて俺には出来無いかもしれないが、「急いで助けろ」なら俺にも出来るしな!


 そう覚悟を決めた俺は、中央で睨み合うキャストルと変隊長を脇目に、大きく迂回して入口を目指した。

 彼らの戦闘に巻き込まれるわけにはいかないのだ。


 途中でキャストルと目が合う。

 ” まだモタモタしてやがんのかよ! ”

 と言わんばかりに睨まれた。

 お前を見殺しにしたくないって悩んでたんだよ俺は!


 まあそんな事はどうでも良い。

 問題なのは……


『変隊長とも目が合うってことだね』


 そう、完全に俺の存在を認識されていた。

 だが俺と目を合わせない辺り、こっちの姿が見えてるわけでは無さそうだ。

 ぼんやりと位置を把握してるって感じから、おそらく気配のようなものを感じ取ってるのだろうか。


 にも関わらず変隊長は俺を襲うつもりはないらしい。

 かなり不気味な雰囲気を漂わすそいつに、俺は背筋に寒気を感じてしまう。


『大丈夫かなキャストル』


 いやいや今更心配しても遅いから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る