第35話 運命のいたずら


 

 街から少し離れた場所に佇む小さな廃屋。

 ボロボロになった屋根の隙間から差し込む光が、薄暗い屋内に明かりを灯す。

 そこには数人の男に囲まれ不貞腐れたように椅子に座る男が、手をズボンのポケットに差し込み空を見上げていた。


 よほど機嫌が悪いのか、次第に聞こえてくるけたたましい足音にも彼は耳を貸そうともしない。

 そんな彼の視界に飛び込んでくる二つのシルエットは、到着するや否や、


「キャストル! あなた一体何をしたの?」


 そう怒りをあらわにした女性たちに、男は激しい剣幕で怒鳴り散らされる。

 彼は心底面倒くさそうに、ゆっくりと顔を向けると、


「よお〜、シグネとフェオドラじゃねえか……で? なんの話だ?」


 そう言って太々しい対応で返してみせる。

 まるで俺には何の罪もないぞと言わんばかりに。


とぼけないでよ! 妹から話は聞いたわ……エプローシアはあなたを庇って連れ去られたのよ?」

「つまり私たちが言いたいのは……何故あなたは助けに行かずに、こんな所で油を売っているのかということ」


「冗談じゃねえぞ! だいたいお前らが悪いんじゃねえかよ!」


 椅子に不貞腐れて座っている男は立ち上がると、そう言って怒鳴り返す。

 何のこと? ……と一瞬あっけにとられるシグネとフェオドラ。

 キャストルはその様を見て、


「ああいいぜ……俺様がこれからお前らの罪ってやつを説明してやるよ」


 そう言うと全貌を洗いざらいぶち撒け始めるのだった。

 聞かせてもらおうじゃないの、と言わんばかりの彼女達……内容はこうだ。


  ・ ・


 そもそもの元凶は、お前ら乱華が宝物庫の討伐を独り占めしようとしたせいだろ?

 あの紺ローブがいれば俺たちは必要ないからな。


 ムカついた俺は宝物庫の情報を売ったんだよ……情報屋に。

 その方が金になるだろ?

 誰だってそうする。


 だが笑えることに情報を買って討伐隊を結成した奴らほぼ全滅したってよ。

 馬鹿な奴らだ……そんな簡単に倒せるなら情報なんて流さねえって。


 だがそいつらは馬鹿じゃなかった。

 とんでもない大バカ野郎だったよ。

 何故か偽情報にめられたと勘違いしたそいつは、腹いせのつもりか情報元に賞金を賭けてきやがった。

 笑えるだろ? 全滅したのはお前らのせいだってのに。


 まあ情報屋を通してあるんだ。

 俺の名前が割れることもないと高を括ってたんだけど……な。

 大概俺もついてねえ男だなと実感したよ。


 その賞金に目をつけた奴らの中に、ならず者バグース三兄弟が加わってきやがった。

 死を司る邪神教徒の一員だと噂されている三人組だが……まずいと思ったね俺は。

 特にこいつら一味を束ねるキラウリって奴の固有スキル『読心』がだ。

 人の脳に直接聞き出すって能力らしいんだが、案の定情報の出どころを突き止められちまったって訳よ。


  ・ ・


 キャストルはそこまで話すと「これで全部だ」と言わんばかりに肩をすくめて見せた。

 二人の女性は聞き逃すことのないようにと黙って最後まで聞いていたのだが、

 フェオドラは手をゆっくりと顎に添えると、


「あなた変なこと言ってるわ……だいたい隊長はテンプルのメンバーに連れ去られたのよ?」


 そう、エプローシアを誘拐した当事者が話に出てこないのだ。

 彼女たちにとってそれは当然の疑問だった。

 だがキャストルはあまりその話はしにくいのか、ゆっくりと背を向けると、


「聖女が殺されたらしい……俺が普段使ってる矢でな」


 それを聞いたシグネとフェオドラは驚いた表情を浮かべる。

 聖女テレスティアが死んだことに衝撃を受けただけではない……この一連の事件の大きさに驚いていたのだ。


 テンプルは聖女を崇拝する騎士団だ。

 彼らの怒りが手に取るように伝わってくるのと同時に、一瞬エプローシアの姿が彼女たちの脳裏によぎる。


「あの邪神を崇拝してる奴らのことだ……どうせ街の教団を俺にけしかけて漁夫の利を得ようって腹だろ」


 キャストルは続けてそう言うと、うつむき黙り込んでしまった。

 俺のせいじゃない、悪いのはお前らだと啖呵を切った男の態度にしては覇気がない。

 彼も隠してはいるが責任を感じているのだろうか。


 だが……助けに行かない理由としては程遠い。

 そう考えたシグネは背をむける男に向かって、


「キャストル……エプローシアはあなたを討伐に連れて行くつもりだったわよ?」


 彼女の真意を伝えた。

 だがその話を信じるわけにはいかないキャストル。


「適当なこと言うんじゃねえよ……一体何のために……」


 そう……”一体何のために” 彼を連れていく必要があるんだという意味と……

 じゃあ ”一体何のために” 彼は情報を売ってしまったんだという意味だ。


「隊長がどうしてあなたを庇ったのか考えたことはないの?」


 シグネはキャストルに向かってさらに問いかける。

 だがそれは簡単だと言わんばかりに、背を向けていたキャストルは振り向いて答えてみせた。


「そりゃあれだろ? 前回の討伐で死んだ二人に責任を感じて……」


「そんな人が獲物を独占しようなんて考えるわけないじゃないの!」


 空気が張り裂けんばかりの勢いでそう怒鳴るシグネ。

 目の前に踏み込んでくる彼女に、キャストルは思わずたじろいでしまう。


 目を合わせることが出来なかった……

 俺は考えるのが怖かったんだ。

 だいたい俺がやったことって情報を売っただけなんだぜ?

 なのに……なんでテンプルの奴らに、あんな殺意のこもった目で睨まれなきゃいけねえんだよ……


「だがな……俺だって何もしてねえって訳じゃねえんだぜ?」

 

 そう言うとキャストルは気迫でシグネを押し返す。

 あまり格好の良い話ではなかったので、彼は言うつもりはなかった。

 だが今となっては体裁を気にしている余裕など彼にはない。


「紺のローブを……クラウスをエプローシア救出に向かわせた」




  ——




 礼拝堂を後にした俺とチェルノはエプローシアを救い出すため、聖女追っかけ隊の巣食う教会塔へと赴くことに。

 崇拝の対象を殺された彼ら「テンプルナイツ」は今なお殺気立ち、全面戦争も辞さない構えだ。

 当然だが俺一人で弔合戦なんて無謀なことをするつもりはない。

 第一聖女様……生きてるからね!


『あれが聖女様の言っていた塔かな』


 日も十分に登りきったま昼時。

 俺は太陽の光を遮るため手を額に当て辺りを見渡していると、そこには小高い丘の上に立つ塔が見えていた。

 その街を一望できるような場所に聳え立つ教会塔から、なぜか俺は異様な視線を感じ取っていた。


「向こうから覗かれてる……のか?」

 

 だが有り得ないことだった。

 なぜなら俺はキエルマントという姿を消す道具を使用しているのだから。

 まあその代わりというか……ローブを聖女様に貸したんで下に何も着てないんだけど。


『ずっとこっちを睨んでただけじゃないの? そんなことより早くぶっ飛ばしに行こうよ』


 だから揉める気はないって。

 こいつ何でいつも好戦的なの?


 やれやれと溜息をつきながらも俺は塔に向かってトボトボと歩き始める。

 教会の敷地を抜けるために門を向かっていると見えて来るのは、その門にもたれかかる一人の男。

 カウボーイハットを深々と被っているため顔は見えない。

 だが……俺は目の前に立つ男の衣服に見覚えがあった。


『キャストルだ……なんでここにいるんだろうね?』


「知るかよ……無視だ無視」


 どうせ野郎には俺の姿が見えてないんだ。

 このまま素通り決定でしょ。

 こいつに俺の存在を知られる可能性などないのだ。

 そう思った俺はその男の存在など、初めからなかったかのように堂々と脇を抜けていく。

 

「お前……エプローシア助けに行くんだろ?」


 うおおお! ビックリした!

 やっぱりなーこいつスキルいっぱい持ってそうだし、薄々はバレるかもとか思ってたよ?

 俺は最初からある程度予想してたから動じないよ?


 俺は勤めてゆっくりと立ち止まると、


「お、お前には関係ない話だ……遊んで欲しいなら後にしろ」


 やべえどもった……どっ、動じてないはずなのに何故だ……

 俺は更に平静を装うため、大きく息を吐くとキャストルを置き去りに歩き始めた。


「遊びか……ふはっ! お前にはビビる必要もねえって訳か」


 おうよ!

 全然ビビってないからね俺は!


「というかなんでお前、俺の姿がわかるんだ?」


 キャストルは見えてはいないはずの俺を、確かに認識して見せたのだ。

 これは今後のためにも聞いておく必要があった。


「ああ。気配探知ってスキルだ……軽職系統の中だと稀に持ってる奴がいる」


 聞かれることを想定してたのか即答で答えるキャストル。

 まあつまり……あんましこのマントに頼りきるのも危なそうだな。


『ねえねえクラウス』


「なんだ?」


『なんでキャストルと一緒に歩いてるの?』


 ……知らん。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る