第38話 対三男戦

 

 蝋燭の炎で薄暗く照らし出された牢内に、パラパラと石壁の崩れる音と土煙が立ち込める。

 クラウスが全力で薙ぎ払った男の先には、壁にポッカリと大穴が開いていた。


 一瞬の出来事だった。

 目の前で今にも彼女に襲いかかろうとしてる奴が、目の前で背中を向けていた。

 しかも何でも吹っ飛ばせる武器を持っている状態で。

 俺じゃなくても誰だってそうする。


「エプローシア無事か!? ちょっと待ってろ。今すぐあいつをボコボコにしてやるからな」


 俺は空いた手で立ち込める土煙を払いながら女性にそう声をかけた。

 薙ぎ払った男の背中越しにしか見えてはいなかったが、目の前にいる女はエプローシアだと確信していた。

 まあ顔を隠したがる奴なんて、他に探す方が難しい。


 俺は彼女を心配しながらも、敵に動きはないかと横目で大穴の先に注意を払う。

 一人で見張りをさせられていた男だ。

 さすがの白大剣でも一撃で倒せるとは思えない。


 視界が徐々に晴れ渡ってくると、俺を一心に見つめるエプローシアがベッドに腰掛け座っていた。

 だが彼女のその、あまりにも卑猥な座り方に、俺は思わず後ずさってしまう。


 後ろ手に手をつき軽く上半身を仰け反らせると、

 これ以上ないほどに大きく足を開かせ肌を昂揚させていたのだ。


「なっ! お前なんて格好して……まずは足を閉じろ! 足を!」


 思わず目がある部分に行ってしまうも、なけなしの理性が左手を動かし目を覆い隠す。

 バカやろう左手……いやよくやった!


 俺が理性とそんな葛藤していると僅かに聞こえてくる女性のすすり泣く声。

 エプローシアだった。


「うっ、うっ……ぐら……うす……」


 絞り出すかのように俺の名を呼ぶと、感極まったのか仮面越しでも分かる程に大粒の涙をこぼし始めた。

 子供のように泣き声を引きつらせている彼女に、俺は言葉を失う。

 こいつがこんな無様な姿を俺に見せるなんて……一体どうなってんだ?


『手を縛られてるみたいだね……ボクが外してくるよ』


 チェルノはそう言うと大剣から人型に変化した。

 俺は彼女のボロボロになった服の代わりにと、着ているマントを脱ぎチェルノに持たせた。

 まあ俺の方は一応シャツ着てるから。

 チェルノはそれを黙って受け取ると彼女の元へと向かっていく。


「チェルノちゃん……あのね、あのね? お願いがあるの……」

『何? ……うん……うん』

「クラウスには……だから……お願い……」

『……わかった』

「お願い……」


 ん? 何を二人でコソコソと話ししてんだ?

 チェルノは錠を外した後も、彼女を支えて何やら秘密裏に話しを始め出した。

 てか俺の名前が出てきたから気になるんですが。


 まあそれにしてもエプローシアは余程酷い目に合っていたのだろうか。

 そう考えると自然と湧き上がってくるのは怒りの感情。

 あの野郎、ボコボコにしただけじゃ済まないらしいな。


 


 だが……クラウスはこの一連の流れに時間を掛けすぎた。


 ——ガラッ……


 どこからか瓦礫がれる音が微かに聞こえた。

 即座に身構えると全身に緊張が駆け巡り、嫌な汗が頬を伝う。


『クラウス!』


 そんなチェルノの声をよそに、目を向けた石壁の大穴から這い出る何か。

 こぶしだった。

 人の上半身ほどある大きな拳は俺の方へと向かっているらしく、段々とその大きさを膨らませると、

 ——ドォン! という衝撃音と共に、俺の体ごと対面の石壁に激突した。


 全身の激痛と共に遠のく意識。

 俺を心配する声が遥か彼方から聞こえてくる。


 なんの装備もなく、ほとんど無抵抗で相手の攻撃を食らった。

 とてもじゃないが客観的に見ても意識を保っていられるはずがないのだ。


 だがな……ここで倒れると、俺は一体なんのために来たんだという話にならないか?

 気がついたら二人で縛られてましたってか?

 恥ずかしすぎる……いやだ! それなら死んだほうがマシだぞ!


 大体こいつをボコボコにしないと気が済まない。

 くそお! 自己治癒だ!

 無意識でもいいからなんとか詠唱しろ俺!


 そんな消え入るのか消え入らないのか分からない意識の中、甲高い声が聞こえてくる。


「てめえ……何いきなり殴りかかってきやがんだ! このボゲナスがぁ! うちは痛い事するのが嫌いって言ってんだろ!? 女の前だからって、ただ手を上にあげただけの奴を殺しにかかるか普通……頭おかしいんじゃねえのかこのクソ野郎!」


 散々な言われようだった。

 吹っ飛んでもらいまーす! とか言って手を振り上げといて何言ってんだこいつは。

 そのアホな言い分に俺は更に怒りを募らせると、それを原動力に、


「セル……フ……」


 何とか一度の詠唱に成功して見せた。

 治癒職ではない俺の回復魔法は残念だが効果が薄い。

 依然として激痛は止むこともなく全身を駆け巡っていた。

 ギリギリ意識を保つ程度が関の山だろう。


 だがそれでいい。

 何故なら俺は「意識を保つために魔法を使った」のだから。


「おやおやぁ? クラウスは一発食らっただけで伸びちゃったのかな? そんなことないよね! ゲーヒィ! ゲーヒィ! ゲーヒィ!」


 俺の醜態に気分を良くしたのか、そう言って笑いながら大穴から這い出る男。

 痛む身体をこらえ、目の前に近づく男に意識を向ける。

 長身だが特に左腕の長さが異様だった。

 そうか、あの腕を伸ばして攻撃してきたってわけか。


 それにしても酷い笑い声だな……何なんだこいつは。


「ねぇねぇクラウスぅ〜。足が言うことを聞かない女って好き? 嫌い?」


 なにが「ねえねえクラウス〜」だ。馴れ馴れしいんだよお前。

 ……ん?

 足が言うことを聞かないだと?


「早く答えてくれないとぉ……取っちゃうよ?」


 そう言うと男はその長い腕でエプローシアの足を掴んだ。

 突然のことに彼女はチェルノに抱きつくと、全身を振るわせ身を強張らせるだけで、その腕を払おうともしない。

 まさか、エプローシアお前……足が……


「おい、ちょっと待て! ……足が無い程度は関係ないな。一生抱っこして生きていけばいいだろ? 女の方も歩けて丁度いいじゃないか」


 俺は慌ててそう答えた。

 でも改めて考えると足を取れって言ってないか?

 ……どうしよ。


「ふ、ふーん……そ、そっかぁ。でも、うちはぁ……好きか嫌いかって聞いてるんだよ?」


 そう言うと男はエプローシアの足を浮かせると、ユラユラと左右に揺らして見せた。

 答えないと千切るって言いたいのか?

 エプローシアは更に身を強張らせると、肩を震わせていた。


 どう答える? どっちが正しいんだ?

 なんとか無事に済むよう必死に考える俺。

 「足が使えない奴が好き」と「足が使えない奴が嫌い」の二択だ。

 てかなんちゅう質問だよ! くそお!


 とりあえず落ち着こう。

 まずは質問の意図だ。


 足を使えなくしたのはあいつだろう。

 なぜ使えなくする必要があった?

 逃がさないため……いや違うな。

 逃走を防ぐ方法なら他の方法でもいいんだし、足を開かせる意味がわからない。

 大体この方法じゃないと、質問が出来なくなるぞ?


 つまりだ、この質問がしたかったと。

 もしかして……こいつ実は「足が不自由」なのでは。

 そういや変な方向向いてるしな。

 しかもだ、足を開かせたのは「俺が喜ぶ」と思ったんじゃ……嘘だろ?


 答えは決まった。


「俺は……」


 足が不自由な奴が好きだと答えるつもりだが、

 その前にやっておく事がある。

 間違って相手が逆上する可能性も十分に残っているんだ。

 万全を喫すため、俺はチェルノに目で合図を送った。


 こちらの意図を察してくれたのか、後ろ手にした俺の腕に短剣が静かに戻ってくる。

 戻った感触を確かめるため強く握ると、それに応えるよう熱を帯び淡く輝き始めた。


自己治癒セルフヒール


 手に持つ短剣の詠唱と共に力が湧き上がる。

 俺とは比べものにならない程の力強い治癒力を発揮させるチェルノ。


 俺はゆっくりと目を瞑ると、男の目の前で立ち上がって見せた。

 だが男はそんなクラウスの急激な回復を目の当たりにしても動揺することもなく、エプローシアから手を離すと、大きく肩を回し始め、


「チェルノちゃんが戻ると随分強気になるんだねぇクラウスは。……待った甲斐があったよ。で? 答えを聞いてないんだけど」


 こいつ……チェルノのことも知ってたのか。

 俺が回復するのを待っていたと。

 ふん、上等だよ。


「あぁ、足が不自由な奴は好きかって話だったな。 ……嫌いじゃないぜ? むしろ俺が何処にでも連れて行ってやるよ」


 こいつが足が不自由だと勝手に想定した俺はそう答えた。

 こっちの回復を待ってくれたお礼ってわけじゃないが、敬意を払った形だ。

 まあ相手がそれで喜ぶかどうかなんて、知ったこっちゃないがな。


「大分元気になったみたいだねぇ。うちの名は『ニヤリ・バグース』……んじゃそろそろ始めようか」


「俺の名は『クラウス・セントウェル』 ……いつでもいいぜ」


 そう言って俺はチェルノを大剣に戻し両手に持ち直すと、一度大きく振って構えて見せた。

 相手の男も準備万端らしい。

 軽く肩を鳴らすと、いつでもいいぞと言わんばかりに深く身構えていた。


 お互いに名を交わし合い対峙する様は、正に大将戦さながらだった。

 そう考えると突然緊張してくる俺。


『一発で倒されちゃったら格好悪いね』


 だから余計なこと言うなってお前はいつも……

 

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