第16話 アレルシャ


 昨日のキャストルとの追いかけっこを演じていたクラウスは、

 朝から新しい魔術を習得するべく、

 宿に添え付けてある椅子に座り読書に耽ふけっている。


 昨日購入した三冊。

 『魔力吸収エナジードレイン』『火炎砲弾フレイムショット』『星光線スターレイ』。

 現状では火力の底上げが急務だ。

 まずはこの三つから覚えていきたい。

 二刀の熟練度と巨人の大剣は今のところは……まあ置いといて……。


『エプローシアのところにはいかなくていいの?』


 チェルノは机に上に置いてある「七房ななふさばん」と戯たわむれながら話しかけてくる。

 七房二番というのは昨日購入した花のおもちゃだ。

 お約束だが一番のことは聞いてはいけない。

 突っ込んだら負けだと思ってる。


「いつでも良いらしい……昼から行こうかと思っている」


 正直行かなくても良さそうなんだが……実は金がない。

 討伐に参加させてもらって収入を得たいのだ。

 エプローシアの機嫌を損ねたくはなかった。


 ——ダーン!


 いきなり俺の泊まっている部屋の扉が蹴飛ばされる。

 思わず椅子から飛び上がってしまい、勢いよく転げ落ちた。

 いや普通誰だってそうなる。

 それほどにビビってしまった。

 俺がこの悲惨な状況に陥った元凶の主を見やると……アレルシャだった。


「クラウス! 早く来いって言ってるでしょ!」


 開口一番それなのか……。

 まずは謝罪しなさい!


「来いとは言われたが早くなんて聞いてないぞ!」


 壁にへたり込んだままそう言い返した。

 少なくとも扉を蹴破られるほどの罪は犯してない。


 だがその少女の怒りは収まることはなく、

 部屋にズカズカと入り込んで来るとベッドに腰掛け、

 「女性を待たせるなんて失礼だとは思わないの?」だの、

 「クラウスのために話を通してるんだから」とか散々言い始めた。


 言いたいことが言えたのか、程なくしてアレルシャは怒りを収めていった。

 するとなぜか急に黙り込み、ベッドから伸ばす足をプラプラさせている。

 なに?

 お前……アジトまで早く来て欲しかったんじゃないのか?

 なんでこいつはのんびり座り込んでんだ……。


 チェルノはアレルシャの突入に、いち早く気づき俺の腰に避難していた。

 自分だけ逃げるとは……どっちが主人だかわからんな。


「早くアジトに行かないといけないんじゃなかったのか?」


 俺は出発を催促するかのように立ち上がりながら、

 ベッドに腰掛けると地面に足が届かない少女にそう話しかけた。


 アレルシャは机の上にある、先ほどまでチェルノが遊んでいた花に目を向ける。

 葉に触れようとするも「ぴょこん」と動いて触らせようとしない七房二番。


「なにこれえ……おもしろぉい!」


 そおかあ?

 俺は死ぬほどイラつくんだが。

 似たような花があったら差し替えてやろうと思ってる。


「昨日買ったおもちゃだ……名前は『七房二番』というらしい」


 どうだこの寒いネーミングセンスは。

 俺じゃないぞ?


「とっても素敵な名前だと思うわよ? それで……一番はどこにあるのよ」


 あっ……。

 これだから素人は何もわかってないな。

 そこに突っ込んじゃうかあ……でも、仕方ないね。


『一番は勿論……お前のことさ……アレルシャ』


 チェルノがいきなり、俺の声真似でささやき始めた。

 バカじゃねえの?

 どんだけ寒いのよお前は。

 これは盛大に滑るぞ……何度も滑っている俺にはわかる。


 だが……それを聞いたアレルシャは急に立ち上がると顔を真っ赤にして、


「アジトの方で待ってるから。早く来なさいよね」


 そう言うと扉の向こうへと消えていった。

 あれ?

 以外と受けたのかな?


『ボクの思ってた反応と違った』


「いや俺も……以外とツボに入ったのかな」


 むしろ蹴られるかと思っていたのだが。

 もう何が何なのか分からなく……


「とりあえず……乱華のアジトへ向かうか」



  —



 街のはずれにある森の中。

 普段俺たちが修行の場と呼んでいる所とは別の場所だ。

 その中に広がる、やや開けた空間にとどろく衝撃音。

 普段なら小鳥のさえずりが聴覚を楽しませてくれるのだが……。


 ——バシーン!


 肉を裂くような音が何度も響いていた。


「ほら……足元がお留守れすわよ?」


 ぐわっ……っつ!

 剣で受け流せないのか!

 どうすりゃいいんだよ……。


 というか……どうしてこうなった!

 俺は再度、状況を確認することにした。

 確か今日は朝からアレルシャにアジトへ来るように催促されて……。


 ・


 ・


 ・


「クラウス様はどうしても十層を攻略したい……そうれすね?」


 エプローシアがそう切り出してくる。

 相も変わらず顔をスカーフと手で覆ったままだ。


「そうだ。俺には今のところ二刀以外にないが、魔法でどうにかしようと思ってる」


 低レベルの魔術なら溜めが少ない。

 あのグロき者の攻撃をかわしながらでも攻撃が可能なはずだ。

 安い杖でもあれば買おうかと思っていた。


「十層攻略に最も適した訓練方法がございますわ……お試しになります? 勿論……あなたのために」


 ほお?

 アレルシャの言っていた話だな。

 当然その話を受けることにした。

 俺には選ぶ権利などない上に、皆が俺のためにしてくれていることだ。

 断るはずもなかった。


 ・


 ・


 ・


「しかし……なんで俺がこいつの鞭でしばかれなきゃいけないんだよ!」


 しかもエプローシアの奴は俺の訓練を手伝うとかいいつつ……楽しんでないか?

 いや……俺のネガティブ病が発病しただけだ……これは善意だ……きっとそう。

 クラウスが苦痛の表情を浮かべる度、逆に彼女は痙攣けいれんし恍惚こうこつとした表情を浮かべていた。


「これは愛なのですクラウス殿。一先ずはキャストルのことは忘れ、全裸でその愛を受け止めるのです!」


 そう言うは乱華のメンバーの一人、フェオドラという女性だ。

 青髪パッツンロングのグリグリメガネだ。

 お前が受け止めろ。

 シグネとアレルシャは付いてこなかった。

 見たくないと言ってたが……そう言う事かよ。


 チェルノは木の陰で七房二番と遊んでいた。

 つまりチェルノはいない……俺は程よい長さの木の棒を二本持たされていた。


「全裸になる必要がどこにあるんだ! 大体……ぎゃあ!」


 ——バシーン!


 容赦なく鞭が飛んでくる……殺す気かよ!


「傷つけるつもりはございません。ただ……双方が快感を得られるなんて……素晴らしいことだとは思いませんか?」


 お前やっぱ楽しんでんじゃねえかよ!

 しかも断言するが、鞭でしばかれて快感を得られる奴なんてこの世にいねえ!

 俺は全力で否定の表情を浮かべ、睨んで見せた。


「クラウス様おかわいそうに……ですがご安心ください。痛いのは最初だけ……調教は今始まったばかりなのれすから」


 調教って言っちゃったよ!

 この野郎……まあ野郎じゃねえんだが。

 意地でも全部かわして、お前の尻をこの棒で引っ叩いてやるからな!

 エプローシアの鞭も普段狩りで使うものではなく、調教用のらしい……なんでそんなもの持ってるの?


 彼女はいつものように左手で顔を覆っていた。

 つまり鞭は一本だ。

 だがこれがかわせない……。

 腕の動きで軌道はある程度予測することができるのだが……射程が半端じゃない。

 後ろへの回避は実質不可能だった。

 屈んでかわす事だけはできるが、下半身にくる攻撃だけはどうしようも無い。


 なら両手に持つ棒で受け止めればいいと思うのだが……、

 受けた棒を軸に、鞭が巻きついてくる。

 どうしようも無かった。

 思わず受け止めた回数分、背中には一文字に鞭の後が刻まれる。

 自己回復セルフを詠唱し続けてはいるが、そんなLvの低い魔法じゃとても追いつかない。


「クラウス殿。いつまでも恍惚に浸っているだけでは成長は見込めません! 鞭をいなすのです!」


 誰も喜んでねえよ!

 いなす? 意味がわからん……。

 くそぉ……どうすりゃいいんだ……。


 とうとうその日は一日中鞭でしばかれる羽目になった。

 確かにこれをかわす事が出来れば、グロき者の攻撃もかわせるだろうが……。

 その前に殺されそうだった……こいつらに。



  —



 日もすっかり落ち、俺は彼女たちと一度解散する事になった。

 なんとか宿にたどり着いた俺はベッドに横になると、全身の激痛と格闘していた。

 明日も森で待ってるそうだ。


 本当はこんな訓練辞めたい……魔法でも十層を攻略することは出来るはずだ。

 だが逃げたと思われるのだけは許せなかった。

 それにあいつの尻を引っ叩かなきゃもう気が済まない。

 いなす、か……受け「止めず」に流せってことだろうか。


『あの攻撃をかわすことができそう?』


「当然だ。意地でもやってやる」


 虚勢を張ったわけじゃない。

 俺には絶対にかわす事ができるはずだ。

 あの女どもめ見てろ……俺を馬鹿にしてるのを後悔させてやる。



 なんの根拠もない自信がクラウスを突き動かすのであった。



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