第19話 暗躍する悪意


 クラウスがウィルフレッドと十階層の探索へ向かって二日目。

 エプローシア率いる乱華のアジトには重い雰囲気が漂っている。

 先ほどから目の前にいる女性の情報が発端だった。


「クラウス様が暗殺の対象に? ……俄には信じがたいれすわね……」


 エプローシアはこの重い空気を少しでも和らげるためそう口にする。

 当然、彼女もクラウスを心配していないわけではない。

 だが二刀をあそこまで扱える彼がそう簡単にやられるとは思えないのだ。


 それを聞いた藍色の髪をしたドレスの女性は、


「どうやってその情報を仕入れたのかは……言えないのです」


 絞り出すように、そう言葉を発するマリエッテ。

 彼女は実は毎日のように、クラウスの泊まる宿に足を運んでいたのだ。

 まあ……要はただのストーカー……



 ー



 昨日もクラウスの顔を見に、マリエッテは宿屋に向かうと……彼はいなかった。

 宿の主人に話を聞くと、荷物をまとめて出て行ったというのだ。

 詳しい情報を宿内にある酒場の主人にも聞いてみよう……

 そう思い、酒場のカウンターで食事を取っていた。


 酒場のマスターに話を聞こうとは思うけど、

 横に座る男女に話を聞かれたくない……

 だってストーカーです、って自白するようなもんですもの。


 そのカップルが帰ってから話を伺いましょうか。

 そう思い静かに食事をしていると男女の会話が聞こえてくる……


「あの野郎は必ず七十四層まで自力で行こうとする……パーティーだと百層までは簡単なバルトでも……」


「ほぼ単独な弓術師だと途中で怪我しちゃうわね」


「あぁ……だからお前途中から合流して……」


 男は自分の首に向け、親指を横に滑らせた。

 殺してこい……というサインだろうか。


 マリエッテは知っていた。

 クラウスが七十四層で討伐クエストを乱華と受けることを。

 洞窟探索する弓士は少ない。

 狭い空間が多いダンジョンだと、必然的に不利な状況が続くからだ。

 つまり……七十四層に行きたい弓術師なんて一人しかいない。


 この二人の顔を確認しておきたかったのだが、双方とも大きなフードコートを頭からすっぽり被っていた。

 ならば誰かにこの密談を……そうだ、つい最近まで彼と一緒にいた女だ。

 名前は確か……エプローシア。


 マリエッテは彼女に相談することにした。



 ー



 薄暗い一室に数人の女性。

 奥にある、この部屋の中では一際立派な机に居座る女性が、


「確かに……そんな男性はクラウス様しかおりませんわね」


 マリエッテの話を聞いてそう口にする。


 だけどなんで「様」をつけるのです? このマスク女は……

 一々イラッとくるのですが。

 反撃してやるのです。


「私はクラウスのことについては誰よりも詳しいのです」


 マリエッテがそう言うと、ピクッと反応を示すエプローシア。

 以外と好反応……ちょっと優越感です。


「過ごした時間はわたくしの方が長いみたいれすが」


 すかさずラリーを打ち返すエプローシア。

 徹底的にやろうというのですね……良いでしょう、受けて立ちます。

 そう思い、次なる反撃に出ようとするも……


「良い加減にしなさい二人とも」


 シグネと呼ばれている女が仲裁に入る。

 そうだった……私はクラウスのために行動しないとです。

 最悪私一人でも……


 仲裁に入った女は、このままでは話が進まないと言わんばかりに、


「とにかくクラウスはまだ低層……次に出てくるところを確保すれば良いのでは?」


「……」


 あれ?

 なんで私、それに気がつかなかったのです?

 七十四層まで一回で行けるわけないのに……恋は盲目……私としたことが。

 でも私一人じゃ入口に張り付くこともできないし、相談に来たことは間違ってないみたいですね。

 クラウス……絶対に死んじゃ嫌ですよ……私のために。


 マリエッテは両手をゆっくりと前に組み、目を閉じるのであった。




  —




 十一階層に降り立った俺たち。

 ここも十層同様昼夜があるようだ。

 途中、切らすことのないようにライトを再度詠唱するとそこには……

 視界を遮るほどの深い霧が立ち込める沼地だった。

 その濃霧の中に広がる黄褐色の泥沼は、まるで人の侵入を阻んでいるかのようだ。

 ……十層の雨水が漏れてきてるんじゃないの?


「レビテーション」


 ウィルが何かを詠唱すると彼の体は……

 ゆっくりと浮き上がっていた。


 まさか自分だけ沼に足を入れないつもりなのだろか。

 これは異議ありだ。

 断固抗議だ。

 俺だけが”沼る”ぐらいなら、お前も”沼らせ”てやる。


 ……と思っていたら俺も浮いた。

 先に俺を浮かせろよ……もう少しでウィルを沼に突き落とすところだったじゃないか。

 一応感謝の気持ちを伝えておいた。

 Lv4の闇魔術らしい。

 チェルノに覚えさせよう……俺は面倒くさい。


「ここから金になる魔物が出てくるが……どうする?」


 振り向いてそう言うウィル。

 ガンガン進むか……それとも金策をするかだな。


「もちろん金も欲しいが、まずは先に進みたい」


 ここには一人でもこれるが、先へはウィルがいないと行けないのだ。

 ここは迷わず前進一択でしょ。


 進む前にこのフロアの説明を受けた。

 やっぱりヒルがいるらしい……浮く魔法がないとかなり厳しい。

 後そこそこ金になるアリゲーター。肉は食えるし革は金になるそうだ。

 見つけ次第に処理確定だな……かわいそうに。


「他にもいろいろ出るが……ここから下層は、レア種の墓守がいる」


 ここから、という事はフロアを移動するのか……賢いな。

 稀に高い知能を持ったレア種には、識別するためか名前が付いている。

 十一層から先は金策にもなるため無理して挑戦する人もいるらしい。

 墓守はこのダンジョンで死んだ人の遺品や死体を有効利用してる……か。

 ……墓どころか尊厳も何も守ってないな。


「クラウスは確か弓も使えると言っていたな」


 俺が肯定すると「ではそうしてくれ」と言われた。

 ん?

 俺……いつ弓を使えるってウィルに言ったかな。

 ……まあいいや。


 俺が装備を変更するのを見届けたウィルは前進を始める。

 もちろん十二階層に向けてだ。

 あぁ〜こいついると精神的に楽だわ〜。

 ワニどこかな〜。


 あ。

 進行方向に二匹いるな。

 前を歩く斥候から視線を流される。

 どうやらウィルも気がづいているようだ。


 近くにあった岩場の陰から様子を伺う。

 霧が深くて発見が遅れたが120mってとこか。

 ウィルは、ワニがこちらに気づいていないのを確認すると、


「さて……クラウスの弓の程を知っておきたい。二匹いるが行けるか?」


 俺に向かってそう言った。

 とうとうバリスタを見せる時がきましたか。

 あのワニはでかい……つまり適当に撃っても当たるということ。

 ……余裕でしょ。


「何匹いても問題ない。チェルノ」


 あくまで予測なんだが、多分一撃だ。

 最悪向かってきても、足が遅そうだし問題ない。

 岩場から身を乗り出すとフルエンチャントで構えに入る。


「は? ここから撃つのか?」


 むしろ近いぐらいだ。

 何時ものように全力で引き抜いて放つ。

 ——ギャウ!


 ワニの腹が吹っ飛ぶ。

 やっぱり……こいつの破壊力だけは半端じゃないな。

 これで命中精度さえあれば文句なしなんだがなあ。

 そう愚痴りながら残りも仕留めた。


「ほ……ほとんど放物線も描いてないぞ……きっと魔法だ……そうか魔法か」


 ぶぶー、ウィルくん残念だが違います。

 正解は……ただの力技でした。

 罰としてワニの皮むきの方法を、俺に教えるの刑で……


 あれ?

 ウィルが何か考え込んで動かない。


「おい。 早くワニ捌きに行こうぜ」


 しばらくすると考えがまとまったのか、


「ああそうだな」


 なぜかちょっとだけ悪い顔になってた。

 こいつ……さては良からぬことを思いついたな。



 ー



 あれから何時間も歩き続け、なんとか十二階層の階段まで着くことができた。

 このダンジョンは本当無駄にでかい……

 途中何度もワニと遭遇し、倒していった。


 他にも亀とかカエルがいたが、ワニにぺちゃんこにされてた。

 食物連鎖という名のヒエラルキーは覆りそうもないな。


 すでに手持ちにはワニからの戦利品でいっぱいだ。

 昨日の夕方から夜通しで探索を進めてきた俺たちには、そろそろ睡眠という名の休息が欲しいところだ。


「十二層には休息を取れる場所がいくつもある。まずはそこまで頑張っていこうか」


 さすが斥候、詳しいですなあ。

 俺の「了解」の言葉を聞くとウィルは十二層へと降りていく。

 程なく見えてくる十二層の全貌……


 本気で……本気でここで寝るのだろうか。

 見えてきたのはとても狭い通路だった。

 青い石垣のブロックで間切された通路が左右に伸び、足元には1mほどの幅で水が流れていた。


「これ……どう見ても水路だよな」


 解った……十層の水をここで綺麗にして上層に送り返してるんだなー。

 まあどうでもいいか……それよりもチェルノの奴がまた余計な……


『また嫌な予感がする……ネズミとか』


 お前のことだから絶対言うと思ったよ。


「楽しみはネズミだけじゃない。ここには……徘徊する大蛇がいる」 


 そう楽しそうに話すウィル。

 ネズミやら蛇と一緒に寝るのが楽しいて……

 何言ってんの頭大丈夫?


 だが話を詳しく聞いてみると、この水路にある袋小路は安全地帯になってるらしい。

 そんなセーフティーゾーンがいくつもある。

 つまり……ぐっすり眠れると!

 超元気出てきた!


 だがこれだけ狭い上に、ドブ川が邪魔で回避もできない。

 そうなってくると俺が選ぶ装備は盾一択ということだな。


「チェルノ、ファルシオンと重盾頼んます」


『アイアイー』


 チェルノに変化してもらったのはいいが、この装備だと火力が出ないんだよなあ。

 ウィルは戦力外だし大丈夫かな。

 横目で相棒の斥候を見ると、また目が点になって驚いてる。

 いい加減に慣れろよな……

 なんで弓は知ってて盾は知らないんだお前は。


「一体クラウスは何種類あるんだ?」


「もうねえよ……だが二刀と弓しか使えないと思ってたんだろ? よく二人だけで探索する気になったなウィル」


 まあ大剣もあるが……使うこともないだろう。

 この水路も二刀でクリア出来ないこともないか……


「最初は乗り気じゃなかったんだ……だが今は……お前となら二百層は行ける気がしているよ」


 ……チッ……思わず照れて横向いちまったじゃねえかよ。

 人を持ち上げるのが上手いよなあ。

 こういった仕事も斥候にはあるんだろうな。


「馬鹿なこと言ってないで、早く寝る場所探しに行こうぜ」


 どう考えても照れ隠しとしか思えないが、ウィルに先を急がせた。

 ニヤニヤが止まらないウィル……いいから早く行けって。


 探索を開始して、まず現れたのが人の頭ほどの大きなネズミが三匹。

 十二層なんてまだまだ低層だ。

 出てくる魔物なんて小動物に毛が生えたような物しか出てこない。


 三匹同時に突っ込んでくる。

 もちろん盾で防ぐ。

 ズシンといい衝撃が来るが大したことはなかった。

 この重盾は元は死ぬほど重たいため、押し負けることはないとチェルノが言ってた。

 十層のグロき者が異常なだけだ……あれは本気でビビった。


 防ぐと同時にチェルノがコンダクトを詠唱。

 固まってるネズミをファルシオンでバッサリ……戦闘終了だ。

 段々分かってきたパターンがある。

 そのフロアごとに適性な戦闘を用いると、いとも簡単に突破できるのだ。

 つまり十二層は、盾持ちだと障害にもならない。


「ハハハ……バルトの申し子みたいな奴だな」


 確かにここは戦術の多い奴には水を得た魚の様な場所かもな……まだ二刀しか名乗れないけど……

 さらに進む事一時間……行き止まりに差し掛かった。


「ここで一度休息を取ろうか」


 一人でならとてもこんな場所では寝る事なんて出来ない。

 ……だが二人なら交互に寝れば可能になる。

 やっぱ人間は一人じゃ生きていけないという事だ。


 俺が先に見張りを申し出たら「見張りはいらない」と返すウィル。

 言ってる意味がわからないと惚ほうけていたら、ウィルは何やらアイテムを取り出す。

 敵の侵入経路ともなる入口の方へ向かうと、それを置いた。


「半径3m以内で何かが動くと音がなる仕組みだ。こういった場所ではかなり使い勝手がいいアイテムさ」


 ……こいつ本当何でも知ってるよな。

 しかも状況判断が正確だ。

 十分に休息が取れるって事は、それだけでメリットがある。

 無駄な戦力の低下が防げる上に、休息する時間も減って探索できる時間が増えるからな。


「なあ俺たちって……めちゃくちゃ相性よくないか?」


 これはもう気のせいってレベルじゃないぞ。

 思わず……二人一緒に……ニヤけてしまった。


『なんか二人とも気持ち悪い顔になってるよ』


 そこはスルーするところだチェルノ。

 そっとしておいてくれ。

 気恥ずかしくなった俺は軽く咳をして話題を変えることにした。


「そういや蛇はどこにいるんだ?」


「その話も含めて、寝る前に言っておきたいことがある」


 急に真面目な顔になるウィル。

 こいつがこういう顔をするときは、真剣に聞いておいた方がいい。

 要点を伝えるために、ここ一番で見せる顔なんだろう。

 俺が真面目な顔になるのを確認するとウィルは話し始めた。


「大蛇と墓守のお宝うばっちゃえ大作戦についてだ」


 眉毛をキリッとさせながら「うばっちゃえ」とか言ってるウィル……

 俺の周りにはネーミングセンスを持った奴はいないのだろうか。


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