第14話 二本の刃


 バルトホルトの街は、巨大ダンジョンを目的とした人々で潤う場所だ。

 当然のごとく冒険者が多いのも頷ける。

 露店街が賑わうのもそのためだ。

 だがこの商店街もそれなりの活気を見せていた。


 とある洋服店の二階にある木の扉の前に立つシグネは、軽く二度ほどノックをした。

 中からは女性の声がする。


「今開ける……ちょっと待ってくれ」


 中から女性の声がする。

 その声は部屋が無人でないことを証明していた。


「ああ。結婚はまだいい。手を煩わせるつもりはない」


 シグネがその声に応える。

 でたらめな文章になってはいるが、合言葉だった。

 ただ頭文字を縦に読むだけだが……「あけて」と言っただけだ。


 すぐに施錠の外れる音がした。

 シグネはそれを確認するとゆっくりと扉を開いていく。

 部屋の中はとても薄暗かった。

 窓が両脇に添え付けてあるが、掛けてある布で閉ざされている。

 その布からこぼれ出る光だけが唯一の照明となっていた。

 中には数人の女性と、奥にはシグネに背を向けた大きな椅子。

 その椅子が少しだけ傾くのを確認すると、


「エプローシア、私の言っていた男に確認を取ってきた。火力だけは折り紙付きだし射程は150mもあるそうだ。望遠鏡が手に入れば射程距離はもっと伸ばすことが出来るとか言ってた。信用もできる奴だった何せアレルシャがダンジョンにあの男についていっ……」


「まずは落ち着きなさいシグネ」


 かなり興奮気味のシグネは、背を向けたままの椅子に腰掛ける女性にあやされる。

 早く伝えたいという気持ちが暴走していたようだ。

 シグネは一度大きく深呼吸をすると、


「すまない。どうしても早く伝えたかった」


「構いません。れはまず、その男性の名前からお聞きすることにしましょう」


 そう切り出し始めるエプローシアの物言いはとてもゆっくりとしていた。

 シグネを落ち着かせるためだろう。

 そんな気遣いを感じた彼女はもう一度深呼吸を済ませると一つ一つ話始めた。


 包み隠さず全ての話を終える。

 何もかもだ。

 クラウスの事をシグネが知っていてエプローシアが知らないことなど最早何もない。

 転職もできないステータスはもちろん、到達階数が九層な事も。

 それほどにシグネはこの『乱華』の隊長である女を信用していた。

 隠す意味など全くないのだ。


 だが周りのメンバー達は騒ざわついていた。

 当然だろう。

 あまりにもお粗末な内容だったからだ。

 とても信用に値するとは誰も思わなかった。

 だが・・・話を聞いていた当人の反応は違っていた。


「とても興味深いれすわね……弓を使って十層……。アレルシャが帰ってきたら、すぐわたくしの所へ来るようにと伝えなさい」


 軽く頷いたシグネは踵を返し、ダンジョンの入口へと向かった。

 九層攻略を手伝うアレルシャを出来るだけ早くエプローシアの元へと連れていくためだ。


 シグネがこの『乱華』のアジトを飛び出すのを背中で確認すると椅子を回転させ、

 机の上に両の膝を置くと……、


「ウフッ……アレルシャがねえ……十層がもしも……ウフフフッフ」


 ——ョン……ピチョン。


 耳をすませば聞こえて来る。

 ——何かの……得体の知れない何かの液体が、床に滴る音がする。




   —




 九層で両手剣を手に入れた三人は当初の予定どうり十層へと足を運んだ。

 そのフロアに近づくにつれ、大気に湿り気を帯び始める。


「水中とかじゃないだろうな」


『またすごく嫌な予感がする……ナメクジとか』


 おいばかやめろ。

 そういうこと言うと現実になるジンクスがあるんだぞ。


「クラウスの戦い方は『弓』と『大剣』と『盾』だけ?」


 だけってなんだ、だけって。

 ちょいちょい失礼だなこの小学生は。


「あとまあ……二刀……」


 できれば二刀はやりたくない。

 何故ならチェルノの恩恵をほとんど受けられないからだ。

 弓は勿論のこと大剣も軽量の効果を受けれるがブロードソードには何もない。

 本当の自分の実力で勝負することになる。


「それが一番良さそうね」


 は?

 戦闘で二刀が一番良いなんてあり得るか?

 火力がいるってことならバリスタ一択だぞ。

 だが疑問を投げかけようとする俺に、行けばわかると言わんばかりのアレルシャ。

 いやそんな馬鹿な……。


 未だその話を信用できないまま、そろそろ十層に到着しても良さそうな頃……。


『何か聞こえるね』


 俺はまだ二人の足音しか聞こえ……。

 —— ”サー……”


 水の音だ。

 マジで水中なのかよ。

 スキルの覚えられない俺は詰むぞ。

 —— ”ザァァァァァーー……”


 え?

 ここってダンジョンの中だよな。


 十層に到着した俺たちが見たものは……スコールだ。

 今までにあったフロアみたいなものはない。

 九層からトンネルのような階段を抜けた瞬間、辺りを見渡すことも困難なほど雨と風が吹き付けてきた。

 あまりの激しい雨に天井はおろか数m先も見通すことは出来そうも無かった。


「どーなってんだ! なんで水が溜まって大洪水になってねえんだよ!」


「えー!? 何が溜まってるって!」


 誰が下ネタぶちかませって言ったんだよ!

 講義してやろうとアレルシャに振り向く。

 何と……いつの間にか、黄色のレインコートをすでに着用してた。

 どっから出したの?

 それ以前に色が似合ってて可愛い。


「黄色のレインコートが似合ってて可愛いね」


 女性は褒めれる時には褒めておくものだ。

 じっちゃんが言ってた。

 アレルシャは頬を染めてモジモジしてた。

 叫ばずに言った方が何でハッキリ聞こえるんだお前は。


「すまんが二刀はLvが低い! まずは盾で行こうと思う!」


 これだけ視界が悪いと弓が使えない。

 安全策で盾をチョイスした。

 チェルノに頼んでブロードソードと重盾を出してもらった。


「まあ敵は弱いから大丈夫だよー!」


 そうなのか。

 じゃあそこまで慎重になる必要もなさそうだ。


「一応『物理防御シールド』!『身体保護プロテクション』! やっとくね!」


 俺の体が一瞬青白く光り輝く。

 なんかわからんが、ありがとうと言っといた。


 俺はボトボトになりながらも慎重に探索を開始した。

 ここも九層のように一面芝が生え、等間隔に立つ石柱が天井を支えている。

 石柱同士が壁で繋がっている所を見ると迷路になっているようだ。

 —— "ザァァァァァーー"


 しかし緊張する。

 弱い敵だとは聞いているが、初めての探索の緊張感は半端じゃない。

 何が出るか詳しく聞いておくべきだったか。

 でも弱いって言われてんのに聞けるわけないしなあ。

 ——ズーン……


 え……

 ——ズーン……


 雨の中でもハッキリと聞こえるほどの重量感のある音が響く。

 完全に・・大型種だよな?

 どうしよう。

 二刀の方がいいってどうゆうことだ。

 ——ズーン……


 あ。

 なんかいる。

 ——……


 5mぐらいの真っ黒な肉の塊に……目玉が、数え切れないぐらい……いっぱい。

 側は黒なのに飛び出してる太いロープはピンク色。

 その触手が何十本も……黒い肉塊から突き出していた。


 グロイ……グロすぎる……。

 目が会う……も何も全方向に向いてるんですが。

 ——ズーンズーンズーンズーン!


 突き出した触手をスキーストックのように地面に突き立て滑走してきた。

 その『グロき者』の速さは凄まじい。

 気づいた時にはすでに触手の射程圏内だった。

 しかも俺たちに凭もたれ掛かるように数本の触手による横薙ぎの攻撃が繰り出されていた。

 触手の速さはそこまでではないが、範囲が半端じゃない。

 まずは盾で防ぐことにした。

 —— "ズドォン!"


 鞭のように数本の触手をしならせた一撃。

 はっきり言ってグロき者との体重の差がやばすぎた。

 骨が軋むような衝撃と共に地面が回り始めた。いや……俺だ。

 俺が回って……。


 激しく地面に叩きつけられた。

 俺はどこから落下したのかも解らない。

 意識を持っていかれそうだった。


「クラウス! 二刀に変えて!」


 防ぐこと自体が不可能ってことかよ!

 攻撃自体は遅かったし、そりゃ防いで見なきゃ分からんわ!

 すぐに立ち上がると、


「チェルノォ! ブロードソード二本頼む!」


『オッケー』


 そう言うと直接両手に剣が現れる。

 鞘から抜いている暇などないことはチェルノでも分かっていた。

 防げないなら盾など持っていても意味はない。

 大剣だと刻んで攻撃できない。

 そのための二刀か。


 俺の方へすでに走り込んでいるグロき者は二撃目を繰り出す。

 なんとか見切れる、が。

 バックステップでかわしながら同時に切り込む。


 グロき者の悲鳴がこだまする。

 口あったのかこいつ!


 三撃目が来るが今度は身を捩よじって躱かわすも体制を崩してしまう。

 反撃できないどころか次の攻撃が来る。

 今度は必死の前転で躱す。

 ジリ貧だぞこれ……死ぬ。


「『瞬発力クイックネス』『駿足移動ファストムーブ』」


 アレルシャの魔法が飛んでくる。

 心臓の鼓動が一瞬早くなったかと思うと……。

 周りの時間の流れが緩やかになっていく。

 魔法凄いわ。


 グロき者の動きが遅くなる。

 これならギリギリ躱せる。

 避けつつきっちりカウンターを当てていく。

 チェルノからストレングスを貰うが、闇の方は使えない。

 ルナティックは火力はかなり上がるのだが、ペナルティで素早さが落ちてしまう。


 この後何回か魔法をかけ直してもらいながら、なんとか倒すことに成功した。

 とにかく一度体制を立て直すため、九層の階段まで引き返すことにした。


「ごめんなさい! 盾で防ぐとああなるって知らなかったのよ」


 そういうアレルシャ。

 彼女を連れて来た奴は最初から知ってたんだろうな。

 つまり誰も盾で受けることをしなかったのだ。

 知らなくて当然だった。

 気にするなと言っておいた。

 まあそれより……、


「倒せないことはない……が」


「私がエンチャントしても二匹でたら対応しきれないわよ? クラウス」


 所詮俺の二刀だとこんなもんか……。

 だがここを攻略するにはこれ以外の方法はない。

 しかし……二刀優位な状況なんて無いと思ってたけどな。

 もっと修行しとけばよかった……。


 師匠が十層突破を条件に出したのはこのためか。

 ジジイめ、知ってたなさては。



  —



『良い片手剣ほしいねえ』


「だなあ」


 十匹目を倒した後に、三人はしばらく休憩を挟んでいた。

 俺たちはまだ十層で狩りをしていた。

 ここを攻略するためには二刀の熟練度がいる。

 危険ではあったが今はアレルシャの補助があるので、

 少々無理してでも二刀のレベルを上げておきたかったのだ。

 そこで、

 一匹見つけると階段まで引いて狩るという方法を取っていた。


「巨人像を見つけても、たぶん大剣しかないわよ?」


 確かに巨人像の手は大きい・・賢いなアレルシャは。

 頭を撫でてやりたいが、俺が手を上げただけで逃げていく……。

 こいつが忘れた頃にまた撫でることにした。


「そろそろ夜も明けそうだし帰るか」


 効果の切れたライトの魔法を唱え直した俺はアレルシャにそう言った。


「なんでクラウスの魔法『光ライト』は二つ出るの?」


「いや分からん。たぶん契約した光精霊が双子だったとか?」


「へー、いいわねぇ」


 羨ましそうなアレルシャ。

 ちょっと優越感だった。

 なぜかライバル意識を燃やすアレルシャは、


「わたしは『風』『陽』をLv8までと『光』『聖』をLv10まで使えるのよ」


「思いっきり僧侶じゃねえか」


 断固として否定するアレルシャ。

 白い魔術師だそうな。


「俺は多分、全ての魔法Lv4までしか使えない」


「は? 全部?」


 あくまでも多分と付け加えたが、そんなことはありえないと言ってきた。

 やってみないとわからないが多分そうだと思うんだけどな。

 誰にも言わない約束でギルドカードを見せることにした。

 だって恥ずかしい。



 クラウス・18439 位

 Lv 28・無職・到達階数 : 10 所持金:290,000

 STR : 13(+4) CON : 13 DEX : 13 AGI : 13 INT : 13 WIS : 13

 魔術(火 : Lv1 水 : Lv1 土:Lv1 風:Lv2 光 : Lv1 闇 : Lv2 聖:Lv3)

 剣術:Lv47(二刀:Lv45 両手:Lv52)弓術 : Lv72


 チェルノ・(契約:魔法生物)

 Lv 26・液体金属・到達階数 : 10

 STR : 0 CON : 6 DEX : 16 AGI : 24 INT : 20 WIS : 19

 魔術(雷:Lv2 闇:Lv5 聖:Lv3)



 まだ7種類しか覚えてないが多分残りの3種もいけると思う。

 『雷』『陰』『陽』の3種類のことだな。


「魔法は本当に覚えれるかわからないけど……ステータスが異常だわ」


「なにがだ」


「全部同じ値の人はじめて見るもの」


「探せばそんな奴もいるだろ」


 納得いかない風のアレルシャだったが、

 「どうやって転職するのよ!」とか言い出したので「知るかよ!」と答えた。

 どうせ俺は転職もできないぐらい弱いですよ。

 だが凹まない。

 俺にはチェルノ先生がついているのだから。


 かなり眠くなってきた俺たちは、

 そんな話をしながらもなんとか地上に戻ることが出来た。

 だが入口を出て早々、


「アレルシャ! おかえり。お疲れのところ悪いんだけどアジトに来てもらえるかしら」


 シグネが声をかけてきた。

 と言うかなんでこいつはいるんだ?

 空を見上げると薄っすらと明るんできてはいるが、

 まだ夜と言っても差し支えない時間帯だった。


 シグネは……何時から待っているんだ?


 確かに十層は夜からしか入れない。

 早朝から出てくる可能性は十分にあった。

 いや……気にするのはやめておこう。

 切迫した状況なのかもしれない。


 考えを改めた俺は二人に軽く挨拶を済ませると宿へと戻った。


 俺にはまだ色々とやることができてしまった。

 まあ、考えをまとめるのは明日にでもできる。

 就寝の用意を済ませベッドに横になると、


『なんか波乱の予感ってやつだね』


 余計なことを言うな。

 寝れなくなるだろうが……

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