第13話 頑張る少女


 クラウスの泊まる宿の一階には、酒も楽しめる要にと酒場が設けてあった。

 木を基調した店構えのためか昼食も取ることができる。

 だがそんな昼食時間を過ぎて尚、居座る四人の男女がいた。


「俺の出す条件をクリアしてもらわないと、悪いが参加できないな」


 俺の前に座る三人はお互いに顔を見合わせている。

 時間はいくらでもある。

 十分に相談するといい。


「あなた本気で言ってるのかしら」


 そういうシグネは何故かあきれ顔だ。

 彼女が俺に求める『死に絶えた龍の宝物庫』への討伐に対する参加条件は二つ。

 一つはスキルの販売所を教えること。

 そして二つ目は十層の入り口の場所だ。


「ちょっと! あなた弓術師でしょ? なんでスキルしらないのよ」


 どこからか声がする……やや視線を下げる。

 アレルシャか……頭を撫でてあげた。

 手をはたかれた。


「クラウス。お前まさか転職してないのか? スキルは転職後に自動で増えていく」


「な」『な』


 どうやら転職をしないとスキルを手に入れられないらしい。

 自分の一番伸びてるステータスを教えろといってきた。

 専門職なら最低でも「15」ぐらいは欲しいと言われたが俺は最大で「12」だ。

 今から転職の神殿に連れて行ってくれるというが……。


「ない……一番伸びてるステータスは無い」


 ものすごい気まずい雰囲気になった。

 俺は本当に弱いんだなと実感させられた。

 もう帰っていいかな?


「とっ、とりあえずそれは置いておこう。次は十層の階段だな」


 気を使ってくれるレイブンズ。

 ありがとう……やっぱお前はいい奴だな。

 自分で目が潤んでるのがわかる……カッコ悪いな。


「九層に『武器を持った巨人像』がある。昼に行っても『弓』を持った像があるだけだが、夜には『剣と盾』を持つ像に変化する。その像の足元にある階段が十層につながる入口だ」


 『なにい!』「なにぃ!」


 たっ、確かに夜になったら速攻で遺跡から出たな。

 変わると思わないだろ普通は……どんだけ壮大な仕掛けなんだよ。

 神様どうか今度から普通に階段設置しといてください。


『剣があるだとぉ!』


 なんか俺と違うところにチェルノは反応してたらしい。

 そういやこいつの唯一の楽しみだったな。


「よしこれで俺の方は文句ない。で? いつ行くんだ」


「まだ決まってはいない。とりあえず私は今日の話をエプローシアに伝える」


 エプローシアはシグネのとこの隊長だったな。

 俺が実は弱かったと伝言されるのかと思うと、また情けない気持ちになってくる。


「討伐の日時が決まったら教えてくれ。それまで俺はダンジョンに篭こもってくる」


 とにかくこれで十層に行ける様になったんだ。

 剣のことも気になるし、Lv上げて転職もしたい。

 とりあえず今は朽ちし龍のことはどうでもいい。

 俺は今すぐにでも飛び出したいぐらいの勢いだった。


「まちなさいよ……わたしもついていってあげるわ」


 またどこからか声が聞こえた……視線をやや下げる。

 アレルシャだった。

 またふざけてやろうかと思ったが……。


 かなり勇気を振り絞ってそう言ったのだろうか。

 少し涙を浮かべながら口をつぐんでいた。

 確かこの少女はは目の前で仲間に死なれ傷心中だったはず。

 何かを決意したこの少女の心の内は、俺には到底解り得るはずもなかった。



  —



 クラウスとアレルシャたちが探索のために酒場を出て行く。

 彼らの背中を黙って見届けるレイブンズとシグネは思わず顔を見合わせた。


「なあ、あいつは俺たちが連れてくるまで本当に塞ぎ込んでたのか?」


「ああ。アレルシャが私以外とパーティーを組むのなんて初めてだ」


 何がどうなってるのか分からないといった表情を浮かべる二人。

 レイブンズはしばらく考え、


「だがクラウスは信用できる男だ。任せておけばいい」


「腕は立つのに何も知らない男か……不思議な奴だな」


 そう言うと二人は和かに笑みを浮かべ、テーブルの紅茶を同時に口に含んだ。



  —



 雑貨屋で準備を済ませた俺たちは九層に到着した。


『まだ日があるねえ』


 九層の昼は、弓を使うカンガルーが数匹単位で現れる。

 盾を装備したほうが安全なように思うが、それだと敵を処理できずに積んでしまう。

 危険だがここはバリスタで行く……普段なら。


「クラウスは弓つかいでしょ? 弓はどうしたのよ」


 今日の俺の三人目の仲間である少女がそう言った。

 そういえば説明してなかったな。

 普段は短剣になってもらってるチェルノを腰から抜き出す。


「こいつは俺の契約魔法生物で名前はチェルノだ」


 俺の手に持つ短剣が一瞬溶け出し始めると、

 形だけは人間だが、艶のある液状の金属が姿を見せた。


『ボクはチェルノ。よろしくねアレルシャ』


 チェルノを見たアレルシャは、俺の予想をはるかに超える驚き方だった。

 悲鳴を上げ腰を抜かすと、尻を引きずるように後ずさっていた。


「失礼なやつだな。やっぱチェルノは相当レアな魔物ということか」


『仲間を見たことがないからね』


 このままだと何時までたっても話が進まない。

 チェルノにはバリスタになってもらった。


「武器になる魔物なんて聞いたことがないわよ!」


「それはお前が無知なだけだ。新しい発見ができて良かったな」


 少女は納得がいってないようだが詳しく聞かれても困る。

 何せ俺もよくわかってないんだから。


「という事で、俺はチェルノの力で一度手に入れた武器は何でも使える。今は弓が一番強いからこれで行くぞ」


 腕力上昇薬を飲み、全ての魔法を済ませ中へと侵入する。

 フロアの柱を伝って慎重に歩を進めた。


「ねえクラウス」


「なんだ」


 俺は死ぬほど慎重にクリアリングを行いながら答える。

 敵の矢は洒落にならない。

 目とかに刺さったら軽く死ぬのだ。


「わたし、『飛矢防御アローオブレジスト』もってるから矢はきかないわよ」


 なっ・・なんだと・・。


 話を聞くとLv7の風魔法だそうだ。

 圧縮した何千もの風玉が詠唱者の上空を徘徊する魔法らしい。

 実際試してみたら、飛んできた矢が何かに当たってポトンと落ちた。


「すっ、すげえ! アレルシャは天才なんじゃないのか? これがあれば九層で狩り放題じゃないか」


「ふん! ほめたってレベルは上がらないのよ。さっさと狩り、つづけなさいよ」


 ちっちゃいくせに何でそんな偉そうなの?

 ……ちっちゃいくせに。


 アレルシャは回復と防御が得意な魔術師だった。

 僧侶ではなく魔術師だと念を押された……こだわりがあるのか。


 俺たちは日が暮れるまで狩りを続けた。

 彼女のおかげで相当な数のカンガルーを狩ることができた。


 風玉は外側からの攻撃には障害になるが、中からだと全く抵抗がない。

 しかも射程150mのバリスタなら、見つけ次第処理することになる。

 相手の攻撃は効かない上に、発・即・射だ。

 半端な経験値効率じゃなかった。


「……というか巨人像どこだ?」


 暗くなって当初の目的を思い出した俺。

 遺跡のことすっかり忘れてたわ。


「わたし斥候じゃないからしらないわよ」


『全然覚えてないよ』


「そうか!」


 責めることはできない。

 なぜなら俺も全然覚えてなかった……。

 とりあえず視界確保のためライトの魔法を唱える。

 二つの光が上空を照らし始めると……。


「というか遺跡って目のまえのじゃないの?」


 アレルシャの視線の先に目をやる。

 そこには確かに遺跡があった。


「よく見つけたな。完全に暗くなって、探索を諦めようかと思ってた」


 真っ暗だと見つけるのは難しいからな。

 少女の頭をナデナデしてあげた。

 なぜかまた手を叩かれた。


『巨人像が変わる瞬間を見たかったねえ』


「床がいきなり回転したらどうすんだ」


 それが十層への道だったら……落ちて死ぬな。

 かといって巨人像が動いて楽屋裏で着替えるとかも嫌だな。

 ……どうでもいいか。


『どんな剣かな。やばい! やばいよ!』


 何が言いたいんだこいつは……。

 まあ、俺もメチャクチャ楽しみなんだが。


「目的は十層でしょ? 剣はどうでもいいと思うけど」


「誰だって新しい装備には期待するもんだろ?」


 何言ってんの? という顔になってるアレルシャ。

 まあ誰も思いつかないからそこにあるわけだが……。

 はやる気持ちを抑え神殿の中に入ってみることにした。


 入り口はここしかないな……昼と同じだ。

 体育館ほどの広さがあり真ん中に巨人像。

 俺たちのいる入口に向かって大きな盾を構え、今すぐにでも斬りかからんと剣を振り上げていた。

 その巨人な像の足元には、下へと降りていく階段が出現していた。 


「確かに昼間と違うな。どういった仕組みなんだろうな」


「クラウスとおなじ仕組みなんじゃない?」


 そういう考え方もあるのか。

 確かに変化する瞬間を見てみたいもんだ。


 巨人像を見やるといつの間にか、液体の金属がよじ登っていた。

 髪の毛がやや……というか完全に薄い巨人像の頭皮に座ってる。

 チェルノそこは危ない。

 想像以上に滑るからやめなさい。


『……』


 どうも何やら考え事をしているようだ。

 昼間の巨人像ならもう既に溶かしてる頃だ。

 アレルシャに気でも使っているのだろうか。


「どうしたチェルノ」


 聞いたほうが早い。

 悩みは共有するのが解決への近道だ。


『これおかしいね。盾はただの石像だよ』


 弓の時とは違うってことか。

 巨人像自体は石で作られてるし、普通なら全部石だからな。


「盾は? じゃあ剣は石像じゃないって言ってるようなものよ?」


 アレルシャはなかなか勘がいい。

 子供の成長を見てる感じで面白いな。

 盾は、って言ってるから剣は使えるんだろう。


『だけど剣の方がもっとおかしい』


 ……なぬ?

 そう言われて剣の方に注意を向ける。

 目の前にそびえ立つ巨人が、天高く掲げてある両刃の剣だ。


「何がだ」


『剣の握りがだよ。巨人が振るうには細すぎる……多分人間が使う両手剣だよこれ』


 そういえば弓も掴んでてしっくりくるよな。

 巨人が使ってたならもっと太いはずだ。

 何でだろうな、と思ってたらチェルノの体が揺らめき始める。

 その掲げられた大きな剣に根元からゆっくりと巻きつくと……。


 ——豪快に溶かし始めた。


 先ほどまで大剣をを覆う液状の金属が人の形に戻ると……そこには何もなかった。

 残ったのは盾を持って腕を掲げた巨人像。すでに存在する意味は無い。

 本当に怒られないか心配になってくるな。


「なっ、なっ、なにを……」


 それを見たアレルシャは正気度が少し下がった。

 だが発狂するまでには至らなかったようだ。

 良かったね。


『クラウス。振ってみる?』


 べ、別に振りたいとか思ってないけど?

 まあ振ってほしいなら振るけど?


 手を差し伸べるチェルノに応えるべく、その手を掴んだ。

 瞬く間に変化するチェルノ。

 俺の手には、先ほと巨人が振り上げていた両手剣が握られていた。

 もっと生々しくグニャアって感じで変身しても良いのよ?

 でもアレルシャに発狂されても困るか。


 俺の手にある真っ白な両手剣。

 バリスタと同じ材質なんだろう……要するに何で出来てるか解からん。

 刃の部分だけで2mは優にある。

 大きすぎて誰も担かつぐことはできんな。

 とりあえず試し振りするために両手に持ってみる。

 もうちょっと重い方が振りやすいかな?

 そこらへんは後で調整だ。


「んじゃま、振ってみますか」


 正面に構えたその剣の位置はそのまま自身を半回転して……横薙ぎ!

 ……って、あれ?

 おもてえ!


 なぜか空中に縫い付けられてる感じだ。

 剣がその場から動きたくないと言っているようだった。


「何か重たい水の中で振ってる感じだ」


『やっぱり?』


 やっぱりじゃねえよ。

 分かってたのなら先に言ってよ。

 これじゃただの欠陥商品だ・・返品待ったなしだぞ。


『この剣は別の空間にも幅を持つ剣なんだよ。その幅を削いで軽量化してもいいけど……それだと意味がない』


「つまり?」


『新しい魔法がいる』


「……」


 ハハハ……。

 笑うしかないな。

 もーまたかよ・・・俺ら武器を研究してる時間が長くないか?

 このダンジョンに普通の武器はないのかよ!

 九層だぞ? まだたったの九段目だぞ?

 攻略が一向に前に進まんのだが……泣きたいよ俺は。


「とりあえず十層行こうか……」


『オー!』


 俺のテンションはだだ下がり。

 だが、反比例するかのようにハイテンションなチェルノ。

 そして状況になかなかついてこれないアレルシャ。



 半ばやけくそになりながらも十層への階段を降りていくのであった。


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