第10話 マリエッテ後編
とうとうこの日が来た。
あの女三人組と、俺の弓人生を賭けた決戦の日だ。
やや緊張感のある空気もこの一週間での手応えを感じている俺には心地よいものだった。
もちろん八層の敵に物理攻撃が効かない可能性もあるが、今となってはどうでもいい。
俺たちは早めに準備を済ませ、バルトメルトの入り口に立っていた。
むかつく奴等だが、女性を待たせるわけにはいかないからな。
朝早くからダンジョンに挑む人たちは少ないようで、辺りには人がまばらだった。
チェルノにはバリスタになってもらってる。
弓術師として堂々と行くつもりだ。
馬鹿でかいので目立ってはいるが今はそれどころじゃない。
あいつらがくれば十分俺に気づくはずだ。
『最悪ゴースト系統の魔物だったとしても、ブレスウエポンの魔法が効いてくれればいいけど』
聖属性のその魔法は、ほんのわずかだが聖なる祝福の効果があるらしい。
精霊系統の魔物だった場合は完全にお手上げだ。
「どんな魔物がいようと倒れるまで撃ち続けるしかないな」
中途半端な気持ちで挑んでも仕方がない。
結果がどうであれ、やる以上は全力を出すだけだ……。
目を瞑るとこの一週間での出来事が脳裏をよぎる。
二日目には俺がシューティング、チェルノがブレスウエポンを覚えた。
シューティングは矢に回転を加えて矢の軌道を安定させる魔法のようだった。
それを見たチェルノが矢と弓を改良した。
あとストレングスは覚える必要がなくなった。
チェルノがモヒメットを食べたら魔法が使えるようになったからだ。
これは本当に朗報だった。
強いて欲を言うならもう少し早く気付いて欲しかった。
無駄に恥をかいてしまったじゃないか。
最終日にはなんとチェルノがLv5闇の魔法『狂人ルナティック』を覚えた。
全ステータスが下がる代わりに腕力が上がる魔法らしい。
闇に適性があるっていうのは間違いないようだ。
腕力上昇薬とでもいう赤い色のポーションを使えばSTRが30を超える。
『あいつらこないね』
「もう少し待ってこないようなら、先にやってしまうか」
八層で狩りができるか否かだからな。
大体守ってもらう必要なんか微塵もない。
あ・・・思い出したら腹が立ってきた。
何がウサギのケツの穴だ、お前らのケツにぶちこ……やめておこう。
というか……待つ意味あるか?
俺が守ってほしいみたいじゃないか。
「チェルノ、俺ら守ってもらう必要あるか?」
『ハッキリ言ってないね。早く行こうよ』
同じ意見を持ってもらえて嬉しい。
つまりここに留まる必要はもうないのだ。
その思いに至った俺たちは振り返ることもなく八層に向かった。
もちろん到着しても周りを確認することもない。
さっさと八層の内部へと歩を進めていった。
「チェルノ、いきなり行くぞ。シューティング」
『ストレングス』
すかさず腕力上昇の薬を飲む。
二つの効果で腕が自分でも分かるぐらいに膨れ上がる。
いつもなら気持ち悪いと自分でも思うのだが、どうもイライラしてるのか気にもならなかった。
『ルナティック』
……ッ!
この闇の魔法はなぜか一瞬意識を失う。
戦闘中には使えない・・・しかもなぜか視界が赤くなる。
だが、それ以外は何もないのでガンガン使って行こうと思う。
使えるものを躊躇ためらってる余裕など、弱い俺にはないのだ。
『この先にいるね。3匹かな?』
しばらく進むとそいつらは居た。
俺のいる位置から150mほど先に……何かが見えてきた。
なんだあれ? 人ほどの大きさの箱? だろうか。
正立方体の金属の塊が三つ、バタン、バタンと音を立てて転がっていた。
「死ぬほど足が遅そうだぞ。弓で余裕じゃねえか」
『他にもいるんじゃない?』
なるほど……。
大体八層なんて下層もいいとこだ。
とりあえずやってしまうか。
ちょっと遠い気もするが向こうから来て貰えば済む話だ。
躊躇ちゅうちょなく俺はその場で構えに入る。
ここで視界に入るのはバリスタに付いている筒状の物。
チェルノがバリスタに改良を加えた部分で、筒の中に螺旋状の溝があるらしい。
矢の鏃やじりは剣を捻ねじったような形状がかなりえぐい。
しかも矢は既に装填そうてんされていた。
そう、矢はチェルノが作るために何処にでも出すことができる。
普通なら弓に筒なんて付けると、その筒に矢を入れる作業が必要になる。
だがチェルノの作ったバリスタにはその必要がない。
一気に引いて狙いをつけた。
だが全長3mほどあるバリスタには、ここから更に引くことができた。
STR30の本領発揮だ。
曲げてある右腕を……更に半分ほど伸ばす。
だがこの体制は、かなり命中率が下がるので照準器を付けた。
これを覗いて射るとかなり当たるようになった。
DEX(器用)の命中率補正の意味がわからんな。
『当たるかな』
「やってみないと……っわからん……」
狙いをつけ、限界まで引き抜いた矢を……放つ!
——ギャアウゥ!
相変わらず凄い音がする。
大気を裂く音らしいがちょっと耳が痛い。
——シャク。
お菓子を踏んだような音が聞こえてきた。
『おお。当たったよ!』
「まぐれだな。さすがに出来すぎだ。的もでかいしな」
とか言いつつもちょっと嬉しい。
というか弓・・・面白いわ。
しかも敵が近づいてこないのだが……。
襲ってこないタイプか。
なんだ、八層ってユルユルじゃねえか。
ただの的に成り下がる魔物にガンガン撃つことにした。
——ギャアウゥ!
——ギャアウゥ!
——ギャアウゥ!
矢が最初からあると連射が効くな。
ちなみに一発外したが上出来だろう。
「次いないか? ちょっと楽しくなってきた」
『違う種類もいるかもだし探しに行こうか』
もっと威力を伸ばすには……もっと連射するにはあれを……。
二人はそんな話を楽しそうにしながら奥へと進んでいく。
彼らの頭の中には女三人組のことなど片隅にもなかった。
当初の目的を完全に忘れているのだ。
——
八層にいる弓術師を遠目に見守る三人の影……マリエッテ達だ。
彼女たちは……実は最初からいた。
クラウスが朝早くから入り口で待っている時から見ていたのだ。
「な、なにあれ……」
「アイアンキューブって叩くとあんな音だった? ちがうでしょ?」
「てか、弓って敵の索敵範囲外から撃つことできましたぁ?」
その弓術師の戦闘を目の当たりにした三人。
思わず顔を見合わせ三者三様の感想を言い合っていた。
マリエッテは考える。
もちろん今から顔を出すのか、それともこのまま退散するのか。
でも彼の戦力を知ってしまった。
でも今更出て行ったら殺されてしまうのでは?
なぜ?
だって私たちは彼を守りに来たのに……。
彼は私たちが着く頃には既にダンジョンの入り口に立っていた。
別に嫌がらせで見ていたわけじゃないのよ?
ただ……弓がね。
あんな大きな弓を見たことが無かった。
あんなもの人が扱えるはずがない……そう思ってしまった。
だからきっと……また嘘をついてその場を乗り切ろうとしてると思っただけなのです。
私たちはそんな男の嘘を聞くのが嫌だった。
その場しのぎの嘘なんてもう散々聞いてきたのです。
でも守る約束をしてしまってた。
行かない訳にはいかない。
どうしようかと迷ってたら、彼は中に入っていった。
もちろん守ってあげるために付いて行ったわ……。
でも私たちがついた頃にはもうさっさと中に入っていくじゃない。
声を掛ける余裕なんて無かったわよ。
そしたら……まさかあんな強い人だったなんて思ってなかった。
八層にいるような実力じゃない。
どうしよう……。
とても失礼なことを言ってしまったのです……。
彼は私たちの目の前でちゃんと約束を守ってみせた。
最初から嘘なんてつく気がなかったのよ。
せめて謝りたい。
許してもらわなくったっていい。
殴られたって仕方がない。
でも今は出て行くことはできないのです。
今行ったらきっと嫌われてしまう……嫌われたくない。
なぜなら私ことマリエッテ・シェルロラは……。
彼のことが好きに……大好きになってしまったのです!
——
「死ぬほど弱いなここの敵」
『師匠が街の外れに射的場があるって言ってたよ。そこに行ってみる?』
「それいいな。他の弓術師とか見てみたいな」
帰るか……。
あれ? そういや女三人組……。
あいつら約束のこと忘れたのか?
確か自分のケツに矢を刺す約束だった……あれ?
すでに約束の内容も忘れてしまったクラウスたち。
もはや女三人組の事をとやかく言う権利を失い、街へと帰るのだった。
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