第11話 弓術師


 清々しい朝を迎えたクラウスたちは街の外れにある射的場へと向かっていた。

 昨日は一日中八層で狩りをしていたが三人組は最後まで現れることはなかった。


 郊外への道すがらギルドカードを眺める二人。



 クラウス・29021 位

 Lv 24・無職・到達階数 : 9 所持金:295,000

 STR : 12(+4) CON : 12 DEX : 12 AGI : 12 INT : 12 WIS : 12

 魔術(火 : Lv1 水 : Lv1 土:Lv1 風:Lv2 光 : Lv1 闇 : Lv2 聖:Lv3)

 剣術:Lv37(二刀:Lv27 両手:Lv52)弓術 : Lv54


 チェルノ・(契約:魔法生物)

 Lv 21・液体金属・到達階数 : 9

 STR : 0 CON : 6 DEX : 15 AGI : 23 INT : 18 WIS : 18

 魔術(雷:Lv2 闇:Lv5 聖:Lv3)



『色々やってるわりには順位が落ちていくねえ』


「九層までは子供でも行けるからな……」


 ギルドカードを眺めているだけで情けない気持ちになってくる……所持金もとんでもないことに……。

 とにかく最初の目的である順位1万切りを達成したいもんだ。

 十層を突破できればなんとかなると思うんだが。

 好感度MAXの女の子かあ……。

 美人さんだったらどうしよう……。

 やべえ……モチベーション上がってきた!


 だが、大概九層は探索したが階段なんてなかったぞ?

 もうさっさと誰かに聞いたほうが早そうだな。


『なんか騒がしいね』


 言われてみれば確かに、街の外れにしては人が多いようだ。

 祭か何かだろうか。

 ……この修羅の街みたいなところで何を祝うんだ?


 しばらく歩いていると今日の目的地である射的場が見えてきた。

 奥にそびえ立つ岩山を背に、的が十数個ほど立て掛けてある。

 人の侵入を防ぐためか柵が両脇にあるが、そこに人が群がっているようだった。


「弓を練習するだけで人が集まるのか?」


『そばにいる人たちに聞いてみようよ』


 さっそく群集の一人に話を聞いて見ると、どうも有名な弓術師が来ているようだ。

 当然ながら名のある実力者ということだろう。

 逸る気持ちを抑えつつ、良く見える位置まで移動する。


 ——ストン。


 ——オオォ〜!パチパチパチパチ。


 一矢一矢ごとに拍手喝采が巻き起こる。

 矢の放たれた先をを見てみると、数本の矢が的の中央を奪い合うかのように刺さっていた。

 一発も外してないという事を、その的は物語っている。

 遠的と呼ばれる位置からのあの精度はかなりすごいらしい。

 少なくとも俺には真似できないな。


 そんな離れ業をやってのける人物に目をやる。

 そこには真っ赤な長髪の後ろの部分だけを束ねた髪型に、的を射抜かんばかりの鋭い目つき。

 桜をデザインされた裾の短い道着には、右の肩と脛すねにのみ装着された大きめの重鎧。


 女性の方だった……また女かと一瞬思ってしまった。

 なんせ最近は碌な女と出会わないのだ。


 だが俺には好感度MAXな女性が待ってくれている。

 他の女になど構っている暇はないのだ。


 目の前のその人は、拍手を受けても眉一つ動かさない。

 それでも周りからは天才だ、あいつは俺の嫁、などと言う声が四方から飛び交う。


『射る位置がちょっと近くない?』


「だが命中率が半端じゃないぞ」


 遠的と言われていた位置はおおよそ50mほどらしい。

 注目を浴びている女性は見たところ、わりと等級の高そうな弓を使用していた。

 その装備を持ってしてもかなりの放物線を描いている。

 にも関わらず矢の命中精度は桁違いだ。

 実力があるという事に関しては、疑いようのない事実だった。


「ああいう競技なんじゃないか? 軽く撃って命中率を競い合うとか」


『軽く撃つ意味なんてある? 遠目から全力で吹き飛ばしたほうが早いよ』


 本当こいつは脳筋だな。

 でも俺より賢い……俺の存在って一体……。


 感極まったギャラリーからは彼女に対する情熱をアピールするためなのか、

 自分の知識をひけらかし始めた。


「やっぱシグネの鷹の目Lv10は伊達じゃないよな」


「遠的だと鷹の目のスキル関係ないって。必中Lv10が効いてるんじゃない?」


「縫い矢とかは? シグネはこのスキル持ってたよね?」


「どこに障害物あるんだよ。あれは物の間抜くスキルだぞ」


 ほぉ、皆さんかなりの博識でいらっしゃいますね……で?

 スキルってなんです?


「おいチェルノ。スキルってなんだ?」


『知らないよお。持ってるとか言ってるし、どこかに売ってるんじゃない?』


 なん……だと。すぐに買いに行かねば。

 レイブンズが売ってるところ知ってそうだな。

 スキルとやらさえあれば、かなりの戦力強化が見込める。

 というかスキル必中て……必ず当たるってことか?

 詐欺レベルじゃねえか。


 しばらくすると射的場は矢を回収するためか、一時休憩になった。

 シグネと呼ばれていた人も射るのを止め、汗を拭っていた。


『どこまで的が見えるか的の正面に行こうよ』


「見るだけなら200mはいけるんじゃないのか」


 実際に正面に立ってみたが、200は無理だった……。

 的が豆粒のようだった……メガネかけるか……メガネ?

 望遠鏡を使えばもっと遠くから撃てるんじゃないの?


『望遠鏡か……それいいね!』


 少なくとも2kmぐらいはは照準を合わせることができそうだな。

 まあそれ以前に俺の命中精度がついていけないんだが……。


 そうこうしてるとシグネの取り巻きをしていた群集が何らら騒いでいた。

 新手の有名人らしい。

 そちらの方も拝見させていただきますか。


 ずかずかと群集の海を割って現れた人物。

 背は高そうだが線の細い男性だ。黒髪短髪のツンツン頭。

 服装が白い下地に革のベストなのは、バーテンダーを意識しているのだろうか。

 弓を担かついだバーテンなんて見たこと無いけど。


 そのバーテン風の男は射的場にくるなりシグネと呼ばれている女に声をかける、


「よぉシグネ。こんなとこで会うなんて奇遇だな」


「あなたが来たから帰るところよ。気安く声なんて掛けないで」


 どうやら顔見知りのようだ。

 トップランカー同士は顔も割れている。

 彼らから見ればクラウスは道に転がる石も同然だ。


「つれないこと言うなって。聞いたぜ? お前自分より強い男を探してるんだってなあ」


「あなたじゃ無いことだけは確かよ」


 完全に拒絶の意思を示している女性。

 男の方も凄い言われ様だが気にもしていない。


「つまりだ……お前はこの俺、ジクリート・キャストル様より強いって言いたいんだな? よーし分かった。シグネ、俺と射的で勝負だ」


 この男はここまでの話の流れが最初から決まっていたらしい。

 つまり、弓術には相当自信があるということだ。

 射的場にわざわざ来ていて、勝負するというのなら弓しか無い。

 ここで会うのを待っていたと言われても仕方がない状況だ。

 だが俺にとしては、無理やり約束させるのは気に入らなかった。


「わかったわ……でも約束して。もし私が勝ったら、二度と私達に近寄らないって」


「オーケー。いいぜ」


 そう言い放った男は、これ以上無いほどの邪悪な笑みを浮かべていた。

 キャストルという男には必勝の策があるとみて間違いない。


『的当て勝負かな? それだとシグネに勝てるとは思えないけど』


 男も相当自信がある様だし、いい勝負になると思うけどな。

 同じ不利な状況でやるとか?

 例えば、


「背中を地面につけてとか、腕を縛ってみるとか」


『それでどうやって射るのさ』


 そんなこと俺に聞いても分かるわけ無いだろ。

 何言ってんの?


「シグネ。的中勝負だと俺たちじゃ勝負がつかねえ。射程勝負と行こうや」


「両方ともよ。遠的から5歩づつ離れていって中心を外したほうが負けよ」


「わかったわかった。さっさとやろうぜ」


 やれやれと言わんばかりのキャストル。

 あの余裕はどこから来るんだろうか。

 スキルか!……やっぱスキルなのか!


『スキルか!』


 やばい、最近似てきた。


 キャストルとシグネの勝負は既に始まっていた。

 最初の遠的付近からは既に20mほど後ろに下がっている。

 つまり的からは約70mってところか。

 今は矢の回収のために一時休戦の様だ。


 というか俺がこの場所にいたら邪魔になるのでは?

 だんだんこっちに来るんだけど……来たらどけばいいか。


『ボクたちの半分位の距離でもう矢が途中で落ちそうになってるよ? ここまではこないよ』


「それもそうか」


 俺たちは150m付近にいた。

 昨日八層で射ちまくってた距離だ。


 シグネたちの勝負が再開される。

 両者とも70mを超えて尚、真ん中に命中させていた。


『でもシグネに余裕が無さそうなのは何でだろうね』


「見た感じ外すようには見えないけどな」


 だが明らかにシグネには焦りが見え始めていた。

 見るからに絶望感を漂わせ、勝負の前に放っていた覇気のようなものは見る影もなかった。


 それでも進む勝負の行方。

 75mを超えたところで突然……シグネの矢は届かなくなっていた。


『あれ? 急に射程が落ちたよ?』


「角度を45度にすればもう少し飛びそうなのにな」


 キャストルは勝負を決定づけるためか、その後に80mを成功させて見せた。

 男は心底楽しそうに腹を抱えて笑いながら、


「ギャハハハ! なんだお前。スキル切ったらこんな距離も飛ばせないのかよ。朝起きたら腕立て伏せ10回はやっといたほうがいいぜ!」


 スキル万能だなおい。

 今日は何回聞くんだ? スキルって言葉を。


 シグネは目の前の男に嫌味を言われても、何の感情も表すこともなく、


「私は何をすればいいの」


 そう諦めた様に言い放っていた。


 そういや負けたら何するのか聞いてないな。

 男女の勝負っていうと……そういう事か?

 強引な約束だしなあ……なんかムカついてきたな。


「クック……そう怯えんなって。俺は優しいからなあ。何もしやしねえよ。ただ……俺の方がお前より強いってことを証明してくれりゃいいだけさ」


 優しいと自己申告する前にその邪悪な笑みを止めろと言いたい。

 それにしても……シグネに勝機はあったんだろうか。

 何のために勝負を受けたんだ?


「俺の靴を舐めろ」


 げ、ひでえ。

 最低だなこいつ……俺こいつ嫌いだわ。

 人が集まっている場所では最大限相手のプライドは尊重するべきだと思う。


「……わかったわ」


 は?

  こんなギャラリーが犇ひしめくような所で何言ってんだ?

 犬の様に屈んでここまで歩いてきた男の靴を舐めるってのか?

 何言ってんだこいつ。


 シグネは何かを諦めたように目を瞑ると、

 自分に勝利した男の前までゆっくりと歩を進めてた。


 ……おい女……おい!

 本気でそいつの靴を舐めるきか?

 完全にムカついてきたぞ……。

 俺がこの距離から的をぶち抜いて白けさせてやろうか。


『……クラウス』


 チェルノがそう言うと俺の左手にはバリスタが握られていた。

 ……そうか……お前も切れそうか。


 俺は左胸に手を入れ、差してある腕力上昇薬を飲む。

 そして左の手の平に現れた3mの弓を握りしめ構えに入る。


『ストレングス』


「シューティング」


『ルナティック』


 ……毎回ッ……全部魔法使わないとダメなのはなんとかしてほしいな。

 しかもこの魔法を使うと目が充血して人に見せられなくなるのだ。

 紺のチェーンコートについてるフードを被りながら、


「だが……あんな小さな的には当たらんぞ」


『大丈夫だよ。一体を吹き飛ばして誤魔化そう』


 俺らも騙してるようじゃ人のこと言えないな。

 狙うのはシグネが動いたために開いた彼女の的だ。

 いつものようにバリスタを一気に引く。

 そこからもう一段階……右腕を力任せに引き延ばす。


「よーっし……落ち着け俺!」


 頼む! 当たって! 外すとカッコ悪い!

 照準を合わせって……放った!



 ——ギャアウゥ!



 ああうるせえ!

 どおなっ……。



 ——ドオォーン!



 え?


『外した!でも後ろの岩山に当たって的ごと一体が吹き飛んだっぽい』


「よっ、よし! 計算通りだ!」


 ここはもうハッタリで押し通すしかない。

 クールだ!クールになれ!


 何事だ! と言わんばかりの群衆と、俺の前にいる二人。

 だが瞬く間に俺はこの場にいる全員の注目を浴びた。

 まあ馬鹿でかい弓持ってる上に、射出するときの音が尋常じゃないからな。

 前にいる目が点になっている二人に向かって笑顔で手を振り、


「あんたたち! そんな至近距離で射っても練習にならないだろ? こっちに来るといい!」


 爽やかにそう言って差し上げた……。

 的に当たってないんだがな!



 前面に押し出す俺の爽やかスマイルを持ってしても会場の静けさを打ち消すことはできなかった。

 ……逃げるか。


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