第32話 巻き込み型悪意

 

 ここはバルトの迷宮四十層にある港町『フォースクエア』。

 遠目から見える海には貨物船や客船が行き来するところを見て、他にも島があることが伺える。

 仲間に置いていかれ、どうして良いのかわからないクラウスはレイラを連れてトボトボと街を歩いていた。


『新しい服でも買ったら?』


「だなあ」


 そう言って自分の着ているチェーンローブを見ると、

 ところどころほつれ、見るからにボロボロになっていた。

 レイラの服も買ってやるかと思い、俺は商店街に立ち寄ることに。


 近くまでよるとガイドマップなるものが配られていた。

 どこのレジャー施設なんだと一瞬思ったが、見るのも面倒なのでレイラに渡す。

 必死に目を通す少年……やっぱ便利かもこいつ。


「クラウス様! 衣類の広場なるものがあっちに!」


 元気よく行き先を指し示すレイラ。

 というか「様」付けるのをやめさせてみた。


「クラウス……あっちに広場が……クラウス……」


 なんで二回言った?



  ・ ・



 早速到着した俺たちを出迎えてくれる活気のいい声。

 見渡す限りの軒先から所狭しと洋服がせり出し、それを買い求める人で賑わっていた。

 

 人の多さに感心しながら練り歩いていると、目的の魔道服が並べてある店を発見。

 早速店の前まで寄ってみると、その品数の多さに驚く。

 迷宮の内部にも関わらず、品揃えがいいのは港のおかげなのかね。

 そう感心しながらも、店の外のローブから品定めを始めていく俺。


 またチェーンローブでいいかなあ。

 もう今来てるのに慣れすぎて、普通の魔道服だと着てる気がせんのよね。

 だが案の定軒先には並べてないようだ……まあこの服ってマイナーだから。


 他に売り場がないかと辺りを見回していると、レイラが小さめサイズの服を物色しているのを発見した。

 しばらく様子を見ていると、売り場に掛けてある一着の服を引き出し、自分の両肩に当て始める。

 可愛い服を選んでるのかと思ってた俺。

 だが当ては外れ、レイラの手にもつ服は……重そうな紺色のローブだ。


『クラウスとお揃いにしたいのかな?』


 同じように見ていたチェルノがそう言う。

 むう……俺の予想を上回って可愛いことしてきますね。



  ・ ・



 今度こそ決めるぞと決意を新たに、すでに三件目の軒先の商品に手をかける。

 俺ってやっぱ優柔不断だったのかと再認識していたところ、

 唯一の照明である日の光を、ガシャガシャと音を立てる複数の影が遮ってくる。


「鎖を編んだ紺色のコートというのは目立ちはせん……だが探すとなれば容易なものです」

「少しばかりご足労願おうか。……弩弓のクラウス殿」


 俺は振り向くことなく視線を後方に流す。

 胸に馬鹿でかい十字架を掲げた甲冑服の男が、五人ほど俺を取り囲むように突っ立っていた。

 どう考えても厄介ごとに巻き込まれそうな雰囲気。


 店の軒先に掛かっている商品をぶっ倒してでも逃げた方が良さそうだ。

 だがそう考えている俺の元へと、一人逃げればいいのに何故か駆け寄ってくるレイラ。

 こいつを置いて逃げるなんてことは出来そうもない……参ったね。


 退路を塞がれた俺がため息をついているといきなり肩を掴まれ、

 ——ドサァ! と後ろでに倒された。


 何しやがんだ! と叫び抵抗するも、


「貴様ぁ! 我ら聖女の騎士団に刃向かうつもりか!」


 と甲冑のひとりが叫ぶと、そいつに腕を締め上げられる。

 俺がいつ刃向かったんだよと言い返してやりたいが、こみ上げる痛みがそれを許さない。

 まるで流れるような、最初からそうすると決まっていたかのような一連の連携。

 またもや駆け寄ってくるレイラが、三人目の脇に抱えられて終了だ。


 中央に立つ、赤いトサカの男がゆっくりと近づいてくる。

 この騒動の主犯らしき男に差し出されるようにえりを掴まれると、


「貴方が裁かれるべきはこの場ではない」

 

 そう耳元で囁かれると、俺の腕を締め上げている男に突き飛ばされる。

 とにかく今はおとなしく従うしかないようだ。

 レイラにも逆らわないように注意した俺は、トサカの男に、


「その子は道中で迷子になっててね……家に送る途中ってだけで、俺とは無関係なんだ。放してやってはくれないか」


 そう言って解放するように要求してみた。

 こいつらが俺の情報をどこで手に入れているか知らないが、レイラとの関係は最近だ。

 知らない可能性は十分にある。

 トサカの男はしばらく考えた後、

 

「ええ構いませんよ……それで貴方におとなしく、付いて来て頂けるのでしたら」


 そう答えてくると、仲間に向かって子供を手放すようにと伝える。

 なんでも言ってみるもんだ。

 あっちへ行けと言わんばかりに、背中を押されているレイラに俺は、


「まずは知っている人を探すんだ」


 そう付け加えて、ウィルと合流することを優先させる。

 俺の言わんことを理解してくれたのか、こちらの目を見てしっかりと頷くと、元来た道へと駆け出していく。

 なんとか巻き込まずに済みそうだ。

 遠ざかるレイラを眺めながら、俺はほっと胸をなでおろす。


 それにしても俺がバリスタで四十層を突破したことは知ってるのに、レイラのことは知らないってわけか。

 まさか途中までこいつらに見張られてた?

 俺はその考察にたどり着くとトサカの男を睨みつける。

 そいつは俺に気づくと、


「ああ、そういえばまだ我々の目指す場所をお伝えしていませんでしたね。……バルトの街の中心『シンフォルニア教会』です」



  ——



 レイラはフォースクエアの街の中を、ただただ走り続ける。

 自分の知っている人を見つけ出すために。


「ハァハァッ! ……知ってる人!」


 ウィルさん? メルセデスさま?

 でもそれだと二人しかいない。

 もっと考えるんだっ!

 知ってる人だと少ないから「助けてくれる人」にしよう。


 衛兵の人!

 でもクラウス様……クラウスは騎士みたいな人に連れて行かれた。

 じゃあ「クラウスを助けたい人」にしよう。


 そう考えると頭の中で——キーン、という音が鳴り響く。

 耳鳴りかなあ……いや、これはひらめき!


 あの人!

 目の前を歩いている人を指さす。

 あの人はクラウスを助けたい・・・・と考えてるに違いない!

 そんなメチャクチャ理論をひっさげ側まで駆け寄ると、


「あなたはクラウスを助けたい! そうですね!」


 レイラはその人の背中に向けて、大きな声でそう叫ぶ。

 かなり驚いたのか「きゃあ!」という声を上げこちらに振り向く女性。


 可愛らしい人だとレイラは思った。

 いや、背丈が。

 あれ?

 この人本当に助けることができるの?


「何よあんた! ビックリするじゃないの!」


 そう言い返してくる女性。

 口調は子供っぽくないぞ?


「それ以前に! 私はクラウスを助けたいんじゃなくて……助けて欲しいの!」


 目の前の女性はそう言うと「クラウスはどこにいるの!」と激しく僕の肩をゆらし問い質してくる。

 あれれ?

 話がメチャクチャになってきたぞ?


 グラグラと回る視界の中で心に誓う。

 ——やっぱり考えて行動しないとダメなんだ……

 とっても勉強になりました!



  ——



 俺の持つ四十層の手形は、特定の場所にある魔法陣でしか使用できないらしい。

 どこでも使えたら、死にそうな時に使えて便利なんだけどなあ。

 バルトの街の教会に連れて行かれている俺は、当然そこを目指して歩かされていた。


 だがそろそろ着くという頃に、トサカの足が突然止まる。

 ぶつかりそうになる俺。

 いきなり止まったら危ないだろ! とか思っていると、


「チェルノォ! 空に向けて盾出しなさい!」


 どこからか聞こえて来る女の声。

 しかも『はいはーい』とチェルノが気軽に答えると、俺の腕に現れる重盾。

 え? どうなってんの?


豪雪ブリザード!」


 続いて聞こえて来る魔法の詠唱。

 その声がする方を見やると二人の子供が立っていた。

 両方知ってる顔だった。

 え、ちょっと待って俺の思考が追いつかない。

 突然辺りの気温が急激に下がると、俺とトサカーズに吹き荒れる雹の雨。

 ——ドガガガガ!!


 足元のタイルをも砕いていく氷の弾丸が降ってくる。


「ぐあああ!」


 たまらず悲鳴をあげるトサカ一行だが……

 俺も痛え!

 縦横無尽に吹き荒れるその弾丸みたいなものを、盾一枚で防げるわけないだろ!

 被弾を少なくするため、丸くなる俺。


「クラウス何やってんの! 早く逃げなさいよ!」


 続けて俺を心配してくれる子供達の声がする。

 逃げるため必死に前進しようとするも、ローブ職の俺にはかなり厳しいミッションだった。


 だがそんな豪雪の中、平然と歩く男がいた。

 トサカだった。

 見ると彼の全身から放つ光が氷雪を無に帰す。


 何の影響も受けていないかのように歩いているトサカが、俺の脇を通り過ぎていく。

 全身を駆け抜ける戦慄とは真逆に、失っていく痛覚。

 おいお前ちょっと待て……

 

「子供はいたずらをすれば怒られる……当然のことです」


 トサカのその攻撃的な言葉を聞いた子供たちが身構える。

 何かを詠唱し始めようとする子供たちに向かって、男が素早く腕をかざし魔術を割り込ませる。


「サイレント」


 それを聞いた少女たちは絶句し、青い顔をしていた。

 何だ? 何が起きてる?

 嫌な予感がする。気持ちが焦る。


「チェルノ……弓出せ」


 盾など今はどうでもいい。

 魔法食らったぐらいで死にはしない。

 それよりも……


「おいトサカ! もし何かしたら生きて帰れると思うなよ?」


 その俺の声を聞いてトサカの男は、ゆっくりと振り向いてくる。

 だがその顔を見た俺は絶句する。


 笑っていた。

 それも心底おかしそうに。

 イかれてると思った。

 おいチェルノ、早く弓出せ。


「あなたは……辛いんですね? この子供を傷つけられるととても辛い! ……では」


 そう言うと一気に子供達との距離を詰める。

 もう俺は攻撃を決意するも、まだチェルノが盾を変形させない。

 なんでだよ! と言おうとすると、


『クラウス後ろ!』


 そう言われ後ろに目を向けると、そこには四人の男が俺を取り囲むように立っていた。

 俺と同じ盾を掲げる姿で……笑いながら。


 視線を前に戻すと、トサカが捕まえたアレルシャの腕を……◯◯。

 やったな? やりやがったな?

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