26

 現場検証だ、と言いながら、昼休みが始まるなり私たちは直行で体育館の横の花壇に向かった。その際、永見君は置き去りにした。クールダウンさせてやれ、と言う大輔の言葉があったからだ。


 昼休みが始まって、少し時間がたってからだとグラウンドで遊びに男子が外に出てきてしまう。そんな時間帯に花壇の周りでごそごそやっていたら目立つことは間違いなかったので、「食堂に行くんですよ」という空気を出しつつ私と大輔、京子、ミケは迅速に移動した。


「気になることって何?」

「ありすぎて説明に悩んでる」


 大輔が笑いながら言う。


「まず最初にひっかっかったのはまっちゃんの指示だった。『花壇は放課後に調べて被害の程度を出すから、それまで花壇に近づくな』。そんで、あの後クラスごとにも花壇に近づくなって指示が出てた。でも、あの指示ってすごく変だよな」

「なんでよ」

「一生懸命花を育てていた八巻には悪いけど、言ってみれば今回の事件は『花壇の花が軒並みダメにされた』ってそれだけの話。被害なんて調べるまでもなくわかってる。花は全滅なんだから、見るべきは花壇じゃなくて学校の会計冊子だな。花代調べて、永見に弁償させりゃすむ話。まっちゃんがわざわざ放課後に調べる理由も、俺たちや、永見、先生たちに花壇に近づくなっていう理由もない」

「……つまり?」

「まっちゃんも、永見が犯人だなんて信じてないんだ。そして、永見がやっていない証拠があの花壇に残されてるって思ってる。だから近づくなって指示を出した。永見にはその証拠を消されないように。俺たちやほかの生徒には、下手に触って元の状態が分からなくなることがないように」


 そういいながら、花壇の場所に近づく。横になぎ倒された紫陽花や、地面でぐちゃぐちゃになった花が、痛痛しかった。けれどそれを間近で見て、京子も何かに気が付いたように声を上げた。


「……なるほど」

「え?」


 京子が紫陽花の折れた茎を指さす。


「あんたがもし、この花壇を傷つけようと思ったら、まずどうする?」


 私がこの花壇を傷つけようと思ったら――……。


 目を閉じて、想像してみる。いつ生徒が来るかわからない。はやくこの花壇をぐちゃぐちゃにしたい。そうすると――……。


「踏みつぶす」


 紫陽花の茎は結構太い。手でおったりするのは難しいし、この茎の後を見るかぎり、切り取られたような跡はない。そうなると、踏みつぶすしか方法はない。すると、それを聞いた京子が頷いた。


「じゃあ、永見の手に土がついていたのはどうして?踏みつぶしたなら土で手が汚れるなんてことはないわ」

「あっ」

「さっき階段で俺たちを追い越していったときに確認したけど、永見の靴は綺麗なままだった」


 私は慌ててしゃがみこんで、地面を確認する。ここまで徹底的に花がつぶされているにも関わらず、地面は妙に平らで綺麗だった。


「永見は、消してたんだ。この花壇を踏み潰した人物の足跡を」

「自分の足跡を上から重ねたんじゃ綺麗には消えないから、両手を使って足跡が付いたところを全部丁寧に均したんだと思うわ」


 確かにそれなら、永見君の両手にべっとりと土がついていたわけも納得できる。


「そんで、次。小春、今日学校に来たのは何時?」

「六時半……」

「その時点で永見は学校にいた。正門から、小春と横井を見てたんだもんな。そこから八巻に見つかったのが朝の七時半過ぎだ。じゃ、一時間以上も永見はここで何してたんだ?」

「こんな状態の花壇の側で土に触ってたら、自分が疑われるってさすがの永見もわかるもんな」


 ミケが頷く。


「でも触らざるを得なかった……」

「そう、永見には立ち去れない理由があった。なんでだ?まだ証拠が残ってたんだ。永見がかばいたいやつの証拠が」


 そういいながら、大輔が拾い上げたのは、光を反射する小さな青いガラス。よく見ると透明の樹脂がガラスの先についていた。


「今、花壇の外側の煉瓦と煉瓦の間に挟まってたのを見つけた」

「イヤリング?」

「そ。小さいから、俺ぐらい視力良くないと見えなかっただろうな。とくに永見は、そんなに目がいいわけじゃなさそうだし」

「……これを探してたの?」


 大輔は軽くうなずいた。


「おそらく」


 そういいながら、乱雑にイヤリングをポケットにしまい始める。


「花壇の外にこれが落ちてた。これを探してたんだとすると、たぶん永見は一度これを拾ったんじゃないかな。それで、犯人に気が付いた」


 私はそんな大輔の考えに、さっきからの話をつけたしていく。


「でも、花壇の中にはいくつも犯人の足跡がある。永見君はその人をかばいたい。だから証拠を隠滅しようと両手で地面をならした……」

「でもその最中にこの拾ったイヤリングを落としてしまい、ジ・エンド。大慌てで探している間に八巻が来てしまった」

「それで、犯人をかばうために、自分が犯人だと名乗った……」


 筋は確かに、通っている。

 けれど問題は犯人だ。永見くんじゃないなら、いったい誰がこんなことを?

 永見君がかばわなきゃいけないような相手で、こんなことをする人って誰がいるの?



 そこで全員が止まってしまった。

 永見君の友人関係が、まったくわからなかったからだ。けれどその沈黙を意外な形で破ったのは、さっきからずっと黙ったままでいたミケだった。

 ミケは凝り固まった空気をほぐすように、こう言った。


「でもさあ、永見が犯人じゃない可能性が出てきた分まだ良かったんじゃね?今回の事件で永見が犯人にされた理由って無茶苦茶だったし。状況証拠はそろってたけど、『花咲病だから花壇を破壊した』ってすげえ言い分だなって聞きながら思ってたもん」

「そうよね。『交通事故で家族が死んだから、見かけた車を破壊した』ってぐらいには超理論だと思うわ」

「ほんとほんと。花咲病っていうなら、うちの学校まだいたもんな。そっちも疑えっての」


 けらけらと笑ったミケ。その声に、私たちは硬直した。


「……ミケ、いまなんて?」

「状況証拠はそろってたけど、永見を一方的に犯人扱いしすぎ」

「そのあとよ!」

「他も疑え」

「その前!」


 思わず叫んだ私たちに、ミケは頭をガシガシかきながらこう言った。




「俺たちの高校にいる花咲病患者は、永見ひとりじゃない」




 それは、私たちにとってあまりに衝撃の新事実だった。


「嘘!?」

「むしろお前知らなかったのかよ、浅海。一つ上の学年にいたじゃん。すっごい色が白くて綺麗な人。永見も色白の美人だし、花咲病って美人ばっかかよって思ってた」

「見たことないよ!」

「私もないわ」


 京子に続いて大輔も首を振る。すると、そこでようやくミケはあっと気が付いたように、こう言った。


「そりゃそうか。去年の秋から休学してるもんな」

「休学……?」

「そ。花咲病、悪化したんだって。ちょうど去年の夏ごろから悪化し始めて、夏が明けて二学期が始まる頃にはもういなかったってさ」



 私は思わず、花壇の側から立ち上がっていた。



「……花咲病は、地域別にコミュニティがあるの。成人も含めた全体会合とか、年代別の会合とか、情報を交換するための会合がある。同じ病気同士で仲間になりましょーって、あれね」


 兄も、花咲病のコミュニティには参加していた。たぶん永見君も情報交換のために参加しているだろう。そうなると。


「同じ高校でしょ。ってことは、同じ地域にいるんだから、花咲病患者のコミュニティで、その上級生の患者と永見君が知り合っていた可能性は高い」

「知り合いであればかばう理由も十分にあるし、まっちゃんも気づいたかもしれないわね」


 私は京子に勢いよくしがみついた。


「犯人に話をしよう」

「え?」

「犯人のところへいって、話をしよう。それは永見君が望んでいることじゃないかもしれないけど、でも、自分がやったことで今何が起きているかちゃんとわかってもらいたい。もし別に犯人がいるのなら、私、話がしたいの」

「でも待てよ。お前、その上級生の家でも調べて押し掛ける気か?確かに今、その上級生が怪しいとしても、怪しいだけだ。犯人かどうかなんて特定できない。決めつけて本人のところに押しかけるのはまずいってことくらいわかるよな?」

「わかるけど……」



 悪いことをした人がほかにいて。

 その人は気にせずにのうのうと毎日を暮らすのに、永見君はその人の罪を背負ってあと二年をこの高校で過ごすのかと思うと、なんだかやってられなかった。


 永見君のトモダチとして、真犯人がほかにいるなら一言言ってやらなければ気が済まないと思ってしまった。


「……犯人、現行犯で捕まえればいいんじゃねぇの」


 けれど、いきなりそんなことを言ってのけたのは大輔だった。

 現行犯で捕まえる?そんなことできるの?そう首をかしげながら大輔のほうを見ると、大輔はポケットからもう一度イヤリングを出して、曇り空にふっと掲げた。


「俺が犯人なら、イヤリングなんてわかりやすいものをなくしたら、怪しい場所は全部探す。それが自分が壊した花壇で落としたかもと思ったら、なおさらだ。そして、花咲病患者は昼間の外出は難しいけど、夜から早朝にかけてなら外出できる患者が多い」

「つまり?」

「このイヤリングが犯人のもので、なおかつ花咲病の上級生の持ち物だったと仮定すれば、近いうちに、夜から早朝までの間にイヤリングを探してここへ来るんじゃないかと思う」


 私たちは顔を見合わせた。全員が全員、同じことを考えている自信があった。






「今週いっぱい、夜中に刑事の張り込みの真似事とかしてみない?」











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