永見くんと花壇について

16

 チャイムが鳴った。と、同時に私は勢いよく立ち上がった。教室の向こうで大輔と京子も素早く立ち上がる。向かう先はただ一つ、永見君の机である。


「永見くんご飯食べよう!」

「えっ」

「うぉーい机くっつけるぞ」

「ちょっ」

「永見のお弁当これだよね、開けていい?」

「待って、お願いだから待って」

「あ、永見くん私のサンドイッチ一口食べる?」

「もう黙れよ自由人どもめ......」


 机に突っ伏した永見くんを見て、京子と大輔がけらけら笑う。ごめんね永見くん、悪いとは思ってるんだよ、悪いとは。

 苦笑いしながら永見くんの机の隣に椅子を運んで、私はコンビニの袋を逆さまにした。ビニール袋から申し訳程度のサンドイッチとお菓子が飛び出す。


「たまに永見くん、口悪いよね」

「あんたらがおとなしい人ならおれも穏やかな口調でいられるんだけど」

「京子大輔私のラインナップを見て、もう一度その台詞言ってみて」

「無茶な要求出してスミマセンデシタ」


 サンドイッチの包装を開けてパンにかじりつけば、隣でお弁当箱の蓋を開けた永見くんも、あきれた表情を見せつつ微かに口元をあげた。

 あの班決めの日から二週間近く。私たちの生活サイクルにもうひとりメンバーが増えた。永見くんだ。

 お昼ご飯も一緒。朝、放課後も何となく一緒にいて、日が暮れてから部活の終わった京子と大輔と一緒に帰る。最初はその光景をじろじろと見てきたクラスメイトも、いつのまにかなにも言わなくなった。横井でさえ。

 教室の中の人間関係ってそんなものなんだと思う。すぐに埋もれて流れて風化する。永見くんももう風化した過去の人だ。


 いじめられていた永見君はもうここにはいなくて、いるのは「浅海たちのグループにいる永見朔」だ。


「永見、卵焼きちょーだい」

「許可出す前に取ってるよね、べつにいいけど」

「はい、お返し」

「どーも」


 そんなことを考えるそばで、大輔と永見君は二人でお弁当のおかずを交換し始めた。

 永見君は相変わらず尖っていて、ちょこちょこ嫌味も言うし卑屈だし何考えているかもわからない。けれど、少しずつ私たちといることに慣れてきた。特に大輔とは言い合いをしながらもそれなりに良い距離感を保てているみたいで、最近仲がいい。

 こういう時、男の子同士っていいなぁと思う。話している間に何となく距離が埋まってしまうのだ。私と永見君の距離を埋めるのには、あんなに時間がかかったのに。


「……どしたの、浅海さん」

「べっつにー。ちょっと羨ましかっただけ」


 少し悔しくなって、永見君の質問にそっけない返し方をした。女子力なんて知るもんか。大きな口を開けてサンドイッチにかぶりつく。すると、へえ、とこっちを見ていた永見君が少し首を傾げた後、開けっ放しで放置していたサンドイッチの包装の上にプチトマトをころんと転がした。

 驚いて、思わず尋ねる。


「なんでトマト」

「羨ましいって言ったから」


 言ったけど、そっちじゃない。でも悪い気はしなかったから、ありがとうとお礼を言ってトマトを口に放り込んだ。生ぬるいトマトは少し酸味が強くて、あまり好きな味ではない。黙って咀嚼する私を見て、永見君が静かに笑う。


「浅海さんはいつもコンビニの卵サンドか鮭と昆布のおにぎりだよね」


 確かに今日は卵サンド。明日は鮭と昆布にする予定だ。


「覚えちゃった」


 からかうような声音だった。

 覚えるくらい型ではめたような食生活をしていることを嘆けばいいのか、覚えるくらいの日数を永見君と過ごしているのだということを喜べばいいのか。わからなかったから、曖昧な笑みを返す。そんな私に、永見君もさらに笑みを返した。


「だから、浅海さんは野菜足りてなさそうだからプチトマトね」


 そう言って細い手が今度はブロッコリーをサンドイッチの包装の上にとんっと置くから、私は顔をしかめてそれを口に押し込み、そのやり取りを見ていた京子と大輔はけらけら笑った。

 さらに顔をしかめる私に大輔が続ける。


「ほんとに小春は食生活荒れてたから、中学の時はひどかったよな」

「そう、でも最近は結構顔色良いよね」

「佐和さんのところに通うようになってからかな」


 その言葉に、永見君が佐和さん?と首をかしげた。そっか、言ってなかったか、と答えようとした言葉を引き継いで、大輔が口を開く。


「佐和さんは小春の近所のお姉さん」

「そう。まだ二十代で若いんだけど、料理が上手でね。ご両親が経営してたカフェ継いで、ひとりで切り盛りしてるの。中学生の時は月一回くらいご飯食べに行かせてもらってたんだけど、佐和さんが食生活がひどいからって怒って、高校になってからは週五回、佐和さんのカフェでバイトする代わりにご飯ご馳走になってる」

「ディナータイム勤務だから、一回家に帰るのも面倒だってそれで学校に残って時間つぶしてるのよね」

「へえ……」


 永見君が頷く。


「俺はただ単に日が出ている間に家に帰りたくないから学校に残ってたんだけど、浅海さんが何で残ってるのかわかんなくて不思議だったんだ。理由がようやくわかった」

「そういうことです。佐和さんのご飯がおいしいから、最近は結構健康的」

「それはいいことだ」


 穏やかな会話が続く。そんな時、後ろから声がかかった。


「おーい、お前ら何してんの?」


 振り返ると、そこにいたのは学級委員長の高瀬友里と、野球部の三池智弘だった。



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