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「春は出逢いの季節、はよくわかった」
「うん」
「でも、さすがにこれは予想外だった」
「その心は」
「あの猫の男の人が、まさか自分と同い年で、さらに高校も同じで、極めつけに同じクラスになるなんて思っていなかった」
いうなり、兄が私の部屋のベッドの上でおなかを抱えて大爆笑した。
猫の死骸事件から三日が立った四月の中旬。高校の始業式の夜のことである。
話は今朝。二年生のクラス発表が行われた、玄関ホールにまで遡る。
掲示板に張り出されたクラス発表。あいうえお順の名簿から、「浅海小春」という自分の名前を見つけ出すのは簡単だった。隣に立つ京子が悔しそうに声を上げる。
「小春はいいよねぇ。あさみなんてすぐ見つかるじゃん」
「京子だって、苗字か行なんだからすぐじゃん。ほら、あった」
「やった!小春と同じクラスだ!」
私の苗字から何人分か離れて、「貝坂京子」という名前を見つける。中学からの友人の彼女は、嬉しそうに顔全部を使って笑って見せた。そんな京子の後ろでは、体の大きな少年が顔をしかめて掲示板をにらみつけている。私は肩をすくめて、彼に声をかけた。
「大輔、まだ見つかんないの」
「ほんとに名前探すの苦手だよねぇ」
「ア行とカ行は黙ってろ。名簿中央を常に陣取る、タ行の苦しみがわかってたまるか」
「だから探すの手伝ってやってるでしょうが」
「……あ、あった。立花大輔。同じクラスだよ」
いまだ顔をしかめる大輔にそう告げると、彼はそうかとようやく肩の力を抜いた。そして名簿をもう一度ざっと見渡して、唐突にこんなことを言った。
「今年、クラスに永見もいるんだな」
ながみ?もう一度名簿を見る。立花という苗字の後、タ行の名前はなく、すぐに「永見朔」という名前が連なっている。青色のマーカーが引いてあることから男子だということはわかるが、聞き覚えのない名前だ。しかし、隣の京子の顔がこわばった。
「京子......」
どうしたの。聞こうとした瞬間、大輔が軽く京子の頭をパチンと叩いた。
「むやみやたらに人を嫌がらない」
「でも……」
「理由はわかってるけど、よくない」
自分より二回りは小さい京子の頭を何度か叩いて、大輔は呼ばれているとふらりと野球部の男子が集まっているほうへと歩いて行ってしまった。京子は少し不満げに大輔が去った後をにらみつけている。
「……大輔は、いっつも上から目線だ。保護者みたい」
「大人っぽいからね。それに、京子の幼馴染だもの。小さなころから知ってる分、世話焼いちゃうんだと思うよ」
「私は頼んでないのに」
「それでも気になるんだよ」
京子と大輔は母親同士が大学からの親友だったらしく、同じマンションの隣の部屋に住んでいる。生まれた時からの付き合いだという二人とはたまたま去年同じクラスだったことで交流ができ、それからずっと仲良くしていた。
大輔は玄関ホールの奥で男子たちにもみくちゃにされて笑っている。遠くで見ても、180センチ越えの巨体はよく目立った。
「大輔と付き合わないの?」
「そういうのじゃないって何百回も言ってる」
「そういうのじゃないって何百回も聞いたけど、優良物件だと思うよ。イケメン、高身長、頭もいい。去年も先輩に告白されてたじゃん」
「でも断ってたね」
「それで京子が彼女だって噂になったね」
「めんどうなことこの上なかった」
京子の顔がさらにゆがむ。これ以上つついたら余計な突っ込みを受けそうだ、と話をそらそうとしたら、案の定京子がこちらに話を振ってきた。
「そういう小春はどうなの」
「どうなのって、なにが」
「好きな人とかいないの。春は出逢いの季節だよ」
うっわぁ、そのフレーズこないだ聞いた。にかにかと笑う兄の顔が音を立てて頭に浮かぶ。......それって、どうよ。二十歳も超えた大学生男子が、女子高生と同じ思考回路ってどうよ。
なんて思った瞬間、ふと、脳裏に赤いパーカーがちらついた。
『死体のない生き物は、神様から愛されていなかったんだろうか』
「......あ!小春、誰かのこと考えたでしょ!」
「考えてないよ。ほら、教室わかったんだから行くよ」
「絶対嘘!」
教えろ!と騒ぐ京子の背中をぐいぐい押して、北校舎三階へと向かう。紺色のブレザーは窓からの日差しを浴びてほんのりと暖かい。その暖かさが、ずっと昔のいつかの記憶とかぶって、ふと目を細めた。
「......そういえば、さっきから気になってたんだけど『永見』って?」
話題を変えようと尋ねると、京子の顔がまた少し歪む。
「小春、ほんとにしらない?」
「知らない。10クラス近くあるもの、他のクラスのことなんかよくわかんない」
「その鈍さは小春の武器ね......」
呆れたように言った京子が、二年四組の黒板側のドアの入り口で立ち止まって、ほら、と指差した。
「やっぱり、もういる」
廊下側、一番後ろのドア。唯一クラス内で日陰になっているその場所に、黒髪を四方八方に跳ねさせた細身の少年が座っていた。
薄い青色の本を熱心に読む少年は、どこからどう見ても、猫の死骸を埋めるために黙々と穴を掘っていた彼だった。
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