第7話 救世主は執事さん

「北海道の親戚がね、蟹を送ってくれたのよ~! だからコレ、おすそわけ」


 5軒お隣の高田さん(推定40代前半)が、ニコニコしながらそう言った。

 5軒離れておすそわけって……。

 それにはワケがある。


 受け取った私が目の前にいるにも関わらず、その背後に目をやり、用事が済んだにも関わらず、帰ろうとしない。おまけに高田さん、フルメイクですね? そんな高田さんの目的は――。


「すごい!大きな蟹ですね。ありがとうございます」


 いつの間にやら現れたセルジュさんが、にっこり微笑みお礼を言う。


 そう。お目当てはセルジュさんだ。


 セルジュさんがわが家にやって来て1週間。

 目立つなという方が無理という完璧な美貌は、一気にご近所の評判になった。

 昨日はお向かいの西さんに、博多の有名だとかいう明太子を頂いた。

 その前は、お隣の松浦さんから、東京で行列が出来るというお店のプリン。それから新潟の親戚からもらったというお米を10キロ、うんしょうんしょと持ってきたツワモノもいたなぁ。

 私はその日、たまたま外出していて、帰って来たら玄関先でお米袋を横に置いて、なにやらコソコソとしていた。怪しく思い、そっと様子を伺うと、重い荷物を持ってきて汗だくになった顔を、化粧直ししていたんだよね。それは高田さんとは反対方向の7軒隣の野村さんの奥さんだった。

 セルジュパワー、恐るべし!

 しかも、新潟のお米に博多明太子は、最高最強の組み合わせだった!

あれはウマかったーーー!……って、そうじゃなくて。

 ここはセルジュさんにまかせて、私はもう一度お礼を言ってさっさとキッチンに

向かう。

 お礼を言ったところで、高田さんはもう私のことなんて見ていない。

 セルジュさん! あとは頼んだよ!


「ママ! 今日は高田さんから蟹がきたわ。すごいね~。お鍋で食べたいな~」

「あらまー。一応、ママからも高田さんにお礼を言ってこようかしら」


 パタパタと向かうママだったけど……、多分高田さんはセルジュさんとの時間を邪魔されたくないと思うなー。



 * * *



「みはる、ショッピングモール来週改装オープンじゃない?」

「うん。あー。こんなに蟹を食べるなんて久しぶり!美味しい~」

「ほんとにね~。で、ところでお店から何も連絡無いの?」

「え? うん。だからいつもの時間に行こうと思って……なんで?」

「高田さんが話してたんだけど……、ちょっとモール側と店舗側が揉めてるらしいわよ」

「お嬢様は、雑貨店でお勤めなんですよね。」


 あ。まただ。

 どうも、人目とは言っても家族は別で、他人の目がある時だけ“お嬢様”は止めてくれるらしい。でも正直、自分でもゾワゾワしなくなってきたんだよね。すんなり返事しちゃうことが増えてきて、段々慣れてきた自分が怖い。


「そう。地元の若い芸術家の作品を置いてるお店なの。ギャラリーって程じゃなくて、手芸作品とか絵画とか焼き物とか……。置く物はその時々かな」

「お嬢様も何か作られているのですか?」

「作ってるって程でもないの。でも色々勉強になるから、働かせてもらってるの」


 ホラ、と見せたのは、最近作った物。

 この流れで見せるには、なんだか恥ずかしいんだけどね。 

 ルヴィエ王国は、硬い岩山の付近で様々な宝石も沢山採掘できることで有名らしいんだけど、さすがにお小遣いでは買えない。そんな時、小さなガラス玉に、宝石の欠片が入ったのを見つけたんだ。

 とっても綺麗だし、入ってるのが欠片だからか、とても安かったので記念に買ってきたんだけど……強化ガラスとはいえ、この状態で持ち歩くのに不便なので、得意の針金細工でガラス玉を囲み、ストラップを通してスマホにつけた。これで、いつも持ち歩ける。

 いつか、この針金細工のお店を始めるのが私の夢なんだけど、まだまだデザインはワンパターンだし下手くそだ。だから、バイトしながら勉強してるところ。大学にはその気になれば何歳でも行けるんだから、と夢の後押しをしてくれたパパとママにはすごく感謝してる。


「ルヴィエ王国で買ってきたの」

「これは……宝石加工の時に除かれる欠片……?」

「そう。これなら安いし、持ち歩けるでしょう?」


 すると、そこで手にしていたスマホが振動した。


「あれ?まゆさんからだ・・・」


 まゆさんというのは、私のバイト先である雑貨店を営む店長だ。

 地元の大きな画材屋さんの専務夫人で、自身は編み物が得意で、このお店を開店した。

 私とは10歳違うのだけれど、とっても気の合う、友人のような存在だ。


「もしもし?」

「みはるちゃん! どうしよう……大変なの。お店、畳まなきゃいけないかもしれない……」

「ええっ!? なんで!?」

「モールを改装したでしょう? それで、お家賃が変わるかもしれないとは事前の説明会で聞いていたんだけど、倍額なの! うちみたいな小さなお店じゃとても……」


 ば、倍額ですとーーーーーー!!


 動揺するまゆさんに、「何か方法考えますから!」とは言ったけれど、勿論具体的になにか良い案があるわけではない。でも、なにかしなきゃ。なにか、できることを考えなきゃって思ったんだ。でも、高校を卒業したばかりの私に、一体なにができると言うのだ……。

 食卓に戻ったあたしは、一気に食欲がなくなっていた。

 あぁ……蟹さん……。


「まゆさん、なんだって?」

「それがね、お店のお家賃、上がるからお店続けられないかもって……」

「あら。高田さんが言ってたのもそれかしら」

「多分……。倍額だって! うちみたいな小さな店じゃ、無理かもしれない……」

「それは――お店の売り上げ次第、と言うことですか?」


 突然、会話にセルジュさんが割って入った。


「うん。そうなる、かな。売り上げが伸びたら高いお家賃も払えるわけだし」


 セルジュさんが、細く長い指で顎をなぞりながら、なにやら考えこんでいる。


「お嬢様」

「うん?」


 思わず返事をしてしまった。あぁ……慣れって本当に怖い!


「これを……売りませんか?」


 そう言って、私の手にあるストラップを指差す。


「この欠片は、大体は処分されるんですよ。手軽に買える土産用にと、試しにガラス玉に入れてみたのですが、お嬢様ならもっと良い作品にしてくださるでしょう。もっと色々な種類の宝石の欠片がありますよ。取り寄せましょうか? 勿論、ルヴィエ王国の宝石だという保証書もつけますよ」


 勿論、私はそれに飛びついた。


「ほ、本当!?」

「ええ。かなりの数が手に入るはずです。今ある物は全て日本に送らせます。この宝石のガラス玉が手に入るのは、これからはお嬢様のお店だけ。ということです」

「ありがとう!! 私、なにか方法を考えるってまゆさんに言ったとこだったの! 私の針金細工でも役に立てるかもしれない! まゆさんに早速電話してくるね!」


 急ぐ私の背後では、こんな会話が繰り広げられていた。


「あんなに喜んじゃって……。お店以外にも理由はあるわよ、あの子ったら」

「え?」

「ショッピングモールにある別のお店に、憧れの人がいるのよ~。これで横井くんと離れずに済むもの」

「ヨコイ……ですか」

「まぁ、憧れてるだけらしいけどね。彼はかなりモテるらしいから」

「……そうですか……」


「まゆさんに報告してきた! 私もお店のために頑張らなきゃ~~! それには腹ごしらえだよね~。蟹さーーん!」


 なんとかなるかも!と思ったら、急にまた食欲がわいてきた。なんて現金なんだ。私のオナカ。

 ……あれ?

 今度はセルジュさんのお箸が止まってる。


「セルジュさん、どうかしたの?」

「いえ……ちょっと食欲が……」

「じゃあ、その大きな蟹足ちょうだい!」


あぁ~。蟹はやっぱりおいし~い!

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