第5話 執事さんは居候
イタイ……
人の視線が痛いなんて、生まれて初めての経験だ。
地元の空港は、アジア数カ国の直行便がある、一応は国際便も飛ぶ空港で。国際便が着陸するんだから、外国の人たちだって珍しくはない。だからってこんなコンコルドが来ると、それはそれはエライ騒ぎで。
どこにそんな人が?ってくらいに集まった中、出てきたのがたったのふたりなら、それはそれは注目の的。
しかもひとりは庶民の日本人。自分で言うのも悲しいけれど、顔立ちも平凡そのものの私。それなのに、一緒なのががこの超美形の、セルジュ=クロード・ルヴィ……おっと。
今は、セルジュ・ロマーニさんだった。
今、勘当状態のセルジュさんは、名字=国名。しかも歴代の国王の名をミドルネームに持つこともあり、どちらも語ることができない。そのため、母方の姓を名乗ることにしたらしい。
ていうか……本当にこの人、私について来る気だろうか。
私は隣の人物をこっそりと見上げた。
なんか……すっごく涼しい顔で歩いてるんですけど……。
国外追放だか勘当だか、そんな悲壮さは微塵も感じられないんですけど! むしろ晴れ晴れとしているように見えるんだけど、なんで!?
今、人々の視線は、セルジュさんがほぼ独占している。そして、見比べるように時折私に視線が下りる。その視線が、『なんで!?』と語っている――気がする。
そりゃ疑問だよね! だって誰よりも、私がそう思ってるからね!
それにしても……私の何十倍もの熱い視線を浴びて、どうしてこうも堂々としていられるんだろう。これが王族っていうものなのかな。
いくら名前を伏せても、セルジュさんの気品は、その佇まいからあふれ出ている。
身に着けているのは、シンプルな細身のスーツだけれど、それでも一目で高級品だと分かる。なにしろ、セルジュさんの身体にピッタリで、それなのにセルジュさんのしなやかで、それでいて優雅な歩みを邪魔することはない。セルジュさんだけのために仕立てられたものだからだ。しかも、中身が金髪碧眼のモデル並みの美男だ。いや、モデル並みという言葉すら、なんだか安っぽい言葉のような気がする。
私はまたチラリと視線を上げて、そしてこっそりと項垂れた。
ついて来るの? ついて来る? ついて……来るよなぁ……。
あぁ~……どうすれば……。荷物が出てくるのを待ってる間、私はそればかりを考えていた。
とりあえず、ひとりになりたい! この視線に耐えられない! たとえ、ギャラリーの殆どの関心がセルジュさんに向いていても!
追い詰められた私がとった行動は、後から考えても、ものすごく幼稚なものだった。
「えと。トイレに行ってきます!」
「でしたら、荷物を受け取りまして、ロビーでお待ちしております」
急いでトイレに駆け込むも、ひとりになったところで良い考えなんて浮かぶはずもなく……。
迎えに来ているであろうママに、何て説明しようか考えながら、とぼとぼセルジュさんのところに向かうと……。
キラビヤカな人が、増えていた。
程よく髪に白いものが混ざったブラウンの髪を上品に撫でつけた、40代くらいのおじさまが、セルジュさんに分厚い封筒を渡していた。その顔立ちは整っていて、ルヴィエ王国の人だなと一目で分かる。
「あのぅ……」
「あぁ、お嬢様。ご紹介致します。日本のルヴィエ王国大使の、リチャードです」
にっこりと挨拶するリチャードさんは、とっても人の好い笑顔をしていた。
って、そうじゃなくて!
「そそそ、その封筒、もしかしたら遺産放棄の書類とか入って――」
「そんなわけないじゃないですか。わたくしが日本で暮らすための、諸々の書類です。なにやら日本では居住地を明確にする必要があるようですし」
やっぱり……ついて来る気なのか……。
ていうか、居住地を明確にって、今まではどうしてたんだろう。
「これまでは、国に所有する領地を登録していた程度でしょうか……。居住を言われましても、その時その時でどこにでも参りますし……」
なんでよ! 出かけても、帰る場所はひとつでしょう! 出かけたら、家に帰るでしょう!
「それは、宮殿のことでしょうか……それとも、領地にある城でしょうか……保養地にも家はございますし、用事も急ぎの荷物も側近がわたくしに届けますので、特に居場所を特定する必要はございませんでhした」
へーへー、さようでございますか。
これが価値観の違いっていうヤツだろうか。こんなんで、この先やっていけるのかな……。
不安になっていたその時、耳馴染みの良い大好きな声が聞こえてきた。
「みはるちゃんっ!」
あ。ママがロビーで待ってることを忘れてた……。
それなのに、基本お気楽でミーハーなママは、超絶美形セルジュさんの登場に浮かれまくっている。一緒に車に乗ることにも、違和感は感じてないらしい。
なんで!? 私は違和感感じまくりだよ! ママの愛車の軽自動車にそぐわないよ! あ、後部座席狭いですよね。じゃあ私、もうちょっと前に席ずらしますね。
……って! 私セルジュさんの
そして、いつの間にかリチャードさんは消えていた。
この首都から遠く離れたこの地に、わざわざ封筒だけを届けに来たの!? あの人!
さすが、用事は持ってこさせ、自らは動かない人生を送ってきただけはあるわ……。セルジュさん、正直……人に仕えるのは向いてないと思うよ……。
「セルジュ・ロマーニと申します。お嬢様の執事として日本にやって参りました。以後、よろしくお願い致します。奥様」
「お、奥様っ!! やだ、みはるちゃん、聞いた? ねえ、聞いた?」
奥様と呼ばれ、ママは一層ハイテンションになった。
あの、ママ……。私が相続放棄の手続きに失敗したことはどーでも良いの?
* * *
わが家は小さな2階建てだ。
1階にはリビングダイニングキッチンと水周り、両親の部屋と、死んだお祖母ちゃんが使っていた和室。
2階には私の部屋と、お姉ちゃんの部屋が向かい合わせになっていて、廊下の突き当たりにトイレと小さな洗面台があった。
門だってキリンどころか、腰ほどの高さで、飛び越えようと思ったらきっと簡単にできてしまう代物。庭だって、プランターをいくつか置けるほどの狭さで、東屋なんてない。そもそも庭と呼ぶことも戸惑うくらいだ。
そんな小さな家に、こんなゴージャスな人が住めるわけない。
きっとセルジュさんだってドン引きして――なんで目を輝かせてるの!?
いや、ここはきっと一家の主でもあるパパがドンと構えてくれるはず! が、頼みの綱のパパも、セルジュさんを快く迎えてしまった。
元々パパは、社交的で明るいママをニコニコとサポートしてるような穏和な人だ。
でも、こんな時は父としての威厳と見せてくれると、そんな淡い期待を抱いていたのに、見事に打ち砕かれてしまった。
「それで……執事というのは、具体的にどんなことを?」
「そうですね。主人のスケジュール管理や、訪問客の管理や対応ですとか……。身の回り全般ですね」
「ウチは見ての通り小さな家だ。管理が必要な程忙しくもないし、お客もそうそう来ないよ」
「――それはつまり、私が特にすることはない、と?」
「そうだね。第一、こんな家のローンですらまだ残っているような私たちだ。君がみはるの執事だと言うのなら、当然、給料が発生する。この子も私たちも、君に払える程余裕はないんだ」
!!そうだ!!
執事ってことは、私は雇い主ってことなんだ!! さすがパパ! 一家の大黒柱! 目の付け所が違うね!! と、手の平を返すように心の中でパパを称えていたんだけれど、それと同時に不安が一気に押し寄せる。
どうしよう……私、ただでさえビンボーなのにっ! 自分の懐具合も心配になってくる。
パパの、にこやかにはしているけれども鋭い指摘に、最初少し驚いた様子のセルジュさんだったけれど、またにっこりと笑顔を向けた。
「大丈夫ですよ。相続した遺産の中には、おばあさまが遺されたパリのマンションも
含まれます。そのマンションの収入がかなりの額でして……。私はその中からお給料を頂きますし、それにマンションの管理人と連絡を取って、色々指示も必要になります」
マンションって、パリなんだ。じゃあ、フランス語がまるっきりダメなわが家にはどうすることもできない。
「そうか。では今日からわが家の一員だ。ようこそ」
お給料の面がクリアになったら良いらしく、パパはあっさりとセルジュさんに握手を求めた。
う、うそでしょ!
「だ、だって、部屋! 部屋は!?」
「みさきの部屋があるだろう」
「おねえちゃんの部屋が空いてるでしょう」
ふたりに同時に返された。確かに……お姉ちゃんは3年前に結婚して家を出ている。だから、今は向かいの部屋は空いていた。でも!
「みさきには里帰りの時は、和室を使ってもらったら良いさ。」
ソ、ソウデスカ……。
3対1じゃ、断然分が悪い。
「あれ? でもさ……じゃあセルジュさん、日本では何をするの?マンションも外国なんだし」
「お車の運転などは?」
「いや、私は基本チャリだし」
「ちゃり?」
「自転車。バイトも自転車で行ってるから」
スケジュール管理も、運転手も必要ないからね。
「では今は特に何も……」
それじゃ単なる居候じゃないか!!
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