第6話 セレブな執事さん
「おはようございます、お嬢様。」
ちゅ。
んーーーーーーーー……? なんか柔らかいものがオデコに……。
ちゅ。って何だ?
寝ぼけた頭で考えても、それは何だかよくわからなくて。
「むーー。……もうちょっと……あと5分……いや、もっと……30分……」
「5分からの30分は欲張りすぎですよ。まったく、仕方ないですね。では……」
ちゅ。
今度は左の頬に柔らかい感触が……。
違うよ、“もっと”は「ちゅ」とか言うものじゃなくって、もっと寝させてくれって意味で……って!!
一気に目が覚めて飛び起きた。
目の前には優雅に微笑むセルジュさん。
もはやここが女の子の寝室だとか、寝起き恥ずかしいとか、寝顔見られたとか、寝癖やばいとか、その辺りのことはあまりの衝撃に全部吹っ飛んだ。
「なに!? 今の、今のなにっ!?」
あわあわする私に、セルジュさんはますます笑みを深めた。
「お目覚めのキスですよ? もっと、とおっしゃいましたので……」
「ち、違う!」
お目覚めのキスってなんだよ! そんなのルヴィエ王国にいた時もなかったじゃない! あ、あの時はまだ正式に相続してなかったからか……って、そうじゃなくて!
「あああああのですね、セルジュさん!」
まずは日本の文化をしっかりと言わねば!
そう思って身を乗り出した私の肩を、そっとセルジュさんが押さえる。
突然触れられて、ピタリと動きを止めた私を見て、セルジュさんの手が外される。
「お嬢様、パジャマのボタンが外れておりますよ」
「え」
慌てて下を向くと、確かにボタンが外れていた。しかもふたつも!
私、寝相が悪いんだよ~! だからといって、被るタイプのパジャマは首が締まって苦しいんだ。どうも、寝ている最中にパジャマがずり上がってしまうらしい。だから、苦しくなるとこんな風に寝ながらボタンを外してしまうことがある。だからって、こんな日に限ってふたつも外す!?
恥ずかしさに固まっていると、スッとセルジュさんの顔が近づき、私の耳に唇を寄せた。
「これ以上屈まれますと、胸元が見えてしまいます」
ひぃぃぃぃ! ふぅって息がかかるんですけど!
固まり続ける私の代わりに、セルジュさんの手が胸元に伸びる。
息をのんで見つめていると、ゆっくりとボタンが留められた。
「わたくし以外に、このような姿を見せてはいけませんよ?」
ふたつめのボタンを留めた手が、そのまま上がり、ポカンと開けたままだった私の唇に触れた。
そっと優しく触れただけだったのに、皮膚の薄い唇には刺激が強すぎて。思わずピクリと反応してしまった。セルジュさんの手は、そのまま口の端までするりとなぞった。
「お嬢様、涎が……」
「い、嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
爽やかな朝の自宅に、私の声が響きわたった。
* * *
いざ起きてみると、もう10時。よっぽど疲れていたんだな、私……。
そんな時間なものだから、パパは当然会社に行っていたし、ママもパートに出ていた。
「お嬢様は、お仕事は何をされているんですか?」
セルジュさんが、あたたかい紅茶を淹れながらそう尋ねた。
「私は、駅前のショッピングモールに入ってる雑貨屋さんで働いてるの。でも今ショッピングモールが改装工事で、お休み中です。……あの、お嬢様って言うの……やめてもらえません?」
言われ慣れない言葉に、なんだか背中がもぞもぞするんだよね。
「それは……そうですね、今日一日、わたくしに付き合ってくださるのでしたら、考えます」
「今日一日?」
「ええ。この街を案内してくださいませんか? ついでに身の回りの物を少々揃えたいのです」
「あぁ! そうだよね。うん、わかった!」
今、お姉ちゃんの部屋は家具も何も置かれていない。そればかりか、納戸代わりにしていたので、あれこれ色々雑多に置かれていた。それらを片付けても、結局はベッドもないしってことで、昨日セルジュさんはお客様用のお布団を出して、今は客間として使っている一階の和室を使ってもらったんだ。でも背の高いセルジュさんに、そのお布団はあまりに小さくて……。
「セルジュさんって、身長何センチあるの?」
「187cmです」
……そりゃ、足がはみ出るわ……。
* * *
と、いうワケで、今お買い物中だ。
ママにはもう車を借りる約束を取り付けてたみたいで、駅から少し離れた大型家具店と、家電量販店などが並ぶ通りにやってきた。
セルジュさんの運転で。
なんとこのお方、国際免許証を持っていたのだ。
「いずれは日本の免許証を取得いたしますよ」
はぁー。国際免許証なんてモノの存在も、今初めて知ったあたしにはまったく分からない話だ。
「みはるさん、まずは家具を見たいと思うんですが……」
「はーーい。じゃあ、品ぞろえ的には向こうの青い看板のところかな?」
交渉の結果、人前での呼び名は「みはるさん」に落ち着いた。
まだ少しくすぐったいけど……お嬢様よりもはるかにマシだ!
ついでに、今朝のようなあの……お目覚めのキスとやらも止めて欲しいとお願いした。どちらかと言うと、呼び名よりも強く、強くこちらをお願いした。したんだけど……こっちはあっさりと断られた。なんで!?
「みはるさんは、執事をいうものをわかっていませんね」
「え! 世の中の執事さんはキスで起こすの!?」
すると彼は、にっこり笑うだけだった。
え? 嘘でしょ? だって、主人が男だったら? え? えーー!?
嘘だ……あり得ない……そう思いながらも、執事さんなんて他に知らない庶民な私は、いくら考えても答えが出せなかったのだ。
「まずはベッドにワードローブ……あとはデスクとソファと……」
お姉ちゃんの部屋と私の部屋は同じ造りだ。備え付けのクローゼットは当然ある。でも、それでは足りないのだと言う。ルヴィエ王国から持参した量なら入ると思うんだけど、なんと後から届く分もあると言うのだ。どういうこと? その荷物も段ボールひとつで済むとは思えないんだけど!
いきなり不安を抱えている私を後目に、セルジュさんは足取りも軽く、店内を歩いていく。
それにしても、まずはベッドだよね。いつまでも足が出るお布団じゃ、可哀想だしなぁ。セルジュさんは背が高いから、大きめのベッドじゃないと窮屈だろうしなぁ……。そう思っていると……。
「あ。これ、良いですね。これにしましょう」
お。なにやらもう決まったらしい。早いなぁ。
セルジュさんの視線の先を見ると――そこには、どでかいベッドが鎮座していた。
え? 何これ! 何だこのデカさ!!
だ、だぶる? いや、違うな……。もっと大きく感じるんだけど……。
恐る恐る立てかけてある商品説明を見ると、なんとそこには『クイーンサイズ』と書いてある。く、クイーンサイズ!!
「キングサイズは、こちらのお店には無いのでしょうかね……」
え!? まだデカいのを探しているのか!?
指差しているベッドがベッドだけに、目を輝かせた店員が小走りで寄ってきた。
「こちらのベッドをお求めですか?」
「ええ……ですがキングサ……」
「買いませんっ!」
慌てて、更に大きなベッドを聞こうとしてたセルジュさんを遮る。
「あのね、部屋は8畳なの! そんなに大きいの買ったら、ベッドしか置けないじゃん!」
いや、置けないどころか、マットレスが家に入らないんじゃない!?
「あぁ……そうですか。君、悪いがもう少し考えるよ」
あっさりと店員を追い返したセルジュさんだったけど、私はもうハラハラドキドキだ。セルジュさんを放っておいたら、大変なことになってしまう……! こ、この人って……!
その後も、選ぶもの選ぶもの大きすぎたり、高すぎたりで、殆どのものを却下した。
なんとか買い物を済ませ、店を出る頃にはヘロヘロだった……。
「セルジュさん……部屋に入るかどうか、大きさ考えて買い物しないと……」
「すみません……。今まで部屋の大きさを考えて買い物をしたことがありませんでしたので……」
戸惑ったように口にするけれど、実際に部屋を見たでしょーが! こ、このセレブ執事め!!
もう……先が思いやされるよ……。
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