第10話 執事さんの牽制

 結構重いはずなのに。

 まるで、重さなんて感じていないかのように、私を横抱きにして、ずんずんずんずんと歩いて行く。

 横抱き……つまり、俗に言う“お姫様抱っこ”だ。


 ひ~~~! キャラじゃないんだけど!!

 恥ずかしいよ~。


 セルジュさんに密着している、体の右側と、思った以上に逞しい腕が回されている

膝裏と、背中から脇にかけてが……熱い。しかも、顔が……ち、近い!!

 は、恥ずかしい……。

 さっきまでぶつけた足がジンジンと疼いたのに、今はもう顔に熱が集中して、それどころではなかった。

 でもきっと、2階には従業員用のエレベーターで行くはずだから、人目につかずに――と思ったら。

 なんと、セルジュさんはずんずんと、速度を落とさずに建物の真ん中の吹き抜け部分のエスカレーターに向かっていた。

 ちょっと! 目立つでしょうが!!


「ちょ――! エレベーターで行けばいいでしょ?」


 焦って言ってはみたものの……「遠回りになりますから」と、即却下された。

 確かにそうだけど!!


「そうだけど……あの! 恥ずかしいから降ろして」


 正直に、そう、お願いしてみるも……。


「いけません」


 即答かよ!!


 準備中のため、まだ動いていないエスカレーターを、セルジュさんは私を抱き上げているとは思えない軽やかさで上っていく。

 だぁぁぁぁ!! 2階にこの状態で行くのは嫌だ!!

 もう、ただでさえ人目についていた。

 存在するだけで目立つセルジュさんが、お姫様抱っこをして颯爽と歩いていたら、それはそれは目立つ。

 でも困る!! だって2階には……!


「おーろーしーてーー!」


 どうしても降ろしてもらわなきゃ、困るんだってば!!


「お嬢様、暴れると落としてしまいますよ?」


 バランスを崩したのか、セルジュさんの腕から、一瞬背中が飛び出しかけた。


「やぁっ!!」


 落ちるのは怖い~~~~! 180cm付近からの落下は、相当痛い!!

 必死でセルジュさんにしがみついた。――その時。


「……日野さん?」


 背後で、ずっとずっと聞きたかった声がした。


 折りしも私は、落ちかけた恐怖から、セルジュさんに必死にしがみついたところで。

 しっかりと、セルジュさんの首に腕を回していて。私の顔の近くには、セルジュさんの顔があって、お互いの息遣いさえも感じられる。

 傍から見たら、そりゃ~抱きついてるようにしか見えず。

 私の耳が、セルジュさんの柔らかいキラキラ金髪で、くすぐったく感じる位に密着してる時だった。


 今!

 今ですか! なぜこのタイミング!!


 怖くて振り返れない……! なんとか、「人違いです」って感じで通り過ぎよう。そう思ったのに!

 なぜ!!

 なぜ止まるんだセルジュ!!


「よ、横井さん!えっと、あの、足を……ぶつけてしまって、あの。医務室に……」


 出来る限り、セルジュさんから体を離して(でも落とされない程度に)必死に説明したんだけど。

 なぜか、横井さんは厳しい表情でセルジュさんを見ていた。

 あの~? 話しているのは私なんですが~?


「失礼ですが、あなたは?」


 セルジュさんが、今まで聞いた事がないような冷たい声で聞く。


「N時計店の横井と言います。日野さんとは――友人です。あなたは?」


 ……………………


 ……しまった!!


 人に聞かれた時に、セルジュさんをどう紹介したらいいのか、関係性をまだ考えてなかった!

 まさか正直に執事っていうワケにもいかないし(ウチは庶民だから)、遠縁? いやいや! どっからどうなっても親類っぽくないし!

 ど、どうしよう? と、ひとりあわあわしていると……セルジュさんから、とんでもない爆弾が投下された。


 ふ。


 頭上で、セルジュさんが柔らかく笑った。


 ん? 

 思わず見上げると、そこには蕩ける位の甘ったるい表情をしたセルジュさんが、私を見おろしていた。


「みはるの、婚約者です」


 な、何ですとーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!


「! 横井さん、違……いったぁ!!」


 違う。そう言いかけたら、脇に鋭い刺激が!


「足が痛むの? ごめん。早く行こうね。では、失礼」


 瞬く間に、遠くなる横井さん。

 チガウ! 足じゃなくて! 今! 脇の肉をつねったでしょ!?


「な、なんでつねるの!」

「わたくしが? なにをおっしゃっているのですか。お嬢様に対して、わたくしがそんなことをするはずがありません」


 つねったじゃん!!

 思いっきり睨んでも、セルジュさんは相変わらず甘ったるい笑顔を向ける。


 むーーー。


 諦めて後ろに視線を向けると……セルジュさんの背中越しに見える横井さんは、いつもよりちょっと硬い表情をしていたように見えた。

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