第11話 執事さんの誘惑

 売れた。

 あ、また売れた。

 

 なんと! 売れまくっているのです! 私が作った針金細工~!(宝石の欠片ガラス玉入り)

 宝石好きには高嶺の花だった、ルヴィエ王国産の宝石が、欠片だけれど証明書付きで入っている。しかも、扱っているのがこのお店だけということで、早速いくつかのファッション誌から取材を受けた。それもあってなのか、地方都市だというのに、それを見たお客さんが増えていったのだ。

 まゆさんには、これでお店を続けていけるかも! この調子で頑張ってちょうだいね!なんて、ものすごい力で両肩をぐっと掴まれた。その圧力たるや……! まゆさん、本当に危機を感じていたんだね……。

 実は試作品を見たまゆさんに、コレはいけるかも!と、改装と同時にお店の中にコーナーも頂けちゃったのだ。プレッシャーは感じるけど、これは嬉しいよね。だからそれはもう、張り切って毎日仕事をしていた。

 開店準備の時に、横井さんに会ったセルジュさんが私の婚約者だと自己紹介した

ことも、ついつい忘れちゃうくらいにね。

 ――なんだけど。


 キャー!!


 あぁ……またやって来た……。


 店内の時計をチラリと見る。

 午前11時45分。

 今日も、時間ピッタリ。

 この時間、店内のお客様の殆どは女性。


 お店のカウンターの中から入り口を見ると、今日もキランキランの笑顔で、セルジュさんがやって来た。


「みはる、ランチを持ってきたよ。休憩に行こう」


 一斉に、こちらに冷たい視線が投げかけられる。

 ……オープン日より、毎日繰り広げられる光景だ。

 お客様の数が日に日に増えている今、その冷たく鋭い視線も、日に日に増えている。

 一度、「なんで、お店の中では呼び捨てなの?」と聞いたことがあるんだけれど、

「普段通りですと、なんだか不自然ではないですか」と言われた。

 このコロコロ態度が変わる方が不自然じゃん!と言ったんだけど、「ではやはり、私が執事であると言うことを、皆さんに公表して――」と言うので、結局私が折れたワケだ。

 こんな貧乏アルバイターに執事って……。

 大体、執事の方が洗練されたセレブって、アリなのか!?


「まゆさん、みはるに休憩お願いします」


 そう言うと、甘ったるい笑顔で振り向く。そして、キャーキャー騒ぐ周りの少女から淑女までの視線なんて、全然気にならな~いって感じで完全スルーすると、私の腕を取った。


「さ。行こう」


 私の肘のところを軽く引いて立ち上がらせ、そのまま手を下にすべらせる。

 さりげなく、とても自然な流れで、セルジュさんの手は私の手の平に到達した。そうして、きゅっと手を繋ぐと、建物の一角にある休憩室に連れてゆく。

 このモールには、各フロアに休憩室もあるけれど、一応地下3階に社食もあるのだ。

 それは改装前から一緒だ。

 フロアにある休憩室は、基本的にそのフロアのスタッフ限定で、冷蔵庫と数種類の

お茶が用意されている。

 お弁当組は、ここで休憩を取ることができて、持ってきていない人は、地下の社食でご飯を食べるのだ。

 これまで私は、社食組だった。

 ママは駅前のパン屋さんでパートをしているから、朝早くてお弁当は用意できないし、残念ながらあたしはお料理苦手だし……。

 なにより横井さんも社食組で、混み合ってる時なんかは時々だけど同じテーブルに

座れることもあって、楽しみにしていた。それなのに、毎日社食なんて勿体ない。それに、栄養が偏る。とセルジュさんが断固反対を申し出た。

 挙句の果てに、「私が作ります」とまで言い出して……。

 そんな流れで、こうして手作り弁当を持ってくるのだ。作ってくれるのなら、それはそれでお財布的には嬉しい。じゃあ、朝持たせてくれるのかと思いきや、なんでも、「作り立てが美味しいですよね」だそうだ。

 いや、分かる。お料理は作り立てが美味しい! それは分かる。わかるけどね?

 そんなセルジュさんは、毎朝私をお店まで送ると、一旦家に帰ってお弁当を作る。そして、お昼前にお弁当を持って一緒にランチタイムだ。もう一度言う。『一緒に』なんだ。セルジュさんまで一緒にお弁当っていうのが、本当に意味がわからないんだけど、これもまた「お食事というものは、おひとりでは味気ないものですよね」だそうだ。ちなみに、本来執事さんは食卓は別なのだそうなのだけれど、わが家に来た時に、そういうのはウチでは無しね、と一緒に食べているので、それを理由にはできない。それに、したくもないしね。……となると、断る理由がないんだよね

 そんなこんなで、休憩室も社食も、出入りの業者さん達もOKという若干ゆるい決まりだったので、セルジュさんも一緒に食べている。なんでも、自ら管理会社に確認し、家族ならOKという返事をもらったそうな。

 家族――? とは思ったんだけど、それを口に出したら、ものすごく悲しそうな顔をされてしまった。そうだよね。セルジュさんは、家族に会いたくても、今は会えないんだ。私ったら、なんて無神経なことを聞いてしまったんだろうと、後悔した。


 送り迎えも、私の自転車を壊してしまったから。

 お弁当は、社食ばかりだと好きな物ばかり食べて、栄養が偏るから。

 わざわざ持ってくるのは、作り立てが美味しいから。


 どれもいちいち正当な理由があって、そう理由を並べられると何も言えなくなってしまう。

 「でも」と言うと、とっても寂しそうに「お嫌ですか?」と言われてしまい、私は早々に白旗を上げてしまったのだ。


 そんなこんなで……ランチタイムも横井さんと会えない……。


 横井さんが気になったきっかけは、ウチのお店の飲み会と、横井さんの働く時計店の飲み会会場が同じ居酒屋になってからだ。その時、初めて長く話したんだけれど、未来へのビジョンをしっかりと持っている人だって分かった。しかも周りは酔ってどんどん醜態を晒す中、かなり飲んでるのに自分を見失わず、周りへの気遣いも出来る

横井さんに惹かれた。

 改装前は同じフロアだったから、時々会うこともあって、彼も気軽に話しかけてくれる。そうするうちに、段々と思いは募っていった。

 改装後、フロアが違うからなかなか会えない。更に休憩室もフロアが違うとなると、偶然一緒になることも少なくなる。だから、社食は今や横井さんと偶然会える唯一の場所なのだ。それなのに……。

 恨めしげに隣のセルジュさんを見上げるも――。


「今日はね、ローストビーフを作りました。バルサミコ酢でサッパリいただけるサンドウィッチにしたのですけれど、いかがでしょうか」と、セルジュさんはまたまた甘ったるい笑顔を向けた。



 * * *



 お弁当大作戦は、見事お嬢様と横井の距離を開けたようだ。

 将来の王子教育のため、料理や国際免許証の取得なども、やっておいて良かった。

 ちなみに、結構な種類のスポーツも教える位には出来る。

 仕えるのが、ルヴィエ王国の王子ではなく、日本の女性になるとはさすがに思っていなかったが、それでも身につけた様々な知識と技術は役立っている。


 さて。今日はランチの後、すぐには帰らずにやることがある。

 今日は……大切な日だ。

 作戦決行だ。


 その前に、お嬢様と楽しいランチタイムだ。

 日本では、腹が減っては戦は出来ぬ、と言うのでしょう?



 * * *



 ランチ後、2人分のお弁当箱をバッグに仕舞い込み、2階に向かう。

 今日、あの男は早番出勤のはず……。


「いらっしゃいませ……あ」

「先日はどうも」

「どうも……」


 先日の感触から、横井がお嬢様に対して、恋――とはではいかないが、好意を持っていることが分かった。

 それは大きくなる前に、摘み取っておく必要がある。


「何か、お探しですか?」


 表情を窺うと、もっと別のことが聞きたいようだが、今は勤務中。

 私は客に当たるため、個人的な話は出来ないのだろう。

 ふん、さすが野心があるだけあって、私情は出さないか。

 まぁいい。今日は、その方が都合がいい。


「愛用している時計があるんですよ。でも最近調子が悪くてね。でも――」


 ちらりとショーケースを見る。


「こちらのお店は、F社の時計は扱っていないようだね」


 F社は、最高級の時計メーカーだ。日本で取り扱い許可を得ている店は少ない。そんなことは知っている。勿論、この店で取り扱っていないことも。


「申し訳ございません。当店では――」

「銀座に行ったらあるのは知っているんだ。でも近くに取り扱い店があったら、色々楽だから、聞いてみようと思ったんだけど……そうか、残念だな」

「申し訳ございません。当社でも、努力をしているのですが……」


 一瞬、悔しそうに口を歪ませる。ふふ。その調子だ。思わず口角が上がりそうになるが、表情には出さない。


「そうなんだ。それなら、僕が個人的に親しくしている人を紹介するよ。F社の日本支社の役員なんだが……」


 えっ。と驚いた顔をする。まさか私がそんな提案をしてくるとは思わなかったのだろう。


「ほ、本当ですか?」

「ああ。僕自身、近くにF社の取り扱い店舗があったら本当に助かるんだ。紹介するよ。是非、君の熱意を伝えてやってくれないか。うまくいけば、君の評価も上がるんじゃないかな」


 そう、念願の東京本店勤務になるかもね。

 心の中で、そう付け足した。

 

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